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          "text": "1885年8月、福岡県宗像郡赤間町で藍玉の問屋を営む家に生まれた。外交官を志したものの、父から役人ではなく自分の仕事を持てと諭され、神戸高等商業学校へ進んだ。1909年に卒業すると、石油と小麦粉を扱う神戸の酒井商会に入って商いの実務を覚えた。在籍2年目に実家が破産し、家族を支えるために独立を決めた。開業資金は知人の日田重太郎氏が無償で出した8,000円で、外部の株主も債権者も持たない出発だった。"
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          "text": "前任を持たない初代である。1911年6月に個人経営の出光商会を門司に開き、店主として商いを率いた。1940年3月、出光商会の内地・朝鮮・台湾・関東州の営業財産を継がせて、資本金400万円の出光興産を東京に設立した。前年の1939年9月には石油配給統制規則の実施とともに石油共販が発足し、国内の石油販売は統制の下へ移りつつあった。1951年の経済誌は、出光佐三氏を出光興産社長として紹介している。"
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          "text": "敗戦で海外の財産を失ったあと、1949年3月に元売業者の指定を受け、民間として石油の供給を始めた。1953年5月には、石油国有化で英国と争っていたイランを相手に、石油の輸入を実行した。1957年3月に徳山製油所、1963年1月に千葉製油所を竣工させ、販売から精製へ事業を広げた。1963年11月には、生産調整に反対して石油連盟を脱退している。1966年に社長の席を副社長に譲り、会長に就任した。"
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              "slug": "independent-management-1953",
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          "text": "出光佐三氏は1885年8月、福岡県宗像郡赤間町の藍玉問屋の家に生まれた。初めは外交官を目指したが、役人は辞令一本で任地を移されるだけだと父に諭され、自分の仕事を持つために神戸高等商業学校から商人の道へ進んだ。1909年の卒業後は鈴木商店への入店を望んだものの返事が来ず、石油と小麦粉を商う神戸の酒井商会に入った。高商出が前垂れ掛けの小店に入ったことを、同窓の友人は強くとがめている。酒井商会に2年いたころ実家が破産し、家族を支えるために自ら店を持つと決めた。\n元手を出したのは、西宮で近所に住んでいた日田重太郎氏である。日田重太郎氏は京都の別荘を8,000円で売却し、その代金を返済も利子も事業の報告も求めずに渡した。求めたのは、独立を貫くことと兄弟が仲良くすることの2点だった。出光佐三氏は小麦粉ではなく潤滑油を商材に選んだ。毎月決まって売れ、まず生計が立つという理由である。門司のスタンダードや日本石油に勤める先輩たちは、電化が進めば油の需要は縮小すると独立を止めたが、出光佐三氏は方針を変えなかった。1911年6月20日、門司市東本町に出光商会を開き、日本石油の特約店として機械油の販売を始めた。\n最初の2年は、早朝の列車で見本瓶を提げて炭鉱を回っても機械油の得意先がつかなかった。販路を開いたのは関門海峡の対岸、下関の漁業である。1913年に発動機付き漁船の燃料油販売に参入し、灯油から軽油、重油へと扱う油の等級を下げて燃料費を抑えた。罐に詰めて渡していた燃料を、計量器を積んだ配給船から直接量り売りする方式に改め、罐代と運賃を省いた。\n次に向かったのは大陸の鉄道である。1914年に南満洲鉄道へ機械油を納めたのを足がかりに、1916年に大連へ支店を開設した。満鉄の車軸油は外国の石油会社が押さえていたが、1919年2月の零下20度の比較試験で他社品が固まるなか、出光の冬候車軸油だけが流れを保った。店は1919年に青島、1920年に京城、1922年に台北へ広がり、1932年の業界誌は出光商会の油類の売上高を年1,000万円以上と伝えている。\n1930年代後半に配給統制が強まると、国内の石油の卸と小売は統制会社と組合へ移っていった。出光佐三氏は1939年12月に新京と上海へ現地法人を設け、1940年3月には出光商会の内外の営業財産を継がせて資本金400万円の出光興産を東京に設立した。敗戦で海外の財産を失ったのち、1949年に元売業者の指定を受けて石油の供給へ戻り、1953年のイランからの石油輸入と1957年の徳山製油所の竣工で、精製まで手がける会社へ形を変えた。1966年、社長の席を副社長に譲って会長に就任した。"
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