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      "title": "切断装置の自社開発と、砥石・装置・使い方を一社で担う体制への転換",
      "subtitle": "売るのは砥石か、切るという結果か——米国での失敗が砥石屋に迫った問い",
      "status": "implemented",
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      "issue": "砥石専業からの業態転換と装置の内製化",
      "decider": "関家三男（社長）・関家憲一（後の第2代社長）",
      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "砥石メーカーであった第一製砥所は、自社の極薄切断砥石を使いこなす装置を自ら設計し、1975年2月に半導体用ダイシングソーの販売を始めた。砥石・装置・使い方の三つを一社で担う体制へ移り、1977年4月には商号をディスコへ改めている。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "1968年に40ミクロンの切断砥石を作り上げ、翌1969年には米国へ販売拠点を置いた。砥石そのものには関心が集まったものの、それを活かす切断用の機械が現地になく、売り込みは行き詰まって撤退した。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "工作機械メーカーには装置の開発を断られ、下請けでも思うものができず、技術者を招いて自社に機械部を立ち上げた。開発は七年に及び、当初採ったマルチブレード方式は半導体の切断に向かないと分かる。一号機の完成は1975年であった。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "装置と消耗品を一社で持つ形は他社が真似しにくく、1980年代半ばにはダイシングソーで国内95%・世界80%のシェアとなった。「切る・削る・磨く」に絞る今日の骨格は、この転換で据えられたとみることができる。"
        }
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          "name": "第一製砥所（現ディスコ）",
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            "note": "広島県呉市で創業した工業用砥石メーカー。極薄の切断砥石から半導体用ダイシングソーへ進み、1977年4月に商号をディスコへ変更した"
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        "summary": "米国で切断砥石だけを売ろうとして、それを使いこなす装置が現地に無く撤退した経験から、装置を自社で設計する道へ進み、砥石・機械・使い方の三つを一社で抱える体制に転換した業態の組み替え"
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          "title": "工業用砥石の製造・販売を目的に広島県呉市で第一製砥所を創業"
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          "title": "40ミクロンの極薄切断砥石を開発し、日刊工業新聞社の十大新製品賞の第一号を受賞"
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        {
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          "title": "米国販売拠点として DISCO ABRASIVE SYSTEMS, INC. を設立"
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          "title": "精密切断装置を開発、販売を開始"
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          "title": "半導体用ダイシングソーを開発・販売開始、精密ダイヤモンド工具へ進出",
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          "title": "商号を「株式会社ディスコ」に変更"
        },
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          "title": "精密平面研削装置を開発、販売を開始"
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          "title": "店頭売買銘柄としての登録承認を受け株式を公開"
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      "snapshot": {
        "fiscal_year": "1979年1月期",
        "source": "オール大衆 第34巻18号掲載の業績推移",
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            "stock_code": "6146",
            "name": "ディスコ",
            "fiscal_year": "1979年1月期（単体・JGAAP）",
            "president": "関家三男",
            "hq": "東京・田町（当時）",
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              "unit": "億円",
              "note": "決断年（1975年）前後の業績は公開資料が確認できず、最も近い公表値を採った。1980年1月期49億円・1981年1月期68億円と続く"
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              "sub_title": "薄さを競った砥石屋",
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                {
                  "text": "第一製砥所が広島県呉市で工業用砥石の製造販売を始めたのは1937年である。1940年代に入って砥粒を樹脂で結ぶレジノイド砥石が業界へ入り、低い温度で成形できることから薄い砥石が作れるようになった。戦後の住宅復興期には家庭用の積算電力計に入る磁石を切るため、1.5ミリ厚の砥石を開発している。1956年には万年筆メーカーの依頼で、ペン先の溝を切る砥石を手がけた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1937年の創業後、レジノイド砥石の登場で薄い砥石が作れるようになり、積算電力計の磁石用に1.5ミリ厚、1956年には万年筆のペン先用の砥石を開発した",
                      "原文": "一九四二、三年頃になって、砥粒と砥粒を結びつける結合剤に樹脂を使ったレジノイド砥石が業界に投入されました。（中略）そういう製法が導入されて、比較的薄い砥石が作れるようになり、切断にも砥石が使用されるようになったのです。（中略）当社はその磁石を切断する一・五ミリ厚の砥石をレジノイド砥石で開発しました。（中略）一九五六年になって、ある万年筆メーカーさんからの依頼でペン先の溝を切る砥石を開発しました。",
                      "source": "商工ジャーナル 1995年6月号（商工中金経済研究所）関家憲一氏談話",
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                {
                  "text": "薄さの競争は、やがてミクロンの領域へ入った。大手の半導体メーカーから、七〇ミクロンかそれ以下になれば半導体の加工におもしろいと示唆され、1968年には40ミクロンの砥石までこぎ着けている。この砥石は日刊工業新聞社の十大新製品賞の第一号を受けた。当時はまだシリコンバレーという呼び名すら無かったが、米国で半導体産業が立ち上がる兆しは見えていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "半導体メーカーの示唆を受けて1968年に40ミクロンの切断砥石を開発し、日刊工業新聞社の十大新製品賞の第一号を受賞した",
                      "原文": "それが、大手の半導体メーカーさんから、もう少し薄く、七〇ミクロンかそれ以下になれば半導体を加工するのにおもしろい、という示唆をいただいたのです。やってみたら、七〇ミクロンができ、一九六八年には四〇ミクロンのものまで作れました。そして、それが日刊工業新聞社さんの十大新製品賞の第一号を受賞したのです。",
                      "source": "商工ジャーナル 1995年6月号（商工中金経済研究所）関家憲一氏談話",
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              "paragraphs": [
                {
                  "text": "昭和三十年代の末、同社は研削砥石から退いて切断砥石に特化する。提案したのは創業者である関家三男氏の子息、関家憲一氏と関家臣二氏の兄弟で、二人とも慶應義塾大学の文科系出身であり技術屋ではなかった。古手の技術者からは抵抗もあったが、関家三男氏の決断で進路が決まる。零細な企業が大企業と同じ製品を扱っていては伸びないという読みであった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "昭和30年代末に研削砥石から撤退して切断砥石へ特化する提案を関家憲一氏と関家臣二氏の兄弟が出し、関家三男氏の決断で決まった",
                      "原文": "昭和30年代の末だ。ディスコは大胆な変身を決断する。その原動力となったのは、関家会長の子息の憲一社長と臣二副社長の兄弟であった。この2人は、それぞれ慶大経済学部卒、同文学部卒という文科系の出身で関家会長同様、技術屋ではない。その分、技術にこだわりがないのが、研削砥石から撤退し、切断砥石への特化を図るという、実に思い切った提案を出すことになる。",
                      "source": "決断 1986年1月号（サバイバル出版）",
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                {
                  "text": "切断砥石は、使い方の蓄積とひとまとめにして売られた。営業に回った関家臣二氏は、鉄、銅、アルミ、ガラス、結晶材料と、砥石で切れそうなものを片端から切り、材料に応じた使い方を体得したと語っている。使い方というソフトを付けて高付加価値化したというのが本人の説明であり、のちに三位一体と呼ぶ体制の一角は、この時期に経験として溜まっていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "関家臣二氏は営業で材料を片端から切り、砥石の使い方というソフトを付けて高付加価値化したと述べている",
                      "原文": "鉄、銅、アルミ、ガラス、結晶材料、石ころ……、要するに砥石で切れそうなものなら何でも切りまくる。「砥石もハサミと同じで材料に応じた使い方をすれば、実によく切れるし長持ちすることをアドバイスできるようになった。つまり使い方というソフトをつけ、高付加価値化したということです」",
                      "source": "決断 1986年1月号（サバイバル出版）",
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          "label": "決断",
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              "sub_title": "米国で砥石だけが売れなかった",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1969年、同社はシリコンを切る用途を狙って米国へ出た。有価証券報告書の沿革には、同年12月に米国販売拠点として DISCO ABRASIVE SYSTEMS, INC. を設立したと記されている。砥石そのものには確かに関心が集まった。ところが、その砥石を活かせる切断用の機械が現地に無く、結局は撤退したと関家憲一氏は述べている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1969年12月に米国販売拠点 DISCO ABRASIVE SYSTEMS, INC. を設立した",
