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      "title": "米キャボット社とのカーボンブラック製造技術提携と知多工場の新設",
      "subtitle": "国産初のファーネス式を自力で工業化した会社は、なぜ世界最大手の技術を入れたか",
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          "text": "1960年、東海電極製造は米キャボット社とカーボンブラックの製造技術について提携契約を結んだ。自社技術でファーネス式の国産化に先鞭をつけていた同社が世界最大手の技術を導入し、若松工場の設備を改めたうえで、1962年12月に愛知県武豊町へ知多工場を新設した。1960年下期に売上の9.6%だったカーボンブラックは、のちに黒鉛電極と並ぶ二本目の柱となった。"
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          "label": "背景",
          "text": "1949年10月に自動車に関する制限が撤廃されるとタイヤ・ゴム工業が伸び、補強剤であるカーボンブラックの需要は急増した。同社は1950年にわが国初のファーネス式を工業化し1955年に国内シェア40%を得たが、売上の主力は黒鉛電極で、その需要は国内景気に連動して振れていた。"
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          "label": "内容",
          "text": "米国最大手のキャボット社と製造技術の提携契約を締結し、若松工場の設備改善と生産能力の増強を進めた。あわせて二番目の専用拠点として1962年12月に知多工場を建設し、タイヤ向けカーボンブラックの量産体制を整えた。"
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          "text": "カーボンブラックは1975年下期に総売上の40%を超えて主力製品となり、同年6月の東海カーボンへの商号変更、1977年度の電極超えにつながった。1990年にはタイ・韓国へ製造技術を供与する側へ回っている。"
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                  "text": "東海電極製造がカーボンブラックの製造を本格的に始めたのは、1941年1月の九州若松工場であった。若松工場はもともと黒鉛電極の原料であるピッチコークスを作るために建てた工場で、その過程で出る副生物のピッチオイルを原料に、1937年から試作研究を重ねてきた。原料から製品までを自前で通す一貫生産の延長に生まれた製品であり、国産カーボンブラックの先駆にあたる。",
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                      "原文": "1937年に副生物のピッチオイルを原料としてカーポンブラックの試作研究に着手し、41年には本格的な製造を開始し、国産力ーポンプラックの先駆的役割を果たした。",
                      "source": "日本会社史総覧（東洋経済新報社, 1995）",
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                {
                  "text": "戦後の需要は自動車から来た。1949年10月にGHQ覚書で自動車に関する制限がすべて撤廃されると、タイヤとゴムの生産が伸び、補強剤であるカーボンブラックの需要は急に増えた。同社は1950年3月、独自の技術でゴム用ファーネスブラック「シースト116」の工業化にわが国で初めて成功し、1953年7月には若松工場に月産100トンの専用工場を建てた。1955年には国内シェアが40%に達した。",
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                      "fact": "1949年10月のGHQ覚書による自動車の制限撤廃でタイヤ・ゴム産業が成長し、カーボンブラック需要が急増、1950年に「シースト116」を工業化、1955年に国内シェア40%へ",
                      "原文": "1949年10月にGHQ（連合国軍総司令部）覚書により自動車に関するすべての制限が撤廃されたことで、自動車用のタイヤ、ゴム産業も成長していくなかで、カーボンブラックの需要は飛躍的に増大していった。その後、新品種の開発と設備の増強を行い、55年には国内シェアは40%に達した。",
                      "source": "日本会社史総覧（東洋経済新報社, 1995）",
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                      "原文": "この間二十八年七月には若松工場のカーボンブラック工場(能力月産一〇〇屯)を新設し、次いで二十九年二月には電刷子加工工場(京都)を竣工稼動した。",
                      "source": "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）",
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                  "text": "当時の東海電極製造は、炭素製品だけの会社ではなかった。1952年10月に富山県の中越電気工業を合併してカーバイド・石灰窒素・合金鉄・鋳物を扱う肥料と金属の部門を加え、1953年8月にはアセチレンからメチル・エチルケトンを合成する工業化にも着手している。電極で稼いだ資金を隣接する化学へ向ける動きが続き、次の柱の候補は一つに絞られていなかった。",
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                    {
                      "fact": "1952年10月に中越電気工業（カーバイド・石灰窒素・合金鉄・鋳物）を合併し、1953年8月にアセチレンからのメチル・エチルケトン合成の工業化に着手した",
                      "原文": "二十七年十月には富山県の中越電気工業(資本金二千万円、カーバイド、石灰窒素、合金鉄鋳物等製造)を合併、中越工場として新たに肥料部門を加え、さらに合成化学工業に進出を図り、二十八年八月アセチレンよりメチル・エチルケトン合成の工業化に着手",
                      "source": "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）",
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                {
                  "text": "提携の直前、社内でのカーボンブラックの比重はまだ小さかった。1960年6月から11月までの半期の売上27億円のうち、人造黒鉛電極が40.8%、中越工場のカーバイドが23.9%を占め、カーボンブラックは9.6%にとどまる。国内シェア40%を握る製品でありながら、金額では電極の4分の1に届かない。従業員1,588人のうち、若松工場に配置されていたのは127人であった。",
