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      "title": "鹿児島・喜入への原油中継輸送基地（CTS）の建設と、37万重量トン「日石丸」の就航",
      "subtitle": "製油所ごとに違う着桟条件を、鹿児島の一点と37万トン船で解いた投下資本500億円",
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        {
          "label": "概要",
          "text": "日本石油が1969年10月に鹿児島県喜入町へ貯蔵能力360万キロリットルの原油中継輸送基地（CTS）を完成させ、1971年9月に37万2,698重量トンのタンカー「日石丸」を就航させた投資。基地の運営は子会社の日本石油基地が担い、出資比率は日本石油50%、日本石油精製33.3%、興亜石油16.7%であった。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "石油業法のもとで精製設備が各地に置かれた一方、15万トンタンカーが着桟できるのは根岸と麻里布の2製油所だけで、新潟製油所には3万5000トン級しか入れなかった。タンカーの大型化が進むほど、船と桟橋の寸法差が輸送費に跳ね返った。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "第1期に30万坪を埋め立てて10万トンタンク18基を建て、1972年12月までに30基へ増設する。さらに60万坪への倍増と15万トンタンク24本を加え、貯油能力660万トン、投下資本約500億円を見込んだ。狙いは運賃メリット、備蓄の増強、売船ロスの回避の三つに置かれた。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "石油製品の内需の伸びは1971年度に一桁へ落ち、設備過剰と船腹過剰が同時に進んだ。喜入の基地が広く評価を得たのは1973年の石油ショック後で、運賃を下げる装置としてよりも、備蓄の装置としてであった。"
        }
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          "name": "日本石油",
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        "summary": "製油所ごとに異なる入港の制限を、原油の受け入れを一点へ集める中継基地と巨大タンカーの組み合わせで解き、運賃の低減と貯油能力の増強を同時に取りにいった投資"
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          "title": "総合エネルギー調査会が初答申。貯油の増強と大規模輸入基地の建設による輸送合理化を提言"
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        {
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          "title": "鹿児島県喜入町に貯蔵能力360万キロリットルの原油中継輸送基地（CTS）が完成"
        },
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          "title": "37万2,698重量トンのタンカー「日石丸」が就航し、喜入基地との大量輸送体制が揃う",
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          "title": "喜入基地の10万トンタンクを18基から30基へ増設する計画（1972年2月時点）"
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          "title": "第4次中東戦争を機に石油ショック。CTSの備蓄機能が評価される"
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              "sub_title": "需要の急増と、許可制のもとで散った精製設備",
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                  "text": "1960年代を通じて、日本の石油消費は桁を変えて増えた。一次エネルギーに占める石油の比率は1962年度に46.1%となって初めて石炭の36.6%を上回り、1967年度には需要が1億キロリットル、1972年度には2億1,000万キロリットルに達した。精製設備もこれを追い、1962年7月に施行された石油業法のもとで、業界の能力は施行時の日量114万8000バレルから1966年末に221万バレル、1971年末には410万バレルへ増えた。",
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                    {
                      "fact": "石油依存度は1962年度に46.1%と初めて石炭を上回り、需要は1967年度に1億キロリットル、1972年度に2億1,000万キロリットルへ増えた",
                      "原文": "昭和三十七年度に石油需要は三五〇〇万キロリットルとなって一次エネルギーに占める石油依存度が四六・一%と初めて石炭の三六・六%を上回り、四十二年度には一億キロリットル（六四・六%）、四十七年度には二億一〇〇〇万キロリットル（七四・九%）へと飛躍的に増大した。",
                      "source": "『日本産業史』第3巻 エネルギー・資源「石油－高度成長の光と影、石油ショック」（高村寿一・小山博之編, 日経文庫, 日本経済新聞社, 1994年）",
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                      "原文": "精製能力は石油業法施行時の日量一一四万八〇〇〇バレルから昭和四十一年末には二二一万バレルと二倍に増え、四十六年末にはさらに四一〇万バレルに倍増、石油ショックの起きた四十八年末には五四一万バレルに急増した。",
                      "source": "『日本産業史』第3巻 エネルギー・資源「石油－高度成長の光と影、石油ショック」（高村寿一・小山博之編, 日経文庫, 日本経済新聞社, 1994年）",
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                {
                  "text": "需要を国内で精製する体制は、輸入原油をどこで受けるかという問題と裏表であった。1967年2月、総合エネルギー調査会は初の答申で、貯油の増強と、大型タンカーによる共同配船・大規模輸入基地の建設といった輸送の合理化を並べた。日本石油は1951年、カルテックスとの折半出資で日本石油精製を設立し、輸入原油を消費地で精製する体制をすでに敷いていた。答申が促したのは、その手前にある受け入れ側の作り方であった。",
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                      "原文": "⑥貯油の増強⑦大型タンカーによる共同配船や大規模輸入基地の建設など、輸送の合理化⑧消費地精製",
                      "source": "『日本産業史』第3巻 エネルギー・資源「石油－高度成長の光と影、石油ショック」（高村寿一・小山博之編, 日経文庫, 日本経済新聞社, 1994年）",
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                      "原文": "二十六年横浜、下松両製油所を現物出資して、カルテックスとの折半出資による子会社日本石油精製（資本金四十億円）を設立し、輸入原油の精製に当らしめた。",