                      "原文": "1969年12月　米国販売拠点として、DISCO ABRASIVE SYSTEMS,INC.（現DISCO HI-TEC AMERICA,INC.）を設立。",
                      "source": "ディスコ 有価証券報告書（2025年3月期）【沿革】",
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                      "原文": "確かに皆さん興味をもたれた。ところがその砥石を活かせる切断用の機械がなくて、結局、撤退ということになりました。",
                      "source": "商工ジャーナル 1995年6月号（商工中金経済研究所）関家憲一氏談話",
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                {
                  "text": "つまずきの原因は、業界の分業にあった。切断装置の砥石は砥石メーカー、機械は工作機械メーカー、そして使い方はユーザーが考えるというように、三者はばらばらであった。ディスコはその三つを一社でやらなければいけない羽目になった、これが強みになったと関家憲一氏は振り返っている。同社のマークに引かれた三本の線は、砥石・機械・応用の三位一体を表している。",
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                      "原文": "それまでは、切断装置の砥石は砥石メーカー、機械は工作機械メーカー、そしてその使い方はユーザーが考えていた。皆、ばらばらなんです。結論から先にいいますと、ディスコは、その三つを一社でやらなければいけない羽目になったのです。で、これが強みになった。そのきっかけは、アメリカでの失敗ということです。ディスコのマークの三本の線は、それぞれ、アブレイシブ・テクノロジーとメカトロニクスのテクノロジーとアプリケーションを表している。",
                      "source": "商工ジャーナル 1995年6月号（商工中金経済研究所）関家憲一氏談話",
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            {
              "sub_title": "七年かけて機械を作る",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "最初は工作機械メーカーへ装置の開発を依頼したが、相手にされなかった。やっと見つけた下請けでも思うものができず、自社で設計するほかないという結論になる。工作機械メーカーの技術者を一人スカウトし、機械部長として据えてようやく開発が動き出した。装置への参入には社内の反対もあり、広島・呉の自社工場はそっぽを向いたと後年の記事は伝えている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "工作機械メーカーに開発を断られ下請けでも実現せず、工作機械メーカーの技術者を一人招いて機械部長とし、自社設計に踏み切った",
                      "原文": "まず、工作機械メーカーに装置の開発を依頼した。しかし、皆さん相手にしてくれないのですよ。やっと探した下請メーカーでも、うまくいかなかった。やっぱりウチで設計しなくては、思うようなものはできないという結論になって、ある工作機械メーカーの技術者を一人スカウトし、その人を機械部長としてスタートしました。",
                      "source": "商工ジャーナル 1995年6月号（商工中金経済研究所）関家憲一氏談話",
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                    {
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                      "原文": "装置事業への参入に猛反対した広島・呉の自社工場はそっぽを向き、大手メーカーも難色を示した。誰も作ってくれない中、手探りで装置の設計に着手。当時本社があった東京・田町にほど近い大田区内の町工場を回って部品を作ってもらい、試作機を組み立てた。",
                      "source": "週刊東洋経済 2007年1月20日号「企業・産業 シリコンサイクルに負けない経営 もう赤字にはならない！ ディスコ“大改革”の中身」",
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                {
                  "text": "砥石を開発した1968年から七年ほどは失敗が続いた。最初の機械は切れることは切れたが、水をまき散らして音も大きく、これでは半導体の工場では使えないと言われている。当初は半導体メーカーの提案でマルチブレード方式を採ったが、ICの切断には一枚ずつ高速で切るシングルブレード方式のほうが優れていた。原型となる一号機ができたのは1975年である。",
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                      "fact": "1968年から七年ほど失敗が続き、初号機は工場で使えないと言われ、マルチブレード方式はICの切断に不向きで、1975年に原型となる一号機が完成した",
                      "原文": "砥石を開発した一九六八年から七年くらいもの間は失敗の連続でした。最初に作った機械でも、切れることは切れる、精度もそれなりに出るのですが、水をまき散らしたり、音も大きかった。ユーザーさんからは、こんな機械では半導体の工場では使えないといわれました。（中略）ところが、結果的には、ICの切断にはマルチブレードじゃだめで、一枚一枚、高スピードで切っていくシングルブレードシステムの方がずっと優れていたのです。（中略）いまのダイシングソーの原型となった、本格的な半導体切断装置の一号機「自動スクライバ／ダイサ2H型」は、それから一年ちょっと経った一九七五年にできました。",
                      "source": "商工ジャーナル 1995年6月号（商工中金経済研究所）関家憲一氏談話",
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              "sub_title": "米国への再挑戦と後工程の寡占",
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                {
                  "text": "1975年5月、一度は退いた米国の展示会に一号機を出品したところ、引き合いだけで500社を超えた。有価証券報告書の沿革は、同年2月に半導体用ダイシングソーを開発して販売を始め、精密ダイヤモンド工具へ進出したと記す。1977年4月には商号を第一製砥所からディスコへ改めた。砥石を売るための機械が、会社の看板を替えたことになる。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1975年5月に米国の展示会へ出品し引き合いが500社を超え、1975年2月に半導体用ダイシングソーの販売を開始、1977年4月に商号をディスコへ変更した",
                      "原文": "“ミクロンカット”の開発から7年後の昭和50年、待望のIC専用のダイシングソーDAD-2Hが完成した。この年5月には、一度は失敗を余儀なくされた米国に再チャレンジ。セミコン・ウエスト・ショーに出品するや爆発的な人気を獲得。引き合いだけで500社を超えたほどだった。",
                      "source": "決断 1986年1月号（サバイバル出版）",
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                      "fact": "1975年2月に半導体用ダイシングソーを開発・販売開始し精密ダイヤモンド工具へ進出、1977年4月に「株式会社ディスコ」へ商号変更した",
                      "原文": "1975年２月　半導体用ダイシングソーを開発、販売を開始。精密ダイヤモンド工具へ進出。／1977年４月　「株式会社ディスコ」に商号変更。",
                      "source": "ディスコ 有価証券報告書（2025年3月期）【沿革】",
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                    {
                      "fact": "砥石を売るために機械を作った結果、精密機械メーカーになっていたと関家憲一氏は総括している",
                      "原文": "もともとは砥石屋が出発で、作った砥石を売るために機械を作った。それがたくさんの引合いがあって気がついたら精密機械メーカーになっていたということですね。",
                      "source": "商工ジャーナル 1995年6月号（商工中金経済研究所）関家憲一氏談話",
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                {
                  "text": "1980年代半ばには、ダイシングソーで国内の95%、世界でも80%というシェアを握った。資本金19億円・売上高175億円・経常利益30億円強・従業員600人という規模で、IBMやテキサス・インスツルメンツから日立や東芝まで、世界の約300の半導体工場に装置が入っていた。同じ領域には20社から30社が参入したが、残ったのは同社を含めて世界で四社であった。",
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                    {
                      "fact": "1980年代半ばのディスコはダイシングソーで国内95%・世界80%のシェアを持ち、資本金19億円・売上高175億円・経常利益30億円強・従業員600人、世界約300の半導体工場で装置が使われ、参入した20〜30社は消えて残ったのは同社以外に3社であった",
                      "原文": "東京・大田区に本社を置くシリコンウェハー切断装置（ダイシングソー）メーカー、ディスコは、国内の95%、世界でも80%という、ほぼ独占的なシェアを誇る企業である。資本金19億円、売上高175億円（昭和60年1月期見込み）経常利益30億円強（同）、従業員600人。（中略）この領域に新しいビジネスチャンスを求めてか、国内外から20～30社が続して参入してきた。だが、ことごとく消え去り、今ではディスコのほかは世界でもたった3社だけである。",
                      "source": "決断 1986年1月号（サバイバル出版）",
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                {
                  "text": "三位一体の効き方は、後年の取材でも同じ言葉で説明されている。利益率の高い消耗品である砥石が安定した利益の基盤となり、装置専業のメーカーには無い強みになった。顧客の要求に応えられないとき、装置だけの会社なら他社から買った砥石のせいにできるが、両方を手がける同社には言い逃れがきかない。客が本当に欲しいのは砥石でも装置でもなく結果であると溝呂木斉社長は語っている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "砥石と装置の両方を製造する形が高収益の秘訣であり、消耗品の砥石が安定的な利益基盤となって装置専業メーカーには無い強みになっている",
                      "原文": "高成長・高収益の秘訣は、他に例のない“砥石と装置の両方を製造するビジネスモデル”。利益率の高い消耗品である砥石が、同社の安定的な利益基盤となっており、装置専業メーカーにはない強みとなっている。（中略）「客が本当に欲しいのは砥石でも装置でもなく、（要求を満たすという）結果」（溝呂木斉社長）。",
                      "source": "週刊東洋経済 2007年1月20日号「企業・産業 シリコンサイクルに負けない経営 もう赤字にはならない！ ディスコ“大改革”の中身」",
