{
  "spec_version": "4",
  "endpoint": "ceo",
  "stock_code": "6301",
  "company_name": "コマツ",
  "content_lang": "ja",
  "meta_lang": "en",
  "canonical_url": "https://the-shashi.com/tse/6301/ceo/",
  "api_url": "/api/6301/ceo.json",
  "updated": "2026-09-18",
  "license": "© 2026 Yutaka Sugiura. All rights reserved.",
  "attribution": "The社史 (the-shashi.com) — https://the-shashi.com/tse/6301/ceo/",
  "source": {
    "ceo": {
      "primary": [
        "有価証券報告書（役員の状況）"
      ],
      "extraction": "EDINET の XBRL から機械抽出した役員表を土台に、雑誌記事・社史・報道で経歴と出自を補完",
      "caveat": "在任区間は career の is_ceo_appointed が正本。退任年月は次の代の就任年月から決まる"
    }
  },
  "count": 11,
  "ceo": [
    {
      "slug": "kawai-yoshinari",
      "name": "河合良成",
      "kana": "かわい　よしなり",
      "birthdate": "1886-05-10",
      "origin": "外部出身。農商務・農林官僚として小松製作所にトラクター生産を勧めた経緯から、発注の白紙撤回で行き詰まった同社に社長として迎えられた。復興金融金庫から3000万円の融資を引き出して争議を収拾し、1947年末の社長就任後に約700名の人員整理を断行。1949年5月の東京・大阪両証券取引所への上場、朝鮮動乱期の砲弾特需、キャタピラー社の日本進出に備えたマルA運動による品質改善を主導し、「北陸の小松」を「日本の小松」にした",
      "origin_type": "外部出身",
      "hometown": "富山県",
      "education": "東京帝国大学政治学科 (1911)",
      "education_source": "https://dl.ndl.go.jp/pid/2522058/1/242",
      "prev_role": "厚生大臣（第1次吉田内閣）",
      "prev_company": "農林省",
      "career": [
        {
          "company": "コマツ",
          "from": "1947",
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1947",
              "role": "取締役社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "1964-07",
              "role": "社長退任",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "press"
            },
            {
              "date": "1964",
              "role": "取締役会長"
            }
          ]
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_summary": "農林官僚として発注撤回の責を負い、争議収拾のため外部から迎えられ、砲弾依存から建設機械への転換を17年かけて進めた",
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "text": "1886年、富山県に生まれた。1911年7月に東京帝国大学政治学科を卒業し、同年農商務省の官吏となった。1920年8月に東京帝国大学講師、1931年1月に日華生命保険の専務取締役、1942年に東京市助役を務め、1945年に農林次官、1946年には貴族院議員と厚生大臣を歴任している。機械の現場ではなく行政と保険会社の資金畑を歩いた経歴で、小松製作所とは農林官僚として農耕トラクターの製作を勧めた縁があった。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "text": "1947年7月、占領軍のガソリン供給停止命令を受けて農林省がトラクターの発注内示を全面的に取り消し、総生産額の6割以上を占めた主力が消えた。争議は「東の東宝、西の小松」と並称される百日闘争へ発展する。河合良成氏は農林官僚として製作を勧めた経緯から道義的な責任を感じ、中村税会長の懇請を受けて復興金融金庫の融資3000万円の見通しを立て、争議を収拾した。重工業の経験が無いことを理由に固辞したが、復金からの要請もあって引き受け、1947年12月23日の臨時株主総会で社長に就任した。"
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "text": "就任後は約700名の人員整理を断行し、1949年5月に東京・大阪の両証券取引所へ株式を上場した。同じ1949年から米軍向け砲弾の生産を本格化させ、1952年10月には旧大阪陸軍造兵廠枚方製造所の払い下げで大阪工場を新設する。砲弾は売上高の72%を占めるまで膨らんだが、朝鮮戦争の休戦で特需が細ると、1956年5月に大阪工場の生産をブルドーザーへ全面転換した。1961年8月には資本自由化とキャタピラー社の上陸に備えてマルA対策本部を開設し、1964年7月に河合良一氏へ社長を譲り、会長へ就任した。",
            "people": [
              {
                "slug": "kawai-ryoichi"
              }
            ],
            "decisions": [
              {
                "slug": "bulldozer-pivot-1956",
                "anchor": "ブルドーザーへ全面転換"
              },
              {
                "slug": "maru-a-quality-1961",
                "anchor": "マルA対策本部"
              }
            ]
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "references": [
        {
          "source": "日本企業要覧 1963年版",
          "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/2522058/1/242",
          "for": [
            "birthdate",
            "hometown",
            "education",
            "career"
          ]
        },
        {
          "source": "小松製作所五十年の歩み : 略史（小松製作所, 1971年）",
          "for": [
            "career",
            "origin"
          ]
        },
        {
          "source": "経済春秋社『企業の歴史 : 明治百年』「コマツ」（経済春秋社, 1968年）",
          "for": [
            "career"
          ]
        }
      ],
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6301/executives/ceo/kawai-yoshinari/",