                      "source": "会社銀行八十年史（東洋経済新報社、1955年）「日本石油」",
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              "sub_title": "製油所ごとに違う、入港の制限",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "日石グループの精製の主力は、日本石油精製の横浜・下松・室蘭・根岸の4製油所で、能力は合計で日量43万2,000バレルであった。ここに日本石油自身の新潟製油所の2万6,000バレル、提携先の興亜石油が麻里布・大阪の2製油所で持つ22万9,000バレルが加わり、グループ合計は68万7,000バレルに達した。うち根岸製油所は31万バレルを占め、1カ月に150万キロリットルの製品を出す規模であった。",
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                    {
                      "fact": "日石グループの原油処理能力は日本石油精製4製油所43万2,000バレル、新潟2万6,000バレル、興亜石油22万9,000バレルの合計68万7,000バレル／日で、根岸製油所は31万バレルを占めた",
                      "原文": "日本石油精製は、横浜・下松（山口県）・室蘭・根岸の4つの製油所を持っているが、その精製能力は現在432,000バーレル／日である。一番大きいのは東洋一の根岸製油所で、精製能力は現在のところ31万バーレル／日、1ヵ月に150万キロリットルの石油製品を生産する。（中略）この他、当社自体の新潟製油所があり、この能力は26,000バーレル／日、提携会社興亜石油の処理能力は麻里布（山口県）、大阪の二製油所で、能力は合計229,000バーレル／日、これらの総合計687,000バーレル／日が現在の日石グループの原油処理能力である。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1972年3月号（第10巻第3号）「日本石油グループの現状と将来」（日本石油 鈴木淳三郎常務取締役 講演要旨）",
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                  "text": "規模に比べて、船を着ける条件は揃わなかった。15万トンタンカーが着桟できるのは根岸と麻里布の2カ所だけで、残る製油所は10万トン以下の船に限られる。信濃川の河口にある新潟製油所には、3万5000トン級しか入れない。一方でタンカーは、1950年代に一般的であった4万〜5万トンから、1965年ごろの8万〜10万トン、1966年の20万トン級「出光丸」へと大型化しており、船と桟橋の寸法差はひらいた。",
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                      "fact": "日石グループの製油所で15万トンタンカーが着桟できるのは根岸と麻里布の2カ所だけで、新潟製油所は信濃川河口にあり3万5000トン級しか入れなかった",
                      "原文": "日石グループの製油所で、15万トンタンカーが着桟できるのは根岸と麻里布の2ヵ所だけである。このほかは全部10万トン以下のタンカーになってしまう。（中略）例えば日石の新潟製油所は、信濃川の河口にあって3.5万トン級タンカーしかはいれない。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1972年3月号（第10巻第3号）「日本石油グループの現状と将来」（日本石油 鈴木淳三郎常務取締役 講演要旨）",
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                      "原文": "三十年代には四－五万トンが一般的であったタンカーが一挙に大型化し、四十年ごろには八－一〇万トンになり、四十一年に二〇万トン級の「出光丸」が完成した。",
                      "source": "『日本産業史』第3巻 機械・輸送機「造船重電－未曾有の拡大期」（高村寿一・小山博之編, 日経文庫, 日本経済新聞社, 1994年）",
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                {
                  "text": "1969年10月、日本石油は鹿児島県喜入町に貯蔵能力360万キロリットルの原油中継輸送基地を完成させた。原油を製油所へ直送せず、いったん一点に降ろしてから配るCTS方式を、国内で最初に採った例である。運営は子会社の日本石油基地が担い、出資は日本石油50%、日本石油精製33.3%、興亜石油16.7%。資本金39億円は1972年11月に60億円へ増やす計画で、タンクは償却できても土地はできないため、資本金は土地代に見合う額としていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1969年10月、日本石油が鹿児島県喜入町に貯蔵能力360万キロリットルの原油中継輸送基地（CTS）を完成させたのが国内最初の例であった",
                      "原文": "わが国では昭和四十四年十月、日本石油が鹿児島県喜入町に貯蔵能力三六〇万キロリットルの原油中継輸送基地（CTS＝セントラル・ターミナル・システム）を完成させたのが最初だ。",
                      "source": "『日本産業史』第3巻 エネルギー・資源「石油－高度成長の光と影、石油ショック」（高村寿一・小山博之編, 日経文庫, 日本経済新聞社, 1994年）",
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                    {
                      "fact": "喜入基地は子会社の日本石油基地が担当し、資本金39億円を1972年11月に60億円へ増資予定、出資比率は日本石油50%・日本石油精製33.3%・興亜石油16.7%であった",
                      "原文": "鹿児島にある日石グループのCTS、世界最大の喜入（きいれ）基地は日石グループの子会社、日本石油基地株式会社が担当している。現在資本金39億円であるが47年11月に60億円に増資する。タンクは償却できるが土地はそれができないので資本金は土地代に見合う程度にしている。資本構成は当社50%、日本石油精製33.3%、興亜石油16.7%となっている。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1972年3月号（第10巻第3号）「日本石油グループの現状と将来」（日本石油 鈴木淳三郎常務取締役 講演要旨）",
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                {
                  "text": "第1期は30万坪を埋め立て、10万トンタンクを18基建てた。1972年12月までに12基を足して30基とし、同じ年にさらに30万坪を埋めて60万坪へ倍増する。新しい埋立地には1973年度中に15万トンタンクを4本、以後は年に2本ずつ加え、1980年ごろに24本とする計画であった。合わせた貯油能力は660万トン、投下資本は約500億円と見込まれた。喜入には50万重量トン級の船を着けられる。",
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                    {
                      "fact": "喜入基地は第1期に30万坪を埋め立てて10万トンタンク18基を建て、1972年12月までに30基へ増設、60万坪へ倍増して15万トンタンク24本を加え、貯油能力660万トン・投下資本約500億円を見込んだ",