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                    }
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                },
                {
                  "text": "使い方を売る仕組みも、形を変えて残った。本社に置かれたアプリケーションラボには77部屋の実験室と200台を超える装置があり、世界中の半導体メーカーや電子部品メーカーが持ち込む加工実験を原則無償で引き受けている。2013年の時点で年に2000回から3000回の加工をこなしていた。1970年代に組み上げた砥石・装置・応用の並びが、そのまま今日の競争力の説明になっている。",
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                      "fact": "本社のアプリケーションラボは77部屋・200台超の装置を備え、年2000〜3000回の加工実験を無償で行っている",
                      "原文": "ずらりと並ぶ７７部屋。半導体ウエハの切断・研磨装置のディスコが、東京都大田区の本社内に構えるアプリケーションラボには、世界中の半導体や電子部品メーカーが足を運ぶ。（中略）「切る・削る・磨く」。ラボの各部屋では、これらの工程を究極まで追求した高度な加工実験が、無償で行われている。全部で２００台超の装置を備え、年２０００〜３０００回の加工をこなす。",
                      "source": "週刊東洋経済 2013年11月22日号「すごい現場、すごい場所 3 切る・削る・磨くを極める ディスコ アプリケーションラボ」",
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              "sub_title": "砥石屋が機械を作るということ",
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                  "text": "砥石を売るために機械を作り、気がついたら精密機械メーカーになっていた——関家憲一氏の総括はそう読める。米国で欠けていたのは砥石ではなく、切るという結果を引き受ける主体であった。分業が当たり前の業界で三者ぶんを一社に抱えるのは、当時の規模からすれば重い。それでも抱えたのは、抱えなければ砥石が売れなかったからであり、戦略として選んだというより退路が無かったからだとみられる。"
                },
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                  "text": "ただ、この体制が初めから強みだったわけではない。開発には七年を要し、最初の機械は半導体の工場では使えないと突き返され、切り方の方式も一度は誤っている。呉の自社工場は参入に反対し、工作機械メーカーにも下請けにも断られた。三位一体という言葉が社章の説明として語られるのは、国内95%を取り切った後である。強みの理屈は、たいてい勝った後に整えられるといえる。"
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            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "決断 1986年1月号（サバイバル出版）",
        "商工ジャーナル 1995年6月号（商工中金経済研究所）関家憲一氏談話",
        "週刊東洋経済 2007年1月20日号「企業・産業 シリコンサイクルに負けない経営 もう赤字にはならない！ ディスコ“大改革”の中身」",
        "週刊東洋経済 2013年11月22日号「すごい現場、すごい場所 3 切る・削る・磨くを極める ディスコ アプリケーションラボ」",
        "ディスコ 有価証券報告書（2025年3月期）【沿革】",
        "オール大衆 第34巻18号掲載の業績推移"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-26"
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              "sub_title": "「横への拡大」としての縦型拡散炉",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "後工程の切断で市場をほぼ取り切った同社が次に向かったのが、半導体製造の前工程であった。1986年1月の記事は、ディスコが「横への拡大」を期して前工程への進出を実現したとし、その製品を次世代の技術といわれる縦型拡散炉と紹介している。拡散炉はウエハーに不純物を拡散させる熱処理装置で、切断とも研磨とも工程が違い、装置を買う相手先も同じではなかった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1986年初めの時点でディスコは「横への拡大」として半導体前工程へ進出し、その製品は次世代の技術とされた縦型拡散炉であった",
                      "原文": "すでに世界の半導体産業に深くビルトインした現在では、“横への拡大”を期して半導体生産の前工程への進出を実現している。“次世代の技術”といわれる縦型拡散炉である。",
                      "source": "決断 1986年1月号（サバイバル出版）",
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                    }
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                },
                {
                  "text": "関家憲一社長は後年、この事業を半導体製造の前工程に関わる熱処理炉の開発と説明し、投じた開発費は十年間で約50億円に上ったと語っている。着手は1980年代の初めまで遡る計算になる。売上高175億円・経常利益30億円強という当時の規模に照らせば、軽い負担ではなかった。しかも進出した先には既に強い装置メーカーが並んでおり、それまで手がけてきた砥石や切断とはあまり関係のない分野であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "拡散炉（熱処理炉）の開発には十年間で約50億円を投じ、市場には既に強いメーカーが参入していて、砥石や切断とは関係の薄い分野であった",
                      "原文": "私どももちょうど二年ほど前、十年間で約五十億円ほど投資してきた製品開発を止めるリストラをしました。それは、半導体製造の前工程業界に関係のある熱処理炉の開発だったのです。（中略）市場にはすでに強いメーカーが参入しており、企業が苦しいときにこれを止めなければ、後が危ないということで止めました。半導体関連ということでは同じなのですが、いままで手がけてきた砥石や切断とはあまり関係がない分野でした。",
                      "source": "商工ジャーナル 1995年6月号（商工中金経済研究所）関家憲一氏談話",
                      "url": null
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          ]
        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "製品は完成し、事業は成り立たなかった",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "撤退が固まったのは1990年代の初めである。関家憲一社長は「93年には半導体の前工程で使う拡散炉の事業から撤退し、50億円もの開発費を捨てました」と述べ、技術的な評価は高かったが事業としてはうまくいかなかったと振り返っている。製品としては成功したものの量産化に届かなかったというのが、当事者の総括であった。売れない製品を畳むのとは、性質の違う判断であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "関家憲一氏は1993年に半導体前工程の拡散炉事業から撤退し50億円の開発費を捨てたと述べ、技術評価は高かったが事業としては成立しなかったと総括している",
                      "原文": "93年には半導体の前工程で使う拡散炉の事業から撤退し、50億円もの開発費を捨てました。技術的な評価は高かったのですが、事業としてはうまくいきませんでした。",
                      "source": "日経ビジネス 2003年7月7日号 関家憲一氏談話",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "拡散炉は製品としては成功したが事業としては軌道に乗らず、量産化ができなかった",
                      "原文": "製品としては成功したのですが、事業としては軌道に乗らず、量産化ができないのですね。",
                      "source": "商工ジャーナル 1995年6月号（商工中金経済研究所）関家憲一氏談話",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "打ち切りを急がせたのは、会社そのものの苦しさであった。関家憲一社長は、企業が苦しいときにこれを止めなければ後が危ないと考えて止めたと説明している。半導体需要が落ち込み、単体の売上高が1990年3月期の160億円から1992年3月期の130億円へ縮んだ時期にあたる。十年続けた開発をここで断ち、費やした約50億円を戻らない金として処理した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "撤退は「企業が苦しいときにこれを止めなければ、後が危ない」という判断で決まった",
                      "原文": "市場にはすでに強いメーカーが参入しており、企業が苦しいときにこれを止めなければ、後が危ないということで止めました。",
                      "source": "商工ジャーナル 1995年6月号（商工中金経済研究所）関家憲一氏談話",
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                    {
                      "fact": "単体売上高は1990年3月期160億円、1991年3月期120億円、1992年3月期130億円と半導体需要の低迷で縮んでいた",
                      "原文": "売上高160億円（1990年3月期）、120億円（1991年3月期）、130億円（1992年3月期）。",
                      "source": "戦略経営者 第9巻第5号（通巻91号）掲載の業績推移",
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                  ]
                },
                {
                  "text": "参入を決めたのは、創業者であり関家憲一社長の父でもある関家三男氏であった。関家憲一社長は後年、どんな事業をなすべきか、何をすべきでないかについて、新規参入を決めた当時の社長である父を含めて会社としての判断基準が曖昧だったと語っている。手を広げすぎたと言えばそれまでだとも述べており、需要の低迷や競合の強さを撤退の理由には挙げていない。総括は市場環境ではなく、自社の判断の質へ向けられていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "拡散炉への新規参入を決めたのは創業者で父の関家三男氏であり、関家憲一氏は会社としての判断基準が曖昧だったと総括した",
                      "原文": "手を広げすぎたと言えばそれまでですが、当社がどんな事業をなすべきか、どんなことをすべきではないのか、新規参入を決めた時の社長だった創業者（父の関家三男）を含め、会社としての判断基準が曖昧だったからでしょう。",
                      "source": "日経ビジネス 2003年7月7日号 関家憲一氏談話",
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          "section": "outcome",
