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    {
      "slug": "nagaoka-consolidation-1976",
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      "year": 1976,
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      "decision_id": "6278-nagaoka-consolidation-1976",
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      "title": "長岡への工場設置と本社工場機能の移転による生産拠点の新潟県集約",
      "subtitle": "縁で持たされた雪国の工場を、東京の町工場はなぜ3年で本拠に変えたか",
      "status": "implemented",
      "status_label": "実施",
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      "issue": "生産拠点の立地と設備内製の集約",
      "decider": "片山一郎（社長）",
      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "1976年12月、ユニオンツールは新潟県長岡市妙見町に工場を設け、直線運動軸受の構成部品であるローラーガイドの専用工場とした。1979年7月には長岡市摂田屋町に長岡工場を新設して移転し、東京の本社工場が担っていた生産機能を新潟へ移した。以後45年余、同社の増産投資はすべて新潟県内で行われている。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "同社は1960年に東京都大田区で創業した歯科用超硬バーの町工場で、1970年からプリント配線板用超硬ドリル（PCBドリル）の生産に移った。製品をつくる加工機械をすべて自社で設計・製作する方針を採っていたため、機械を据える床面積と、それを扱い改良し続ける技能者を同じ場所に抱える必要があった。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "長岡との接点は、創業者の片山一郎氏が経営の悪化した知人の造船関係会社を引き取った縁から生まれた。約50人で始めた部品専用工場を、同社は3年足らずで本社工場の受け皿へ格上げし、1985年の第二工場から2001年の第五工場まで、増設を長岡南部工業団地内で連鎖させた。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "1981年に始めた北米での現地生産は2005年に中止され、供給は国内からの輸出に切り替わった。2006年以降は見附市にも三つの工場が建ち、生産は新潟県内に収まっている。グループ約1,500人のうち550人以上が長岡工場に勤める体制へ育った。"
        }
      ],
      "parties": [
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          "name": "ユニオンツール",
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            "note": "当時は東京都大田区に本社工場を置くPCBドリルメーカー。長岡への部品工場設置を経て、1979年に生産機能を新潟へ移した"
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        }
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      "dates": {
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        "summary": "加工機械を自社で設計・製作する方針を続けるために、機械の製作と量産を同じ敷地へ並べる必要があった。縁で得た長岡の部品工場を本社工場機能の移転先に選び、以後の設備投資を新潟県内へ集約した"
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          "title": "本社工場を新設しPCBドリルの生産を開始"
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          "title": "新潟県長岡市妙見町にローラーガイド専用工場を設置",
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        {
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          "title": "長岡市摂田屋町に長岡工場を新設移転し、生産機能を新潟へ移す"
        },
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          "title": "総額13億円を投じた長岡工場第三工場が完成"
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        {
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          "title": "米国子会社のPCBドリル現地生産を中止し、北米向けを国内からの輸出に切り替え"
        },
        {
          "year": 2024,
          "month": 5,
          "title": "見附第三工場を新設し、生産拠点は長岡市・見附市の新潟県内に収まる"
        }
      ],
      "snapshot": {
        "fiscal_year": "1979年11月期",
        "source": "ユニオンツール 有価証券報告書【沿革】",
        "companies": [
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            "stock_code": "6278",
            "name": "ユニオンツール",