      "term_start": "1947",
      "term_end": "1964-07"
    },
    {
      "slug": "kawai-ryoichi",
      "name": "河合良一",
      "kana": "かわい　りょういち",
      "hometown": "東京都",
      "education": "東京帝国大学経済学部 (1939)",
      "education_source": "https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E5%90%88%E8%89%AF%E4%B8%80",
      "prev_role": "代表取締役副社長",
      "origin": "1954年10月、当時の社長であった父・河合良成氏に招かれて経理部長として入社し、10年後に社長を承継した",
      "origin_type": "実質創業家",
      "career": [
        {
          "company": "コマツ",
          "from": "1954-10",
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1963-02",
              "role": "代表取締役副社長"
            },
            {
              "date": "1964-07",
              "role": "取締役社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "1982-09",
              "role": "社長退任",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "press"
            },
            {
              "date": "1982-09",
              "role": "取締役会長"
            }
          ]
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "text": "キャタピラー社は新三菱重工との合弁で日本国内での生産を準備していた。小松製作所は1961年8月にマルA対策本部を開設し、専務取締役の河合良一氏を責任者に据えた。対策はユーザー批判会で182項目、クレーム解析と稼働調査で1657カ所の問題点を洗い出し、部品4000点のうち約8割にあたる約3200点へ改良を及ぼした。総合的品質管理を全社へ導入し、自主開発の方針を曲げて米カミンズ社のエンジンも搭載している。1963年9月時点では副社長を務めた。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "inference": true,
            "text": "1963年9月に第一次対策車を市販し、品質改善を反映したD50Aをスーパーシリーズとして発売するとクレーム発生数は従来の5分の1へ減った。保証期間も300時間・3カ月から600時間・6カ月へ延ばしている。ブルドーザーの国内市場占拠率は約60%で業界第一位を保った。1958年上期と1963年上期を比べると資本金は22億5000万円から150億円、売上は59億円から296億円へ拡大している。資本自由化への対策を指揮した当人を、成果が数字に出た年に社長へ充てたとみられる。"
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "text": "1968年5月、業界平均より約10年遅れて油圧ショベル事業へ本格参入し、米ビサイラス・エリー社との技術提携を基盤に15-Hの生産を開始した。1972年には改良型15HT-2を投入している。1970年2月に小松アメリカを設立して米国市場の開拓に入り、1985年4月にはメカトロニクスや新素材を扱う研究所を新設した。競争優位を決めたのは製品の優劣ではなく、1957年から全国の都道府県に支店・営業所網を置いた直販体制の規模であった。"
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6301/executives/ceo/kawai-ryoichi/",
      "term_start": "1964-07",
      "term_end": "1982-09"
    },
    {
      "slug": "nogawa-shoji",
      "name": "能川昭二",
      "kana": "のがわ　しょうじ",
      "birthdate": "1927-03-06",
      "origin": "生え抜き（1950年入社）。1982年9月に河合良一氏の後任として社長へ就任し、円高下で製品コスト低減と海外現地工場の建設を進めた。米国工場の開所式から帰国した直後の1987年6月、任期途中で社長を辞任している",
      "origin_type": "生え抜き",
      "education": null,
      "prev_role": null,
      "career": [
        {
          "company": "コマツ",
          "from": "1950",
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1950",
              "role": "入社"
            },
            {
              "date": "1982-09",
              "role": "取締役社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "1987-06",
              "role": "社長退任",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "press"
            }
          ]
        }
      ],
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6301/executives/ceo/nogawa-shoji/",
      "term_start": "1982-09",
      "term_end": "1987-06"
    },
    {
      "slug": "tanaka-masao",
      "name": "田中正雄",
      "kana": "たなか　まさお",
      "birthdate": "1926-08-23",
      "origin": "生え抜き（1951年入社）。1976年取締役、1981年常務、1984年専務を経て、能川昭二氏が任期途中で辞任した1987年6月に社長へ就任。社内配布文書で「適切な権限委譲」「組織の活性化」「取引先や関連会社との連携」を掲げ、前任の独断専行と評された路線を改めた。1989年6月に取締役相談役へ退いた",
      "origin_type": "生え抜き",
      "education": "東京大学法学部政治学科 (1951)",
      "education_source": "https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E6%AD%A3%E9%9B%84_(%E5%AE%9F%E6%A5%AD%E5%AE%B6)",
      "prev_role": "専務取締役",
      "career": [
        {
          "company": "コマツ",
          "from": "1951",
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1951",
              "role": "入社"
            },
            {
              "date": "1976-03",
              "role": "取締役"
            },