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              "sub_title": "基軸技術への回帰と業績の立て直し",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "撤退の後、ディスコは基軸となる技術から離れないという方針を選んだ。関家憲一社長は、基軸技術を中心に展開するのがいちばん確かで、そのなかで大企業が手を出さないニッチを狙うのだと語っている。切る技術から派生させたのが、デバイスを形成したウエハーの裏面を薄く削るバックグラインダであった。磨くというより薄皮を切り取るという発想で分野を広げたと同氏は説明しており、1995年の時点でこの方式の砥石は世界の8割で使われていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "撤退後は基軸技術を中心に展開して大企業が手を出さないニッチを狙う方針を採り、切る技術から派生したバックグラインダは1995年時点で世界の約8割で使われていた",
                      "原文": "それで、いま反省しているのは、やはり基軸となる技術を中心に展開していくのがいちばん確かで、そのなかで大企業が手を出さないニッチを狙うということですね。（中略）当社では、ちょっと発想を変えて、磨くというより、薄皮を切り取るとかくといった発想で、その分野に事業を広げていったのです。現在はその技術も進歩して、違う研磨法になっていますが、その特殊なダイヤモンド砥石で磨くシステムも世界中の八割くらいで使っていただいています。",
                      "source": "商工ジャーナル 1995年6月号（商工中金経済研究所）関家憲一氏談話",
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                {
                  "text": "業績は数年で立ち直った。単体の売上高は1995年3月期に250億円・当期純利益17.3億円、1997年3月期には377億円・当期純利益45.1億円まで伸びている。1999年12月には東京証券取引所市場第一部へ株式を上場する。1989年10月の店頭登録から十年での市場一部入りであった。撤退で削いだのは前工程という新市場への足がかりであり、手元に残したのは切断と研磨という一本の技術系統であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "単体売上高・当期純利益は1995年3月期250億円・17.3億円、1997年3月期377億円・45.1億円へ回復した",
                      "原文": "売上高250億円・当期純利益17.3億円（1995年3月期）、売上高377億円・当期純利益45.1億円（1997年3月期）。",
                      "source": "証券 第52巻第2号（通巻611号）掲載の業績推移",
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                    },
                    {
                      "fact": "1989年10月に日本証券業協会の店頭売買銘柄として株式を公開し、1999年12月に東京証券取引所市場第一部へ上場した",
                      "原文": "1989年10月　社団法人日本証券業協会より店頭売買銘柄としての登録承認を受け、株式を公開。／1999年12月　東京証券取引所市場第一部に株式を上場。",
                      "source": "ディスコ 有価証券報告書（2025年3月期）【沿革】",
                      "url": null
                    }
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              "sub_title": "判断基準を言葉にする",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "関家憲一社長が撤退から引き出したのは、事業の是非を決める基準が社内に無いという認識であった。急成長の過程で経営幹部の価値観がばらばらになり、次世代の幹部と議論がかみ合わなくなっていたと同氏は語る。1996年から経営トップと若手幹部10人程度のチームで価値観を一から議論し直し、その成果を行動規範「ディスコ・バリューズ」としてカードにまとめ、社員へ配ったのが1997年であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1996年から経営トップと若手幹部10人程度のチームで価値観を議論し直し、1997年に行動規範「ディスコ・バリューズ」をカードにして社員へ配布、2002年7月には11テーマ・全203項目の指針へ広げた",
                      "原文": "そこで外部の研究機関の意見を聞き、96年から経営トップと若手幹部が一緒になって10人程度のチームを作り、企業のあらゆる価値観について原点に立ち返って議論を始めてみました。その結果を「ディスコ・バリューズ」という企業としての行動規範にまとめ上げ、カードにして社員に配布したのが97年。",
                      "source": "日経ビジネス 2003年7月7日号 関家憲一氏談話",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "そこで定めた事業領域が「切る、削る、磨く」であった。新規事業もこれらの技術を土台にした分野しかやらないと関家憲一社長は明言し、かつては顧客の要望や社内提案に片端から挑戦して失敗したと認めている。何でもできると錯覚していたという振り返りは、拡散炉の十年に向けられていた。余分な投資はしなくなったという言葉が、撤退の後始末を締めくくっている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "創業来の技術を「切る、削る、磨く」とし新規事業もこれらを土台とする分野に限る方針を掲げ、かつては提案に片端から挑戦して失敗したと振り返っている",
                      "原文": "当社の創業来の技術は「切る、削る、磨く」です。新規事業もこれら技術をベースにした分野しかやりません。かつては、お客様からの要望や社内から上がってきた提案に片っ端から挑戦し、失敗したものです。何でもできると錯覚していたからでしょう。今はもう、余分な投資はしなくなりました。",
                      "source": "日経ビジネス 2003年7月7日号 関家憲一氏談話",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "動いている製品を畳むということ",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "この撤退を、本業外へ手を広げた多角化の失敗と読むだけでは足りない。拡散炉は技術的な評価が高く、製品としては成功していたと関家憲一社長自身が認めている。国内95%を握った後工程に伸び代は乏しく、前工程は数少ない次の市場でもあった。売れない製品ではなく、動いている製品を畳む判断であった。それでも止められたのは、参入を決めたのが創業者であり父の関家三男氏だと名指しできる立場に、後を継いだ息子が座っていたからだとみられる。"
                },
                {
                  "text": "もっとも、その判断が早かったとはいえない。開発は十年に及び、費やした約50億円は撤退の時点で戻らない金であった。止める決め手も、基軸技術という理屈より、このまま続ければ後が危ないという資金繰りの側にあった。基軸を外れたことへの反省を語ったのは撤退から二年後の1995年であり、事業領域を「切る、削る、磨く」と言葉にしたのは1997年である。教訓は失敗の直後ではなく、それを言い直した時に働き始めるといえる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "決断 1986年1月号（サバイバル出版）",
        "商工ジャーナル 1995年6月号（商工中金経済研究所）関家憲一氏談話",
        "日経ビジネス 2003年7月7日号 関家憲一氏談話",
        "ディスコ 有価証券報告書（2025年3月期）【沿革】",
        "戦略経営者 第9巻第5号（通巻91号）掲載の業績推移",
        "証券 第52巻第2号（通巻611号）掲載の業績推移"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-24"
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    {
      "slug": "silicon-cycle-resilience-2007",
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      "year": 2007,
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      "title": "市況の谷でも黒字を保つ収益構造への作り替えと、経費管理レベルの導入",
      "subtitle": "四年周期で振れる市況にどう耐えるか——ITバブル崩壊の赤字から、次の谷までの二年",
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          "text": "ディスコは2007年1月、シリコンサイクルの谷でも黒字を確保できる体質を2010年までに作ると対外的に表明した。全部署への経費削減の義務づけ、カイゼン活動のPIM化、部門別のWill会計、営業利益率に連動する経費の段階管理を重ねた作り替えであった。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "半導体の設備投資はおよそ四年周期で振れ、同社はITバブル崩壊後の2002年3月期に連結経常損益で23億円の赤字を出していた。2007年3月期には売上高861億円・純利益109億円まで戻ったが、次の谷で再び赤字になるかが問われていた。"
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        {
          "label": "内容",
          "text": "事業を「切る・削る・磨く」に限ったうえで、経費をAからFまでの段階で営業利益率に連動させ、部署ごとの収支を見えるようにした。開発投資と顧客満足の調査は不況期にも止めず、絞るものと絞らないものを分けた。"
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          "label": "含意",
          "text": "リーマン・ショックで売上高が42%減った2009年3月期も黒字を保った。「万能在庫」「経費管理レベル」「固定費の変動費化」という呼び名は今日のIR資料にも残り、制度として定着したことがうかがえる。"
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      "parties": [
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            "note": "半導体ウエハーの切断・研削・研磨装置で世界シェア7割を握る専業メーカー。装置と消耗品の両輪を持つ"
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        "summary": "四年周期で振れる半導体市況の谷で赤字に落ちる体質を改めるため、事業領域を絞ったうえで経費を営業利益率に連動させ、部署別の収支を可視化し、固定費を動かせる形に作り替えた構造改革"
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          "title": "世界の全納入先を対象とする顧客満足度調査を開始"
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          "title": "ITバブル崩壊で連結経常損益が23億円の赤字"
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                {
                  "text": "半導体の設備投資は、およそ四年の周期で山と谷を繰り返す。ディスコはその波動の中でジェットコースターのような経営を続け、何度も赤字転落の辛酸をなめてきたと2007年の記事は書いている。ITバブルが崩壊した2002年3月期の連結決算は、売上高303億円に対して経常損益が23億円の赤字、当期純損益も22億9千万円の赤字であった。装置の受注は市況とともに一度に消える。",