            "fiscal_year": "1979年11月期（単体・JGAAP）",
            "president": "片山一郎",
            "hq": "東京都大田区",
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              "note": "株式公開前の期であり、当該年度の業績データは未取得"
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          "label": "背景",
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              "sub_title": "歯科用バーの町工場が選んだ内製という方針",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "ユニオンツールは1960年12月、片山一郎氏が東京都大田区に株式会社ユニオン化学研究所として設立した会社である。出発点は歯を削る歯科用の超硬バー、いわゆるデンタルバーで、国内では首位の生産量を持っていた。ただ市場そのものが小さく、片山氏は後年、米国の需要が月100万本であるのに対し日本は3万本にとどまると説明している。1970年3月に本社工場を新設してプリント配線板用超硬ドリルの生産を始め、翌1971年5月に商号をユニオンツールへ改めた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "創業時の主力は歯科用超硬バーで、国内需要は米国の30分の1程度にとどまっていた",
                      "原文": "もともと当社は、歯科材料の分野から出発したのですが、歯科用タングステン・カーバイト・バー、いわゆる歯科医の使うデンタル・バーですね。このドリルの生産を主な仕事にしていました。デンタルバーの生産では、国内のトップメーカーでした。（略）デンタル・バーのアメリカでの需要は月100万本、これに対して日本のそれはたった3万本。",
                      "source": "近代中小企業 1984年3月号（片山一郎ユニオンツール社長）",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/2653790/1/48"
                    },
                    {
                      "fact": "1960年12月に東京都大田区で設立し、1970年3月に本社工場を新設してPCBドリルの生産を開始、1971年5月に商号をユニオンツールへ変更した",
                      "原文": "1960年12月 東京都大田区に「株式会社ユニオン化学研究所」を設立しドリル、エンドミル、ロータリーバー等工業用超硬精密工具の試作研究を開始／1970年3月 本社工場を新設し、PCBドリル（プリント配線板用超硬ドリル）の生産開始／1971年5月 商号を「ユニオンツール株式会社」に変更し、PCBドリルの本格生産開始",
                      "source": "ユニオンツール 有価証券報告書 第65期（2025年12月期）【沿革】",
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                  ]
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                {
                  "text": "PCBドリルの量産にあたって同社が採ったのは、製品をつくる加工機械そのものを自社で設計・製作する道であった。片山氏は1989年の講演で、優れた製品を生産するための製造設備をすべて自社で創り出している点を会社の最大の特徴として挙げている。機械を内製する会社は、機械を据える床面積と、それを扱い改良し続ける技能者を、同じ敷地に抱え込むことになる。大田区の本社工場でその両方を伸ばす余地は限られていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "片山一郎社長は製造設備をすべて自社で創り出していることを会社最大の特徴として説明した",
                      "原文": "優れた製品を生産するための製造設備をすべて自社で創り出しているのが当社の大きな特徴で、製造・販売面での課題を設計に生かし、工夫・改良を加え、自動化・小型化をモットーに、技術力を集約して製作された専用機による生産体制は、品質の向上と原価低減に大きな効果をあげている。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1989年 第27巻第8号（日本証券アナリスト協会企業分析部会 1989年7月4日 講演要旨）",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/2730819"
                    },
                    {
                      "fact": "加工機械の内製は工程ごとの専用機を要し、周辺機器まで自社で賄っていた",
                      "原文": "同社はそれぞれの工程向けの専用加工機械はもちろん、原材料の前加工をする自動段付け機や製品検査用のデジタル測定器など周辺機器まで、生産設備を100%内製している。",
                      "source": "日経ビジネス 1993年3月15日号「ユニオンツール 超硬ドリルでトップ 自前の生産設備が強み」",
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        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
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              "sub_title": "知人の造船会社を引き取った縁から",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "長岡との接点は、立地の比較検討ではなく人の縁から始まった。片山貴雄氏は後年、父の友人が長岡市の隣の小千谷市で船の舵などを製造する会社を経営しており、その会社の経営が悪化して父が引き取ったことが転機になったと語っている。1976年12月、ユニオンツールは小千谷に近い長岡市妙見町に工場を設け、直線運動軸受の構成部品であるローラーガイドの専用工場とした。従業員は約50人であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "長岡進出は、経営が悪化した知人の造船関係会社を創業者が引き取った縁から始まった",