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                      "原文": "1960年6月〜11月期の商品別売上高は人造黒鉛電極1,113,538千円（構成比40.8%）、カーバイド650,853千円（23.9%）、カーボンブラック262,699千円（9.6%）、その他301,244千円（11.1%）。従業員1,588人のうち若松工場127人、田ノ浦工場254人。",
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              "sub_title": "世界最大手からの技術導入",
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                  "text": "1960年、東海電極製造は米キャボット社とカーボンブラックの製造技術について提携契約を結んだ。キャボットは当時、米国で最大のカーボンブラックメーカーであった。自社技術でファーネス式の国産化に先鞭をつけた会社が、十年を経て外国企業の技術を受け入れたことになる。狙いは製造技術と生産能力をあわせて引き上げることにあり、提携と並行して既存の若松工場の設備改善が進められた。",
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                      "原文": "カーボンブラックは、自動車産業の発展とともに需要が増大し、同社はさらに製造技術と生産能力の強化を図るため、1960年（昭35）にアメリカのキャボット社と技術提携契約を締結、若松工場の設備改善を図る",
                      "source": "日本会社史総覧（東洋経済新報社, 1995）",
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                      "原文": "また三五年、米国第一のメーカーであるキャボット社と技術提携、三七年、カーボンブラックの知多工場を新設、質量ともに業界第一人者の地位を誇っている。",
                      "source": "企業の歴史 : 明治百年（経済春秋社, 1968）",
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                  "text": "自社技術がありながら世界最大手と組んだ背景には、需要の伸びに量産技術が追いつかない事情があったとみられる。カーボンブラックはタイヤの補強剤として品種ごとに求められる特性が異なり、自動車生産の拡大とともに需要が飛躍的に増えていた。国内シェア40%を保ったまま生産量を数倍にするには、手持ちの設備を改良するだけでは足りない。提携は、技術の自前主義より市場の速度を優先した選択であった。",
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                      "原文": "カーボンブラックは、自動車産業の発展とともに需要が増大し、同社はさらに製造技術と生産能力の強化を図るため、1960年（昭35）にアメリカのキャボット社と技術提携契約を締結",
                      "source": "日本会社史総覧（東洋経済新報社, 1995）",
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              "sub_title": "電極一本足の振れをどう均すか",
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                  "text": "もう一つの動機は、主力である電極事業の振れ幅にあったとみられる。電極の需要は国内景気に連動して増減し、内需が落ち込む時期には輸出で穴を埋める必要があった。1959年上期の輸出比率は49%に達している。同じ1959年に日本で初めて20吋電極を完成させ、技術では先頭に立っていたものの、収益は鉄鋼の設備投資の周期に左右された。景気の波形が違うタイヤ向けの製品を厚くする意味は、そこにもあった。",
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                      "原文": "国内経済の変動とともに電極需要は増減し、内需の低迷期には輸出を推進し、59年上期の輸出比率は49%を記録、その後も電極輸出は同社事業部門を支えた。",
                      "source": "日本会社史総覧（東洋経済新報社, 1995）",
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                      "source": "日本会社史総覧（東洋経済新報社, 1995）",
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                  "text": "提携から二年後の1962年12月、同社は愛知県武豊町に知多工場を建設し、カーボンブラックの製造を始めた。若松に続く二番目の専用拠点であり、創業以来の電極工場を置いてきた愛知県内での増設にあたる。導入した技術を既存設備の手直しだけで使い切らず、新しい工場に載せたところに、この製品を電極と並ぶ柱へ育てる意図がうかがえる。若松の改善と知多の新設は、一つの提携から出た二段構えの投資であった。",
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                      "原文": "37年12月　愛知県武豊町に知多工場を建設し、カーボンブラックを製造。",
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                  "text": "効果はまず売上構成に表れた。1968年ごろの年間売上高は約110億円で、内訳は黒鉛電極が約41%、カーボンブラックが約26%、電解板その他が約33%であった。1960年下期に9.6%だった比率は、八年ほどで4分の1を超えた。国内シェアも約30%を保ち、電極が安定を受け持つ一方、伸び率では自動車の成長を映したカーボンブラックが上回っていた。",
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                      "fact": "1968年時点の年間売上高は約110億円で、黒鉛電極約41%・カーボンブラック約26%・電解板その他約33%、カーボンブラックのシェアは約30%だった",
                      "原文": "同社の年間売上高は約一一〇億円、うち黒鉛電極約四一%カーボンブラック約二六%、電解板その他約三三%となっている。電極は安定しているのが強味、伸び率ではカーボンブラックが自動車の成長を反映して好調、シェアも約三〇%で、電極とともに今後も同社の成長要因である。",
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                  "text": "伸長はその後も続いた。1975年下期にはカーボンブラックが総売上高の40%を超えて主力製品となり、同年6月、商号は東海電極製造から東海カーボンへ改められた。1977年度には売上で電極を上回り、1978年に石巻工場を新設して3工場体制が整い、1980年には社内比率が50%を超えた。石油危機で構造不況に陥った化学工業のなかで、この事業は異例の立ち直りをみせた。",
