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      "decision_id": "5803-cable-division-spinoff-1910",
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      "title": "藤倉電線護謨合名からの電線部門の分離独立と株式会社化",
      "subtitle": "電線とゴムを一つの合名会社で持ち続けるか、分けるか——創業者の死から9年後に引かれた線",
      "status": "implemented",
      "status_label": "実施",
      "scheme": "合名会社の事業を二分し、電線部門を資本金50万円の株式会社として新設。ゴム引防水布事業は旧社名を継承",
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      "issue": "事業の分割と会社形態",
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          "role": "藤倉電線護謨合名会社 代表社員"
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      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "1910年3月18日、藤倉電線護謨合名会社が電線とゴム引防水布の二事業を分け、電線部門を資本金50万円の藤倉電線株式会社として独立させた経営判断。創業者藤倉善八氏の死後に事業を継いだ松本留吉氏のもとで、合名会社に残るゴム引防水布事業と別会社に分かれ、双方が別の工場を構えた。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "1885年に東京神田淡路町で始まった綿・絹巻線の製造は、わが国電線製造業の嚆矢といわれた。1901年に創業者が死去したのち、末弟の松本留吉氏が資本金2万5,000円の合名会社を設立し、同時に岡田顕三氏のゴム引防水布事業を合わせて営んでいた。電線は陸海軍と逓信省への納入で伸び、資本金は1907年に20万円へ達していた。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "会社銀行八十年史は「時勢の進運に鑑み、事業を二分することとし、ゴム引防水布事業はそのまま社名を継承」させたと記す。新会社の本店は東京千駄ヶ谷。ゴム側は同時に大崎へ工場を新設し、防水布のほか電気絶縁材料・航空機材料の研究製造に入った。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "電線側は増資と熔銅・伸線工程の内製を重ね、昭和初期には古河電工・住友電工・日立製作所と並ぶ四大電線会社の一角として銅の共同購買に加わった。産銅資本の後ろ盾を持たない独立系という立ち位置は、この分割で定まり、以後の技術投資の性格を規定した。"
        }
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      "parties": [
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          "name": "藤倉電線（現・フジクラ）",
          "role": "当事者",
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            "note": "藤倉電線護謨合名会社の電線部門を継いで1910年3月に設立された電線専業メーカー。資本金50万円、本店は東京千駄ヶ谷"
          }
        }
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        "summary": "電線とゴム引防水布という売り先の異なる二事業を一つの合名会社で抱える状態を解き、電線部門を株式会社として分離独立させ、増資と設備投資の余地を電線に集中させた判断"
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      "timeline": [
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          "month": 2,
          "title": "藤倉善八が東京神田淡路町で綿・絹巻線の製造を開始"
        },
        {
          "year": 1901,
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          "title": "藤倉善八の死去により松本留吉が藤倉電線護謨合名会社を設立、ゴム引防水布事業を合併"
        },
        {
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          "title": "逓信省のゴム被覆線指定工場となる。旋風で千駄ヶ谷工場が全壊し3か月で復旧"
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        {
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          "title": "電線部門を分離独立し、資本金50万円の藤倉電線株式会社を設立",
          "highlight": true
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        {
          "year": 1916,
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          "title": "熔銅・伸線・製線の作業を開始し、同年7月に資本金200万円へ増資"
        },
        {
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          "title": "本社・工場を深川（現・江東区木場）へ移転。同年の関東大震災で工場が全滅し、11月に操業を再開"
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        {
          "year": 1955,
          "month": 5,
          "title": "電線側の資本金は10億5,600万円、ゴム側の藤倉ゴム工業は1億円"
        }
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      "snapshot": {
        "fiscal_year": "1910年3月（設立時）",
        "source": "フジクラ 有価証券報告書【沿革】",
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            "stock_code": "5803",
            "name": "藤倉電線",
            "fiscal_year": "1910年3月（設立時・単体）",
            "president": "松本留吉",
            "hq": "東京市（千駄ヶ谷）",
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          "label": "背景",
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              "sub_title": "綿巻電線の家業と、創業者の死",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "藤倉電線の出発は、1885年2月に藤倉善八氏が東京神田淡路町で綿・絹巻線の製造を始めたところにある。会社銀行八十年史はこれを「わが国電線製造業の嚆矢といわれ」と記す。工場を千駄ヶ谷へ移してからは、当時の国内では不可能とされていたゴム線の製造に着手し、米国から帰った末弟の松本留吉氏の協力を得て量産の方法を固めた。電線とゴムは、この時点では一つの作業場のなかで隣り合っていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1885年2月に藤倉善八が東京神田淡路町で綿・絹巻線の製造を開始し、わが国電線製造業の嚆矢といわれた。千駄ヶ谷移転後にゴム線製造へ着手し、米国から帰朝した末弟の松本留吉の協力を得た",
                      "原文": "当社は明治十八年二月、藤倉善八氏が東京神田淡路町で個人企業として綿・絹巻線の製造を開始したのに始まる。これはわが国電線製造業の嚆矢といわれ、その後新宿御料地内製糸工場跡に工場を移転、パラフィン線、東京線、コード類の製造に従事したが、二十三年さらに千駄ケ谷九〇〇番地に工場を移し、当時国内において不可能とされていたゴム線の製造に着手。二十六年には米国より帰朝した松本留吉氏（藤倉氏の末弟）の協力を得て、今日の製造工程にほぼ近い方法でゴム線を製作するに至つた。",
                      "source": "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）第2篇 日本会社史 35_金属「藤倉電線」",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/3043712"
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                },
                {
                  "text": "1901年10月8日、善八氏が59歳で死去した。事業を継いだ松本留吉氏は同月25日に資本金2万5,000円の藤倉電線護謨合名会社を設立して代表社員に就き、あわせて甥の岡田顕三氏が在米中の研究に基づいて始めたゴム引防水布の製造も社内に取り込んだ。電線とゴムを一つの会社で営む形は、創業者の死をきっかけに、むしろこのとき整えられた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1901年10月8日に創業者藤倉善八が59歳で死去し、同月25日に松本留吉が藤倉電線護謨合名会社を設立して代表社員となった",
                      "原文": "1901年（明治34）5月：松本留吉が洋家具店を処分し上京／10月8日：創業者藤倉善八死去（59歳）／10月25日：「藤倉電線護謨合名会社」設立、松本留吉が代表社員に",
                      "source": "フジクラ 公式サイト「先哲の室 ～フジクラの歴史」",
                      "url": "https://www.fujikura.co.jp/company/history/"
                    },
                    {
                      "fact": "合名会社の資本金は2万5,000円で、松本留吉の甥である岡田顕三が在米中の研究に基づくゴム引防水布の製造も同時に開始した",
                      "原文": "三十四年十月藤倉氏逝去により松本氏が事業を継承、資本金二万五千円をもつて藤倉電線護謨（名）を設立、同時に岡田顕三氏（松本氏の甥）が在米中の研究に基づきゴム引防水布の製造も合わせて開始した。",
                      "source": "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）第2篇 日本会社史 25_ゴム・皮革「藤倉ゴム工業」",
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              "sub_title": "売り先の異なる二つの事業",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "合名会社の9年間で、電線の売り先は官庁と軍にはっきり寄っていた。国産品への不信が残るなかで混合ゴム被覆電球線・陸用電話線・三九式中被覆線などの製造に成功し、陸軍・海軍と逓信省に納入した。1903年には逓信省のゴム被覆線指定工場となり、同じ年の旋風で千駄ヶ谷工場が全壊しながら3か月で復旧している。増資も重ね、資本金は1907年に20万円へ達した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1903年9月の旋風で工場が全壊したが復旧し、混合ゴム被覆電球線・陸用電話線・三九式中被覆線・高級ゴム絶縁線の製造に成功して陸海軍と逓信省に納入、1907年に資本金20万円となった",
                      "原文": "しかし三十六年九月の大旋風により工場全部が倒潰したが、まもなく復旧、同時に拡張工事を完成した。当時国産品に対する不信の声の中にあつて、苦心惨憺して混合ゴム被覆電球線、陸用電話線、三九式中被覆線、高級ゴム絶縁線等の製造に成功、それぞれを陸、海軍および逓信省に納入した。その後、増資を重ね、四十年には二十万円としたが、",
                      "source": "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）第2篇 日本会社史 35_金属「藤倉電線」",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/3043712"
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                    {
                      "fact": "1903年に日本最初の逓信省ゴム被覆線指定工場となった",