                      "原文": "父の友人が新潟県にいまして、長岡市の隣の小千谷市で船の舵などを製造する造船関係の会社の社長をしていました。転機になったのは、その会社の経営が悪化し、父が引き取ったことです。そんな縁もあって小千谷市に近い長岡市妙見町に工場をつくり、その後、現在の場所（長岡市南陽）に移りました。",
                      "source": "な！ナガオカ（長岡市 地方創生推進部 広報・魅力発信課, 2025年2月26日）「イルミネーションの名所？ いいえ、知る人ぞ知るトップ企業。『ユニオンツール』に見た地域密着の理想形」",
                      "url": "https://na-nagaoka.jp/archives/20887"
                    },
                    {
                      "fact": "1976年12月に長岡市妙見町へローラーガイド専用工場を設置した",
                      "原文": "1976年12月 新潟県長岡市妙見町に工場を設置し「ローラーガイド」の専用工場とする",
                      "source": "ユニオンツール 有価証券報告書 第65期（2025年12月期）【沿革】",
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                {
                  "text": "縁で持たされた部品工場を、同社は3年足らずで本拠へ格上げした。1979年7月、長岡市摂田屋町に長岡工場を新設して移転し、東京の本社工場が担っていた生産機能を新潟へ移す。部品専用の下請工場を主力工場に置き換える判断であり、東京に残ったのは本店と営業・管理の機能であった。以後の増産投資は、2020年代に至るまで一件の例外もなく新潟県内で行われている。",
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                    {
                      "fact": "1979年7月に長岡市摂田屋町へ長岡工場を新設移転した",
                      "原文": "1979年7月 新潟県長岡市摂田屋町に長岡工場を新設移転",
                      "source": "ユニオンツール 有価証券報告書 第65期（2025年12月期）【沿革】",
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                    {
                      "fact": "移転後の増設はすべて新潟県内で行われ、長岡市に第二から第五工場と熱処理棟、見附市に三工場が建った",
                      "原文": "1985年1月 長岡市長岡南部工業団地内に長岡工場第二工場を新設／1988年12月 長岡工場熱処理棟を新設／1991年4月 長岡工場第三工場を新設／1997年11月 長岡工場第四工場を新設／2001年8月 長岡工場第五工場を新設／2006年10月 新潟県中部産業団地内に見附工場を開設／2016年12月 見附市中部産業団地内に見附第二工場を新設／2024年5月 見附市中部産業団地内に見附第三工場を新設",
                      "source": "ユニオンツール 有価証券報告書 第65期（2025年12月期）【沿革】",
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        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
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              "sub_title": "長岡南部工業団地で続いた増設",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "移転後の長岡では、20年余にわたって増設が続いた。1985年1月に長岡南部工業団地内へ第二工場、1988年12月に熱処理棟、1991年4月に第三工場、1997年11月に第四工場、2001年8月に第五工場が建った。第三工場は総額13億円・床面積8,000平方メートルの規模で、片山一郎氏は1990年の講演で、雪解けを待って着工し年末に完成させ、PCBドリルの生産能力を20%引き上げる計画だと説明している。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "長岡工場第三工場は総額13億円・床面積8,000平方メートルで、PCBドリルの生産能力を20%引き上げる計画であった",
                      "原文": "今後はこうした資金を設備投資と研究開発投資に充てていく考えであり、当面、長岡に総額13億円を投じて第3工場（床面積8,000m2）を建設する。雪解けを待って着工し、年末に完成の予定で、これによりPCBドリルの生産能力を20%アップする計画だ。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1990年 第28巻第3号（日本証券アナリスト協会企業分析部会 1990年2月22日 講演要旨）",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/2730827"
                    },
                    {
                      "fact": "1985年から2001年にかけて長岡南部工業団地内に第二工場・熱処理棟・第三から第五工場が建った",