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                      "原文": "その後はタイヤ産業の活況に支えられカーボンブラックの売り上げは電極と比肩するまでに伸長し、1975年下期には総売上高の40%を超え主力製品となった。石油危機を契機に構造不況に陥った化学工業界のなかでも、カーボンブラック事業は異例の立ち直りをみた。（中略）1977年度のカーボンブラックの売り上げは電極を超え、78年東部拠点として石巻工場を新設し3工場体制となり、80年には社内の売上比率は50%を超えた。",
                      "source": "日本会社史総覧（東洋経済新報社, 1995）",
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                      "source": "東海カーボン 有価証券報告書【沿革】",
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                  "text": "30年後、同社は技術を渡す側へ移った。1990年2月、タイのタイ・カーボン・プロダクト社に資本参加するとともに製造技術を供与する契約を結び、同年12月には韓国の正友石炭化学ともカーボンブラック製造技術の供与契約を締結した。1960年に世界最大手から受け取った技術は、30年をかけて他国の企業へ移せる水準まで自社のものになっていたとみることができる。",
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                      "原文": "さらに世界のトップクラスにあるカーボンブラックの技術を生かして、1990年2月にタイのタイ・カーボン・プロダクト社に資本参加するとともに製造技術を供与する契約を締結、同年12月には韓国の正友石炭化学に同カーボンブラック技術を供与する契約を締結した。",
                      "source": "日本会社史総覧（東洋経済新報社, 1995）",
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                {
                  "text": "二本の柱の主従は、その後も入れ替わりながら続いた。2018年12月期の営業利益は740億円の見通しとなったが、これを牽引したのはカーボンブラックではなく黒鉛電極であった。同じ年の9月、東海カーボンは米国で最大の生産能力を持つSRC社を341億円で買収し、北米にカーボンブラックの拠点を得ている。技術を借りた相手の本国で、生産の一角を占めるところまで来た。",
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                      "原文": "２０１８年１２月期の営業利益は７４０億円の見通しで、１６年１２月期１１億円（最終損益は７９億円の赤字）からわずか２年で急増する。牽引するのはカーボンブラックではなく黒鉛電極だ。（中略）カーボンブラックでは、米国トップの生産能力を持つＳＲＣ社を９月に３４１億円で買収。従来のアジア展開に加えて、今回の買収で北米での足場を強化した。",
                      "source": "週刊東洋経済 2018年10月20日号「[第1特集 絶好調企業の秘密] 稼ぐ力をつけた日本企業 重厚長大企業の復活」",
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                  "text": "外国から技術を買って第二の柱ができた、という筋書きでこの提携をまとめると、起きたことを取り違える。東海電極製造は1950年に独自の技術でファーネス式の国産化に成功し、1955年には国内シェア40%を握っていた。足りなかったのは技術の有無ではなく、自動車生産の伸びに設備と品質を合わせる時間であった。1960年の提携は、その時間を対価を払って買い、若松の改善と知多の新設に振り向けた判断とみることができる。"
                },
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                  "text": "もっとも、提携がすぐ効いたわけではない。カーボンブラックの比率は1960年下期に9.6%、1968年ごろでも約26%にとどまり、売上で電極を上回るのは17年後の1977年度であった。2018年12月期には市況の高騰で電極が再び利益の牽引役となり、二本の柱の主従は時期によって入れ替わっている。柱を一本増やすとは、勝ち残る事業を当てることではなく、景気の波形が違う事業を並べて持ち続けることだったといえる。"
                }
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          ]
        }
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      "references": [
        "日本会社史総覧（東洋経済新報社, 1995）",
        "企業の歴史 : 明治百年（経済春秋社, 1968）",
        "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）",
        "株式会社年鑑 昭和37年版",
        "東海カーボン 有価証券報告書【沿革】",
        "週刊東洋経済 2018年10月20日号「[第1特集 絶好調企業の秘密] 稼ぐ力をつけた日本企業 重厚長大企業の復活」"
      ],
      "authored": "2026-07",
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      "title": "同年創業の東洋カーボンとの合併と、炭素製品国内首位の総合メーカーへの再編",
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          "text": "1992年1月、東海カーボンは資本金38億円の東洋カーボンを合併した。両社はともに1918年に創業した炭素メーカーで、70年余にわたり併存してきた。合併により滋賀・山梨・茅ヶ崎第二の3工場を引き受け、黒鉛電極とファインカーボンの事業を広げるとともに、摩擦材という新しい分野を得た。"
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                    {
                      "fact": "1987年10月に名古屋工場を閉鎖した",
                      "原文": "62年10月 名古屋工場を閉鎖。",