                  "evidences": [
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                      "fact": "半導体業界のシリコンサイクルによりディスコは何度も赤字転落を経験してきた",
                      "原文": "が、半導体業界には、厄介なシリコンサイクルがある。ディスコはその波動の中でジェットコースターのような経営を続けており、何度も赤字転落の辛酸をなめてきた。",
                      "source": "週刊東洋経済 2007年1月20日号「企業・産業 シリコンサイクルに負けない経営 もう赤字にはならない！ ディスコ“大改革”の中身」",
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                      "原文": "2002年3月期（連結）売上高303億円、経常損益△23億円、親会社株主に帰属する当期純損益△22.9億円。",
                      "source": "ディスコ 有価証券報告書（2002年3月期・連結）",
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                },
                {
                  "text": "谷から戻る速さも際立っていた。連結売上高は2003年3月期の371億円から2007年3月期の861億円へ伸び、同期の営業利益は195億円、当期純利益は109億円となる。2007年初めの記事は、世界シェア70%・売上高営業利益率23%の優良企業と紹介し、ITバブル期の実績に迫る水準まで復活を遂げたと書いた。問われていたのは水準ではなく、次の谷でまた赤字に落ちるかどうかであった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2007年1月時点でディスコは世界シェア70%・売上高営業利益率23%で、2007年3月期の予想売上高850億円・予想最終利益108億円とITバブル期の水準に迫っていた",
                      "原文": "世界シェア７０％、売上高営業利益率２３％の優良企業で、２００７年３月期の予想売上高は８５０億円、予想最終利益は１０８億円と、ＩＴバブル期の０１年３月期の実績に迫る水準まで復活を遂げた。",
                      "source": "週刊東洋経済 2007年1月20日号「企業・産業 シリコンサイクルに負けない経営 もう赤字にはならない！ ディスコ“大改革”の中身」",
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                      "fact": "連結売上高は2003年3月期371億円から2007年3月期861億円へ伸び、同期の営業利益195億円・当期純利益109億円であった",
                      "原文": "2003年3月期（連結）売上高371億円／2007年3月期（連結）売上高861億円、営業利益195億円、経常利益197億円、親会社株主に帰属する当期純利益109億円。",
                      "source": "ディスコ 有価証券報告書（2007年3月期・連結）",
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                  "text": "事業の枠は、すでに決まっていた。1980年代から1990年代前半にかけて半導体の拡散炉など切削以外の分野へ手を出して巨額の損失を出し、これを機に1997年、「切る・削る・磨く」を軸に自社の存在価値を定義した「ディスコ・バリューズ」を練り上げている。そこには売り上げやシェア、規模の拡大を成長とはしないと書かれた。伸ばす方向ではなく、手を出さない範囲を決めた文書であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1980年代から1990年代前半に切削以外の分野へ進出して巨額損失を出し、これを機に1997年に「切る・削る・磨く」で自社の存在価値を定義したディスコ・バリューズを練り上げた",
                      "原文": "８０年代から９０年代前半、ディスコは半導体の拡散炉など切削以外の分野に手を出し、巨額損失を出した苦い経験がある。これを機に９７年、「Ｋｉｒｕ・Ｋｅｚｕｒｕ・Ｍｉｇａｋｕ技術」をキーワードに自社の存在価値を定義、「ディスコ・バリューズ」を練り上げた。",
                      "source": "週刊東洋経済 2010年6月19日号「会社が変わる！ 企業戦略シリーズ4 【戦うNo.1技術】 第5回 ディスコ 「パラノイア」の勝利！ 半導体加工技術で独走」",
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                      "原文": "生産能力の倍増で一段の成長を目指すが、業績には執着しない。ディスコ・バリューズに「売り上げやシェア、規模の拡大を成長とはしない」と書かれているためだ。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年4月18日号「カンパニー＆ビジネス ディスコ 半導体精密加工で圧倒 成長を導く「価値観経営」」",
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                {
                  "text": "溝呂木斉社長は、不況期の投資が好況で生きるという考えを横浜ゴム時代に学んだと述べ、ITバブル崩壊の直後に営業赤字へ陥っても開発投資を続けたと語っている。1999年からは世界中の全納入先を対象にした顧客満足度の調査を年1回行い、2003年には従業員満足度の調査も始めた。景気に合わせて絞るものと、景気にかかわらず絞らないものを、先に分けていたことになる。",
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                      "fact": "溝呂木斉社長は不況期の投資が好況で生きるとしてITバブル崩壊直後の営業赤字下でも開発投資を続け、1999年から顧客満足度調査、2003年から従業員満足度調査を年1回実施していた",
                      "原文": "「横浜ゴム勤務時代に最大手のブリヂストンから学んだのは、不況期の投資が好況で生きるということ。だからディスコはＩＴバブルの崩壊直後に営業赤字に陥っても、開発投資を続けた」（溝呂木社長）。（中略）ディスコは１９９９年から、顧客満足度（ＣＳ）の調査をスタートした。（中略）ＥＳ調査も０３年から年１回実施。",
                      "source": "週刊東洋経済 2007年1月20日号「企業・産業 シリコンサイクルに負けない経営 もう赤字にはならない！ ディスコ“大改革”の中身」",
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              "sub_title": "2010年までに、谷でも黒字",
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                {
                  "text": "目標がはっきり言葉になったのは2007年の初めであった。関家圭三常務・経営企画本部長は、シリコンサイクルによって業績が変動するのは仕方がないとしたうえで、2010年までにはサイクルの谷でも黒字を確保できる体質にしたいと述べている。市況を読み当てるのではなく、売上高が半分になっても黒字が残る構造を先に作るという宣言であった。",
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                    {
                      "fact": "関家圭三常務・経営企画本部長は2010年までにシリコンサイクルの谷でも黒字を確保できる体質にしたいと述べた",
                      "原文": "「シリコンサイクルによって業績が変動するのは仕方がない。しかし、２０１０年までにはサイクルの谷でも黒字を確保できる体質にしたい」（関家圭三常務・経営企画本部長）。",
                      "source": "週刊東洋経済 2007年1月20日号「企業・産業 シリコンサイクルに負けない経営 もう赤字にはならない！ ディスコ“大改革”の中身」",
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                {
                  "text": "溝呂木斉社長が挙げた効き目は、数字ではなく意思決定の速さであった。ディスコ・バリューズへの理解を深めることで一体感が高まり、現場への権限委譲がしやすくなった、顧客満足の向上に向けた意思決定も速くなったと語っている。記事は末尾で、谷間でも稼げる体質は仕上がったのか、いずれ来る次の下降でこれまでの取り組みが試されると書いた。答えが出るまでに二年もかからなかった。",
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                    {
                      "fact": "溝呂木斉社長はディスコ・バリューズの理解で一体感が高まり権限委譲と意思決定が速くなったと述べ、記事は次の下降局面で真価が問われると結んだ",
                      "原文": "「ディスコ・バリューズへの理解を深めることで一体感が高まり、現場への権限委譲がしやすくなった。ＣＳ向上のための意思決定も迅速化した」（溝呂木社長）。シリコンサイクルの谷間でも稼げる体質は仕上がったのか、いずれ訪れるであろう次の下降局面で、これまでの取り組みの真価が問われることになる。",
                      "source": "週刊東洋経済 2007年1月20日号「企業・産業 シリコンサイクルに負けない経営 もう赤字にはならない！ ディスコ“大改革”の中身」",
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              "sub_title": "経費を営業利益率に連動させる",
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                {
                  "text": "仕組みは三つの層に分かれていた。全部署へ年5%以上の構造的な経費削減を課したうえで、カイゼン活動をPIM（Performance Innovation Management）活動として部署や業務の単位の目標に落とす。加えてWill会計と呼ぶ管理会計を入れ、部署ごとの収支を見えるようにした。営業利益率に応じて経費を5段階、のちに6段階で動かす仕組みも設けている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "全部署に年5%以上の構造的な経費削減を義務づけ、PIM活動とWill会計を導入し、営業利益率ごとに経費を5段階（当時は6段階）で管理する仕組みを設けてシリコンサイクルへの耐性を高めた",
                      "原文": "一方で全部署に対し、年５％以上の構造的な経費削減を義務づけた。冒頭のＰＩＭ活動に加え、「Ｗｉｌｌ会計」と呼ぶ管理会計システムを導入。部署ごとに会計処理を「見える化」する、アメーバ経営に似た取り組みだ。営業利益率ごとに経費を５段階（現在は６段階）でコントロールする仕組みも導入し、シリコンサイクルへの耐性が強くなった。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年4月18日号「カンパニー＆ビジネス ディスコ 半導体精密加工で圧倒 成長を導く「価値観経営」」",
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                {
                  "text": "経費の段階は、AからFまでの符号で運用された。関家一馬氏は、レベルFが発動されれば従業員は危機意識を持ち、決めた以上に経費を切り詰めると説明している。半導体は市況の変動が激しいという前提が先にあり、景気の判断を個々の現場に委ねず、営業利益率という共通の物差しで全社の支出を一斉に切り替える設計であった。固定費を持たないのではなく、固定費を動かせるようにしたことになる。",