                      "原文": "1985年1月 長岡市長岡南部工業団地内に長岡工場第二工場を新設／1988年12月 長岡市長岡南部工業団地内に長岡工場熱処理棟を新設／1991年4月 長岡市長岡南部工業団地内に長岡工場第三工場を新設／1997年11月 長岡市長岡南部工業団地内に長岡工場第四工場を新設／2001年8月 長岡市長岡南部工業団地内に長岡工場第五工場を新設",
                      "source": "ユニオンツール 有価証券報告書 第65期（2025年12月期）【沿革】",
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                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "設備の製作と量産を同じ敷地に置いた効果は、需要変動への応答速度に表れた。片山氏は1993年の取材に、加工機械を内製していれば3カ月で増産体制が整うが、工作機械メーカーへ発注すれば稼働まで1年はかかると述べている。当時のユニオンツールは年産200万本のPCBドリル生産体制を国内に敷き、住友電気工業・東芝タンガロイ・三菱マテリアルという超硬工具大手3社を抑えて、国内40%・世界25%のシェアを保っていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "加工機械を内製していれば3カ月で増産体制が整うが、工作機械メーカーへの発注では稼働まで1年かかると片山社長が述べた",
                      "原文": "「PCBドリルは、家電やパソコンなど末端でヒット商品が出ると、需要が急増する。そんな時、加工機械を内製していれば3カ月で増産体制が整えられる。大手のように工作機械メーカーに発注すれば、稼働まで1年はかかる」（片山社長）。",
                      "source": "日経ビジネス 1993年3月15日号「ユニオンツール 超硬ドリルでトップ 自前の生産設備が強み」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1993年時点でPCBドリルの国内産200万本の生産体制を敷き、国内40%・世界25%のシェアを大手3社を抑えて確保していた",
                      "原文": "その後、大手3社の参入を受けながら、国内で40%、世界で25%のシェアを守り抜いてきた。（略）現在、ユニオンツールはPCBドリルで国内産200万本の生産体制を敷いている。大手に負けない量産体制を築くことができるのは、AD2によるところが大きい。",
                      "source": "日経ビジネス 1993年3月15日号「ユニオンツール 超硬ドリルでトップ 自前の生産設備が強み」",
                      "url": null
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            {
              "sub_title": "海外生産の撤収と新潟一極への回帰",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "いったん海外へ散らした生産も、最終的には新潟へ戻った。1981年3月に米カリフォルニア州で合弁により始めたPCBドリルの現地生産は2005年9月に中止となり、北米向けの供給は国内からの輸出に切り替えられた。国内では2006年10月に見附工場、2016年12月に見附第二工場、2024年5月に見附第三工場が開設され、生産拠点は長岡市と見附市に並ぶ形で新潟県内に収まっている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1981年3月に米国で合弁により現地生産を始め、2005年9月にPCBドリルの現地生産を中止した",
                      "原文": "1981年3月 米国カリフォルニア州に合弁会社「MEGATOOL INC.」（現：「U.S.UNION TOOL,INC.」）を設立しPCBドリルの現地生産開始／2005年9月 「U.S. UNION TOOL,INC.」PCBドリルの現地生産中止",
                      "source": "ユニオンツール 有価証券報告書 第65期（2025年12月期）【沿革】",
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                    {
                      "fact": "2006年10月に見附工場、2016年12月に見附第二工場、2024年5月に見附第三工場を開設した",
                      "原文": "2006年10月 新潟県中部産業団地内に見附工場を開設／2016年12月 見附市中部産業団地内に見附第二工場を新設／2024年5月 見附市中部産業団地内に見附第三工場を新設",
                      "source": "ユニオンツール 有価証券報告書 第65期（2025年12月期）【沿革】",
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                },
                {
                  "text": "2017年4月には長岡工場の敷地内に地域開放型の事業所内保育所が開かれ、社員の子だけでなく地域の子どもも受け入れる施設として運営が始まった。片山貴雄氏は2025年の取材で、グループ約1,500人のうち長岡工場に550人以上が勤めていることを挙げ、会社がここまで育ったのは長岡のおかげだと述べている。1976年に約50人で始めた工場は、半世紀を経てグループ人員の3分の1を超える拠点になった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2017年4月に長岡工場の敷地内へ地域開放型の事業所内保育所を開設した",
                      "原文": "2017年4月 長岡工場の敷地内に、地域開放型事業所内保育所「ゆにおんの杜　南陽保育園」を開設",
                      "source": "ユニオンツール 有価証券報告書 第65期（2025年12月期）【沿革】",
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                    },
                    {
                      "fact": "グループ約1,500人のうち長岡工場に550人以上が勤め、会長は会社の成長を長岡のおかげだと述べている",