                      "原文": "1903年（明治36）日本最初の逓信省ゴム被覆線指定工場となる／旋風で千駄ヶ谷工場全壊するも3か月後に復旧",
                      "source": "フジクラ 公式サイト「先哲の室 ～フジクラの歴史」",
                      "url": "https://www.fujikura.co.jp/company/history/"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "一方の電線業界は、明治末年までに主要メーカーの骨格が固まりつつあった。日清戦争後の重工業の発展と、1887年以降の電灯事業・1889年の東京熱海間開通に続く電話事業の拡張が需要を押し上げていた。ただし会社銀行八十年史は、日本の電線工業が「主として産銅業者の投資ないし保護育成によつて発達した」と整理する。銅山を持たない藤倉は、設備の資金を自ら集めるほかなかった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "電線工業の基礎は日清戦争後の重工業の発展と電灯・電話事業の拡張に刺激され、明治末年までに主要メーカーの基礎が確立した。わが国の電線工業は主として産銅業者の投資ないし保護育成によって発達した点に特徴がある",
                      "原文": "電線工業の基礎の確立したのは、日清戦争後の重工業の発展、電灯事業（明治二十年以降勃興）、電話事業（明治二十二年東京・熱海間開通）の拡張に刺激されたもので、明治末年までの間に主要な電線メーカーの基礎が確立している。すなわち、住友電線製造所の設立は明治四十四年、藤倉電線が裸電線製造を開始したのは四十三年である。わが国の電線工業は主として産銅業者の投資ないし保護育成によつて発達した点に特徴がある。",
                      "source": "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）第2篇 日本会社史 35_金属 概説「電線工業」",
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          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "事業を二分する",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1910年3月18日、電線部門が分離され、資本金50万円の藤倉電線株式会社が設立された。会社銀行八十年史は決定の理由を「時勢の進運に鑑み」たものと書き、ゴム引防水布事業はそのまま社名を継承させたと記す。合名会社の資本金20万円に対し、新会社は2.5倍の資本を積んで出発した。本店は千駄ヶ谷に置かれた。",
                  "evidences": [
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                      "原文": "四十三年三月に至り、時勢の進運に鑑み、事業を二分することとし、ゴム引防水布事業はそのまま社名を継承、電線部門は新たに資本金五十万円の藤倉電線（株）として当社が発足した。",
                      "source": "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）第2篇 日本会社史 35_金属「藤倉電線」",
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                    {
                      "fact": "1910年3月、藤倉電線護謨合名会社から電線部門を分離独立し、東京千駄ヶ谷に資本金50万円をもって藤倉電線株式会社を設立（設立日は3月18日）",
                      "原文": "1910年３月　藤倉電線護謨合名会社から電線部門を分離独立し、東京千駄ヶ谷に資本金50万円をもって藤倉電線株式会社を設立",
                      "source": "フジクラ 有価証券報告書【沿革】",
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                },
                {
                  "text": "分けられた側の記録も残っている。藤倉ゴム工業の項は、電線部門を分離させたうえで「同時に大崎に工場を新設し、それを藤倉防水布製造所と通称して防水布のほか電気絶縁材料、航空機材料の研究製造に着手した」と書く。二事業は帳簿の上で切り離されただけでなく、それぞれ別の工場を構えて設備を持ち直した。切り出しは縮小の処理ではなく、双方が投資に向かうための線引きであった。",
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                      "fact": "1910年4月に電線部門を分離して藤倉電線株式会社（資本金50万円）を発足させ、ゴム側は同時に大崎へ工場を新設して防水布・電気絶縁材料・航空機材料の研究製造に着手した",
                      "原文": "四十三年四月に至つて電線部門を分離し、藤倉電線（株）（資本金五十万円）として発足せしめた。一方、当社は同時に大崎に工場を新設し、それを藤倉防水布製造所と通称して防水布のほか電気絶縁材料、航空機材料の研究製造に着手した。",
                      "source": "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）第2篇 日本会社史 25_ゴム・皮革「藤倉ゴム工業」",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/3043712"
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              "sub_title": "分離後に電線へ寄せた投資",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "新会社は設立の翌1911年9月に資本金を100万円へ引き上げ、1913年4月に電話用乾紙ケーブルと動力用紙絶縁電纜の製造を始めた。1916年4月には熔銅・伸線・製線の作業に入り、銅を溶かして線に引く工程まで自社に取り込んでいる。同年7月には資本金を200万円とし、福岡・大阪・上海に出張所を開いて販路を広げた。6年で資本金は4倍になった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1911年9月に資本金100万円、1913年4月に電話用乾紙ケーブル・動力用紙絶縁電纜の製造開始、1916年4月に熔銅・伸線・製線の作業開始、同年7月に資本金200万円へ増資し福岡・大阪・上海に出張所を開設",
                      "原文": "新発足した当社は、翌四十四年九月百万円に増資、次いで大正二年四月電話用乾紙ケーブル、動力用紙絶縁電纜の製造、さらに五年四月熔銅、伸線、製線の作業を開始した。一方福岡、大阪、上海に各出張所を開設して販路の拡大を図り、五年七月二百万円に増資した。",
                      "source": "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）第2篇 日本会社史 35_金属「藤倉電線」",
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                },
                {
                  "text": "1920年には深川の現在地に本社と工場の建設へ着手し、1923年1月に完成して移転した。ところが同年9月の関東大震災で深川は全滅する。被害の軽い千駄ヶ谷工場で生産を続けながら復旧に入り、同年11月にはケーブル工場と製線工場の操業を再開、1924年3月に一切の復旧工事を終えた。分離から13年で得た新拠点は、完成から8か月で作り直しになった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1920年に深川の現在地へ本社・工場の建設に着手し1923年1月に完成・移転したが、同年の関東大震災で全滅。千駄ヶ谷工場で生産を再開しつつ復旧に着手し、1923年11月にケーブル工場・製線工場が操業、1924年3月に復旧工事を完了した",
                      "原文": "九年に至り事業の発展を期して深川の現在地に本社および工場の建設に着手、十二年一月完成して移転したが、同年大震災のため全滅の悲運に遭つた。しかし千駄ケ谷工場は被害軽微であつたので直ちに生産を再開するとともに深川工場の復旧と増設工事に着手し、同年十一月にはケーブル工場および製線工場の操業を開始、翌十三年三月には一切の復旧工事を完了した。",
                      "source": "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）第2篇 日本会社史 35_金属「藤倉電線」",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/3043712"
                    }
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              "sub_title": "分かれた二社の四十五年後",
              "paragraphs": [
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                  "text": "電線側は1933年10月に資本金1,000万円へ増資し、SL型電纜・O・Fケーブル・藤光線を送り出した。会社銀行八十年史は、搬送式無装荷ケーブルと藤倉型同軸ケーブルを技術陣の声価を高めた製品と記す。『企業の歴史 明治百年』も、1935年の藤倉型周波同軸ケーブルが米・英・独・仏など7カ国で特許を取ったと書きとめている。1955年5月時点の資本金は10億5,600万円、社長は石橋五郎氏であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1933年10月に資本金1,000万円へ増資。搬送式無装荷ケーブル・藤倉型同軸ケーブルは技術陣の声価を高めた製品とされ、1948年の松本社長逝去により石橋五郎が社長に就任、1955年5月に資本金10億5,600万円となった",
                      "原文": "その後SL型電纜、O・Fケーブル、藤光線等の高級品を次次に製造、なかでも搬送式無装荷ケーブル、藤倉型同軸ケーブル等は、当社技術陣の声価を高めた製品である。昭和八年十月資本金を一千万円に増額、（中略）なお二十三年松本社長逝去により石橋五郎氏が社長に就任、資本金は三十年五月十億五千六百万円となつた。",
                      "source": "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）第2篇 日本会社史 35_金属「藤倉電線」",
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                    {
                      "fact": "1935年（昭和10年）に藤倉型周波同軸ケーブルを開発し、米・英・独・仏など7カ国の特許を取得した",
                      "原文": "戦前は藤倉型周波同軸ケーブルを開発（昭和一〇年）し、米、英、独、仏など七カ国の特許をとるなど、技術の優位性を背景に発展した。",
                      "source": "企業の歴史 : 明治百年（経済春秋社, 1968）",
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                },
                {
                  "text": "ゴム側は1920年に株式組織へ改めて藤倉工業と称し、1948年10月に藤倉ゴム工業となった。1954年度の売上高は14億7,000万円で、ゴム引布・雨衣関係と履物関係が6割、タイヤ関係が3割を占めた。飛行機用翼布や気球の球皮といった航空材料にも早くから手を伸ばし、戦時には11工場まで増やしたが、戦後は品川・沼田・富山・藤岡の4工場を売却して操業を絞った。1955年時点の資本金は1億円で、電線側の10分の1に届かない。",
                  "evidences": [
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                      "fact": "ゴム側は1920年に株式組織へ変更して藤倉工業と改称、1948年10月に藤倉ゴム工業へ改称し1952年10月に資本金1億円。1954年度売上高14億7,000万円のうちゴム引布・雨衣関係と履物関係が60％、タイヤ関係が30％",
                      "原文": "六年六月大崎に新たに工場を建設して移転、九年株式組織に変更し、資本金百万円、藤倉工業と改称した。（中略）売上高は二十九年度十四億七千万円を記録した。うち主製品ゴム引布、雨衣関係および履物関係が六〇%を占め、タイヤ関係は三〇%、その他一〇%となつている。なお、二十三年十月現社名に改め、資本金は二十七年十月一億円となつた。",
                      "source": "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）第2篇 日本会社史 25_ゴム・皮革「藤倉ゴム工業」",
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                      "fact": "ゴム側は日華事変・太平洋戦争中に品川・千駄ヶ谷・浦和・上野・大崎・藤岡・沼田・福居・札幌・富山・天竜川など11工場を増設したが、戦後は千駄ヶ谷・上野を廃棄、品川・沼田・富山・藤岡の4工場を売却し、五反田・浦和・札幌の3工場で操業した",