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                      "fact": "関家一馬氏は半導体の市況変動の激しさを前提にAからFまでの経費レベルを定め、レベルF発動時には決めた以上に経費を切り詰めると説明している",
                      "原文": "半導体は市況変動が激しいので、ＡからＦまで経費レベルを定めている。レベルＦ発動となれば従業員は危機意識を持ち、決めた以上の経費を切り詰める。",
                      "source": "週刊東洋経済 2010年6月19日号「会社が変わる！ 企業戦略シリーズ4 【戦うNo.1技術】 第5回 ディスコ 「パラノイア」の勝利！ 半導体加工技術で独走」",
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        {
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              "sub_title": "2009年3月期に出た答え",
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                {
                  "text": "次の谷は、2007年の記事から二年足らずで来た。リーマン・ショックを受けた2009年3月期の連結売上高は531億円で、前期の916億円から42%減っている。それでも営業利益1億円、当期純利益2億円を確保して黒字を保った。半導体関連の各社が赤字に沈むなか、売上高が四割減っても黒字で乗り切ったと、後年の記事も同じ期を指して書いている。",
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                    {
                      "fact": "2009年3月期の連結売上高は531億円で前期916億円から42%減ったが、営業利益1億円・当期純利益2億円で黒字を確保した",
                      "原文": "2008年3月期（連結）売上高916億円、営業利益193億円／2009年3月期（連結）売上高531億円、営業利益1億円、経常利益15億円、親会社株主に帰属する当期純利益2億円。",
                      "source": "ディスコ 有価証券報告書（2009年3月期・連結）",
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                    {
                      "fact": "ディスコは過去10年間で一度も赤字にならず、リーマン・ショック直後の2009年3月期は売上高が4割減っても黒字で乗り切った",
                      "原文": "ディスコは半導体装置メーカーの中で、その収益・財務体質では一頭地を抜く。過去１０年間で一度も赤字にならず、リーマンショック直後の２００９年３月期は売上高が４割減っても黒字で乗り切った。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年4月18日号「カンパニー＆ビジネス ディスコ 半導体精密加工で圧倒 成長を導く「価値観経営」」",
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                {
                  "text": "ただし、当の社長はこの結果を手柄として語らなかった。関家一馬氏は、今回の不況で赤字にならなかったのはたまたまであるとし、レーザー装置がいずれ成長する確信はあったが、LED向けがこのタイミングで急伸するとは予想していなかったと述べている。実際、2010年3月期の連結売上高は617億円にとどまり、2011年3月期に997億円・営業利益159億円へ戻るまで二年を要した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "関家一馬氏は不況で赤字にならなかったのはたまたまであり、LED用レーザー装置の急伸は予想していなかったと述べている",
                      "原文": "ただ、今回の不況で赤字にならなかったのはたまたま。いずれレーザー装置が成長するという確信はあったが、ＬＥＤ用がこのタイミングで急伸するとは予想していなかった。",
                      "source": "週刊東洋経済 2010年6月19日号「会社が変わる！ 企業戦略シリーズ4 【戦うNo.1技術】 第5回 ディスコ 「パラノイア」の勝利！ 半導体加工技術で独走」",
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                      "fact": "連結売上高は2010年3月期617億円にとどまり、2011年3月期に997億円・営業利益159億円へ回復した",
                      "原文": "2010年3月期（連結）売上高617億円、営業利益47億円／2011年3月期（連結）売上高997億円、営業利益159億円。",
                      "source": "ディスコ 有価証券報告書（2011年3月期・連結）",
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              "sub_title": "呼び名が残るということ",
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                {
                  "text": "施策の名前は、その後も同社自身の言葉として残った。2023年に出した投資家向けの資料は、ダウンサイクルへの対応として、「万能在庫」など内製化による原価低減と陳腐化リスクの低減、「経費管理レベル」の設定や「固定費の変動費化」によるコストマネジメントを継続していると説明している。平時から変化への対応力を高める仕組みという位置づけであった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "ディスコはダウンサイクルへの対応として「万能在庫」など内製化による原価低減と陳腐化リスク低減、「経費管理レベル」の設定や「固定費の変動費化」施策によるコストマネジメントを継続している",
                      "原文": "顧客の投資意欲に弱さが見られるが、ダウンサイクルへの対応として当社は平時・繁忙時から変化への対応力を高める仕組み・取り組みを実施。「万能在庫」など内製化の取り組みを通じた原価低減＋陳腐化リスクの低減、「経費管理レベル」の設定や「固定費の変動費化」施策によるコストマネジメントを継続している。",
                      "source": "ディスコ 2023年3月期 決算 One on One Meeting FAQ",
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                },
                {
                  "text": "関家一馬氏は、市場の動きに出荷を合わせるように柔軟性を付け、一方で営業利益率を引き上げて財務的なバッファーを持つ経営に力を入れてきたと語っている。連結売上高は2014年3月期に初めて1,000億円を超え、2026年3月期には4,369億円、営業利益は1,850億円に達した。営業利益率は42%である。谷で沈まないための構造が、山での利益率をも押し上げたとみることができる。",
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                    {
                      "fact": "関家一馬氏は市場の動きに出荷を合わせる柔軟性と、営業利益率を引き上げて財務的なバッファーを持つ経営に力を入れてきたと述べている",
                      "原文": "市場の動きに出荷を合わせるように柔軟性を付け、一方で営業利益率を引き上げて財務的なバッファーを持つ経営に力を入れてきました。",
                      "source": "日経ビジネス（2023年8月25日）「ディスコ関家社長「会社を自分ごとにする経営が危機に強い」」",
                      "url": "https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00181/082500018/"
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                    {
                      "fact": "連結売上高は2014年3月期に1,049億円で初めて1,000億円を超え、2026年3月期は4,369億円・営業利益1,850億円となった",
                      "原文": "2014年3月期（連結）売上高1,049億円／2026年3月期（連結）売上高4,369億円、営業利益1,850億円、経常利益1,849億円、親会社株主に帰属する当期純利益1,355億円。",
                      "source": "ディスコ 有価証券報告書（2026年3月期・連結）",
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                {
                  "text": "2007年1月に語られた「2010年までにサイクルの谷でも黒字」という目標は、期限を待たずリーマン・ショックで試された。2009年3月期は売上高が42%減り、残った営業利益は1億円である。関家一馬氏自身が「たまたま」と呼んだ薄さであり、達成というより試験の途中経過に近い。それでも意味があったのは、目標が営業利益率と経費の段階に翻訳され、全社の手続きへ落ちていたからだとみられる。"
                },
                {
                  "text": "ただ、この構造でサイクルが消えたわけではない。2010年3月期の売上高は617億円と戻りが鈍く、水準を取り戻すのに二年かかっている。経費の段階管理が効いたのも、拡散炉の失敗を経て事業を「切る・削る・磨く」に限り、装置と消耗品の両輪を持つ形が先にあったからで、経費の仕組みだけ写しても同じにはならない。赤字を出さないことと伸びることは、別々に設計するほかないといえる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "週刊東洋経済 2007年1月20日号「企業・産業 シリコンサイクルに負けない経営 もう赤字にはならない！ ディスコ“大改革”の中身」",
        "週刊東洋経済 2010年6月19日号「会社が変わる！ 企業戦略シリーズ4 【戦うNo.1技術】 第5回 ディスコ 「パラノイア」の勝利！ 半導体加工技術で独走」",
        "週刊東洋経済 2014年4月18日号「カンパニー＆ビジネス ディスコ 半導体精密加工で圧倒 成長を導く「価値観経営」」",
        "ディスコ 2023年3月期 決算 One on One Meeting FAQ",
        "日経ビジネス（2023年8月25日）「ディスコ関家社長「会社を自分ごとにする経営が危機に強い」」",
        "ディスコ 有価証券報告書（2002年3月期・2007年3月期・2009年3月期・2011年3月期・2026年3月期／連結）"
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      "authored": "2026-07",
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      "slug": "personal-will-accounting-2011",
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      "title": "社内通貨Willによる個人単位の管理会計の導入",
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          "label": "概要",
          "text": "ディスコは2011年、社内通貨Willで社内取引を記録する管理会計の単位を、部門から個人まで下ろした。社内の仕事はオークション形式で落札され、業務や備品はすべて金額に換算される。1993年の管理会計導入から数えて三段階目にあたる。"