                      "原文": "ユニオンツールがここまで飛躍的に大きく育ったのは長岡のおかげです。雪国の感性なのか、長岡工場に勤務する人たちは忍耐強く真面目に仕事をしてくれますし、ロボットを導入するなどといった新しいアイデアも積極的に出してくれます。",
                      "source": "な！ナガオカ（長岡市 地方創生推進部 広報・魅力発信課, 2025年2月26日）「イルミネーションの名所？ いいえ、知る人ぞ知るトップ企業。『ユニオンツール』に見た地域密着の理想形」",
                      "url": "https://na-nagaoka.jp/archives/20887"
                    }
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              "sub_title": "偶然の立地を本拠に変えたもの",
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                {
                  "text": "加工機械をすべて自社でつくる会社にとって、工場は製品をつくる場所であると同時に、その製品をつくる機械をつくる場所でもある。片山一郎氏が1979年に本社工場の生産機能ごと長岡へ移したのは、設計と製作と量産を一つの敷地に並べなければ内製という方針が続かないと見たからだとみられる。約50人で始めた部品専用工場は、3年足らずで本社工場の受け皿へ格上げされた。"
                },
                {
                  "text": "もっとも、長岡が選ばれた理由そのものは立地の計算ではなく、経営が悪化した知人の造船関係会社を引き取ったという偶然の縁であった。その工場が550人を超える主力へ育つまでには半世紀近くを要し、その間には第二から第五までの工場と見附の三工場を建て続ける判断が繰り返されている。偶然に得た土地を本拠へ変えたのは最初の移転そのものではなく、そこへ投資を重ねた後年の選択であったといえる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "近代中小企業 1984年3月号（片山一郎ユニオンツール社長）",
        "証券アナリストジャーナル 1989年 第27巻第8号（日本証券アナリスト協会企業分析部会 1989年7月4日 講演要旨）",
        "証券アナリストジャーナル 1990年 第28巻第3号（日本証券アナリスト協会企業分析部会 1990年2月22日 講演要旨）",
        "日経ビジネス 1993年3月15日号「ユニオンツール 超硬ドリルでトップ 自前の生産設備が強み」",
        "な！ナガオカ（長岡市 地方創生推進部 広報・魅力発信課, 2025年2月26日）「イルミネーションの名所？ いいえ、知る人ぞ知るトップ企業。『ユニオンツール』に見た地域密着の理想形」",
        "ユニオンツール 有価証券報告書 第65期（2025年12月期）【沿革】"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-24"
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    {
      "slug": "stock-listing-1996",
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      "year": 1996,
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      "title": "店頭登録を経た東証二部上場と、2年後の一部指定・香港子会社の設立",
      "subtitle": "売上高が小さすぎると断られた高収益の町工場は、何を待って市場を上がったか",
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      "decider": "片山一郎（創業者・会長）",
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          "label": "概要",
          "text": "ユニオンツールは1996年9月に東京証券取引所市場第二部へ株式を上場し、1998年5月に市場第一部へ上場した。二部への最初の申請は1988年11月期の決算をもとに行われたが、売上高が小さすぎるとして認められず、同社は1989年6月の店頭登録を経て8年をかけて二部へ入った。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "1988年11月期の売上高は61億円、経常利益は18億円で、経常利益率は約30%であった。加工機械をすべて自社で設計・製作する生産体制と、値引き販売をしない方針により、同社は創業以来およそ50%の粗利益率を保っていた。収益力は基準を上回っていた一方、規模の一点で申請は通らなかった。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "店頭登録では新株70万株を発行して28億5,100万円を調達し、借入金の返済に充てて借入金依存度を6.89%まで下げた。片山一郎社長は登録直後の講演で、売上高100億円の達成時点が二部への再挑戦の機会になると述べている。連結売上高が103億円となったのは1995年11月期であった。"
        },
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          "label": "含意",
          "text": "二部上場後、同社は1997年8月に台湾子会社を100%子会社化し、1998年2月に香港へ販売子会社を設立、同年5月に一部へ上場した。二部から一部までは1年8か月であった。片山一郎会長は一部上場の最大の要因として、事業を広げず土地や株式に投資しなかったことを挙げている。"
        }
      ],
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          "name": "ユニオンツール",