                      "原文": "喜入基地は第1期工事としてすでに30万坪の土地を埋め立て、現在10万トンタンクを18基建造した。47年12月までにさらに12基増設して、30基にする。（中略）同基地は今年中さらに30万坪埋立てて60万坪に倍増する。48年度中にこの新しい埋立地に15万トンタンクを4本建てる計画で、49年、50年にさらに2本ずつ建設し、55年ごろには新しい土地に15万トンタンクが合計24本建つことになろう。これらを合計すると貯油能力は660万トンになり、投下資本は約500億円とみている。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1972年3月号（第10巻第3号）「日本石油グループの現状と将来」（日本石油 鈴木淳三郎常務取締役 講演要旨）",
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              "sub_title": "「日石丸」と、三つの狙い",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "基地と対になるのが船であった。1971年9月、日本石油は37万2,698重量トンの「日石丸」を就航させた。1973年2月には英グローブティックが建造する47万トン船を借り受け、1974年にも同型を、1975年には子会社の東京タンカーが47万トンを上回る第2日石丸を建造する計画を置いた。中東から新潟へ3万5000トン級で直送するより、巨大船で喜入まで運び、そこから製油所に合う中小型船で配るほうが運賃は安くなる。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1971年9月に37万トンの日石丸が就航し、1973年2月に英グローブティック建造の47万トン船を用船、1975年には東京タンカーが47万トン超の第2日石丸を建造する計画であった",
                      "原文": "この喜入基地には50万重量トン級のタンカーを着けることができる。すでに、46年9月37万トンの日石丸を就航させたが、48年2月には47万トンタンカーが就航する予定である。後者はイギリスのグローブティックが建造し、当社はそれを借りることになる。49年にも同型の大型船を就航させる予定になっており、さらに50年には子会社東京タンカーが47万トンを上回る世界最大の第2日石丸を建造し就航させる計画である。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1972年3月号（第10巻第3号）「日本石油グループの現状と将来」（日本石油 鈴木淳三郎常務取締役 講演要旨）",
                      "url": null
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                    {
                      "fact": "日石丸は37万2,698重量トンで、1971年に竣工した当時最大級のタンカーであった",
                      "原文": "世界最大のタンカー日石丸（372,698重量トン）",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1972年3月号（第10巻第3号）「日本石油グループの現状と将来」（日本石油 鈴木淳三郎常務取締役 講演要旨）",
                      "url": null
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                  ]
                },
                {
                  "text": "常務取締役の鈴木淳三郎氏は、基地の利点を三つに数えた。第1は船型差による運賃である。第2は貯油能力の増強で、製油所内にタンクを建てずに済めば、その土地は精製能力の拡張へ回せる。第3は売船ロスの回避であり、船腹が余っても再用船に出さず、基地まで運んで貯めておける。夏の安い運賃でスポット用船し、冬に使う手も持てる。中東原油のうち基地を通る比率は1971年度実績で約51%、1972年度は70%を見込んだ。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "基地の利点は運賃メリット、備蓄増強と製油所内タンク建設の抑制、売船ロスの回避の三つで、中東原油の基地通過比率は1971年度に約51%、1972年度は70%の見込みであった",
                      "原文": "このような大規模な基地を建設するメリットは何かというと、第1は運賃メリットである。（中略）第2に、ご承知のとおり最近貯油能力増強の必要性が叫ばれているが、このような基地は備蓄増強に大きな役割を果たす。また、貯油能力の増強のみならず、製油所におけるタンク建設を少なくすませるというメリットもある。（中略）第3は売船ロスを回避することができる。今回のような過剰船腹の場合でもそのタンカーを再用船に出さないで基地まで運び貯油しておくことができるので、船の過剰をある程度吸収できる。（中略）中東原油の輸入量のうち、基地を通過しているのは46年度の実績で約51%であったが、47年度には70%、さらに船が徐々に大型化していくにつれて基地の利用がだんだん多くなってくるであろう。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1972年3月号（第10巻第3号）「日本石油グループの現状と将来」（日本石油 鈴木淳三郎常務取締役 講演要旨）",
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          "label": "結果",
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              "sub_title": "伸びなかった需要と、積み上がる設備",
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                {
                  "text": "投資が形になるころ、前提の一つが崩れた。石油製品の内需は1965年度から1970年度まで年平均18.8%増で伸びていたが、1971年度上期は前年同期比7.9%増に落ち、下期は4.8%増程度にとどまる見込みとなった。1972年度から1976年度までの供給計画も年平均10.6%増へ緩み、鈴木常務は1974年度あたりから設備過剰になるのではないかとの見方を示した。船腹も余り、売船ロスが出た。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "石油製品の内需の伸びは1965年から1970年まで年平均18.8%だったが1971年上期7.9%・下期4.8%程度へ落ち、1972〜1976年度の供給計画も年平均10.6%へ減速、1974年度から設備過剰になるとの見方が示された",
                      "原文": "石油製品の内需は昭和40年から45年まで、平均年18.8%増加してきた。ところが46年上期の伸びは、前年同期比7.9%に落ちこんだし、46年の下期にいたっては、約4.8%増－年6.2%増－にとどまるのではないかと考えられる。（中略）47年度から51年度までの5年間は年平均10.6%と、昨年策定された供給ペースよりも大きくスローダウンしている。（中略）それどころか49年度あたりから設備過剰になるのではないかという感じがしてならない。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1972年3月号（第10巻第3号）「日本石油グループの現状と将来」（日本石油 鈴木淳三郎常務取締役 講演要旨）",
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                },