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          "label": "背景",
          "text": "1993年に部門ごとの収支を見えるようにし、2003年には社内取引そのものを社内通貨で記録する部門Will会計へ進んでいた。並行して全部署に年5%以上の経費削減が課され、カイゼン活動もPIM活動として目標に落とされていた。"
        },
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          "label": "内容",
          "text": "工数や難易度で値が動き、嫌がられる仕事ほど落札価格が上がる。公式の説明ではWill会計はあくまで管理会計制度であり、人事評価は別の制度で行うと明記されている。賞与への反映は2014年度の3%分から始まった。"
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          "label": "含意",
          "text": "現場の不公平感は薄れ、一人ひとりの評価はガラス張りになったと同時代の記事は書いている。関家一馬氏はユニークであることは狙っていないと述べており、目的は仕組みの目新しさではなく当事者を増やすことに置かれていた。"
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                  "text": "会計を社員に見せる試みは古い。公式の説明によれば、1993年に部門ごとの収支を可視化する管理会計を導入し、2003年には社内取引そのものを社内通貨Willで記録する部門Will会計へ進んでいる。並行して全部署には年5%以上の構造的な経費削減が課され、カイゼン活動もPIM活動という名で部署や業務の単位の目標に落とされていた。数字を配る先が、段階を追って細かくなった。",
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                      "fact": "ディスコは1993年に管理会計を導入し、2003年に部門Will会計、2011年に個人Will会計を始めた",
                      "原文": "1993年：管理会計（アメーバ会計）導入による「価値の流れの可視化」／2003年：社内取引そのものを通貨で記録（部門Will）／2011年：会計単位を個人まで分解（個人Will）",
                      "source": "株式会社ディスコ 公式サイト「Will会計」",
                      "url": "https://www.disco.co.jp/jp/csr/management/will.html"
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                      "fact": "全部署に年5%以上の構造的な経費削減が義務づけられ、カイゼン活動はPIM活動として部署や業務単位で目標が設定されていた",
                      "原文": "一方で全部署に対し、年５％以上の構造的な経費削減を義務づけた。（中略）同社では「ＰＩＭ（Ｐｅｒｆｏｒｍａｎｃｅ　Ｉｎｎｏｖａｔｉｏｎ　Ｍａｎａｇｅｍｅｎｔ）活動」と呼ばれ、部署や業務単位で目標が設定されている。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年4月18日号「カンパニー＆ビジネス ディスコ 半導体精密加工で圧倒 成長を導く「価値観経営」」",
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                {
                  "text": "土台には1997年の「ディスコ・バリューズ」があった。上位の理念だけで18項目あり、「切る、削る、磨く技術によって遠い科学を身近な快適につなぐ」を筆頭に、解釈は300以上へ細分化されている。売り上げやシェア、規模の拡大を成長とはしないという一節もそこにあった。何を成果と呼ぶかを先に決めていたため、会計の単位を割っても物差しがぶれにくかったとみられる。",
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                      "原文": "その名も「ディスコ・バリューズ」。９７年に２年越しの議論を経て完成させた経営方針で、上位理念だけで１８項目ある。「切る、削る、磨く技術によって遠い科学を身近な快適につなぐ」を筆頭に、どれも概念的な内容だ。その内容の具体的解釈はさらに細分化され、現在は３００以上が明文化されている。（中略）ディスコ・バリューズに「売り上げやシェア、規模の拡大を成長とはしない」と書かれているためだ。",
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              "paragraphs": [
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                  "text": "関家一馬氏は1966年生まれで、米国留学を経て1989年にディスコへ入った。ソフトウエアのエンジニアとして働き、三年目には新規事業を担当するXプロジェクトのリーダーに就いている。1995年に取締役、2002年に常務、2009年4月から社長を務めた。若い頃からの違和感を、現場の意見が経営陣に届いていない、中間層がバイアスをかけていると本人は表現している。",
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                      "原文": "０９年から社長を務める関家一馬氏は創業家出身の４８歳。米国留学時に現地で就職が内定していたが、祖父で創業者の関家三男氏の勧めで８９年にディスコへ入社。ソフトウエアエンジニアとして働く傍ら、３年目には新規事業を担当する「Ｘプロジェクト」のリーダーに抜擢された。（中略）その頃から、関家社長には違和感があった。「現場の意見が経営陣に届いていない。中間層がバイアスをかけている」。９５年には取締役となり、ディスコ・バリューズの作成にかかわるようになった。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年4月18日号「カンパニー＆ビジネス ディスコ 半導体精密加工で圧倒 成長を導く「価値観経営」」",
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                    {
                      "fact": "関家一馬氏は1988年に慶應義塾大学理工学部を卒業し1989年にディスコへ入社、技術開発部長・常務などを経て2009年4月から社長を務めている",
                      "原文": "せきや・かずま　１９６６年東京都出身。８８年慶応大学理工学部卒業、８９年ディスコに入社。技術開発部長、常務などを経て２００９年４月から現職。",
                      "source": "週刊東洋経済 2020年6月20日号「【特集 電機の試練】 3．コロナ後の勝機 INTERVIEW ディスコ 社長 関家一馬 「社会や生活が変化し半導体需要は一層増加」」",
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                },
                {
                  "text": "常務の時期には、溝呂木斉社長の下で仕組み作りに加わった。従業員満足度を重んじて年5回のアンケートを実施し、現場の動きに配慮して働きがいの開発に特化した部署も置いている。一部の役員からはやりすぎではないかとも言われたが、手応えはあった。溝呂木斉氏からバトンを引き継いだ後、関家一馬氏はこの方向にさらにアクセルを踏み込んでいく。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "溝呂木斉氏の社長就任後、常務となった関家一馬氏は従業員満足度の年5回のアンケートや働きがい開発の専任部署の設置に加わり、一部役員からはやりすぎとも言われた",
                      "原文": "０１年になると創業家ではない溝呂木斉氏（現会長）が社長に就任し、０２年に常務となった関家社長も積極的に仕組み作りに参加する。従業員満足度を重視して、年５回のアンケートを実施（現在は４回）。現場の動きに配慮して、「働きがい開発」に特化した部署も設置した。（中略）一部役員からは「やりすぎじゃないか」とも言われたが、手応えはあった。溝呂木氏からバトンを引き継いだ関家社長は、さらにアクセルを踏み込む。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年4月18日号「カンパニー＆ビジネス ディスコ 半導体精密加工で圧倒 成長を導く「価値観経営」」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "会計の単位を個人まで割る",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "2011年、Will会計は個人にも導入された。部署の全業務が見えるようになり、社員は自分がやりたい仕事をオークション形式で個別に落札する。工数や難易度で金額が動き、嫌がられる仕事ほど落札価格は吊り上がった。公式の説明では、業務やサービス、備品などをすべて金額に換算して収支を管理する独自の管理会計であり、他者へ業務を依頼するときにはWillを支払う。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2011年からWill会計を個人にも導入し、部署の全業務を見える化して、やりたい仕事をオークション形式で落札する制度を始めた",
                      "原文": "溝呂木氏からバトンを引き継いだ関家社長は、さらにアクセルを踏み込む。１１年からＷｉｌｌ会計を個人にも導入し、部署の全業務を見える化。自分がやりたい仕事を、オークション形式で個別に落札する制度をスタートさせたのだ。工数や難易度で金額が左右し、嫌がられる仕事は落札価格が吊り上がる。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年4月18日号「カンパニー＆ビジネス ディスコ 半導体精密加工で圧倒 成長を導く「価値観経営」」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "Willという社内通貨で業務やサービス、備品等をすべて金額換算し収支を管理する独自の管理会計を運用している",
                      "原文": "Willという名前の社内通貨を用いて業務やサービス、備品等を全て金額換算し、収支を管理する当社グループ独自の管理会計を運用",
                      "source": "株式会社ディスコ 公式サイト「人的資本戦略」",
                      "url": "https://www.disco.co.jp/jp/csr/work_env/HumanCapital.html"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "効き目は、まず不公平感の側に出た。現場の不公平感は薄れ、一人ひとりの評価はガラス張りになったと2014年の記事は書いている。誰も引き受けたがらない仕事ほど値が上がるため、押し付けの解決を上司の裁量ではなく価格に委ねる設計であった。市場の仕組みを社内へ持ち込むという発想であり、始めた当初は抵抗する声もあった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "個人Will会計の導入で現場の不公平感は薄れ一人ひとりの評価はガラス張りになったが、当初は抵抗する声もあった",
                      "原文": "現場の不公平感は薄れ、一人ひとりの評価はガラス張りになった。当初は抵抗する声もあったが、今年で導入３年目を迎えて浸透し始めている。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年4月18日号「カンパニー＆ビジネス ディスコ 半導体精密加工で圧倒 成長を導く「価値観経営」」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "人事評価とは切り離す",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "設計のうえで、Will会計は人事評価の制度ではない。公式の説明は、Will会計は管理会計制度であり、人事評価は別の制度で行われ、Will収支はWill賞与の原資配分などに反映されると明記している。成果の測り方を人事の制度から切り離しておくことで、社内取引の値付けが評価をめぐる駆け引きへ変質するのを避けたとみられる。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "公式サイトはWill会計を管理会計制度と位置づけ、人事評価は別制度で行われWill収支はWill賞与の原資配分とDISCA算定に反映されると説明している",