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            "note": "プリント配線板用超硬ドリルで国内首位・世界シェア25%を占める高収益メーカー。1989年6月に店頭登録、1996年9月に東証二部、1998年5月に東証一部へ上場した"
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          "title": "1988年11月期の売上高61億円・経常利益18億円をもとに東証二部上場を申請、売上高が小さすぎるとして認められず"
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          "title": "日本証券業協会に店頭登録。新株70万株の発行で28億5,100万円を調達"
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          "title": "連結売上高が103億円となり、片山一郎社長が二部再挑戦の目安とした100億円を超える"
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          "title": "香港に販売子会社「佑能工具香港有限公司」を設立"
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          "title": "東京証券取引所市場第一部に株式を上場"
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      "snapshot": {
        "fiscal_year": "1995年11月期",
        "source": "ユニオンツール 会社年鑑（連結業績）",
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            "name": "ユニオンツール",
            "fiscal_year": "1995年11月期（連結・JGAAP）",
            "president": "片山一郎",
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                {
                  "text": "ユニオンツールが東京証券取引所市場第二部への上場を最初に申請したのは、1988年11月期の決算を終えた時点であった。この期の売上高は61億円、経常利益は18億円で、経常利益率はおよそ30%に達していた。申請は認められなかった。理由は売上高が小さすぎるというもので、片山一郎社長は翌1989年7月の日本証券アナリスト協会企業分析部会で、これを心外だったと述べている。",
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                      "fact": "1988年11月期の業績をもとに東証二部上場を申請したが、売上高が小さすぎるとして認められなかった",
                      "原文": "そして、当社は数年前から株式を上場したいと考えて努力し、昭和63年11月期に売上高61億円、経常利益18億円となったのを機に、東証第二部への上場を申請したが、売上高が小さすぎるという理由で認められなかった。これは心外だったが、このたび店頭登録を許可されたので、これを足場に、できるだけ早い機会に二部上場を果たすべく、再度挑戦したいと思っている。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1989年 第27巻第8号「ユニオンツール」（片山一郎社長講演、平成元年7月4日）",
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                },
                {
                  "text": "同社は創業以来、粗利益率をおよそ50%に保ってきた。製品をつくる加工機械をすべて自社で設計・製作し、少人数で運転する生産体制を敷いていたことに加え、値引き販売を行わないという方針を崩さなかったことが、この水準を支えていた。主力のプリント配線板用超硬ドリルは国内首位を長年占め、世界市場でも25%のシェアを得ていた。収益力では上場企業の水準を上回りながら、規模の一点で退けられた形であった。",
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                    {
                      "fact": "自社製の専用機による生産と値引き販売をしない方針で、創業以来およそ50%の粗利益率を維持していた",
                      "原文": "こうして当社はPCBドリルからローラーガイド、さらに測定器へと発展してきたが、非常に合理化した生産方法をとっているためコストが安く、利益率が高いのが特色だ。創業以来いつも50%ぐらいの粗利益率を維持している。これには当社が絶対に値引き販売はしない姿勢を堅持していることも寄与していると言えよう。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1989年 第27巻第8号「ユニオンツール」（片山一郎社長講演、平成元年7月4日）",
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                    {
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                      "原文": "例えば、プリント基板用超硬ドリルのフルート(溝切り)研削盤は業界他メーカーより10年先駆けて全自動化し、その安定した品質は全世界で高く評価され、世界市場の25%のシェアを確保するに至った。",
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                  "text": "二部を断られた同社は、1989年6月22日に日本証券業協会の店頭登録銘柄として株式を公開した。登録に際して新株70万株を発行し、28億5,100万円を調達している。この資金を借入金の返済に充てた結果、借入金依存度は6.89%まで下がり、金融収支は初めて黒字に転じた。手元流動性比率は3.9倍に達し、長岡工場第三工場に投じる13億円もここから賄う計画が立った。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "店頭登録で新株70万株を発行して28億5,100万円を調達し、借入金の返済に充てて借入金依存度を6.89%まで下げた",