                {
                  "text": "日本石油の単独売上高は1972年3月期に5,220億円、経常利益は110億円で、前期の4,623億円・107億円から利益はほぼ横ばいであった。一方でグループの原油処理能力は1974年度末に日量92万7,000バレルへ増え、業界全体の605万2,000バレルに対する設備シェアは15.3%となる見通しであった。設備が計画どおり積み上がる裏側で、それを埋める需要の側が細っていた。",
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                    {
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                      "原文": "1972年3月期（単独）売上高5,220億円、経常利益110億円、当期純利益63億円。前期（1971年3月期）は売上高4,623億円、経常利益107億円、当期純利益66億円。",
                      "source": "日本石油 会社年鑑（1976年版・単独業績）",
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                    {
                      "fact": "日石グループの原油処理能力は1974年度末に日量92万7,000バレルとなり、業界全体605万2,000バレルに対する設備シェアは15.3%となる見通しであった",
                      "原文": "これが49年度末には927,000バーレル／日に増加する予定である（中略）この49年度末での業界全体の原油処理能力が605万2,000バーレル／日と予測されているので、日石グループの設備シェアは15.3%になろう。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1972年3月号（第10巻第3号）「日本石油グループの現状と将来」（日本石油 鈴木淳三郎常務取締役 講演要旨）",
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            {
              "sub_title": "石油ショックが与えた、別の意味",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1973年10月、第4次中東戦争を機にアラブ産油国が減産と禁輸に踏み切り、アラビアンライトの公示価格は2カ月あまりで3.8倍に上がった。日本の石油依存度は75%、中東依存度は80%で、供給の7割以上をメジャー経由に頼っていた。1972年度から石油備蓄の増強が始まっており、1973年9月末の在庫は58.3日分あった。喜入の基地は、この時期に運賃を下げる装置としてではなく、備蓄の装置として評価を受けた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "CTSは石油ショック後に備蓄機能が大きく評価された。1972年度から石油備蓄の増強が始まり、1973年9月末の石油在庫は58.3日分あった",
                      "原文": "CTSも石油ショック後は、備蓄機能が大きく評価されることになった。（中略）四十七年度から石油備蓄の増強が始まったことから四十八年九月末の石油在庫は五八・三日分あり、他に輸送中の原油が約二〇日分あった。",
                      "source": "『日本産業史』第3巻 エネルギー・資源「石油－高度成長の光と影、石油ショック」（高村寿一・小山博之編, 日経文庫, 日本経済新聞社, 1994年）",
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                    },
                    {
                      "fact": "1973年10月のクウェート宣言以降、アラビアンライトは1バレル3.011ドルから翌年1月に11.651ドルとなり、2カ月あまりで3.8倍に急騰した。当時の日本の石油依存度は75%、中東依存度は80%であった",
                      "原文": "アラビアンライトは一バレル三・〇一一ドルから五・一一九ドルに引き上げられ、同年十二月末には、翌年一月から一挙に一一・六五一ドルとすることも決定。ついに一〇ドル原油の登場となって、原油価格は二ヵ月あまりで三・八倍に急騰した。（中略）石油依存度も他の先進工業国より圧倒的に高い七五%に達していた。その石油のほとんどを中東からを中心にした輸入に頼る（中東依存度八〇%）一方、原油供給の七〇%以上がメジャー経由だった。",
                      "source": "『日本産業史』第3巻 エネルギー・資源「石油－高度成長の光と影、石油ショック」（高村寿一・小山博之編, 日経文庫, 日本経済新聞社, 1994年）",
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                {
                  "text": "もっとも、原油価格そのものは基地では受け止められなかった。中東原油は1970年11月から1971年6月までに平均44.3セント上がり、同年10月にメジャーが約5セント、通貨調整を機にOPECがさらに11.5セントを上乗せして、この間の上昇は約61セントに達した。日本石油が使用量の3割を占めるインドネシア原油も1971年に2度上がった。輸送で削った分は、原油の値段の側で相殺された。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "中東原油は1970年11月から1971年6月に平均44.3セント、同年10月にメジャーが約5セント、通貨調整を機にOPECが11.5セント値上げし、合計約61セント上昇した。日本石油はインドネシア原油を約3割使っていた",
                      "原文": "中東原油は45年11月から46年の6月までに平均44.3セント値上がりし、46年10月、メジャーは平均約5セント値上げした。さらに今回の通貨調整を機にOPECはバーレル当り11.5セント上げてきた。この間合計約61セント上昇したことになる。一方インドネシア原油の値上げ幅も大きい。当社はインドネシア原油を約3割使っており、影響は小さくない。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1972年3月号（第10巻第3号）「日本石油グループの現状と将来」（日本石油 鈴木淳三郎常務取締役 講演要旨）",
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            {
              "sub_title": "運賃のために建て、備蓄として残った",
              "editorial": true,
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                {
                  "text": "製油所ごとに着けられる船の寸法が違う——喜入への投資は、この一点への答えであった。15万トン級を受けられるのは根岸と麻里布だけ、新潟は3万5000トン級という条件のもとでは、船を大型化しても効きは桟橋で頭打ちになる。原油を降ろす場所を精製する場所から切り離し、鹿児島の一点へ大型船を着けて中小型船で配る。投下資本約500億円は、当時の年間経常利益110億円のおよそ5年分にあたる。"
                },
                {