                      "原文": "日華事変、太平洋戦争中は急増する軍需資材生産のため、十二年以降品川、千駄ケ谷、浦和、上野、大崎、藤岡、沼田、福居、札幌、富山、天竜川等十一工場を増設した。（中略）千駄ケ谷、上野両工場は戦火で焼失したのでこれを廃棄、品川、沼田、富山、藤岡の四工場は売却、福居、天竜川両工場は旧所有主に返却し、大崎工場は倉庫として使用、五反田、浦和、札幌の三工場のみを残して操業した。",
                      "source": "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）第2篇 日本会社史 25_ゴム・皮革「藤倉ゴム工業」",
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                    {
                      "fact": "ゴム側は1911年7月にわが国初の飛行機用翼布の製作を開始し、1914年に航空船用気嚢球皮を完成、翌年の「雄飛号」に用いられた",
                      "原文": "これより先明治四十四年七月わが国初めての飛行機用翼布の製作を開始したが、その後絶縁塗料、夜光塗料その他特殊塗料、落下傘、防毒具、耐油管、タイヤ等斯界に先んじて優秀製品を送り、大正三年には航空船用気嚢球皮を研究完成、翌四年わが国航空史上特筆すべき「雄飛号」の誕生となつた。",
                      "source": "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）第2篇 日本会社史 25_ゴム・皮革「藤倉ゴム工業」",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/3043712"
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                {
                  "text": "昭和初期の恐慌期、古河電工・住友電工・藤倉電線・日立製作所の四社は電気銅の購買カルテル「電気銅共同購買会」を結成し、産銅側の水曜会と国産銅の優先供給協定を結んだ。産銅資本の系列に属さない藤倉電線も、大手四社の一角として銅の調達に加わっていた。分離から20年で、電線専業の会社は業界の中心に席を得た。",
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                    {
                      "fact": "昭和初期に「古河電工」「住友電工」「藤倉電線」「日立製作所」の四大電線会社が銅の購買カルテル「電気銅共同購買会」を結成し、産銅カルテルの水曜会と国産銅の優先供給協定を結んだ",
                      "原文": "またこの時期には「古河電工」「住友電工」「藤倉電線」「日立製作所」の四大電線会社が結成した銅の購買カルテルである「電気銅共同購買会」とさきの水曜会との間に国産銅の「優先供給協定」が結ばれ、産銅カルテルは加工部門も含めた縦断カルテルに発展することになった。",
                      "source": "日本産業史（日経文庫）第1巻 鉄鋼・金属「非鉄金属－海外品に押される」",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/13095821"
                    }
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                {
                  "text": "分離から半世紀を経ても、事業構成は電線のままであった。1961年3月期上半期の売上構成は通信ケーブルが28.8％、電力ケーブルが21.0％で、逓信省の後継である電電公社と電力会社への納入が柱を成した。『企業の歴史 明治百年』は1968年の同社を「現在も官のウェイトが高く、安定した成長を続けてきた」と記す。ゴムと分けた選択の効き方が、ここに残っている。",
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                      "fact": "1961年3月期上半期の売上構成は通信ケーブル28.8％、電力ケーブル21.0％",
                      "原文": "1961年3月期（半期・単体）の売上構成は、通信ケーブル23億2,952万円（28.8％）、電力ケーブル16億9,679万円（21.0％）。",
                      "source": "株式会社年鑑 昭和37年版（藤倉電線・部門別売上構成）",
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                      "原文": "同社は現在も官のウェイトが高く、安定した成長を続けてきたが、最近は家電などの好調を反映して、民需の伸びも著しい。",
                      "source": "企業の歴史 : 明治百年（経済春秋社, 1968）",
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                  "text": "松本留吉氏が引いた線は、製品の似かよりではなく、資金の集め方に沿っていた。電線は熔銅から伸線、ケーブル化までの工程を抱え込むほど設備が重くなる事業で、合名会社の資本金20万円では次の投資に足りない。新会社が50万円で出発し、6年後に200万円まで積み上げた事実は、分離が増資のための手続きでもあったことを示している。銅山を持たない会社が銅を扱う工程へ進むには、外から資本を入れられる株式会社の形が要ったとみられる。"
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                  "text": "ただ、この線引きが正しかったと言えるのは、電線側がその後も残ったからにすぎない。1923年に完成した深川の新拠点は8か月で震災に全滅し、生産を支えたのは分離前から使っていた千駄ヶ谷工場であった。ゴム側も戦時に11工場まで膨らみ、戦後は品川・沼田・富山・藤岡の4工場を売却して縮んでいる。分けた二事業のどちらにも、事業を守り切れない時期が来た。分割が生んだのは安全ではなく、それぞれが自力で資本を調達する立場であったといえる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）第2篇 日本会社史 35_金属「藤倉電線」",
        "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）第2篇 日本会社史 25_ゴム・皮革「藤倉ゴム工業」",
        "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）第2篇 日本会社史 35_金属 概説「電線工業」",
        "企業の歴史 : 明治百年（経済春秋社, 1968）",
        "日本産業史（日経文庫）第1巻 鉄鋼・金属「非鉄金属－海外品に押される」",
        "フジクラ 公式サイト「先哲の室 ～フジクラの歴史」",
        "フジクラ 有価証券報告書【沿革】",
        "株式会社年鑑 昭和37年版（藤倉電線・部門別売上構成）"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-26"
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      "slug": "optical-fiber-investment-1980",
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      "title": "光ファイバの独自技術への投資と、融着接続機の自社開発",
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          "text": "1973年のCVD法による光ファイバ母材の検討開始から、1975年の日本電信電話公社・古河電気工業・住友電気工業との光ファイバ共同研究協定、1980年のシングルモード用融着接続機の開発までを通じて、藤倉電線が光ファイバとその接続装置へ研究資源を集中させた経営判断。研究員を増やし、通信事業部の研究開発費を光へ寄せた。"
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          "text": "光ファイバ母材の製造法を1973年から検討し、1976年には電電公社と長波長極低損失光ファイバを共同開発、1979年に0.27dB/kmを達成した。並行して1976年から3名の陣容でファイバ同士をつなぐ融着接続機の研究を始め、1977年10月に1号機FR-1を完成させた。1982年に佐倉工場へ光工場を建て、1983年から日本列島縦貫用光ファイバの納入・布設に入った。"
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          "text": "融着接続機は世界60カ国に代理店を置く世界シェア首位の製品となり、細径・多心のSWR／WTC光ケーブルは6,912心の超多心ケーブルとしてデータセンター需要の中心に座った。岡田直樹社長は2024年に、旧財閥系に規模で及ばない立場で技術に賭けてきた社内の来歴を語っている。"
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            {
              "sub_title": "銅の値動きに握られる採算と、規模の差",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "電線は、原価の大半を銅が占める事業である。会社銀行八十年史は、日本の電線工業が「主として産銅業者の投資ないし保護育成によつて発達した」と整理する。住友電工は住友家の銅事業から生まれ、古河電工も古河の産銅を背景に持った。藤倉電線は系列に属さず、1959年10月に三井金属鉱業と組んだ沼津熔銅の操業で銅地金の供給を確保していた。素材の手当てからして自力で組む立場にあった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "わが国の電線工業は主として産銅業者の投資ないし保護育成によって発達した点に特徴がある",
                      "原文": "わが国の電線工業は主として産銅業者の投資ないし保護育成によつて発達した点に特徴がある。",
                      "source": "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）第2篇 日本会社史 35_金属 概説「電線工業」",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/3043712"
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                    {
                      "fact": "1956年に原料供給を担う大阪工場を開設し、1959年10月に三井金属鉱業と提携して設立した沼津熔銅の操業を開始した",
                      "原文": "戦後は二九年に沼津工場を完成、さらに、三井金属鉱業と提携して設立した沼津熔銅の操業（三四年一〇月）まで、同社の原料供給面を担当した大阪工場を三一年に開設した。",
                      "source": "企業の歴史 : 明治百年（経済春秋社, 1968）",
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                },
                {
                  "text": "稼ぎの振れも大きかった。第1次石油危機のあと、1976年3月期は売上高783億円に対して経常損失16億円を計上している。売り先は電電公社と電力9社に寄っており、1961年3月期上半期の売上構成では通信ケーブルが28.8％、電力ケーブルが21.0％を占めた。設備投資の増減がそのまま業績に響き、通信方式が変われば納入品も入れ替わる。この二重の受け身が、1970年代の藤倉電線の課題であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1976年3月期（単体）は売上高783.16億円、経常損失16.46億円、当期純利益3.72億円",
                      "原文": "1976年3月期（単体）の売上高783.16億円、経常損失▲16.46億円、当期純利益3.72億円。",
                      "source": "会社年鑑 1986年版（藤倉電線・単体業績）",
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                    {
                      "fact": "1961年3月期上半期の売上構成は通信ケーブル28.8％、電力ケーブル21.0％",
                      "原文": "1961年3月期（半期・単体）の売上構成は、通信ケーブル23億2,952万円（28.8％）、電力ケーブル16億9,679万円（21.0％）。",
                      "source": "株式会社年鑑 昭和37年版（藤倉電線・部門別売上構成）",
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              "sub_title": "光ファイバが実験室から出てきた時期",
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                {