                      "source": "東海カーボン 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "同じ年に生まれた二社の七十余年",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "東海カーボンにとって、他社を取り込んで製品分野を広げることは創業まもない時期からの手であった。1919年に小物炭素製品の有力メーカーであった大三位製作所を合併して電機用ブラシへ入り、1936年11月には熊本県田浦町に設けた第二東海電極を合併して太物電極の生産を加えた。一方で、同じ1918年に創業した東洋カーボンとは、電極を含む複数の製品分野で70年余にわたり併存してきた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1919年に大三位製作所、1936年11月に第二東海電極を合併した。東海カーボンと東洋カーボンはともに1918年創業で70年余の歴史をもつ炭素メーカーであった",
                      "原文": "同社と東洋カーボン（株）は、ともに1918年の創業以来、70年余の歴史をもつ炭素メーカーとして発展してきたが、電極事業の一層のコストダウンによる国際競争力の強化が経営課題であった。",
                      "source": "日本会社史総覧（東洋経済新報社, 1995）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1919年11月に大三位製作所を、1936年11月に第二東海電極を合併した",
                      "原文": "1919.11 （株）大三位製作所を合併。／1936.11 第二東海電極（株）を合併。",
                      "source": "日本会社史総覧（東洋経済新報社, 1995）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "1990年前後の東海カーボンは、国内の合理化と並行して海外へ手を伸ばしていた。1987年9月にニューヨークへ現地法人を設けたのに続き、1990年2月にはタイのタイ・カーボン・プロダクト社へ資本参加して製造技術を供与し、同年12月には韓国の正友石炭化学とカーボンブラックの技術供与契約を結んだ。海外へ売り、海外で作る度合いが増すほど、国内で作る電極の原価は重くのしかかった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1987年9月にニューヨークへ現地法人を設立、1990年2月にタイ・カーボン・プロダクト社へ資本参加、同年12月に韓国の正友石炭化学へカーボンブラック技術を供与する契約を締結した",
                      "原文": "また経営のグローバル化を進めていくため、1987年9月、ニューヨークに現地法人を設立、90年8月にはドイツに駐在員事務所を開設した。さらに世界のトップクラスにあるカーボンブラックの技術を生かして、1990年2月にタイのタイ・カーボン・プロダクト社に資本参加するとともに製造技術を供与する契約を締結、同年12月には韓国の正友石炭化学に同カーボンブラック技術を供与する契約を締結した。",
                      "source": "日本会社史総覧（東洋経済新報社, 1995）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "1992年1月の合併",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1992年1月、東海カーボンは東洋カーボンを合併した。資本金38億円の東洋カーボンを吸収し、滋賀工場・山梨工場・茅ヶ崎第二工場の3拠点を引き受ける形をとった。会社側が経営課題として挙げていたのは、電極事業の一層のコストダウンによる国際競争力の強化であった。円高で失った価格競争力を、生産拠点の組み替えと規模の確保によって取り戻そうとする判断であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1992年1月、資本金38億円の東洋カーボンと合併し、茅ヶ崎第二工場・山梨工場・滋賀工場が増加した",
                      "原文": "４年１月 東洋カーボン㈱（資本金38億円）と合併し、茅ヶ崎第二工場、山梨工場、滋賀工場が増加。",
                      "source": "東海カーボン 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "両社の経営課題は電極事業の一層のコストダウンによる国際競争力の強化であり、1992年1月に合併した",
                      "原文": "電極事業の一層のコストダウンによる国際競争力の強化が経営課題であった。両社は92年（平4）1月に合併した。",
                      "source": "日本会社史総覧（東洋経済新報社, 1995）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "引き受けたのは電極の生産能力だけではなかった。合併の内容は、黒鉛電極とファインカーボン事業の拡大、および摩擦材事業の獲得と整理されている。ファインカーボンは半導体製造装置やシリコン結晶引き上げ装置の部材につながる加工分野で、摩擦材は建設機械や産業機械のブレーキ材にあたる。電極の原価対策として説明された合併に、事業の数を増やす意味が重なっていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "合併の内容は黒鉛電極およびファインカーボン事業の拡大と、摩擦材事業の獲得であった",
                      "原文": "1992年１月 東洋カーボン株式会社と合併し、滋賀工場、山梨工場、茅ヶ崎第二工場が増加。(黒鉛電極及びファインカーボン事業の拡大、摩擦材事業の獲得)",
                      "source": "東海カーボン 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "炭素製品の総合メーカーという位置",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "合併の結果、業界に占める国内シェアはカーボンブラック・人造黒鉛電極・不浸透性黒鉛の3品目で首位となり、電機用ブラシとファインカーボンでは2位を占めた。日本最大の炭素製品の総合メーカーという位置は、この時点で品目ごとの順位という裏づけを得た。単一製品の生産規模で世界の大手と競うのではなく、電極からブラシまで炭素という素材の周辺を広く押さえる構えであった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "合併により国内シェアはカーボンブラック・電極・不浸透性黒鉛で第1位、電機用ブラシとファインカーボンで第2位となり、日本最大の炭素製品総合メーカーとなった",
                      "原文": "この合併によって業界に占める各製品の国内シェアは、カーボンブラック、電極、不浸透性黒鉛では第1位、電機用ブラシとファインカーボンでは第2位を占める日本最大の炭素製品の総合メーカーとなり、また建設・産業用などの摩擦材、摺動材（茅ヶ崎第2工場）の新分野が加わった。",