                  "text": "運賃メリットの前提であった需要の伸びは、基地が動き出した直後に年18.8%から一桁へ落ち、鈴木常務自身が1974年度あたりからの設備過剰を口にした。船腹は余り、売船ロスも出た。喜入が広く評価を得たのは、1973年の石油ショックで貯油そのものに値がついてからである。運賃のために建てた装置が、備蓄の装置として残った。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "証券アナリストジャーナル 1972年3月号（第10巻第3号）「日本石油グループの現状と将来」（日本石油 鈴木淳三郎常務取締役 講演要旨。日本証券アナリスト協会企業分析部会 1972年2月22日・東京）",
        "『日本産業史』第3巻 エネルギー・資源「石油－高度成長の光と影、石油ショック」（高村寿一・小山博之編, 日経文庫, 日本経済新聞社, 1994年）",
        "『日本産業史』第3巻 機械・輸送機「造船重電－未曾有の拡大期」（高村寿一・小山博之編, 日経文庫, 日本経済新聞社, 1994年）",
        "会社銀行八十年史（東洋経済新報社、1955年）「日本石油」",
        "日本石油 会社年鑑（1976年版・単独業績）"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-29"
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    {
      "slug": "teikoku-oil-merger-rejection-2005",
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      "year": 2005,
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      "title": "帝国石油と国際石油開発の経営統合案への反対と、帝石株の買い増しによる20%超の取得",
      "subtitle": "上流の戦略パートナーを見送るか、株式移転比率を問い直させるか——16.4%の筆頭株主に届いた10日前の通知",
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      "scheme": "共同持株会社（株式移転）による帝国石油・国際石油開発の経営統合に対し、帝石の筆頭株主として異議を表明",
      "ratio": "帝国石油1株に持株会社株0.00144株（国際石油開発は1株に1株）",
      "issue": "上流部門の戦略パートナーと、株主としての影響力",
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          "label": "概要",
          "text": "2005年11月初旬、帝国石油と国際石油開発が共同持株会社による経営統合を発表した。帝石株の16.4%を持つ筆頭株主であった新日本石油は、約167億円で1200万株（3.9%）を追加取得して持ち分を20%超へ引き上げ、渡文明会長が統合案に異議を唱えた経営判断である。"
        },
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          "text": "新日本石油は2004年度からの第3次中期経営計画で5000億円の戦略投資を掲げ、うち2000億円を原油・天然ガス開発に充てる方針を示していた。上流から下流までの一貫操業体制を築くうえで、長く提携を重ねてきた帝国石油は最も近い相手であった。"
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          "text": "異議の中心は、統合が石油中核企業づくりの理念と合致するのか、株式移転比率の算定根拠は何か、の2点にあった。帝石1株に持株会社株0.00144株という比率では、新日本石油の新会社への出資比率は3.8%へ下がる。渡会長は国際石油開発の黄金株を挙げ、評価が過大ではないかと問うた。"
        },
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          "label": "含意",
          "text": "統合は覆らず、2006年に国際石油開発帝石ホールディングスが発足した。新日本石油は株主としての影響力と上流の戦略パートナーを同時に失い、翌2006年にはジャパンエナジーとの提携で下流の連合づくりへ向かった。"
        }
      ],
      "parties": [
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            "note": "国内最大の石油元売り。第3次中期経営計画で原油・ガス開発に2000億円を投じ、上流から下流までの一貫操業体制を目指していた"
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        {
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          "name": "帝国石油",
          "role": "出資先・統合当事会社",
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          "highlight": true
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          "title": "国際石油開発帝石ホールディングスが発足し、新日本石油の出資比率は3.8%へ"
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          "year": 2006,
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          "title": "ジャパンエナジーとの業務提携を発表し、水島製油所の一体運営へ"
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      "snapshot": {
        "fiscal_year": "2006年3月期",
        "source": "新日本石油 有価証券報告書（2006年3月期・連結）",
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              "sub_title": "上流に2000億円を振り向けた中期経営計画",
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                {
                  "text": "新日本石油は2004年度からの第3次中期経営計画で5000億円の戦略投資を掲げ、そのうち2000億円を原油・天然ガスの開発に充てる方針を打ち出した。精製と販売を本業としてきた会社が、上流から下流までの一貫操業体制を築こうとする転換であった。自主開発原油は日量15万バレルまで来ており、渡文明社長は2010年にこれを20万バレルへ引き上げたいと語っていた。",
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                    {
                      "fact": "第3次中期経営計画で5000億円の戦略投資を予定し、うち2000億円を原油・ガス開発に投じて上流から下流までの一貫操業体制の基盤づくりを打ち出した",
                      "原文": "０４年度からの第３次中期経営計画（３カ年）では、５０００億円の戦略投資を予定。うち２０００億円を原油・ガス開発に投じて、上流（石油開発）から下流（石油精製・販売）までの一貫操業体制と、石油、電力、ガスの総合エネルギー企業になる基盤作りを打ち出しています。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年6月18日号「Key person 新日本石油社長 渡 文明」",