                  "text": "1970年に米コーニング社が20dB/kmの光ファイバを発表し、1974年にはベル研究所が伝送損失4dB/kmのファイバを発表した。損失が下がれば中継間隔が伸び、銅の通信ケーブルを置き換える見込みが立つ。藤倉電線は1973年にCVD法による光ファイバ母材の製造法を検討し始め、1975年には日本電信電話公社・古河電気工業・住友電気工業と光ファイバ共同研究協定を結んだ。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1970年にコーニング社が20dB/kmのファイバを発表し、1974年にベル研究所が伝送損失4dB/kmのファイバを発表した",
                      "原文": "1970年：コーニング社が「20dB/km」のファイバを発表／1974年：ベル研究所が「伝送損失4dB/km」のファイバを発表",
                      "source": "フジクラ 公式サイト「先哲の室 ～フジクラの歴史」Odyssey Vol.3 極低損失光ファイバ",
                      "url": "https://www.fujikura.co.jp/company/history/odyssey/vol-03/phase-1/"
                    },
                    {
                      "fact": "1973年にCVD法による光ファイバ母材製造の検討を開始し、1975年に日本電信電話公社・古河電気工業・住友電気工業と光ファイバ共同研究協定を締結した",
                      "原文": "1973年（昭和48）CVD法による光ファイバ母材製造の検討開始／1975年（昭和50）日本電信電話公社（現NTT）、古河電気工業、住友電気工業と「光ファイバ共同研究協定締結」",
                      "source": "フジクラ 公式サイト「先哲の室 ～フジクラの歴史」",
                      "url": "https://www.fujikura.co.jp/company/history/"
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                },
                {
                  "text": "光通信の商機については、同業の側も同じ見立てを口にしていた。1981年10月の証券アナリスト向け講演で住友電気工業の川上哲郎専務取締役は、光通信を情報化社会の基礎をつくるものと述べ、米調査会社の見通しを引いて「80年代を通じて、光通信の需要は世界的に年々倍増する」と語った。電電公社の共同研究に3社が並んで加わっていたため、技術の優劣が納入の分け前に直結しうる状況でもあった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1981年10月27日の講演で住友電気工業の川上哲郎専務取締役は、光通信を情報化社会の基礎をつくるものと述べ、80年代を通じて光通信の需要は世界的に年々倍増するとの見通しを示した",
                      "原文": "光通信は新しい時代の一つの技術革新であり、われわれの研究成果の一端でもある。光通信は今後の情報化社会の、あるいはポスト・インダストリアルソサイアティの基礎をつくるものであり（中略）米国のスタンダードリサーチ、あるいはノースチックリサーチの報告によると、80年代を通じて、光通信の需要は世界的に年々倍増するであろうということだ。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1981年19巻12号「光通信分野で脚光浴びる住友電工」（川上哲郎専務取締役講演・1981年10月27日）",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/2730726"
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          "section": "origin",
          "label": "決断",
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              "sub_title": "研究員を増やし、通信事業部の研究開発費を光へ寄せる",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "光ファイバの開発競争が始まると、藤倉電線は研究員を一気に増やし、通信事業部の研究開発費を光へ集中させた。社史はこれを大胆なシフトと記す。成果は数年で出た。1976年に電電公社と長波長の極低損失光ファイバを世界で初めて共同開発し、1979年には低損失シングルモードファイバで0.27dB/kmを達成している。実験室の水準は、この時点で商用の中継間隔を賄える域に入った。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "フジクラは研究員を一気に増員し、通信事業部の研究開発費を集中する大胆なシフトを行った",
                      "原文": "フジクラにおいても研究員を一気に増員、通信事業部の研究開発費を集中するなどの大胆なシフトが行われる",
                      "source": "フジクラ 公式サイト「先哲の室 ～フジクラの歴史」Odyssey Vol.3 極低損失光ファイバ",
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                    {
                      "fact": "1976年にNTTと世界初の長波長極低損失光ファイバを共同開発し、1979年に世界初の低損失光シングルモードファイバで0.27dB/kmを達成した",
                      "原文": "1976年（昭和51）NTTと「世界初の長波長極低損失光ファイバ共同開発」／1979年（昭和54）「世界初低損失光シングルモードファイバで0.27dB/km達成」",
                      "source": "フジクラ 公式サイト「先哲の室 ～フジクラの歴史」",
                      "url": "https://www.fujikura.co.jp/company/history/"
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                  ]
                },
                {
                  "text": "研究費を寄せた時期の本業は、順風ではなかった。1979年3月期は経常利益60億円・当期純利益29億円と戻したものの、翌1980年3月期の経常利益は27億円へ半減している。売上高は1,209億円で、経常利益率は2％台にとどまった。銅相場と設備投資の波で利益が上下するなかで、成果の時期が読めない光の研究に人と金を積み増した点に、この判断の性格が表れている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1979年3月期（単体）は経常利益60.26億円・当期純利益29.39億円、1980年3月期は売上高1,208.86億円・経常利益27.54億円・当期純利益14.8億円",
                      "原文": "1979年3月期（単体）売上高1,077.04億円・経常利益60.26億円・当期純利益29.39億円、1980年3月期（単体）売上高1,208.86億円・経常利益27.54億円・当期純利益14.80億円。",
                      "source": "会社年鑑 1986年版（藤倉電線・単体業績）",
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            },
            {
              "sub_title": "ケーブルの外側の装置まで自前で持つ",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1976年、藤倉電線はファイバ同士をつなぐ融着接続機の研究に着手した。ファイバがまだ不安定な構造と強度不足を抱え、伝送損失を測る解析手段さえなかった時期に、社史は接続の課題の解決こそが大きな商売になるという見立てで研究が始まったと記す。陣容はわずか3名であった。1977年10月に実用型マルチモード用の1号機FR-1が完成し、1979年にはワシントンの光シンポジウム併設展示会で人だかりを集めた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1976年に融着接続機の研究を陣容3名で開始し、1977年10月に実用型マルチモード用1号機「FR-1」が完成、1979年にワシントンの光シンポジウム併設展示会に出展して脚光を浴びた",
                      "原文": "「この問題の解決こそ、大きなビジネスになる！」／研究陣容もわずか3名でのスタート／1977年10月：実用型マルチモード用光ファイバ融着接続機の1号機が完成／1979年：ワシントンで開かれた光シンポジウムの併設展示会に出展／黒山の人だかりで大きな脚光を浴びる",
                      "source": "フジクラ 公式サイト「先哲の室 ～フジクラの歴史」Odyssey Vol.2 光ファイバ融着接続機",
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                    {
                      "fact": "光ファイバ自体もまだ試行錯誤の最中で、不安定な構造および強度不足に加え、伝送損失を測る解析手段もなかった",
                      "原文": "光ファイバ自体もまだ試行錯誤の最中で、不安定な構造および強度不足に加え、伝送損失を測る解析手段もなかった",
                      "source": "フジクラ 公式サイト「先哲の室 ～フジクラの歴史」Odyssey Vol.2 光ファイバ融着接続機",
                      "url": "https://www.fujikura.co.jp/company/history/odyssey/vol-02/phase-1/"
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                  ]
                },
                {
                  "text": "1980年にはシングルモード用の融着接続機を開発し、ファイバと装置の両方を自社の製品として揃えた。1982年に佐倉工場へ光工場を建て、1983年から日本列島縦貫用光ファイバの納入・布設に入る。1985年に世界初のコア直視型融着接続機、1987年に佐倉の光エレクトロニクス研究所、1988年に世界初の多心光ファイバ融着接続機と続き、ケーブル本体だけを売る会社とは別の商売が並び立った。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1980年にシングルモード用光ファイバ融着接続機を開発、1982年に佐倉工場に光工場が完成、1983年に日本列島縦貫用光ファイバの納入布設を開始、1985年に世界初のコア直視型融着接続機、1987年に佐倉工場に光エレクトロニクス研究所、1988年に世界初の多心光ファイバ融着接続機を開発",
                      "原文": "1980年（昭和55）シングルモード用光ファイバ融着接続機開発／1982年（昭和57）佐倉工場に光工場完成／1983年（昭和58）日本列島縦貫用光ファイバ納入布設開始／1985年（昭和60）「世界初、コア直視型光ファイバ融着接続機開発」／1987年（昭和62）佐倉工場に光エレクトロニクス研究所完成／1988年（昭和63）「世界初、多心光ファイバ融着接続機開発」",
                      "source": "フジクラ 公式サイト「先哲の室 ～フジクラの歴史」",
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        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
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              "sub_title": "装置の世界首位と、超多心ケーブル",
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                {
                  "text": "融着接続機は、その後の主力製品の一つとなった。現在は世界シェア首位で、世界60カ国に戦略パートナーとしての代理店を置く。ファイバを敷く現場では接続の品質が伝送の品質を決めるため、ケーブルと装置を同じ会社から調達する利点が働いた。1976年に3名で始めた研究が、ケーブルの価格競争とは別の収益源に育った。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "融着接続機は世界シェアNo.1で、世界60カ国に戦略パートナーとしての代理店を置く",
                      "原文": "現在：「世界シェアNo.1」／販売網：「世界60カ国に戦略パートナーとしての代理店」",
                      "source": "フジクラ 公式サイト「先哲の室 ～フジクラの歴史」Odyssey Vol.2 光ファイバ融着接続機",
                      "url": "https://www.fujikura.co.jp/company/history/odyssey/vol-02/phase-1/"