                      "source": "日本会社史総覧（東洋経済新報社, 1995）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "あわせて、茅ヶ崎第二工場が担う建設・産業用の摩擦材と摺動材が新分野として加わった。主力の電極とカーボンブラックはいずれも成熟産業で、新製品の開発と新分野の開拓は1980年代から同社の課題として残っていた。1986年に富士研究所を開いて炭化けい素ウィスカーや燃料電池用カーボンの基礎研究を始めた延長線上に、他社の事業を丸ごと引き受けるという手が置かれた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "主力のカーボンブラックと人造黒鉛電極はともに成熟産業で新製品開発と新分野開拓が課題であり、1986年に富士研究所を開設して先端技術の研究開発に取り組んだ",
                      "原文": "主力製品のカーボンブラック、人造黒鉛電極はともに成熟産業であり新製品の開発と新分野事業の開拓が課題であった。1986年（昭61）に技術力を総合的に高めて行くため富士研究所を開設、基礎研究を始め炭化けい素ウィスカー、C・Cコンポジット、燃料電池用カーボン、グラッシーカーボンなどの先端技術の研究開発に取り組んだ。",
                      "source": "日本会社史総覧（東洋経済新報社, 1995）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "売上は伸び、利益は沈んだ",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "合併の効果は売上高に即座に表れた。連結の売上高は1991年12月期の553億円から、合併を通期で織り込んだ1992年12月期には626億円へ伸びた。ところが同じ期の当期損益は、前期の32億円の黒字から2億円の赤字へ転じている。バブル崩壊後の長引く不況と大幅な円高の進行が炭素製品製造業を厳しい環境に置き、規模を得た年がそのまま損失の年となった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "連結売上高は1991年12月期553億円から1992年12月期626億円へ増え、当期純利益は32億円の黒字から2億円の赤字へ転じた",
                      "原文": "売上高553億円・当期純利益32億円（1991年12月期・連結）、売上高626億円・当期純損失2億円（1992年12月期・連結）。",
                      "source": "東海カーボン 会社年鑑（連結業績）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "バブル崩壊後の長引く不況と大幅な円高の進行が炭素製品製造業を厳しい環境に置いた",
                      "原文": "バブル崩壊後の長引く不況、そして大幅な円高の進行は、炭素製品製造業を厳しい環境に追い込んでいる。タイヤの主原料であるカーボンブラックも輸入が漸増してきており、国際競争力の向上が問われている。",
                      "source": "日本会社史総覧（東洋経済新報社, 1995）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "引き受けた拠点の整理も早かった。1993年6月、東海カーボンは合併で得たばかりの山梨工場を閉鎖した。連結売上高は1993年12月期に577億円、1994年12月期に555億円と減り、当期損益は収支均衡の水準にとどまった。1995年12月期の純利益17億円を経て1996年12月期に売上632億円・純利益38億円へ戻るまで、合併から4期を要した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1993年6月に山梨工場を閉鎖した",
                      "原文": "５年６月 山梨工場を閉鎖。",
                      "source": "東海カーボン 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "連結売上高は1993年12月期577億円・1994年12月期555億円と減り、1995年12月期に純利益17億円、1996年12月期に売上632億円・純利益38億円へ回復した",
                      "原文": "売上高577億円・当期純利益0億円（1993年12月期・連結）、売上高555億円・当期純利益2億円（1994年12月期・連結）、売上高605億円・当期純利益17億円（1995年12月期・連結）、売上高632億円・当期純利益38億円（1996年12月期・連結）。",
                      "source": "東海カーボン 会社年鑑（連結業績）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "三つの工場のその後",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "合併で加わった摩擦材は、のちに独立した事業として形を得た。2001年4月に茅ヶ崎地区の3事業場を統合して湘南事業所を開き、2003年6月には千葉県八千代市に摩擦材の製造販売を担う子会社・東海マテリアルを設立した。合併の目的であった電極も、2017年にドイツSGLの米国子会社を134億円で買収して生産能力で世界4位となり、2018年12月期の営業利益は740億円の見通しへ達した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2001年4月に茅ヶ崎地区の3事業場を統合して湘南事業所を開設し、2003年6月に千葉県八千代市へ摩擦材の子会社・東海マテリアルを設立した",
                      "原文": "13年４月 神奈川県茅ヶ崎地区の３事業場を統合し、湘南事業所を開設。／15年６月 千葉県八千代市に摩擦材の製造販売を目的とした子会社東海マテリアル㈱を設立。",
                      "source": "東海カーボン 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2017年に独SGLの米国子会社を134億円で買収して黒鉛電極の生産能力で世界4位となり、2018年12月期の営業利益は740億円の見通しとなった",
                      "原文": "２０１８年１２月期の営業利益は７４０億円の見通しで、１６年１２月期１１億円（最終損益は７９億円の赤字）からわずか２年で急増する。牽引するのはカーボンブラックではなく黒鉛電極だ。（中略）昨年はドイツの黒鉛電極メーカーＳＧＬの米国子会社を１３４億円で買収し、黒鉛電極の生産能力で世界４位になった。",
                      "source": "週刊東洋経済 2018年10月20日号「[第1特集]絶好調企業の秘密 稼ぐ力をつけた日本企業 伸びる企業4 重厚長大企業の復活」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "一方、滋賀工場は2025年6月に黒鉛電極の生産を止めた。2024年12月期に純損失564億円を計上した東海カーボンは、同じ2025年6月にドイツのTOKAI ERFTCARBONの出資持分も譲渡している。合併で受け取った3工場のうち、山梨は翌年に閉じ、滋賀は33年後に電極から退いた。長く残ったのは、目的として掲げられなかった茅ヶ崎第二の摩擦材であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2025年6月、黒鉛電極生産体制の再構築により滋賀工場の生産を中止し、TOKAI ERFTCARBON GmbHの全出資持分を譲渡した",