                      "原文": "昨年6月の店頭登録の際に新株を70万株発行して28億5,100万円を調達し、これで借入金を返済した結果、借入金依存度が6.89%に低下し、金融収支は初めて黒字に転じた。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1990年 第28巻第3号「ユニオンツール」（片山一郎社長講演、平成2年2月22日）",
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                    {
                      "fact": "調達資金は設備投資と研究開発に充て、長岡に総額13億円で第三工場を建設する計画であった",
                      "原文": "今後はこうした資金を設備投資と研究開発投資に充てていく考えであり、当面、長岡に総額13億円を投じて第3工場(床面積8,000m2)を建設する。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1990年 第28巻第3号「ユニオンツール」（片山一郎社長講演、平成2年2月22日）",
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                },
                {
                  "text": "公開には代償も伴った。経理内容の開示によって売上高経常利益率が29〜30%に及ぶことが取引先の知るところとなり、もうけ過ぎであるとして値引きを強く求められた。1989年11月期の売上高は当初見通しの71億円に対して67億300万円にとどまっている。もっとも経常利益は19億5,300万円と見通しを上回り、2億5,000万円を見込んでいた公開費用も1億4,000万円ほどで収まった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "株式公開に伴う開示で利益率が知られ、取引先から値引きを求められて売上高が当初見通しを下回った",
                      "原文": "当初見通しでは売上高71億円、経常利益18億円としていたので、売上高はそれをかなり下回ったが、これは、株式公開に伴う経理内容等のディスクロージャーにより、ユーザーから、売上高経常利益率が29～30%にもなっているのはもうけ過ぎという理由で、値引きを強く要請されたことによるものである。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1990年 第28巻第3号「ユニオンツール」（片山一郎社長講演、平成2年2月22日）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1989年11月期は売上高67億300万円・経常利益19億5,300万円と過去最高を更新した",
                      "原文": "当社は平成元年6月22日に株式を公開させていただき、そのお陰もあって、同年11月期(第29期)は売上高67億300万円(前期比10.5%増)、経常利益19億5,300万円(同10.2%増)と過去最高となった。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1990年 第28巻第3号「ユニオンツール」（片山一郎社長講演、平成2年2月22日）",
                      "url": null
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        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "100億円を待つ",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "片山一郎社長は店頭登録の直後、二部への再挑戦の時期をはっきり口にしていた。1989年7月の講演では、3年後ぐらいに売上高100億円を達成する時点がチャンスになると述べ、続けて、売上高が増えて利益率が下がったのでは面目ないので今後も利益率を下げないように頑張り、経常利益を30億円ぐらいにもっていきたいと語っている。規模と利益率の双方を条件に置いた発言であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "片山一郎社長は、売上高100億円の達成時点が二部上場再挑戦の機会になると述べ、利益率は下げないと語った",
                      "原文": "現実には、3年後ぐらいに売上高100億円を達成する時点がチャンスということになりそうだ。もちろん、売上高が増えて利益率が下がったのでは面目ないので、今後も利益率を下げないように頑張り、経常利益を30億円ぐらいにもっていきたい。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1989年 第27巻第8号「ユニオンツール」（片山一郎社長講演、平成元年7月4日）",
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                },
                {
                  "text": "連結売上高が100億円を超えたのは1995年11月期で、103億円であった。予告した3年後ではなく6年後にあたる。この間に同社は米国とスイスの販売子会社を100%子会社とし、1995年12月には中国に佑能工具（上海）有限公司を設けている。1996年に入ると1月に本社事務所を東京都品川区南大井へ移し、2月に同所を本店所在地とし、3月には静岡県長泉町に三島研究所を開設した。二部上場はその年の9月であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1995年11月期の連結売上高は103億円、当期純利益は10億円であった",
                      "原文": "1995年11月期（連結）の売上高は103億円、当期純利益は10億円であった。",