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                  ]
                },
                {
                  "text": "ケーブル側では、ファイバを所々だけ接着してクモの巣状に広げるSWRと、それを細く束ねるWTCの組み合わせが独自製品となった。岡田直樹社長は2022年の取材で「実はＳＷＲは私の机の上で誕生した」と明かし、「最近は他社もやり始めたが、われわれが技術革新で一歩先をキープできている」と述べている。6,912心の超多心ケーブルはデータセンターの伝送容量を賄う製品となり、英BTグループには2019年から本格採用された。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "岡田直樹社長はSWRが自分の机の上で誕生したと述べ、SWR／WTCはケーブル界のオリジナル技術で他社に一歩先をキープできていると語った。6,912心の超多心ケーブルでデータセンター需要を取り込み、英BTグループには2019年から本格採用された",
                      "原文": "実はＳＷＲは私の机の上で誕生した。机の上でファイバーに瞬間接着剤を付けて、クモの巣の形状ができて「これで世界が変わる」と思った（中略）ケーブル界ではイノベーティブなオリジナル技術で、最近は他社もやり始めたが、われわれが技術革新で一歩先をキープできている。（中略）このケーブルは通信事業世界大手の英国・ＢＴグループにも１９年から本格採用され、欧州ではインパクトをもって受け止められた。（中略）ＳＷＲ／ＷＴＣで実現した６９１２心ケーブルで需要を取り込む。",
                      "source": "週刊東洋経済 2022年10月1日号「トップに直撃 フジクラ 社長 岡田直樹『光ファイバー拡大余地は大 自分で開発した製品が強み』」",
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            },
            {
              "sub_title": "技術で勝つという方針の残り方",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "光へ寄せた選択は、社内の言葉としても引き継がれた。岡田直樹社長は2024年1月のインタビューで、入社した1986年当時から「旧財閥系が競合相手で、企業規模や資金力では到底かないませんでした。自分たちが勝ち残るには、技術で勝負するしかないという認識が強く、みんなで技術力の向上に励んできました」と振り返っている。規模で追わない方針は、1970年代の研究投資の経験に接がれていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "岡田直樹社長は、入社した1986年当時から旧財閥系が競合相手で企業規模や資金力では及ばず、技術で勝負するしかないという認識が強かったと語った",
                      "原文": "私が入社した1986年当時から、当社の事業は旧財閥系が競合相手で、企業規模や資金力では到底かないませんでした。自分たちが勝ち残るには、技術で勝負するしかないという認識が強く、みんなで技術力の向上に励んできました。当時の気持ちをもう一度思い返し、『技術のフジクラ』にいっそう磨きをかけていきたいと考えています",
                      "source": "東洋経済オンライン（2024年1月12日）「非鉄大手『技術のフジクラ』の持続的成長戦略 老舗企業成長のカギは『人財戦略と進取の精神』」",
                      "url": "https://toyokeizai.net/articles/-/721775"
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                },
                {
                  "text": "細さそのものが値段になる場面も現れた。既存の管路には電話線やCATV用ケーブルが詰まっており、新たに管路を掘る土木費用は光ケーブル本体より重い。岡田社長はカナダの事例で、割高なSWR／WTCを採ったほうが工事を含めたコストが15％下がったと説明する。光ファイバの普及率が35％程度にとどまる欧米では、この差が採用の理由になった。1980年代に装置と細径化へ振り向けた技術が、40年後の受注条件を決めている。",
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                      "fact": "既存管路の隙間に通せる細径のSWR／WTCは、カナダの事例でトータルコストを15％下げた。欧米の光ファイバのホームパス率は35％程度にとどまる",
                      "原文": "実際に既存のケーブルよりも割高だが、カナダの事例ではＳＷＲ／ＷＴＣの採用でトータルコストが１５％下がった。すでに管路が詰まっており土木工事のコストが高くなっている先進国では、この製品の価値を高く認めてくれる。（中略）一方で欧米はＣＡＴＶ（ケーブルテレビ）回線で使う同軸ケーブルでデータ通信も賄っており、光ファイバーのホームパス率は３５％程度にとどまる。",
                      "source": "週刊東洋経済 2022年10月1日号「トップに直撃 フジクラ 社長 岡田直樹『光ファイバー拡大余地は大 自分で開発した製品が強み』」",
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                {
                  "text": "3名で始めた融着接続機の研究が、この判断のいちばん効いた部分であったとみられる。光ファイバそのものは電電公社との共同研究に古河電工・住友電工と並んで参加した成果で、藤倉電線だけの持ち物ではない。だが、現場でファイバをつなぐ装置は誰も持っていなかった。ケーブルは銅と同じく量産と価格の勝負に向かう製品であり、その外側にある道具を押さえたことが、素材相場に握られない収益を残した。接続という不便を商売の種と読んだ判断は、結果として当たった。"
                },
                {
                  "text": "ただし、光に賭けた効き目が現れるまでの時間は長かった。1979年に0.27dB/kmを達成してから、超多心ケーブルがデータセンターの中心に座るまでに40年が過ぎている。その間に細径・多心の技術には他社も追随し、岡田社長は2022年の取材で「最近は他社もやり始めた」と述べている。技術で先に立つ方針は、研究費を切らない体力と、需要が来るまで待つ時間を同時に要する。「技術で勝負するしかない」という認識は、選択の潔さより持続の難しさを指しているといえる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "フジクラ 公式サイト「先哲の室 ～フジクラの歴史」",
        "フジクラ 公式サイト「先哲の室 ～フジクラの歴史」Odyssey Vol.2 光ファイバ融着接続機",
        "フジクラ 公式サイト「先哲の室 ～フジクラの歴史」Odyssey Vol.3 極低損失光ファイバ",
        "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）第2篇 日本会社史 35_金属 概説「電線工業」",
        "企業の歴史 : 明治百年（経済春秋社, 1968）",
        "証券アナリストジャーナル 1981年19巻12号「光通信分野で脚光浴びる住友電工」（川上哲郎専務取締役講演・1981年10月27日）",
        "週刊東洋経済 2022年10月1日号「トップに直撃 フジクラ 社長 岡田直樹『光ファイバー拡大余地は大 自分で開発した製品が強み』」",
        "東洋経済オンライン（2024年1月12日）「非鉄大手『技術のフジクラ』の持続的成長戦略 老舗企業成長のカギは『人財戦略と進取の精神』」",
        "会社年鑑 1986年版（藤倉電線・単体業績）",
        "株式会社年鑑 昭和37年版（藤倉電線・部門別売上構成）"
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      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-26"
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          "label": "概要",
          "text": "2001年に古河電気工業と折半出資でビスキャスを設立し、2005年1月に電力事業全般を営業譲渡して製造販売・研究開発まで移した経営判断。国内の電力用電線市場が伸びを欠くなかで、祖業の一角である電力ケーブルを競合との共同運営へ切り出した。15年後の2016年10月には国内事業を両社に振り分け、フジクラは配電線・架空送電線事業を引き取った。"
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          "label": "背景",
          "text": "建設用など汎用の電線は品目が重なりやすく、銅価の高騰前から過当競争による販価低下に悩まされていた。同じ時期、ITバブルの崩壊で光ファイバ事業の不稼働資産が減損処理の対象となり、フジクラの連結業績は2003年3月期に56億円の純損失へ転落した。成熟事業と新規事業の両方を単独で抱える余裕は乏しかった。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "高圧・超高圧電力ケーブル、送電・配電用電線と関連機器の設計・製造・施工を、古河電工との折半出資会社ビスキャスへ集約した。同じ2005年1月には三菱電線工業と建設・電販の販売合弁フジクラ・ダイヤケーブルを設立し、汎用電線の流通も他社と組む形にした。切り出した資源は情報通信と自動車電装の海外供給体制へ振り向けられた。"
        },
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          "label": "含意",
          "text": "東日本大震災のあと国内の送電インフラ投資が伸び悩み、2016年3月に両社は提携を見直した。地中・海底送電線事業は古河電工が、配電線・架空送電線事業はフジクラが引き取り、ビスキャスは持分法適用会社として残った。フジクラは2024年4月に導体事業を分割してフジクラ・ダイヤケーブルへ承継し、銅電線の製造販売を本体から切り離した。"
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          "title": "電力用電線の提携見直しを発表。国内事業を地中・海底送電線と配電線・架空送電線に分けて両社へ譲渡"
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          "title": "配電線・架空送電線事業をフジクラへ移管。古河電工は地中・海底送電事業を取得"
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                  "text": "電力ケーブルは、戦後のフジクラを支えた事業であった。1961年3月期上半期の売上構成では電力ケーブルが21.0％、通信ケーブルが28.8％を占め、電力9社の送電網整備と電電公社の通信網整備が二つの柱を成していた。ところが品目が各社で重なる汎用の電線では、銅価が高騰する前から販価の下落が続いた。週刊東洋経済は建設用について、商慣行の面で価格転嫁がほとんどできない分野だと書いている。",
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                      "原文": "特に建設用では、商慣行上、価格転嫁がほとんどできていないが、この分野は銅価暴騰前から、汎用品が多く、過当競争による販価低下に悩まされていた分野である。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年1月29日号「2005年・商品市況徹底予測 非鉄」",
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                {
                  "text": "業界の答えは、大手同士で製造・販売の会社を持ち合うことであった。週刊東洋経済は2005年1月の記事で、大手各社が「プライドをかなぐり捨て、建設用電線の製造合弁を大手同士で共同設立し寡占化を推進」し、販価の下げ止まりに動いたと整理する。銅価の高騰がその流れを速め、汎用電線での合従連衡に拍車がかかった。競合と組む選択は、この時期の電線大手に共通する手であった。",
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                      "fact": "大手各社は建設用電線の製造合弁を大手同士で共同設立して寡占化を進め、銅価暴騰を受けて汎用電線での合従連衡に拍車をかけた",
                      "原文": "大手各社は、プライドをかなぐり捨て、建設用電線の製造合弁を大手同士で共同設立し寡占化を推進。販価下げ止まりに向けて努力してきた。銅価暴騰を受けて、大手各社は汎用電線での合従連衡に拍車をかけている。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年1月29日号「2005年・商品市況徹底予測 非鉄」",
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                  ]
                }
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              "sub_title": "ITバブル崩壊と、光ファイバの減損",
              "paragraphs": [