                      "原文": "2025年６月 黒鉛電極生産体制の再構築により、滋賀工場は生産中止。TOKAI ERFTCARBON GmbHの全出資持分をドイツのLenbach Equity Opportunities III. GmbH & Co. KG に譲渡。",
                      "source": "東海カーボン 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2024年12月期は連結で売上高3,501億円・純損失564億円であった",
                      "原文": "売上高3,501億円・営業利益194億円・経常利益226億円・当期純損失564億円（2024年12月期・連結）。",
                      "source": "東海カーボン 有価証券報告書（2024年12月期・連結）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "買ったものと、ついてきたもの",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "同じ年に生まれた二社が70年を経て一つになったという筋書きは、規模拡大の物語として読みたくなる。ただ会社側が挙げた目的は電極事業のコストダウンひとつであり、1992年12月期は売上を73億円伸ばしながら2億円の赤字に沈んだ。この合併の芯は、円高で失った電極の価格競争力を生産拠点の組み替えで取り戻すところにあったとみられる。翌1993年6月に山梨工場を閉じた早さが、その性格を示している。"
                },
                {
                  "text": "もっとも、原価対策としての合併が電極で答えを出すまでには長い時間がかかった。滋賀工場は33年後に電極の生産を止め、2024年12月期には564億円の純損失が計上されている。むしろ、目的として掲げられなかった摩擦材のほうが、湘南事業所への統合と東海マテリアルの設立を経て事業として残った。狙って買ったものより、ついてきたもののほうが長く続くことがある——この合併はその一例として読むことができる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "日本会社史総覧（東洋経済新報社, 1995）",
        "東海カーボン 有価証券報告書【沿革】",
        "東海カーボン 有価証券報告書（2024年12月期・連結）",
        "東海カーボン 会社年鑑（連結業績）",
        "週刊東洋経済 2018年10月20日号「[第1特集]絶好調企業の秘密 稼ぐ力をつけた日本企業 伸びる企業4 重厚長大企業の復活」"
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      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-24"
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      "title": "米SGL GE社の取得によるアジア・北米・欧州の黒鉛電極3極体制の構築",
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          "label": "概要",
          "text": "2017年9月28日、東海カーボンは取締役会で、ドイツSGL社の黒鉛電極事業を承継した米国法人SGL GE Carbon Holding LLCの全株式を129億円で取得すると決議した。11月7日に取得を完了して社名をTOKAI CARBON GE HOLDING LLCとし、アジア・欧州に加えて北米に生産拠点を得て黒鉛電極の3極体制を築いた。長坂一社長の在任中で最大のM&Aとなった。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "東海カーボンの黒鉛電極事業は市況低迷が続き、2016年12月期は電極・ファインカーボンの減損を含む特別損失110億円で創業以来最大の純損失を計上した。国内首位ではあったが生産拠点はアジアと欧州にとどまり、世界最大の電炉鋼市場である北米に足場を欠いていた。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "昭和電工が独SGL社の黒鉛電極事業SGL GEを買収する過程で、米競争当局が承認の条件としてSGL GEの米国事業を第三者へ譲渡するよう求めた。東海カーボンはその譲受先として名乗りを上げ、SGL GE Carbon Holding LLCの全株式を取得。北米の生産・販売拠点を一括で得た。"
        },
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          "label": "含意",
          "text": "買収直後の2018年12月期は中国環境規制と電炉鋼需要の急増で電極市況が急騰し、黒鉛電極事業は単独で営業利益560億円を稼いで過去最高益を牽引した。もっとも市況はほどなく反転し、2020年12月期には同事業が営業赤字へ転落するなど、取得時期の幸運と後の調整が背中合わせとなった。"
        }
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        "summary": "世界最大の電炉鋼市場である北米に黒鉛電極の生産・販売拠点を持たなかった東海カーボンが、他社買収に付帯した当局の譲渡条件を機にアジア・北米・欧州の3極体制を整えた地理的補完のM&A"
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          "title": "電極・ファインカーボンの減損など特別損失110億円で創業以来最大の純損失"
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          "title": "SGL GE Carbon Holding LLCの全株式を129億円で取得すると取締役会が決議",
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          "title": "取得を完了し社名をTOKAI CARBON GE HOLDING LLCへ変更、北米に拠点を得て3極体制が実現"
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          "title": "電極市況急騰で連結売上2,313億円・営業利益731億円と過去最高益"
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          "title": "電極市況の反転で黒鉛電極事業が単独で営業赤字へ転落"
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        "source": "東海カーボン 有価証券報告書（連結・JGAAP）",
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              "sub_title": "電極市況の低迷と創業以来最大の赤字",