            {
              "date": "1981-01",
              "role": "常務取締役"
            },
            {
              "date": "1984-08",
              "role": "専務取締役"
            },
            {
              "date": "1987-06",
              "role": "取締役社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "1989-06",
              "role": "社長退任",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "press"
            },
            {
              "date": "1989-06",
              "role": "取締役相談役"
            }
          ]
        }
      ],
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6301/executives/ceo/tanaka-masao/",
      "term_start": "1987-06",
      "term_end": "1989-06"
    },
    {
      "slug": "katada-tetsuya",
      "name": "片田哲也",
      "kana": "かただ　てつや",
      "hometown": "大阪府大阪市",
      "education": "京都大学法学部 (1953)",
      "education_source": "https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%87%E7%94%B0%E5%93%B2%E4%B9%9F",
      "prev_role": null,
      "career": [
        {
          "company": "コマツ",
          "from": "1953-04",
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1988",
              "role": "代表取締役副社長"
            },
            {
              "date": "1989-06",
              "role": "取締役社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "1995-06",
              "role": "社長退任",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "press"
            }
          ]
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "text": null
          },
          {
            "frame": "selection",
            "text": "1980年の単独売上高5048億円は1999年3月期の単独売上高4757億円を上回り、単独の経常利益は1982年、連結の純利益は1981年が過去最高であった。規模の拡大が1980年代で止まったところで片田哲也氏が社長へ就任した。建設機械の海外生産拠点を整備する一方、売上高の半分を建機以外の多角化部門で占めるという\"脱建機\"の路線を打ち出している。"
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "text": "1991年、東京・赤坂の本社屋上に据えられていたトレードマークのブルドーザーを撤去した。1993年4月に脱建機を正式に決め、シリコンウエハー事業へ積極的に投資する方針を固めている。1994年6月にコマツ産機とコマツ工機を設立して産業機械に関する営業の一部を譲渡し、1997年7月にはコマツキャステックスを設立して同年10月に鋳造事業を移した。コマツ電子金属は1997年3月期から1999年3月期までの3年間で1300億円を超える設備投資を実行した。"
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6301/executives/ceo/katada-tetsuya/",
      "term_start": "1989-06",
      "term_end": "1995-06"
    },
    {
      "slug": "anzaki-satoru",
      "name": "安崎暁",
      "kana": "あんざき　さとる",
      "birthdate": "1937-03-03",
      "origin": "生え抜き（1961年入社）。経理部から出発し、35年の在職のうち20年近くを国際畑で過ごした。1977年海外事業本部建設機械第3部長、1981年社長室管理部長、1985年取締役、1988年常務、1991年専務を経て1995年6月に社長へ就任。1985年のプラザ合意以後は海外進出の実行部隊長として海外拠点を15まで増やした",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "徳島県",
      "education": "一橋大学経済学部 (1961)",
      "prev_role": "専務取締役",
      "career": [
        {
          "company": "コマツ",
          "from": "1961-04",
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1961-04",
              "role": "入社"
            },
            {
              "date": "1977",
              "role": "海外事業本部建設機械第3部長"
            },
            {
              "date": "1981",
              "role": "社長室管理部長"
            },
            {
              "date": "1985",
              "role": "取締役"
            },
            {
              "date": "1988",
              "role": "常務取締役"
            },
            {
              "date": "1991",
              "role": "専務取締役"
            },
            {
              "date": "1995-06",
              "role": "取締役社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "2001-06",
              "role": "社長退任（次期社長登用による推定）",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "next_ceo"
            }
          ]
        }
      ],
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6301/executives/ceo/anzaki-satoru/",
      "term_start": "1995-06",
      "term_end": "2001-06"
    },
    {
      "slug": "sakane-masahiro",
      "name": "坂根正弘",