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                  "text": "統合を決めた時期の電線業界は、通信バブルの後始末に追われていた。米国では1990年代後半からの光投資が2001年末までに推定6,400万キロメートルへ膨らんだ一方、実際に使われたのは容量の数％にとどまった。古河電気工業は2001年11月に米ルーセント・テクノロジーの光ファイバ部門を約2,800億円で買収したものの、受注のない状態が続き、2002年度の連結純損失は1,150億円へ拡大する見込みとなった。",
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                      "fact": "米国の光投資は2001年末までに推定6,400万キロメートルへ拡大したが実需は容量の数％にとどまり、古河電工は2001年11月に米ルーセント・テクノロジーの光ファイバ部門を約2,800億円で買収したのち、2002年度の連結純損失が1,150億円に拡大する見込みとなった",
                      "原文": "米国では９０年代後半から大型光投資が本格化し、昨年末までに推定六四〇〇万キロメートルに拡大、９７年比で約五倍に延びた。だが、肝心の実需はせいぜい容量の数％で（中略）古河は昨年１１月、米ルーセント・テクノロジーから約二八〇〇億円で光ファイバー部門（現ＯＦＳ社）を買収。（中略）のれん代償却なども見込んだＯＦＳ社の０２年度最終損失は約一一〇七億円に膨らみ、古河の連結純損失も一一五〇億円に拡大する見込みだ。",
                      "source": "週刊東洋経済 2002年9月21日号「特集 21業種の最新動向 検証1―通信に明日はあるか 通信インフラ壊滅！」",
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                  "text": "フジクラも例外ではなかった。同誌は住友電気工業とフジクラも光関連の不稼働資産の減損処理に入り、「業界は持久戦の様相を呈してきた」と記す。連結業績にも表れており、2001年3月期に154億円あった当期純利益は、2003年3月期に56億円の損失、2004年3月期に25億円の損失へ落ち込んだ。売上高も3,597億円から3,169億円へ縮んでいる。成長を託した光と、採算の細る電力を同時に単独で抱える体力は残っていなかった。",
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                      "原文": "同業の住友電気工業やフジクラも光関連の不稼働資産の減損処理を余儀なくされ、業界は持久戦の様相を呈してきた。",
                      "source": "週刊東洋経済 2002年9月21日号「特集 21業種の最新動向 検証1―通信に明日はあるか 通信インフラ壊滅！」",
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                    {
                      "fact": "連結当期純利益は2001年3月期154億円から2003年3月期▲56億円・2004年3月期▲25億円へ転落し、売上高も3,597億円から3,169億円へ減少した",
                      "原文": "2001年3月期（連結）売上高3,597億円・当期純利益154億円、2003年3月期 売上高3,169億円・当期純損失▲56億円、2004年3月期 売上高3,313億円・当期純損失▲25億円。",
                      "source": "フジクラ 有価証券報告書（連結業績）",
                      "url": null
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            }
          ]
        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "競合と折半出資で電力用電線を持つ",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "2001年、フジクラは古河電気工業と折半出資で電力用電線の製造販売会社ビスキャスを設立した。2005年1月には電力事業全般をビスキャスへ営業譲渡し、古河電工との事業統合を完了させている。高圧・超高圧の電力ケーブルから送電・配電用電線、関連機器の設計・製造・施工まで、製造販売と研究開発の機能を合弁会社へ移す再編であった。1910年の設立以来の主力事業の一角が、競合との共同運営に置かれた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2005年1月、株式会社ビスキャスへ電力事業全般について営業譲渡を行い、古河電気工業株式会社との同事業に関する事業統合を完了した",
                      "原文": "2005年１月　「株式会社ビスキャス」へ電力事業全般について営業譲渡を行い、古河電気工業株式会社との同事業に関する事業統合を完了",
                      "source": "フジクラ 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "古河電工とフジクラは2001年にビスキャスを設立し、両社の折半出資で2005年に電力用電線事業を統合して製造販売や研究開発部門を集約した",
                      "原文": "両社は２００１年にビスキャスを設立し、０５年に電力用電線事業を統合。製造販売や研究開発部門を集約した。（中略）１０月１日をめどに両社が折半出資する電力用電線の製造販売会社ビスキャスの国内事業を再編する。",
                      "source": "日本経済新聞（2016年3月29日）「古河電工とフジクラ、電力用電線の提携見直し」",
                      "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ29IJJ_Z20C16A3TJC000/"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "同じ2005年1月には、三菱電線工業と建設・電販事業の販売合弁フジクラ・ダイヤケーブルを設立した。製造をビスキャスに、汎用品の販売を三菱電線との合弁に、それぞれ他社と組む形で預けたことになる。1社では価格を維持できない品目について、相手を変えながら共同運営の枠を重ねた。祖業の電線から手を引いたのではなく、単独で持つ範囲を絞り込む作業であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2005年1月、三菱電線工業との建設・電販事業の販売合弁会社「株式会社フジクラ・ダイヤケーブル」を設立した",
                      "原文": "2005年１月　三菱電線工業株式会社との建設・電販事業の販売合弁会社「株式会社フジクラ・ダイヤケーブル」を設立",
                      "source": "フジクラ 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "切り出した先に置いた資源",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "電力を合弁へ移した2005年、フジクラは米国にAmerica Fujikura Ltd.とAFL Telecommunications LLCを設立し、北米の光通信市場に生産・販売の拠点を構えた。2008年6月にはスペインのワイヤハーネス製造会社を完全子会社化してFujikura Automotive Europe S.A.U.とし、欧州の自動車メーカーへ直接供給する体制を整えた。連結売上高は2005年3月期の3,607億円から2008年3月期の6,594億円へ伸びた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2005年3月に米国でAmerica Fujikura Ltd.とAFL Telecommunications LLCを設立、2008年6月にスペインのワイヤハーネス製造会社を100％子会社化してFujikura Automotive Europe S.A.U.へ社名変更した",
                      "原文": "2005年３月　アメリカに情報通信及び自動車用電装品の製造販売会社「America Fujikura Ltd.」及び情報通信関連製品の製造販売会社「AFL Telecommunications LLC」を設立／2008年６月　スペインのワイヤハーネス製造会社を100％子会社化し、「Fujikura Automotive Europe S.A.U.」へ社名変更",
                      "source": "フジクラ 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "連結売上高は2005年3月期3,607億円から2008年3月期6,594億円へ増加した",
                      "原文": "2005年3月期（連結）売上高3,607億円、2008年3月期（連結）売上高6,594億円。",
                      "source": "フジクラ 有価証券報告書（連結業績）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "非電線の品目を育てる作業も並行した。週刊東洋経済は2005年1月、電線大手6社の決算がITバブル崩壊後のリストラで回復基調にあると伝え、住友電工の自動車用ワイヤハーネス、古河電工のアルミ素材と並べて、フジクラのフレキシブルプリント配線板を非電線分野での好採算品の例に挙げている。電力を手放した側で、採算の取れる品目を積み増す動きが進んだ。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "電線大手6社の決算はITバブル崩壊後のリストラ努力で回復基調にあり、住友電工の自動車用ワイヤハーネス、古河電工のアルミ素材、フジクラのFPCなど非電線分野での好採算品の育成が実ってきた",
                      "原文": "が、電線大手６社の決算は意外にも回復基調にある。２０００年のＩＴバブル崩壊以降のリストラ努力が奏功。自動車用ワイヤハーネス（住友電工）やアルミ素材（古河電工）、ＦＰＣ（フジクラ）といった具合に、非電線分野での好採算品の育成努力が、ここに来て実ってきているからだ。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年1月29日号「2005年・商品市況徹底予測 非鉄」",
                      "url": null
                    }
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            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "15年後の提携見直しと、国内事業の振り分け",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "共同運営は15年で組み替えられた。2015年に海外での販売提携を解消したのち、2016年3月29日、両社は電力用電線の提携見直しを発表した。ビスキャスの国内事業を再編し、地中・海底送電線事業を古河電工へ、配電線・架空送電線事業をフジクラへ譲渡する内容である。東日本大震災のあと国内の電力会社の送電インフラ設備投資が伸び悩み、合弁で寡占化を図っても需要そのものが戻らなかった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2016年3月29日、古河電工とフジクラは電力用電線の提携見直しを発表し、10月1日をめどに地中・海底送電線事業を古河電工、配電線・架空送電事業をフジクラへ譲渡することとした。2015年には海外での販売提携を解消しており、東日本大震災以降は国内の電力会社の送電インフラ設備投資が伸び悩んでいた",
                      "原文": "古河電気工業とフジクラは２９日、電力用電線の提携を見直すと発表した。１０月１日をめどに両社が折半出資する電力用電線の製造販売会社ビスキャスの国内事業を再編する。地中・海底送電線事業を古河電工に、配電線・架空送電事業をフジクラにそれぞれ譲渡する。（中略）両社は１５年に海外での販売提携を解消していた。東日本大震災以降、国内の電力会社の送電インフラ設備投資が伸び悩んでいる。",
                      "source": "日本経済新聞（2016年3月29日）「古河電工とフジクラ、電力用電線の提携見直し」",
                      "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ29IJJ_Z20C16A3TJC000/"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "振り分けは同年秋に実行された。古河電工は2016年10月3日付でビスキャスから地中・海底送電事業を取得し、フジクラは配電線・架空送電線事業を承継した。有価証券報告書の沿革も、2016年10月にビスキャスの再編に伴って配電線・架空送電線事業を本社へ移管したと記す。ビスキャスそのものは残り、2025年3月期時点でもフジクラのエネルギー事業部門の持分法適用会社として関係会社に並んでいる。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "古河電気工業は2016年10月3日を取得予定日としてビスキャスから地中・海底送電事業を取得し、配電線・架空送電線事業はフジクラが承継した（取得価額は非公表）",
                      "原文": "取得予定日は2016年10月3日／地中・海底送電事業を取得／配電線・架空送電線事業についてはフジクラが承継する／取得価額は非公表",