                      "原文": "Will会計は管理会計制度です。人事評価は別制度で行われ、Will収支はWill賞与の原資配分とDISCA算定にのみ反映されます。",
                      "source": "株式会社ディスコ 公式サイト「Will会計」",
                      "url": "https://www.disco.co.jp/jp/csr/management/will.html"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "賞与との接続は、段階を踏んでいる。導入から数年は、Will会計の成績上位者へ社内のフィットネスジムや備品の購入に使える社内通貨ポイントDISCAを与えるにとどめ、2014年度から賞与の3%分に成果を反映させた。賞与以外の評価へ広げるかどうかは社員の反応次第とされている。制度を一度に効かせず、反応を見ながら結び目を太くした。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "当初はWill会計の成績上位者に社内通貨ポイントDISCAを付与するにとどめ、2014年度から賞与の3%分に成果を反映させた",
                      "原文": "これまでＷｉｌｌ会計の成績上位者には、社内フィットネスジムや備品購入に使える社内通貨ポイント「ＤＩＳＣＡ（ディスカ）」を付与するにとどめていた。だが今年度からは、賞与の３％分に成果を反映させる。全社員にもっとＷｉｌｌに執着してもらうことが目的だ。賞与以外の評価へ広げるか否かは、社員の反応次第になるという。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年4月18日号「カンパニー＆ビジネス ディスコ 半導体精密加工で圧倒 成長を導く「価値観経営」」",
                      "url": null
                    }
                  ]
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            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "賞与へ通した後の姿",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "現在は、個人Will会計の収支が賞与の配分に直結している。公式の説明では、顧客や同僚などとより多くの価値交換を行い、付加価値の高い成果を生む従業員に多く賞与が配分される仕組みとされる。単体の平均年間給与は2014年3月期の688万円から2026年3月期の1,879万円へ上がった。業績連動の部分が大きく、市況と社内の収支が同時に効く構造になっている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "個人Will会計の収支は賞与配分に直結し、より多くの価値交換を行い付加価値の高い成果を生む従業員に多く賞与が配分される",
                      "原文": "顧客や同僚等とより多くの価値交換を行い付加価値の高い成果を生む従業員に多く賞与が配分される仕組み",
                      "source": "株式会社ディスコ 公式サイト「人的資本戦略」",
                      "url": "https://www.disco.co.jp/jp/csr/work_env/HumanCapital.html"
                    },
                    {
                      "fact": "単体の平均年間給与は2014年3月期の688万3千円から2026年3月期の1,879万5千円へ上がった",
                      "原文": "平均年間給与6,883千円（2014年3月期・単体）／平均年間給与18,795千円（2026年3月期・単体）。",
                      "source": "ディスコ 有価証券報告書（2026年3月期）【従業員の状況】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "会社の規模も変わった。連結の従業員数は2011年3月期の2,565人から2026年3月期の5,547人へ、連結売上高は997億円から4,369億円へ増えている。人が倍になれば階層も増えるが、関家一馬氏は、何もしなければ一日一日会社は老化すると述べ、組織が官僚化しないかに目を光らせてきた。会計の単位を個人まで割ったのは、その警戒の裏返しでもあった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "連結従業員数は2011年3月期2,565人から2026年3月期5,547人へ、連結売上高は997億円から4,369億円へ増えた",
                      "原文": "従業員数2,565人・売上高997億円（2011年3月期・連結）／従業員数5,547人・売上高4,369億円（2026年3月期・連結）。",
                      "source": "ディスコ 有価証券報告書（2026年3月期・連結）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "関家一馬氏は何もしなければ一日一日会社は老化するとして、組織に階層が増えて官僚化しないか目を光らせている",
                      "原文": "関家社長には強烈な危機意識がある。日本の名だたる大企業の苦境を見て、「何もしなければ、一日一日会社は老化する」。会社の成長に伴い、組織に階層が増えて官僚化しないか目を光らせている。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年4月18日号「カンパニー＆ビジネス ディスコ 半導体精密加工で圧倒 成長を導く「価値観経営」」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "ユニークを狙ってはいない",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "関家一馬氏は、制度の風変わりさを自ら誇らない。ユニークであることは狙っていない、ある課題に対するベストな解決策がたまたまユニークだった、と述べている。Will制度の本質については、社員それぞれが日常の企業活動を自分のこととして考えるかどうかであると語る。目新しさではなく、当事者の数を増やすことに主眼が置かれていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "関家一馬氏はユニークであることは狙っていない、課題に対するベストな解決策がたまたまユニークだったと述べている",
                      "原文": "「ユニークであることは、狙っていない。ある課題に対するベストな解決策が、たまたまユニークだった。」",
                      "source": "日経ビジネス（2024年10月3日）「ディスコ関家社長「エネルギーの9割、社員のために使う」」",
                      "url": "https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00342/100300215/"
                    },
                    {
                      "fact": "関家一馬氏はWill制度の本質を、社員それぞれが日常の企業活動を自分のこととして考えるかどうかだと述べている",
                      "原文": "「社員それぞれが（日常の企業活動を）自分のこととして考えるかどうか」が大事",
                      "source": "日経ビジネス（2023年8月25日）「ディスコ関家社長「会社を自分ごとにする経営が危機に強い」」",
                      "url": "https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00181/082500018/"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "続けられた条件には、資本の形もある。関家一馬氏は、株主だけを重視する経営はしていない、ステークホルダーはすべて大事であり、特に従業員が気持ちよく働けることが何より重要だと述べ、オーナー家なので誰よりも株価を真剣に考えている、三十年後によい会社を残したいとも語っている。賞与への反映を数年かけて太くする進め方は、短い評価の周期の下では選びにくい。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "関家一馬氏は株主だけを重視する経営はせず従業員が気持ちよく働けることを重んじ、オーナー家として30年後によい会社を残したいと述べている",
                      "原文": "当社は株主だけを重要視する経営はしていない。ステークホルダーはすべて大事。特に、従業員が気持ちよく働けることが何より重要だ。彼らの満足度が低ければ、顧客満足を高めることはできない。オーナー家なので、誰よりも株価を真剣に考えているし、３０年後によい会社を残したい。それがブレない経営につながっている。",
                      "source": "週刊東洋経済 2010年6月19日号「会社が変わる！ 企業戦略シリーズ4 【戦うNo.1技術】 第5回 ディスコ 「パラノイア」の勝利！ 半導体加工技術で独走」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "値段を付ける相手を選ぶ",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "社内の仕事に値段を付けて売り買いさせる仕組みは、ふつう人事の制度として組まれる。ディスコがそうしなかったところに、この判断の芯がある。公式の説明はWill会計を管理会計制度と呼び、人事評価は別の制度で行うと明記した。誰にいくら払うかではなく、どの仕事にいくらの価値があるかを社員同士に決めさせる。嫌がられる仕事ほど落札価格が上がる設計は、上司の裁量で処理してきた不公平を価格へ移す試みであった。"
                },
                {
                  "text": "ただ、この仕組みが業績を作ったとまでは言えない。2011年3月期から2026年3月期にかけての四倍を超える増収は、半導体そのものの需要に多くを負っている。賞与への反映も2014年度の3%から始まり、効かせ方は緩やかであった。個人Will会計が支えたのは利益の額というより、市況が振れても社員が自分の持ち場の収支を見続ける習慣だったとみられる。制度の派手さと、効いている場所は必ずしも一致しない。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "株式会社ディスコ 公式サイト「Will会計」",
        "株式会社ディスコ 公式サイト「人的資本戦略」",
        "週刊東洋経済 2010年6月19日号「会社が変わる！ 企業戦略シリーズ4 【戦うNo.1技術】 第5回 ディスコ 「パラノイア」の勝利！ 半導体加工技術で独走」",
        "週刊東洋経済 2014年4月18日号「カンパニー＆ビジネス ディスコ 半導体精密加工で圧倒 成長を導く「価値観経営」」",
        "週刊東洋経済 2020年6月20日号「【特集 電機の試練】 3．コロナ後の勝機 INTERVIEW ディスコ 社長 関家一馬 「社会や生活が変化し半導体需要は一層増加」」",
        "日経ビジネス（2023年8月25日）「ディスコ関家社長「会社を自分ごとにする経営が危機に強い」」",
        "日経ビジネス（2024年10月3日）「ディスコ関家社長「エネルギーの9割、社員のために使う」」",
        "ディスコ 有価証券報告書（2011年3月期・2026年3月期／連結）"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-26"
    }
  ]
}