      "kana": "さかね　まさひろ",
      "birthdate": "1941-01-07",
      "origin": "生え抜き（1963年入社）。粟津・大阪工場でブルドーザーの設計に就き、1990年に米国合弁の小松ドレッサーカンパニー社長として2工場の閉鎖と人員半減を指揮。1997年専務取締役経営企画室長、1999年副社長を経て2001年に社長へ就任し、固定費削減とダントツ商品で赤字からの反転を主導した。2007年会長、2010年に代表権を返上し、2026年8月10日に死去",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "広島県広島市（幼時に島根県浜田市へ転居）",
      "education": "大阪市立大学工学部 (1963)",
      "education_source": "https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E6%A0%B9%E6%AD%A3%E5%BC%98",
      "prev_role": "代表取締役副社長",
      "career": [
        {
          "company": "コマツ",
          "from": "1963-04",
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1963-04",
              "role": "入社"
            },
            {
              "date": "1989-06",
              "role": "新事業推進室長"
            },
            {
              "date": "1989-06",
              "role": "取締役"
            },
            {
              "date": "1990",
              "role": "小松ドレッサーカンパニー（現・コマツアメリカ）社長"
            },
            {
              "date": "1994-06",
              "role": "常務取締役"
            },
            {
              "date": "1997-06",
              "role": "専務取締役経営企画室長"
            },
            {
              "date": "1999-06",
              "role": "代表取締役副社長"
            },
            {
              "date": "2001-06",
              "role": "代表取締役社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "2003-06",
              "role": "代表取締役社長兼ＣＥＯ"
            },
            {
              "date": "2007-06",
              "role": "代表取締役会長"
            },
            {
              "date": "2007-06",
              "role": "社長退任（次期社長登用による推定）",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "next_ceo"
            },
            {
              "date": "2010",
              "role": "取締役会長（代表権を返上）"
            },
            {
              "date": "2013",
              "role": "取締役相談役"
            },
            {
              "date": "2026-08-10",
              "role": "死去（85歳）"
            }
          ]
        }
      ],
      "statements": [
        {
          "quote": "儲かりそうなら何でも手を出し、グループ全体としての戦略は無きに等しかった",
          "category": "事業",
          "date": "1998-07-20",
          "source": "日経ビジネス",
          "title": "コマツ 経営の“モノサシ”変え、事業再構築を図る",
          "publisher": "日経BP社",
          "url": null
        },
        {
          "quote": "多角化部門に力を入れるといっても、建機部門の手を抜いてまでやることはあり得ない",
          "category": "事業",
          "date": "1999-08-16",
          "source": "日経ビジネス",
          "title": "コマツ 多角化戦略で失速 エレクトロニクスへの巨額投資失敗 国内建機も不振、初の連結赤字に",
          "publisher": "日経BP社",
          "url": null
        },
        {
          "quote": "世間では雇用に手をつける経営者は失格だとおっしゃる方もいるが、それは市場が5%や10%ダウンする段階で、人に手をつける場合でしょう",
          "category": "組織",
          "date": "2005-02-19",
          "source": "週刊東洋経済",
          "title": "［KeyPerson］コマツ社長兼CEO 坂根正弘 大活況の建設機械 20年ぶりの大きなうねりが来た",
          "publisher": "東洋経済新報社",
          "url": null
        },
        {
          "quote": "社員には間接部門を効率化するが、モノ作りの競争力には自信を持っていいと言いました",
          "category": "組織",
          "date": "2005-02-19",
          "source": "週刊東洋経済",
          "title": "［KeyPerson］コマツ社長兼CEO 坂根正弘 大活況の建設機械 20年ぶりの大きなうねりが来た",
          "publisher": "東洋経済新報社",
          "url": null
        },
        {
          "quote": "まずコスト削減を徹底し、結果として成長するなら、その成長に見合った投資をするということを明言しました",
          "category": "事業",
          "date": "2005-02-19",
          "source": "週刊東洋経済",
          "title": "［KeyPerson］コマツ社長兼CEO 坂根正弘 大活況の建設機械 20年ぶりの大きなうねりが来た",
          "publisher": "東洋経済新報社",
          "url": null
        },
        {
          "quote": "コマツの利益は下請けの犠牲の下に上がっているんじゃない。きちんと調和が取れているからこそ",
          "category": "信念",
          "date": "2011-06-04",
          "source": "週刊東洋経済",
          "title": "トップの肖像 コマツ会長 坂根正弘 情けは人のためならず 下請けを思い地方を思う",