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                  "text": "東海カーボンは黒鉛電極で国内首位を占めていたが、リーマンショック後の電極市況は長く低迷していた。2015年12月期の黒鉛電極事業は売上約270億円・営業利益約25億円にとどまり、かつての稼ぎ頭は縮小したまま回復の糸口を欠いていた。世界的な鉄鋼需要の伸び悩みと過剰供給が、電炉向け電極の値を押さえつけていた。",
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                      "原文": "電極市況は低迷し、FY15の黒鉛電極事業は売上約270億円・営業利益約25億円にとどまった。",
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                },
                {
                  "text": "転機は損失の側から訪れた。2016年12月期、電極・ファインカーボン事業の減損損失を含む特別損失110億円を計上し、通期で純損失79億円と創業以来最大の赤字を記録した。前年に社長へ就いた長坂一は、この赤字を踏まえて電極事業の再構築を進める方針を明確にし、市況悪化で揺れる同業界のなかで次の一手を探っていた。",
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                      "原文": "転機はFY16の減損である。電極・ファインカーボン事業の減損損失など特別損失110億円を計上し、FY16通期で純損失▲79億円と創業以来の最大赤字を記録した。",
                      "source": "東海カーボン 有価証券報告書（2016年12月期・連結）",
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                {
                  "text": "東海カーボンの電極事業には地理的な偏りがあった。2005年に独ERFTCARBONを子会社化して欧州に拠点を持ち、アジアにも生産を構えていた一方で、世界最大の電炉鋼市場である北米に自前の拠点を欠いていた。首位とはいえ供給網は二極にとどまり、地産地消が働く電極事業で北米の空白は競争上の弱みであった。",
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                      "原文": "2005年7月にはドイツの黒鉛電極製造販売会社ERFTCARBONの全持分を取得し完全子会社化（TOKAI ERFTCARBON GmbH）。",
                      "source": "東海カーボン 有価証券報告書【沿革】",
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                      "原文": "世界最大の電炉鋼市場である北米市場におけるプレゼンスの向上を図るとともに、アジア・欧州・北米の「3極体制」を構築することで、グローバルプレーヤーとしての事業基盤の構築を目指す。",
                      "source": "東海カーボン＜5301＞、ドイツ黒鉛電極メーカーの米国法人SGL GE Carbonを取得（2017/09/28）",
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                },
                {
                  "text": "空白を埋める機会は、他社の買収に付随して転がり込んだ。昭和電工がドイツSGL社の黒鉛電極事業SGL GEの買収を進める過程で、米競争当局が承認の条件としてSGL GEの米国事業を第三者へ譲渡するよう求めた。北米に拠点を欲していた東海カーボンにとって、この譲受先の座は、単独では得にくい規模の拠点を一括で取り込む好機であった。",
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                      "fact": "昭和電工のSGL GE買収に対し、米競争当局が承認の条件としてSGL GE米国事業の他社への譲渡を求めた",
                      "原文": "昭和電工は、SGL GEホールディングス社の買収について、ドイツ、米国など関係各国の当局から承認を得た。米国の競争当局による承認の条件として、SGL GEの米国事業を第三者へ譲渡することが求められていた。",
                      "source": "昭和電工、SGL GE 買収に関する各国関係当局の承認およびSGL GE 米国事業の譲渡について発表",
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                  "text": "2017年9月28日、東海カーボンは取締役会でSGL GE Carbon Holding LLCの全株式取得を決議した。取得価額は129億円で、対象会社はデラウェア州に籍を置き、年間売上高は約91億円であった。10月2日に譲渡契約を結び、昭和電工がSGL GEを買収した直後に米国事業を東海カーボンへ引き渡す段取りが組まれた。",
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                      "fact": "東海カーボンは2017年9月28日にSGL GE Carbon Holding LLCの全株式を129億円で取得すると決議し、10月2日に契約を締結する予定とした。対象会社の売上高は約91億円",
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                },
                {
                  "text": "発表を受けた市場の反応は鋭かった。翌営業日の株価は制限値幅の上限まで買われてストップ高となり、北米拠点の獲得を成長機会とみる評価が一気に集まった。低迷が続いた電極事業の看板会社が、赤字を経てなお海外拡張へ動いたことへの期待が、株価に表れた形であった。",
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              "sub_title": "3極体制の完成",
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                  "text": "取得は2017年11月7日に完了し、東海カーボンは対象会社の社名をTOKAI CARBON GE HOLDING LLCへ改めた。これによりアジア・欧州に加えて北米に生産・販売の拠点を得て、黒鉛電極の供給網は3極体制へと整った。国内首位という枠を越え、世界の電炉鋼メーカーに三つの大陸から電極を届ける体制を、東海カーボンは短期間で手にした。",
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                      "原文": "2017年11月 米SGL GE社を完全子会社化（ドイツSGL社の黒鉛電極事業を承継した米国法人を取得、社名をTOKAI CARBON GE LLCとし、アジア・北米・欧州の3極体制を実現）",