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                    {
                      "fact": "自主開発原油は日量15万バレルで、2010年に20万バレルへ引き上げる目標を掲げていた",
                      "原文": "現在、新日本石油が処理している原油は日量１００万バレルですが、自主開発原油がやっと１５万バレルになりました。２０１０年にはこれを２０万バレルに引き上げたい。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年6月18日号「Key person 新日本石油社長 渡 文明」",
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                },
                {
                  "text": "上流へ資金を向けた理由は、下流の先細りにあった。国内の燃料油需要はガソリンを除いて伸びず、電力用・産業用のC重油は石油製品の1割ほどに縮み、2030年には4〜5%まで下がると見込まれていた。国際石油資本は収益を上流に頼り、利幅の薄い下流を縮めている。渡社長は準メジャーと呼ばれる日量40万から50万バレルの規模を後輩たちの目標に掲げ、上流での存在感を求めていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "国内の燃料油需要はガソリンを除いて伸びず、C重油は石油製品の10%程度から2030年に4〜5%へ縮むと見込まれていた",
                      "原文": "われわれは石油精製と販売をコアの事業領域にしていますが、日本国内の燃料油需要はガソリンを除いて伸びないでしょう。（中略）特に深刻な状態にあるのが、電力用、産業用のエネルギーに使われるＣ重油です。高度成長期、Ｃ重油は花形油種でしたが、現在は石油製品の１０％程度の比率で、３０年には４〜５％にまで減ります。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年6月18日号「Key person 新日本石油社長 渡 文明」",
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                    {
                      "fact": "国際石油資本は収益を上流に依存して下流を縮小しており、渡社長は準メジャーと呼ばれる日量40万〜50万バレルの規模を後進の目標に掲げた",
                      "原文": "国際石油資本の盟主であるエクソン、テキサコやＢＰ、ロイヤル・ダッチ・シェルは収益を上流に依存しています。収益の低い下流部門は縮小しています。（中略）準メジャーと呼ばれる日量４０万から５０万バレルの規模を、後輩たちが目標にして、達成に努力してほしいと考えています。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年6月18日号「Key person 新日本石油社長 渡 文明」",
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            {
              "sub_title": "16.4%の筆頭株主という関係",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "上流を厚くする相手として最も近くにいたのが帝国石油であった。新日本石油は帝石株の16.4%を持つ筆頭株主で、両社は長く提携を重ねてきた。国内天然ガスの比率が高い帝石は、値上がりする海外権益を買い集めるのとは別の道で自主開発量を積める相手でもあった。上流部門における重要な戦略パートナーという関係が、両社の間には出来上がっていた。",
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                    {
                      "fact": "新日本石油は帝国石油に16.4%出資する筆頭株主で、帝石は上流部門における重要な戦略パートナーであった",
                      "原文": "帝石に１６・４％出資する筆頭株主・新日本石油が約１６７億円で帝石株１２００万株、３・９％を追加取得し、合計２０％超の大株主として異議を唱えていたことがわかった。（中略）上流部門における重要な戦略パートナーであった帝石が抜ける以上、新日石は新たな上流戦略構築を迫られる。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年12月10日号「新日本石油・渡文明会長が本誌に激白 帝国石油の統合案に『待った』」",
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                      "原文": "ただ、石油の上流への投資は既存油田の権益を買収したり、購入したりする方式が多いのですが、原油価格の上昇で、権益の価格が上がっています。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年6月18日号「Key person 新日本石油社長 渡 文明」",
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                },
                {
                  "text": "その関係に、2005年11月初旬の発表が割って入った。帝国石油と国際石油開発が共同で持株会社を設立し、2006年4月にその傘下へ入る形で経営統合すると電撃的に公表した。筆頭株主である新日本石油に話が伝えられたのは、発表のわずか10日ほど前であった。渡文明会長は「配慮がないな、と思っていることは事実」と述べ、統合そのものより先に、知らされ方への不満を口にした。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "経営統合の話が16%の筆頭株主に知らされたのは発表の10日ほど前で、渡会長は帝石に配慮がないと述べた",
                      "原文": "「（経営統合という）これだけ大きなテーマなのに、１６％の筆頭株主に知らされたのはわずかに１０日ほど前。（帝石は）配慮がないな、と思っていることは事実。何より、今回の経営統合がわれわれの目指す石油中核企業づくりの理念と合致するのか、また、株式移転比率の算定根拠は何だったのか、この２点を中心に考え方を聞いていきたい」",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年12月10日号「新日本石油・渡文明会長が本誌に激白 帝国石油の統合案に『待った』」",
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                    {
                      "fact": "国際石油開発と帝国石油は共同で持株会社を設立し、2006年4月にその傘下に入る形で経営統合する計画であった",
                      "原文": "計画によると、国際石油と帝石は共同で持ち株会社を設立し、２００６年４月に持ち株会社の傘下に入る形態で経営統合を行う。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年12月10日号「新日本石油・渡文明会長が本誌に激白 帝国石油の統合案に『待った』」",
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          "label": "決断",