          "publisher": "東洋経済新報社",
          "url": null
        },
        {
          "quote": "決断が大きければ大きいほど、必ず犠牲者がいる。何かを犠牲にして新しいほうにシフトするわけだよね。経営資源は有限だから。そして犠牲を強いることができるのは経営者だけなんだ",
          "category": "信念",
          "date": "2011-06-04",
          "source": "週刊東洋経済",
          "title": "トップの肖像 コマツ会長 坂根正弘 情けは人のためならず 下請けを思い地方を思う",
          "publisher": "東洋経済新報社",
          "url": null
        },
        {
          "quote": "犠牲者にも目を向けつつ、いちばん肝心なところだけは絶対に譲らない",
          "category": "信念",
          "date": "2011-06-04",
          "source": "週刊東洋経済",
          "title": "トップの肖像 コマツ会長 坂根正弘 情けは人のためならず 下請けを思い地方を思う",
          "publisher": "東洋経済新報社",
          "url": null
        },
        {
          "quote": "はぐれ者を放っておけない。そういうやつを何とかしたいっていうのが、小さいときからある",
          "category": "キャリア",
          "date": "2011-06-04",
          "source": "週刊東洋経済",
          "title": "トップの肖像 コマツ会長 坂根正弘 情けは人のためならず 下請けを思い地方を思う",
          "publisher": "東洋経済新報社",
          "url": null
        },
        {
          "quote": "東北から日本の新しい国づくりを始めましょう。中央集権と官民の東京一極集中は、日本がずっと以前から抱える課題です",
          "category": "社会",
          "date": "2011-06-04",
          "source": "週刊東洋経済",
          "title": "トップの肖像 コマツ会長 坂根正弘 情けは人のためならず 下請けを思い地方を思う",
          "publisher": "東洋経済新報社",
          "url": null
        },
        {
          "quote": "「見る」「語る」「実行する」というステップを、サイクルとしていかに多く回すか。それによってリーダーは言葉に力を持たせることができる",
          "category": "組織",
          "date": "2012-04-07",
          "source": "週刊東洋経済",
          "title": "ブックス＆トレンズ \"言葉力が人を動かす\"を書いた コマツ会長 坂根正弘氏に聞く",
          "publisher": "東洋経済新報社",
          "url": null
        },
        {
          "quote": "四の五のは部分最適の議論、全体最適で考える一、二こそ大事なのだ",
          "category": "組織",
          "date": "2012-04-07",
          "source": "週刊東洋経済",
          "title": "ブックス＆トレンズ \"言葉力が人を動かす\"を書いた コマツ会長 坂根正弘氏に聞く",
          "publisher": "東洋経済新報社",
          "url": null
        },
        {
          "quote": "コマツが赤字に落ち込んだのは、モノづくりに競争力がなくなったからではない。雇用が大事だと、ひたすらいろいろな事業に手を出し、子会社もたくさん作って、結局固定費で押し潰された",
          "category": "事業",
          "date": "2012-04-07",
          "source": "週刊東洋経済",
          "title": "ブックス＆トレンズ \"言葉力が人を動かす\"を書いた コマツ会長 坂根正弘氏に聞く",
          "publisher": "東洋経済新報社",
          "url": null
        },
        {
          "quote": "私のタイムスパンは1ケタ違う。超長期、50年、100年で考える",
          "category": "信念",
          "date": "2012-04-07",
          "source": "週刊東洋経済",
          "title": "ブックス＆トレンズ \"言葉力が人を動かす\"を書いた コマツ会長 坂根正弘氏に聞く",
          "publisher": "東洋経済新報社",
          "url": null
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_summary": "初の大幅赤字で就任し、固定費に的を絞った「一度限りの大手術」で反転させた経営者である。\n\n削った後の成長を「ダントツ商品」とKOMTRAXの標準搭載に置き、機械を売り切る経営から稼働データでつながる経営へ移した。\n\n下請けと地方を切り離さない「全体最適」を経営の型として残した。",
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "text": "大阪市立大学工学部出身の技術者で、1991年には米国の合弁会社の社長を務めた。その合弁会社は赤字が続いており、坂根氏は3年間で工場も人員も半分に減らしている。米国での経験から得たのは、ここまでやれば生き残れるとはっきりしたら小出しにせず短期間で一気に断行する、という判断の型であった。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "text": "2001年6月、坂根正弘氏が社長へ就任した。1999年3月期には123億円の連結赤字を計上し、1964年に連結決算を導入して以来初めての赤字となっていた。1996年以降は国内の公共事業と足並みをそろえて主力の建設機械事業が悪化しており、就任後に最も強い危機感を覚えたのも建設機械部門の収益が赤字すれすれになっていた点である。初仕事は、その低収益の原因を徹底して究明することだった。"
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "text": "固定費の削減だけで翌期の営業利益は330億円の黒字へ浮上した。コマツ電子金属は米国でのシリコンウエハー製造から撤退して台湾プラスチックとの合弁生産へ移り、2006年10月には発行済株式の過半をSUMCOへ譲渡して非連結化し、1960年に設立した同社に始まるエレクトロニクスから撤退を完了させた。KOMTRAXは2001年から国内の主要機種へ標準装備し、2006年からは欧米へも広げている。グレーターアジアの売上比率は2000年度の15%から2005年に27%へ高まった。"
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6301/executives/ceo/sakane-masahiro/",
      "term_start": "2001-06",
      "term_end": "2007-06"
    },
    {
      "slug": "noji-kunio",
      "name": "野路國夫",
      "kana": "のじ　くにお",