                      "source": "M&A Online（2016年9月26日）「古河電気工業、フジクラと合弁のビスキャスから地中・海底送電線事業を取得」",
                      "url": "https://maonline.jp/news/20160926e"
                    },
                    {
                      "fact": "2016年10月に株式会社ビスキャスの再編に伴い配電線・架空送電線事業を当社へ移管。ビスキャスは2025年3月期時点でエネルギー事業部門の国内持分法適用会社として残っている",
                      "原文": "2016年10月　株式会社ビスキャスの再編に伴い、配電線・架空送電線事業を当社へ移管／エネルギー事業部門［国内持分法適用会社］藤倉化成㈱、㈱ビスキャス",
                      "source": "フジクラ 有価証券報告書【沿革】・【事業の内容】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "戻ってきた電線事業の置きどころ",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "引き取った事業は、いったん収益に効いた。エネルギー・情報通信事業部門の売上高は2017年3月期の3,496億円から2018年3月期に3,701億円へ、セグメント利益は203億円から223億円へ増えている。移管の直前にあたる2016年4月には、三菱電線工業との産業用電線事業の製造・販売をフジクラ・ダイヤケーブルへ統合しており、汎用品を合弁に寄せる作業も同時に進んでいた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "エネルギー・情報通信事業部門の売上高は2017年3月期3,496億円・セグメント利益203億円から、2018年3月期3,701億円・223億円へ増加した",
                      "原文": "エネルギー・情報通信事業部門 2017年3月期 売上高349,656百万円・セグメント利益20,366百万円、2018年3月期 売上高370,130百万円・セグメント利益22,357百万円。",
                      "source": "フジクラ 有価証券報告書（セグメント情報・連結）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2016年4月、フジクラおよび三菱電線工業の産業用電線事業全般に係る製造事業と販売事業を株式会社フジクラ・ダイヤケーブルに統合した",
                      "原文": "2016年４月　当社及び三菱電線工業株式会社の産業用電線事業全般に係る製造事業及び販売事業を株式会社フジクラ・ダイヤケーブルに統合",
                      "source": "フジクラ 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "それでも銅の電線は本体から離れていった。2024年4月、フジクラは導体事業を分割してフジクラ・ダイヤケーブルへ承継し、銅電線の製造販売を同社へ集約した。2001年に電力ケーブルを古河電工との合弁へ、2016年に配電線・架空送電線を本社へ、2024年に導体を別の合弁会社へ——20年余りをかけて、銅を素材とする事業の置き場所が三度移った。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2024年4月、導体事業を分割して株式会社フジクラ・ダイヤケーブルに承継し、銅電線製造販売事業を同社に集約した",
                      "原文": "2024年４月　導体事業を分割して株式会社フジクラ・ダイヤケーブルに承継し、銅電線製造販売事業を同社に集約",
                      "source": "フジクラ 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "共同で持つという時間の使い方",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "折半出資という形は、撤退でも継続でもない中間の答えであった。国内の電力用電線は品目が各社で重なり、単独では販価を維持できない。とはいえ送電網の保守需要が残る事業を畳めば、電力会社との取引そのものを失う。2001年に古河電工と会社を作り、2005年に製造販売と研究開発まで移した判断は、需要の行き先が見えるまで採算を分け合う選択だったとみられる。切り出した資源が北米の光通信拠点と欧州のワイヤハーネス子会社へ向かった事実が、この間に何を優先したかを示している。"
                },
                {
                  "text": "ただ、共同で持った15年で国内需要は戻らなかった。東日本大震災のあと送電インフラの設備投資は伸びず、2016年には地中・海底を古河電工、配電線・架空送電をフジクラという製品別の線引きで国内事業が振り分けられた。引き取った銅の電線も2024年4月に導体事業ごとフジクラ・ダイヤケーブルへ移り、本体には残らなかった。合弁は時間を買う手段であって、需要をつくる手段ではない。祖業の一部をどこに置くかという問いは、20年を経ても決着していないといえる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "フジクラ 有価証券報告書【沿革】",
        "フジクラ 有価証券報告書（連結業績）",
        "フジクラ 有価証券報告書（セグメント情報・連結）",
        "週刊東洋経済 2002年9月21日号「特集 21業種の最新動向 検証1―通信に明日はあるか 通信インフラ壊滅！」",
        "週刊東洋経済 2005年1月29日号「2005年・商品市況徹底予測 非鉄」",
        "日本経済新聞（2016年3月29日）「古河電工とフジクラ、電力用電線の提携見直し」",
        "M&A Online（2016年9月26日）「古河電気工業、フジクラと合弁のビスキャスから地中・海底送電線事業を取得」",
        "株式会社年鑑 昭和37年版（藤倉電線・部門別売上構成）"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-26"
    },
    {
      "slug": "ai-datacenter-pivot-2025",
      "url": "/tse/5803/decisions/ai-datacenter-pivot-2025/",
      "year": 2025,
      "month": null,
      "schema_version": "1.0",
      "stock_code": "5803",
      "decision_id": "5803-ai-datacenter-pivot-2025",
      "type": "restructuring",
      "tags": [
        "bm-core-shift",
        "pf-focus",
        "tr-restructuring"
      ],
      "title": "AI・データセンターへの集中と電線大手の再定義",
      "subtitle": "薄利に苦しんだ電線御三家フジクラは、光ファイバへの「選択と集中」でどのようにAIインフラの主役へ変わったのか",
      "status": "implemented",
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        {
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        }
      ],
      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "2020年前後の構造改革で不採算事業を整理したフジクラが、生成AI・データセンター需要を追い風に光ファイバと光接続製品へ資源を集中させ、薄利の電線大手から高収益の光通信メーカーへ事業構成を組み替えた経営判断。岡田直樹社長のもと、2025年3月期に売上9,793億円・営業利益1,355億円で過去最高を更新した。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "フジクラは古河電気工業・住友電気工業と並ぶ「電線御三家」の一角だが、銅相場に採算を左右される電線の薄利に長く苦しみ、2019年度（2020年3月期）には過去最大級の385億円の最終赤字を計上した。中期経営計画を中止し、「100日プラン」で不採算事業の整理と固定費の圧縮に取り組んだ。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "岡田直樹社長は限られた資源を光ファイバと融着接続機など光接続製品へ集中させ、2024年に導体（銅電線）事業を分社化して本体を情報通信中心に再定義した。生成AI・データセンター向けの需要拡大に応じ、日米で最大3,000億円を投じて光ファイバの生産能力を広げる。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "2025年3月期は過去最高業績を更新し、株価は急騰してAIインフラ関連の代表銘柄となった。2026年3月期も純利益が前期比65%増の1,500億円へ伸びる見通しにある。一方、高い収益は情報通信事業への一極集中の裏返しで、需要の一巡や増産を競う同業の追い上げという不確実性を抱える。"
        }
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      "parties": [
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            "note": "古河電工・住友電工と並ぶ「電線御三家」の一角。通信・エネルギー・自動車部品を手掛ける電線大手で、光ファイバと光接続製品を情報通信事業の中核に据える"
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        "summary": "薄利の電線大手だったフジクラが、構造改革で不採算事業を整理したうえで、生成AI・データセンター向けの光ファイバ・光接続製品へ資源を集中し、電線大手から高収益のAIインフラ関連企業へ事業構成を組み替えた経営判断"
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          "title": "機構改革により社内カンパニー制を導入"
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          "title": "2020年3月期に過去最大級の385億円の最終赤字を計上、構造改革「100日プラン」に着手"
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          "title": "組織改正によりカンパニー制を廃止"
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          "title": "岡田直樹が社長CEOに就任し、光ファイバ・光接続への集中でAI・データセンター向けに事業を再定義",
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          "title": "導体（銅電線）事業を分社化し、本体を情報通信中心に再定義"
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          "title": "2025年3月期の純利益見通しを上方修正し、過去最高益へ"
        },
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          "month": 3,
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          "title": "生成AI・データセンター需要に対応し、日米で最大3,000億円の光ファイバ生産増強を発表"
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                {
                  "text": "フジクラは古河電気工業・住友電気工業と並ぶ「電線御三家」の一角として、通信・エネルギー・自動車部品を手掛けてきた。だが電線は銅相場に採算を左右される薄利の事業で、同社の収益は長く伸び悩んだ。2020年前後には新型コロナ禍で中国や欧米の拠点が一時操業を停止し、2019年度（2020年3月期）には過去最大級となる385億円の最終赤字を計上した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "フジクラは「電線御三家」の一角で、4年前（2020年ごろ）にコロナ禍で中国や欧米の拠点が一時操業を停止した",
                      "原文": "「電線御三家」のフジクラも4年前、新型コロナウイルス禍によって中国や欧米の拠点で一時操業を停止。",
                      "source": "日経ビジネス（2024年8月6日）「フジクラ、日経225で株価上昇率最大 光ファイバー特化で電線3位の評価一変」",
                      "url": "https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00662/073100003/"
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                      "fact": "フジクラは2019年度（2020年3月期）に過去最大となる385億円の最終赤字を計上した",