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              "sub_title": "167億円を投じて20%超へ",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "新日本石油は反対の意思を、株を買い増して示した。約167億円を投じて帝石株1200万株、3.9%を追加取得し、持ち分を合計20%超まで引き上げた。統合の可否は帝石の株主総会にかかっており、5分の1を超える株主がいること自体が交渉の材料になる。渡文明会長は「帝石の株式をこれ以上買う必要はない」と語り、買い増しはここで止めると明言した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "新日本石油は約167億円で帝石株1200万株（3.9%）を追加取得し、合計20%超の大株主として異議を唱えた",
                      "原文": "帝石に１６・４％出資する筆頭株主・新日本石油が約１６７億円で帝石株１２００万株、３・９％を追加取得し、合計２０％超の大株主として異議を唱えていたことがわかった。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年12月10日号「新日本石油・渡文明会長が本誌に激白 帝国石油の統合案に『待った』」",
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                    {
                      "fact": "渡会長はこれ以上の買い増しは不要とし、20%超の株主が動くことの重みを帝石側の立場から語った",
                      "原文": "渡会長は「帝石の株式をこれ以上買う必要はない。２０％以上の大株主がどう動くかわからないとなったら、私だったら夜も眠れなくなる。帝石から話を聞く過程でわれわれの考え方を示す」と話し",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年12月10日号「新日本石油・渡文明会長が本誌に激白 帝国石油の統合案に『待った』」",
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                {
                  "text": "買い増しの意味を、渡会長は帝石の側に立って説明した。「20%以上の大株主がどう動くかわからないとなったら、私だったら夜も眠れなくなる」。統合を止める力があるとは明言せず、相手に説明を求める席を確保したという言い方であった。社内にはより強気の見方もあり、ある役員は他の大株主や少数株主が同調すれば承認案を否決できるとして「勝算は高い」とみていた。",
                  "evidences": [
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                      "fact": "新日本石油のある役員は、他の大株主や少数株主が同調すれば統合の承認案を否決できるとし、勝算は高いとみていた",
                      "原文": "新日石のある役員は、「当社に他の大株主や少数株主が同調すれば、統合の承認案を否決することさえ可能だ」とし、「勝算は高い」とみる。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年12月10日号「新日本石油・渡文明会長が本誌に激白 帝国石油の統合案に『待った』」",
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              "sub_title": "理念と株式移転比率という二つの問い",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "異議の中身は二点に整理されていた。ひとつは、この統合が新日本石油の目指す石油中核企業づくりの理念と合致するのか。もうひとつは、株式移転比率の算定根拠は何だったのか。渡会長はこの2点を中心に帝石側の考え方を聞いていくと述べ、2006年1月31日に予定された帝石の臨時株主総会について、株主提案を行うかどうかは白紙とした。",
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                    {
                      "fact": "渡会長は統合が石油中核企業づくりの理念と合致するか、株式移転比率の算定根拠は何かの2点を中心に帝石の考え方を聞くとした",
                      "原文": "何より、今回の経営統合がわれわれの目指す石油中核企業づくりの理念と合致するのか、また、株式移転比率の算定根拠は何だったのか、この２点を中心に考え方を聞いていきたい",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年12月10日号「新日本石油・渡文明会長が本誌に激白 帝国石油の統合案に『待った』」",
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                      "fact": "2006年1月31日に帝石の臨時株主総会が予定され、株主提案を行うかは白紙とされた",
                      "原文": "また、来年１月３１日には帝石の臨時株主総会が開かれる予定だが、「（株主提案を行うかは）今のところ白紙」とし、臨時総会の結果次第では、帝石は株主移転比率の見直しなどを迫られる可能性もある。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年12月10日号「新日本石油・渡文明会長が本誌に激白 帝国石油の統合案に『待った』」",
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                {
                  "text": "比率への疑問は具体的であった。国際石油開発1株には持株会社株が1株割り当てられるのに対し、帝石1株への割当は0.00144株にとどまり、新日本石油の出資比率は3.8%へ下がる。渡会長は、国際石油開発には政府が持つ黄金株があると指摘し、株主の権利が制限されている会社を過大に評価しているのではないかと問うた。UBS証券の伊藤敏憲氏も、原油高の下で国内天然ガスの比率が高い帝石が割安に評価されている可能性を挙げた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "株式移転比率は国際石油開発1株に持株会社株1株、帝国石油1株に0.00144株で、新日本石油の出資比率は3.8%へ低下する",
                      "原文": "国際石油１株に持ち株会社の株式を１株割り当てるが、帝国石油株１株に対して、持ち株会社の株式を０・００１４４株割り当てる。この移転比率だと、新日石の持ち株会社への出資比率は３・８％へ低下し、新会社への株主としての影響力は大きく減殺される。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年12月10日号「新日本石油・渡文明会長が本誌に激白 帝国石油の統合案に『待った』」",
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                    {
                      "fact": "渡会長は国際石油開発の黄金株を挙げて株主の権利が制限されていると指摘し、UBS証券の伊藤敏憲氏も帝石が割安に評価されている可能性を指摘した",
                      "原文": "渡会長は「黄金株があるということは株主の権利が制限されているということ。この株式移転比率は、国際石油の株式を過大に評価していることを示しているのではないか」と疑問を投げかける。（中略）ＵＢＳ証券の石油担当アナリスト・伊藤敏憲氏も「天然ガス価格は油価高騰をすべては反映しておらず、現在の原油高下では、国際石油の企業価値が過大に、国内天然ガスの比率が高い帝石は割安に評価されている可能性がある」と指摘する。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年12月10日号「新日本石油・渡文明会長が本誌に激白 帝国石油の統合案に『待った』」",