      "origin": "生え抜き（1969年入社）",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "福井県",
      "education": "大阪大学基礎工学部機械工学科 (1969)",
      "education_source": "https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E8%B7%AF%E5%9C%8B%E5%A4%AB",
      "prev_role": "取締役兼専務執行役員",
      "career": [
        {
          "company": "コマツ",
          "from": "1969-04",
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1969-04",
              "role": "入社"
            },
            {
              "date": "1997-06",
              "role": "取締役"
            },
            {
              "date": "1999-06",
              "role": "執行役員"
            },
            {
              "date": "2001-06",
              "role": "常務取締役兼常務執行役員"
            },
            {
              "date": "2003-04",
              "role": "取締役兼専務執行役員"
            },
            {
              "date": "2007-06",
              "role": "代表取締役社長兼CEO",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "2013-04",
              "role": "代表取締役会長"
            },
            {
              "date": "2013-04",
              "role": "社長退任（次期社長登用による推定）",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "next_ceo"
            },
            {
              "date": "2016-04",
              "role": "取締役会長"
            }
          ]
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "text": "1969年4月に入社した。1997年6月に取締役、1999年6月に執行役員へ就任し、2001年6月に常務取締役兼常務執行役員、2003年4月に取締役兼専務執行役員へ進んだ。この間の2001年6月には坂根正弘氏が社長へ就任している。",
            "people": [
              {
                "slug": "sakane-masahiro"
              }
            ]
          },
          {
            "frame": "selection",
            "text": "2007年6月、坂根正弘氏の後任として社長へ昇格し、坂根氏は代表権のある会長へ就任した。2007年3月期は3期連続の過去最高益であった。もっともキャタピラーとの規模差は残り、2006年度の総売上高はキャタピラーの約5兆円に対しコマツは約1.8兆円で、建設機械に限っても約3.1兆円対約1.5兆円だった。日本市場は1990年代前半の世界の40%から2005年に15%程度へ落ち、首位の米国ではキャタピラーが40%のシェアを占めていた。",
            "people": [
              {
                "slug": "sakane-masahiro"
              }
            ]
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "text": null
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6301/executives/ceo/noji-kunio/",
      "term_start": "2007-06",
      "term_end": "2013-04"
    },
    {
      "slug": "ohashi-tetsuji",
      "name": "大橋徹二",
      "kana": "おおはし　てつじ",
      "origin": "生え抜き（1977年入社）",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "千葉県",
      "education": "東京大学工学部 (1977)",
      "education_source": "https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%A9%8B%E5%BE%B9%E4%BA%8C",
      "prev_role": "取締役兼専務執行役員",
      "career": [
        {
          "company": "コマツ",
          "from": "1977-04",
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1977-04",
              "role": "入社"
            },
            {
              "date": "2004-01",
              "role": "コマツアメリカ 社長兼COO"
            },
            {
              "date": "2007-04",
              "role": "執行役員"
            },
            {
              "date": "2008-04",
              "role": "常務執行役員"
            },
            {
              "date": "2009-06",
              "role": "取締役兼常務執行役員"
            },
            {
              "date": "2012-04",
              "role": "取締役兼専務執行役員"
            },
            {
              "date": "2013-04",
              "role": "代表取締役社長兼CEO",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "2019-04",
              "role": "代表取締役会長"
            },
            {
              "date": "2019-04",
              "role": "社長退任（次期社長登用による推定）",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "next_ceo"
            }
          ]