                      "原文": "19年度に過去最大となる385億円の最終赤字を計上した。",
                      "source": "日経ビジネス（2024年8月6日）「フジクラ、日経225で株価上昇率最大 光ファイバー特化で電線3位の評価一変」",
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              "sub_title": "「100日プラン」による構造改革",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "2020年3月期の巨額の赤字を受け、フジクラはただちに構造改革へ乗り出した。まず既存の中期経営計画を中止し、事業再生へ向けた「100日プラン」をまとめて、採算の悪い事業の整理と固定費の圧縮に取り組んだ。売上規模を追い、薄利の電線に幅広く依存してきた事業構成を、収益力の高い分野へ絞り込んで組み替える作業が、この危機からはじまった。",
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                      "fact": "フジクラは赤字を受けて構造改革に着手し、中期経営計画を中止して事業再生に向けた「100日プラン」をまとめた",
                      "原文": "同社はすぐに構造改革に乗り出した。まず中期経営計画を中止し、事業再生に向けた「100日プラン」をまとめた。",
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          "label": "決断",
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              "sub_title": "「技術で勝負する」光ファイバへの集中",
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                {
                  "text": "構造改革を通じてフジクラが定めたのは、限られた経営資源を光ファイバと光接続製品へ集中させる方針である。巨大な競合と戦って勝ち抜くには、全方位の経営はとれない。勝てる土俵を絞り込んだ末に残した一つが、細径・多心で高密度化に強い光ファイバケーブルと、それをつなぐ融着接続機だった。2024年には祖業の導体（銅電線）事業を分社化し、本体を情報通信中心に再定義した。",
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                      "fact": "巨大な競合と戦い勝ち抜くには全方位戦略はとれないとして、フジクラは戦う分野を絞り込んだ",
                      "原文": "巨大な企業と戦って勝ち抜く必要があるからこそ、全方位戦略はとれない",
                      "source": "日経ビジネス（2024年8月6日）「フジクラ、日経225で株価上昇率最大 光ファイバー特化で電線3位の評価一変」",
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                      "原文": "その一つが光ファイバーだった。",
                      "source": "日経ビジネス（2024年8月6日）「フジクラ、日経225で株価上昇率最大 光ファイバー特化で電線3位の評価一変」",
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                {
                  "text": "2022年から2023年にかけて生成AIが急速に広がると、大規模データセンターの建設と増設が世界で相次ぎ、機器を結ぶ光ファイバの需要が急増した。フジクラは高密度の配線に強い細径・多心ケーブルでこの需要を取り込み、日本国内への400億円とあわせ最大3,000億円を投じて生産能力を広げる。岡田直樹社長は需要の膨大さを見込み、生産能力の拡大と製造技術の革新によって競争優位を築く方針を示した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "フジクラは米国での光ファイバー増産に加え、公表済みの国内投資400億円とあわせ投資額を最大3,000億円とする",
                      "原文": "既に公表している日本国内への投資400億円とあわせ、投資額は最大3000億円となる",
                      "source": "日本経済新聞（2026年5月19日）「フジクラ、米に最大2600億円投資 データセンター向け光ファイバー増産」",
                      "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC195210Z10C26A5000000/"
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                    {
                      "fact": "岡田直樹社長は需要は膨大だとして、生産能力の拡大と革新的な製造技術の導入で競争優位を目指すと述べた",
                      "原文": "岡田直樹社長は「需要は膨大だ。生産能力を拡大すると同時に、革新的な製造技術を導入して確固たる競争優位を目指す」と話した。",
                      "source": "日本経済新聞（2026年5月19日）「フジクラ、米に最大2600億円投資 データセンター向け光ファイバー増産」",
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              "sub_title": "過去最高業績と株価の再評価",
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                {
                  "text": "生成AI・データセンター需要を追い風に、フジクラの業績は急拡大した。2024年11月には2025年3月期の純利益見通しを上方修正して過去最高益を見込み、同期の売上高は9,793億円、営業利益は1,355億円と過去最高を更新した。上場企業の間で最高益が相次ぐなか、データセンター向け部材を手掛ける同社は、生成AI市場の拡大を背景に増益企業の代表格となった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "フジクラは2024年11月に2025年3月期の純利益見通しを上方修正し、過去最高益となる見込みだと発表した",
                      "原文": "2025年3月期の連結純利益が前期比22%増の620億円になる見通しだと発表した。従来予想から20億円増え、過去最高益となる見込み。",
                      "source": "日本経済新聞（2024年11月7日）「フジクラの25年3月期決算見通し、上方修正し純利益最高に 増配も」",
                      "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC071Z20X01C24A1000000/"
                    },
                    {
                      "fact": "生成AI市場の拡大を背景に、フジクラなどデータセンター向け部材を手掛ける企業が大幅増益となり、上場企業の3社に1社が最高益となった",
                      "原文": "上場企業の2025年4〜12月期決算で3社に1社が最高益となった。生成AI（人工知能）の市場拡大を背景に、フジクラなどデータセンター（DC）向けの部材を手がける企業が大幅増益となった。",
                      "source": "日本経済新聞（2026年2月18日）「上場企業3社に1社が最高益 生成AI市場拡大で、フジクラ2年連続」",
                      "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB1648D0W6A210C2000000/"
                    }
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                },
                {
                  "text": "業績の伸長を映して株価は急騰した。電線大手という薄利の評価を離れ、フジクラはAIインフラ関連の代表銘柄と目された。2026年2月には決算を受けて株価が前日比8.51%高の2万3,825円まで急反発する場面もあった。2026年3月期の純利益は前期比65%増の1,500億円へ伸びる見通しで、データセンター向けの光ファイバ製品が業績を牽引している。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2026年2月10日、フジクラ株は前日比1870円（8.51%）高の2万3825円まで急反発した",
                      "原文": "10日の東京株式市場でフジクラ（5803）株が前日比1870円（8.51%）高の2万3825円まで急反発した。9日の取引時間中に2026年3月期（今期）の連結業績予想で純利益などの上方修正を発表したが、人工知能（AI）データセンター向け光ファイバーなどの情報通信事業の足元の伸びが物足りないと受け止められ同日の株価は下落していたが、10日は見直し買いが入った。",
                      "source": "日本経済新聞（2026年2月10日）「フジクラ株価急反発、AI熱呼び戻した決算会見『光ファイバー生産増へ』」",
                      "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFL100MR0Q6A210C2000000/"
                    },
                    {
                      "fact": "フジクラの2026年3月期の連結純利益は前期比65%増の1500億円になる見通しで、生成AI普及でデータセンター向け光ファイバー製品の需要が伸びる",
                      "原文": "2026年3月期の連結純利益が前期比65%増の1500億円になる見通し",
                      "source": "日本経済新聞（2026年2月9日）「フジクラの純利益65%増に上振れ 26年3月期、光ファイバー好調」",
                      "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB092DQ0Z00C26A2000000/"
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            {
              "sub_title": "電線大手の再定義と、一極集中のリスク",
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              "paragraphs": [
                {
                  "text": "この経営判断の核心は、銅電線という薄利の事業に長く依存してきた電線大手が、構造改革で足元を固めたうえで、生成AI・データセンターという新しい需要へ資源を集中させ、みずからを高収益の光通信メーカーへ組み替えた点にある。2020年の巨額赤字という危機がなければ、光ファイバへの絞り込みも、独立系として技術で勝負するという方針も、これほど徹底されなかった。危機が「選択と集中」を促し、そこへ生成AIの波がたまたま到来したことが、その集中を過去最高の収益へ結実させた。"
                },
                {
                  "text": "もっとも、高い収益は情報通信事業への一極集中の裏返しでもある。売上と利益の伸びは光ファイバ・光接続製品に強く依存し、データセンター投資の一巡や、増産を競う同業の追い上げ、製品価格の下落は、そのまま業績の振れにつながる。フジクラは日米で最大3,000億円を投じて生産能力を広げ、需要の拡大が続くと見込む。だが、素材に近い電線メーカーが特需で高収益企業へと姿を変えたいま、その高収益が次の需要循環をどこまで持ちこたえるのかという問いは、なお残されている。"
                }
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            }
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        }
      ],
      "references": [
        "日経ビジネス（2024年8月6日）「フジクラ、日経225で株価上昇率最大 光ファイバー特化で電線3位の評価一変」",
        "日本経済新聞（2024年11月7日）「フジクラの25年3月期決算見通し、上方修正し純利益最高に 増配も」",
        "日本経済新聞（2026年2月9日）「フジクラの純利益65%増に上振れ 26年3月期、光ファイバー好調」",
        "日本経済新聞（2026年2月10日）「フジクラ株価急反発、AI熱呼び戻した決算会見『光ファイバー生産増へ』」",
        "日本経済新聞（2026年2月18日）「上場企業3社に1社が最高益 生成AI市場拡大で、フジクラ2年連続」",
        "日本経済新聞（2026年5月19日）「フジクラ、米に最大2600億円投資 データセンター向け光ファイバー増産」"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-06"
    }
  ]
}
