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  "license": "© 2026 Yutaka Sugiura. All rights reserved.",
  "attribution": "The社史 (the-shashi.com) — https://the-shashi.com/tse/6481/executives/ceo/teramachi-hiroshi/",
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        "有価証券報告書（役員の状況）"
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      "extraction": "EDINET の XBRL から機械抽出した役員表を土台に、雑誌記事・社史・報道で経歴と出自を補完",
      "caveat": "在任区間は career の is_ceo_appointed が正本。退任年月は次の代の就任年月から決まる"
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    "name": "寺町博",
    "kana": "てらまち　ひろし",
    "surname": "寺町",
    "given_name": "博",
    "origin": "創業者（1971年に東邦精工を設立）。日本トムソンを社長として上場企業に育てたのち、1970年7月に商品相場の失敗で同社社長を辞任し、翌1971年4月に東京都目黒区で東邦精工を設立した。1984年1月に商号をTHKへ改めた",
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            "date": "1948",
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        "company": "THK",
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            "date": "1971-04",
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            "date": "1984-01",
            "role": "商号をTHKに変更"
          },
          {
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            "role": "社長退任（寺町彰博氏が社長に就任）",
            "title": "社長",
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          {
            "date": "1999",
            "role": "最高顧問（THK ANNUAL REPORT 1999 の時点）"
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        ]
      }
    ],
    "references": [
      {
        "source": "日経ビジネス 1982年1月25日号「寺町博・東邦精工社長 “第二の創業”に執念燃やす」",
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          "origin"
        ]
      },
      {
        "source": "日経ビジネス 1990年2月12日号「編集長インタビュー 寺町博氏（THK社長） 株価日本一は当然。もっと伸びます」",
        "for": [
          "kana",
          "birthdate",
          "career"
        ]
      },
      {
        "source": "THK 有価証券報告書【沿革】",
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          "career"
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          "frame": "founding",
          "text": "寺町博氏は1924年4月に岐阜県で生まれ、1942年に岐阜県第一工業の機械科を出て半田重工業に入社した。1948年に一工商会を起こし、1956年に日本トムソンベアリングと提携、1960年には同社の社長も兼ね、1964年の合併で日本トムソンと改めた。独自のニードルベアリングを競争優位の源泉として、日本トムソンを上場企業へ押し上げた。ところが1970年7月、個人会社の大一工業の名義で張った小豆相場で約6億円を失い、日本トムソンからの営業資金を投機に回したと批判されて社長を降りた。\n辞任後、寺町博氏は会社のほうから復帰を求めてくると考えていたが、その声はかからなかった。代わりに温めていたのが、機械の直線運動を転がり摩擦に置き換える軸受の着想である。回転運動の軸受は1世紀前に生まれて普及が進んでいたのに、直線運動の部分は手つかずのまま残っていた。1971年4月、東京都目黒区に東邦精工を設立し、工作機械部品やLMローラー、LMボールの販売から事業を始めた。日本トムソンから行動をともにした部下には、設立の時点で将来の上場を約束している。\n最初の収益源は1972年4月に売り出したLMガイドとボールスプラインである。鋼球の通る軌道面に丸い溝を刻んで点の接触を線の接触に変え、重い荷重に耐える直線運動の軸受を他社より先に実用化した。従来のボールブッシュ方式と比べ、荷重は13倍、寿命は2,210倍に伸びた。1978年には米国の大手工作機械メーカーがマシニングセンターに採り入れ、この実績を足がかりに受注が増加した。\n生産の工程と技術者は早い段階で内製化した。1973年3月に宮入バルブ製作所と共同でテーエチケーを設け、1977年4月にその製造部門を買い取って甲府工場とし、1979年9月にボールねじの製造販売に進んだ。1976年から1977年の不況期には、社員が150人ほどの規模で機械系の大卒を30〜40人採用した。販売の拠点は1981年3月に米国シカゴ、1982年10月に西ドイツのデュッセルドルフへ広げた。\n会社の形を決めたのは、額面変更のための合併と株式の公開である。1982年10月に額面を500円から50円へ変えるため形式上テーエチケーに吸収合併され、1984年1月に商号をTHKとした。社名は創業者の頭文字ではなく、タフネス、ハイクオリティ、ノウハウを表すという。1989年11月20日の店頭公開では初値が1万9千円となり、額面50円の株で日本一の株価をつけた。公開に踏み切ったのは、世界でシェアを取る設備投資と海外の販売網の拡大に個人の資金では足りないと判断したためである。1997年1月には寺町彰博氏が代表取締役社長に就任し、寺町博氏は創業から26年でトップの座を譲った。",
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