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "text": "1977年4月に入社し、2004年1月にコマツアメリカの社長兼COOへ就任した。2007年4月に執行役員、2008年4月に常務執行役員、2009年6月に取締役兼常務執行役員へ進み、2012年4月に取締役兼専務執行役員となった。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "text": "2013年4月、野路國夫氏の後任として社長へ就任した。直前の2013年3月期は連結売上高1兆8849億円・税引前利益2046億円で、前期の1兆9817億円・2496億円から減っていた。中国では2011年に地場の三一重工が販売台数でコマツから年間首位を僅差で奪っている。鉱山機械では坑内掘り向けの機械や、露天掘り向けの積込重量400トン級ロープショベルやドラグライン、ドリルを持たなかった。",
            "people": [
              {
                "slug": "noji-kunio"
              }
            ]
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "text": "2016年7月21日、米ジョイ・グローバルを1株28.3ドル・総額約28.9億ドルで買収すると発表し、2017年4月に手続きを完了した。ジョイ・グローバルは1884年創業の鉱山機械大手で、従業員は約1万3400人、2015年10月期の連結売上高は約31.7億ドルであった。買収の狙いは、坑内掘り向けの機械や露天掘り向けの超大型ロープショベルを持たない品ぞろえの欠落を埋めることにあった。"
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6301/executives/ceo/ohashi-tetsuji/",
      "term_start": "2013-04",
      "term_end": "2019-04"
    },
    {
      "slug": "ogawa-hiroyuki",
      "name": "小川啓之",
      "kana": "おがわ　ひろゆき",
      "origin": "生え抜き（1985年入社）",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "大阪府",
      "education": "京都大学大学院金属加工学修士課程 (1985)",
      "education_source": "https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%B7%9D%E5%95%93%E4%B9%8B",
      "prev_role": "取締役兼専務執行役員",
      "career": [
        {
          "company": "コマツ",
          "from": "1985-04",
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1985-04",
              "role": "入社"
            },
            {
              "date": "2004-04",
              "role": "コマツアメリカ チャタヌガ工場長"
            },
            {
              "date": "2010-04",
              "role": "執行役員"
            },
            {
              "date": "2015-04",
              "role": "常務執行役員"
            },
            {
              "date": "2018-04",
              "role": "専務執行役員"
            },
            {
              "date": "2018-06",
              "role": "取締役兼専務執行役員"
            },
            {
              "date": "2019-04",
              "role": "代表取締役社長兼CEO",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "2025-04",
              "role": "取締役会長"
            },
            {
              "date": "2025-04",
              "role": "社長退任（次期社長登用による推定）",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "next_ceo"
            }
          ]
        }
      ],
      "statements": [
        {
          "quote": "こうした実際の経験の中でしか学べないことは数多くあったと今になって思います",
          "category": "キャリア",
          "date": "2019-10-10",
          "source": "経済界",
          "title": "「“経験知”に勝るものはない」コマツ新社長が語る未来―小川啓之",
          "publisher": "経済界",
          "url": "http://net.keizaikai.co.jp/archives/1354"
        },
        {
          "quote": "地道に地に足をつけたところできちんとやっていかないと、ふわふわした会社になってしまうと思っています",
          "category": "信念",
          "date": "2019-10-10",
          "source": "経済界",
          "title": "「“経験知”に勝るものはない」コマツ新社長が語る未来―小川啓之",
          "publisher": "経済界",
          "url": "http://net.keizaikai.co.jp/archives/1354"
        },
        {
          "quote": "成長する市場をターゲットにしていくのは当然ですので、インドやアフリカ、これらの市場に力を入れていかないと未来のコマツはないと考えています",
          "category": "事業",
          "date": "2019-10-10",
          "source": "経済界",
          "title": "「“経験知”に勝るものはない」コマツ新社長が語る未来―小川啓之",
          "publisher": "経済界",
          "url": "http://net.keizaikai.co.jp/archives/1354"
        },
        {
          "quote": "重要な数字は数多くあると思います。しかし特に重視するのは利益率です",
          "category": "株主",
          "date": "2019-10-10",
          "source": "経済界",
          "title": "「“経験知”に勝るものはない」コマツ新社長が語る未来―小川啓之",
          "publisher": "経済界",
          "url": "http://net.keizaikai.co.jp/archives/1354"
        },
        {
          "quote": "モノとコトの両方でイノベーションを起こし価値を上げる",
          "category": "顧客",
          "date": "2019-02",
          "source": "日刊工業新聞",
          "title": "新社長が米国工場長時代に実現したコマツの代名詞",
          "publisher": "日刊工業新聞社",
          "url": "https://newswitch.jp/p/16340"
        },