                      "source": "ユニオンツール 会社年鑑（連結業績）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1995年から1996年にかけて海外子会社の完全子会社化、上海子会社の設立、本社事務所の移設、三島研究所の開設が続き、1996年9月に東証二部へ上場した",
                      "原文": "平成７年４月　海外子会社「MEGATOOL INC.」および「UNION TOOL EUROPE S.A.」の株式を取得し100％子会社とする／平成７年12月　中国に子会社「佑能工具(上海)有限公司」を設立／平成８年１月　東京都品川区に本社事務所を移設／平成８年２月　本社事務所を本店所在地とする／平成８年３月　静岡県駿東郡長泉町に三島研究所開設／平成８年９月　東京証券取引所市場第２部に株式を上場",
                      "source": "ユニオンツール 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    }
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            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "1年8か月で一部へ",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "東証二部への上場は1996年9月に実現した。最初の申請から8年、店頭登録からは7年が経っていた。上場後の同社は増産と海外拠点の整備を続け、1997年8月に台湾佑能工具股份有限公司を100%子会社とし、同年11月には長岡工場第四工場を新設している。1998年2月には香港の九龍に佑能工具香港有限公司を設立した。資本金180万香港ドルの全額出資会社で、同社製品の販売を担った。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1997年8月に台湾子会社を100%子会社化し、同年11月に長岡工場第四工場を新設、1998年2月に香港へ子会社を設立した",
                      "原文": "平成９年８月　海外子会社「台湾佑能工具股份有限公司」の株式を取得し100％子会社とする／平成９年11月　長岡市長岡南部工業団地内に長岡工場第四工場を新設／平成10年２月　香港に子会社「佑能工具香港有限公司」を設立／平成10年５月　東京証券取引所市場第１部に株式を上場",
                      "source": "ユニオンツール 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "佑能工具香港有限公司は香港九龍に置かれ、資本金180万香港ドル・議決権所有割合100%の販売子会社であった",
                      "原文": "佑能工具香港有限公司　香港九龍　千HK$1,800　切削工具・直線運動軸受・その他　100.0　当社からの製品の購入",
                      "source": "ユニオンツール 有価証券報告書（2005年11月期・連結）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "東京証券取引所市場第一部への上場は1998年5月であった。二部からは1年8か月である。片山一郎会長は同年7月、この経緯を自然の法則に逆らわない経営として説明し、むやみに事業を広げたり、バブル時に土地や株式へ投資したりすることは一切してこなかった、その自然体経営が一部に上場できた最大の要因だと思うと語っている。上海に続く香港の拠点と市場区分の引き上げは、同じ年に重なった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "片山一郎会長は、事業を広げず土地や株式に投資しなかったことが1998年5月の東証一部上場の最大の要因だと語った",
                      "原文": "この自然に逆らってむやみに事業を広げたりとか、バブル時に土地や株式投資などは一切してきませんでした。この自然体経営が、5月に東証一部に株式を上場できた最大の要因だと思っています。",
                      "source": "日経ビジネス 1998年7月6日号「有訓無訓 自然に逆らった技術は発展しない」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "筆者見解",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "店頭登録から二部、二部から一部という段取りを、成長企業がたどる当然の道筋と読むと、この会社が何を待っていたのかが見えなくなる。1988年に足りないと判定されたのは収益力ではなく売上高であり、片山一郎氏は値引きをしないという条件を外せば規模をつくれる立場にいた。それを選ばず、経常利益率を30%近くに保ったまま売上高が100億円に届くのを待った点に、この判断の性格が表れているとみることができる。"
                },
                {
                  "text": "もっとも、待つことには代償がついた。店頭登録で経理内容を開示した途端、取引先はもうけ過ぎを理由に値引きを求め、1989年11月期の売上高は見通しを4億円近く下回っている。公開は資金と信用をもたらす一方で、高い利益率そのものを交渉材料に変えた。それでも片山氏が1998年に一部上場の要因として挙げたのは、新製品でも買収でもなく、事業を広げず土地や株式に手を出さなかったという不作為であった。何をしたかではなく何をしなかったかで市場区分を上がる会社もあるといえる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "証券アナリストジャーナル 1989年 第27巻第8号「ユニオンツール」（片山一郎社長講演、1989年7月4日）",
        "証券アナリストジャーナル 1990年 第28巻第3号「ユニオンツール」（片山一郎社長講演、平成2年2月22日）",
        "日経ビジネス 1998年7月6日号「有訓無訓 自然に逆らった技術は発展しない」",
        "ユニオンツール 有価証券報告書【沿革】",
        "ユニオンツール 有価証券報告書（2005年11月期・連結）",
        "ユニオンツール 会社年鑑（連結業績）"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-24"
    }
  ]
}