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          "section": "outcome",
          "label": "結果",
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              "sub_title": "市況急騰と過去最高益",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "買収後のタイミングは異例に恵まれた。中国の環境規制による電極供給の絞り込みと、電炉鋼需要の急増が重なって電極市況が急騰し、2018年12月期の連結売上高は2,313億円と前期の2.2倍、営業利益は731億円と前期の111億円から6倍強に膨らんだ。純利益734億円は過去最高で、黒鉛電極事業は単独で営業利益560億円・利益率55%という異常値を記録した。",
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                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "129億円で得た拠点は、市況の追い風のなかで取得価額を1年ほどで回収する計算になった。長坂社長はこの資金力を背景に、2018年9月に米カーボンブラックメーカーのSid Richardson Carbonを、2019年7月には独COBEX Holdcoを相次いで完全子会社化し、電極とカーボンブラックの両輪で海外拡張を重ねた。SGL GEの取得は、その連続M&Aの最初の一件であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2018年9月に米Sid Richardson Carbonを、2019年7月に独COBEX Holdcoを完全子会社化した",
                      "原文": "2018年9月には米国のカーボンブラックメーカーSid Richardson Carbonを、2019年7月にはドイツの炭素黒鉛製品グループCOBEX Holdcoを完全子会社化し、アルミ・鉄鋼向けスメルティング＆ライニング事業を獲得した。",
                      "source": "東海カーボン 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "市況の反転と欧州拠点の整理",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "電極市況の高騰は続かなかった。2019年12月期に連結純利益は319億円へ後退し、2020年12月期には売上高2,015億円・営業利益79億円・純利益10億円まで落ち込んだ。黒鉛電極事業は単独で営業赤字へ転じ、市況のピークで取り込んだ拠点は、相場が反転するとそのまま調整の重さとなって表れた。買収の巧拙は、取得後の相場次第という面をあらためて示した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "連結純利益は2019年12月期に319億円へ後退し、2020年12月期は売上高2,015億円・営業利益79億円・純利益10億円まで落ち込んだ",
                      "原文": "2019年 売上高2620億円・営業利益543億円・純利益319億円／2020年 売上高2015億円・営業利益79億円・純利益10億円（いずれも連結）。",
                      "source": "東海カーボン 有価証券報告書（連結・JGAAP）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2020年12月期の黒鉛電極事業は単独で営業赤字（約58億円の損失）となった",
                      "原文": "FY20 黒鉛電極事業 売上37,879百万円・利益-5,766百万円（連結セグメント）。",
                      "source": "東海カーボン 有価証券報告書（2020年12月期・連結セグメント情報）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "3極体制のかたちも、その後に手が入った。東海カーボンは2025年に滋賀工場の黒鉛電極生産を中止し、あわせて欧州の電極子会社を譲渡した。2005年と2017年に積み上げた電極拠点の一部を手放す判断であり、3極体制は完成後も市況と採算に応じて絶えず組み替えられていった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2025年に滋賀工場の黒鉛電極生産を中止し、欧州の電極子会社を譲渡した",
                      "原文": "滋賀工場の黒鉛電極生産中止、独Tokai Erftcarbonを譲渡（Lenbach Equity Opportunities III. GmbH & Co. KGへ譲渡）。",
                      "source": "東海カーボン 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "好機の取得と、市況に委ねた成否",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "この買収を「先見の明」とだけ評すると、話を単純にしすぎる。北米という空白を埋める好機は、東海カーボン自身が仕込んだものではなく、昭和電工のSGL GE買収に米当局が付けた譲渡条件から偶然生まれたものであった。長坂一社長の判断の芯は、創業以来最大の赤字を出した直後に、他社案件の副産物として現れた129億円の拠点へためらわず手を挙げた点にある。低迷で守りに入ってもおかしくない時期に、供給網の空白を突く攻めを選んだところに、この判断の輪郭がうかがえる。"
                },
                {
                  "text": "もっとも、この取得を成功と呼べるかは、取得後に訪れた市況の激しい上下で割り引いて見る必要がある。2018年の過去最高益は電極価格の急騰という外部要因に負うところが大きく、その市況はほどなく反転して黒鉛電極事業を営業赤字へ突き落とした。3極体制もやがて拠点整理の対象となった。北米の足場を得た戦略的な意義と、市況の波にさらされ続ける電極事業の宿命とは別の話であり、拠点をどう持ち替えていくかという問いは、取得の時点ではなくその後の長い運営に委ねられたとみることができる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "東海カ、昭電工から米黒鉛電極メーカーを取得 129億円で（日本経済新聞・2017年9月28日）",
        "昭和電工、SGL GE 買収に関する各国関係当局の承認およびSGL GE 米国事業の譲渡について発表（日本経済新聞・2017年9月28日）",
        "東海カーボンがＳ高、黒鉛電極メーカーＳＧＬ ＧＥ社から米国事業を取得（株探ニュース・2017年9月28日）",
        "東海カーボン＜5301＞、ドイツ黒鉛電極メーカーの米国法人SGL GE Carbonを取得（ストライク・2017年9月28日）",
        "東海カーボン 有価証券報告書【沿革】",
        "東海カーボン 有価証券報告書（連結・JGAAP）"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-25"
    }
  ]
}