        {
          "quote": "企業文化は急にできあがるのではなくて、脈々と築かれていくものでしょうし、困難のときにいかに立ち向かうか、ということにもなる。過去のDNAが現場主義となって企業文化が形成されてきたのでしょう",
          "category": "組織",
          "date": "2023-05-09",
          "source": "文春オンライン",
          "title": "【百年企業・コマツの底力】小川啓之社長 北陸から世界へ雄飛した骨太メーカーが培った“企業理念”とは？",
          "publisher": "文藝春秋",
          "url": "https://books.bunshun.jp/articles/-/7957"
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "text": "1985年4月に入社し、2004年4月にコマツアメリカのチャタヌガ工場長へ就任した。2010年4月に執行役員、2015年4月に常務執行役員、2018年4月に専務執行役員へ進み、同年6月に取締役兼専務執行役員となった。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "text": "2019年4月、大橋徹二氏の後任として社長へ就任した。直前の2019年3月期は連結売上高2兆7252億円・税引前利益3775億円で、ジョイ・グローバルの買収を完了する前の2017年3月期の1兆8029億円・1665億円から伸びていた。買収の手続きが完了したのは2017年4月である。",
            "people": [
              {
                "slug": "ohashi-tetsuji"
              }
            ]
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "text": "2021年7月、スマートコンストラクション事業の権利義務の一部をランドログへ承継させ、同社はEARTHBRAINへ商号を変更した。2022年3月期の連結売上高は2兆8023億円、株主に帰属する当期純利益は2249億円であった。"
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6301/executives/ceo/ogawa-hiroyuki/",
      "term_start": "2019-04",
      "term_end": "2025-04"
    },
    {
      "slug": "imayoshi-takuya",
      "name": "今吉琢也",
      "origin": "生え抜き（1987年入社）",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": null,
      "education": null,
      "prev_role": "取締役兼専務執行役員",
      "career": [
        {
          "company": "コマツ",
          "from": "1987-04",
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1987-04",
              "role": "入社粟津工場総務部経理課"
            },
            {
              "date": "1998-08",
              "role": "アメリカ株式会社"
            },
            {
              "date": "2010-06",
              "role": "小松（中国）投資有限公司"
            },
            {
              "date": "2016-05",
              "role": "財務部長"
            },
            {
              "date": "2017-04",
              "role": "財務部長兼グローバル・リテール・ファイナンス事業本部長"
            },
            {
              "date": "2018-04",
              "role": "執行役員就任"
            },
            {
              "date": "2018-04",
              "role": "経営管理部長"
            },
            {
              "date": "2021-04",
              "role": "常務執行役員就任"
            },
            {
              "date": "2021-04",
              "role": "中国総代表兼小松（中国）投資有限公司董事長"
            },
            {
              "date": "2024-04",
              "role": "専務執行役員（経営管理管掌、中期経営計画担当）就任"
            },
            {
              "date": "2024-06",
              "role": "取締役兼専務執行役員就任"
            },
            {
              "date": "2025-04",
              "role": "代表取締役社長就任",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "2025-04",
              "role": "CEO"
            }
          ]
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_summary": "電動化・自動化・カーボンニュートラル対応への本格準備と次期中計策定を担い、2ラインモデル戦略を新ステージへ進める経営者である。\n\nPBR・PER水準への対応とトランプ政権下の地政学リスクを資本政策・地域戦略の中心課題に据えた。",
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "text": "1987年4月に入社して粟津工場総務部経理課へ配属され、1998年8月から2004年7月まで米国の現地法人、2010年6月から2013年8月まで小松（中国）投資有限公司に勤めた。2016年5月に財務部長、2018年4月に執行役員兼経営管理部長へ就任し、2021年4月には常務執行役員として中国総代表兼小松（中国）投資有限公司董事長を務めた。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "text": "2025年4月、小川啓之氏の後任として社長へ就任した。直前の2025年3月期は連結売上高4兆1043億円、税引前利益6048億円、株主に帰属する当期純利益4396億円であった。2024年4月に経営管理を管掌して中期経営計画を担当する専務執行役員となり、同年6月に取締役を兼ねてから1年で社長へ就任している。",
            "people": [
              {
                "slug": "ogawa-hiroyuki"
              }
            ]
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "text": null
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6301/executives/ceo/imayoshi-takuya/",
      "term_start": "2025-04",
      "term_end": null
    }
  ]
}