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        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "統合は覆らず、3.8%の株主になった",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "異議は統合を止められなかった。2006年1月31日に予定されていた帝石の臨時株主総会を経て、国際石油開発と帝国石油の共同持株会社である国際石油開発帝石ホールディングスは計画どおり2006年に設立され、両社はその傘下に入った。新日本石油が20%超まで買い増した帝石株は、株式移転により新会社の3.8%へ薄まった。約167億円を投じた買い増しは、統合の条件も成否も動かせなかった。",
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                    {
                      "fact": "国際石油開発と帝国石油による共同持株会社「国際石油開発帝石ホールディングス株式会社」が2006年に設立された",
                      "原文": "国際石油開発株式会社、帝国石油株式会社による共同持株会社「国際石油開発帝石ホールディングス株式会社」を設立",
                      "source": "INPEX 公式サイト「沿革」",
                      "url": "https://www.inpex.com/company/history.html"
                    },
                    {
                      "fact": "株式移転比率により、新日本石油の持株会社への出資比率は3.8%へ低下する見通しであった",
                      "原文": "この移転比率だと、新日石の持ち株会社への出資比率は３・８％へ低下し、新会社への株主としての影響力は大きく減殺される。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年12月10日号「新日本石油・渡文明会長が本誌に激白 帝国石油の統合案に『待った』」",
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                  "text": "失ったのは株主としての影響力だけではなかった。上流の戦略パートナーが、10年後に日量100万バレルの生産を目標とする連合の側へ移った。新日本石油の原油・天然ガス生産量は2004年度実績で日量11万バレル、2007年度の計画でも18万バレルであり、桁の違う相手が国内に現れた。渡会長は「この構想の中には帝石は入っていない」と述べたものの、上流戦略の作り直しは避けられなくなった。",
                  "evidences": [
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                      "fact": "新日本石油は2005年3月公表の新中期経営計画で2000億円を投資し、日量11万バレル（2004年度実績）を2007年度に18万バレルへ増強する方針であった",
                      "原文": "新日石は０５年３月、０７年度までの新中期経営計画を公表。２０００億円を投資し、０４年度実績で日量１１万バレルの原油・天然ガス生産量を、０７年度に日量１８万バレルに増強する方針を明らかにしている。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年12月10日号「新日本石油・渡文明会長が本誌に激白 帝国石油の統合案に『待った』」",
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                      "原文": "渡会長は「この構想の中には帝石は入っていない」とするが、石油業界でトップ企業を自認する新日石が、１０年後に日量１００万バレルの生産を目標とする国際石油＝帝石連合に大きく水をあけられることは確かだ。上流部門における重要な戦略パートナーであった帝石が抜ける以上、新日石は新たな上流戦略構築を迫られる。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年12月10日号「新日本石油・渡文明会長が本誌に激白 帝国石油の統合案に『待った』」",
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                  "text": "渡会長は統合案に異議を唱えたその場で、「石油元売りが中心となる第2の石油中核企業づくりも必要になるだろう」と語っていた。その言葉が形になったのは上流ではなく下流であった。2006年、新日本石油はジャパンエナジーとの業務提携を発表し、水島コンビナートで隣り合う両社の製油所を同じ製油所と仮想して一体運営する構想を打ち出した。合計の精製能力は日量45万バレルに達する。",
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                      "原文": "渡会長は、「石油元売りが中心となる第２の石油中核企業づくりも必要になるだろう」と、新たな戦略づくりに乗り出す考えだ。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年12月10日号「新日本石油・渡文明会長が本誌に激白 帝国石油の統合案に『待った』」",
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                      "fact": "新日本石油とジャパンエナジーは水島製油所を同じ製油所と仮想して一体運営する方針で、両社合計の精製能力は日量45万バレルに達する",
                      "原文": "「同じ製油所と仮想し、一体運営を図る。共同で設備投資も行い、コスト競争力を高める」（西尾進路・新日石社長）。（中略）両社合計で水島の精製能力は日量４５万バレル。「アジア最強の製油所」が誕生する。",
                      "source": "週刊東洋経済 2006年9月16日号「業界再編 製油所提携で浮き彫り 新日石『大連合』の野心」",
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                  "text": "提携の射程は水島にとどまらなかった。両社を合わせた国内燃料油のシェアは35%に達し、新日本石油はすでに相互供給や物流で組む出光興産・コスモ石油との緩やかなグループ化まで視野に入れていた。実現すればシェアは5割を超える。2004年に渡社長が「下流部門の日本の会社同士で大同合併しても、よほどのインパクトがなければ、何の意味があるのでしょうか」と語っていた、その下流で、新日本石油自身が規模の連合を描いた。",
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                      "原文": "それでも、両社合計３５％に達する国内燃料油のシェアは大きな影響力を持ちそうだ。（中略）Ｊエナジーとの提携をベースにすでに製品の相互供給や物流の提携を組む出光興産、コスモ石油との“グループ化”を固めるのである。「緩やか」ではあるが、シェア５０％を超える圧倒的な連合体の形成によって、市場構造を根本的に変えるのだ。",
                      "source": "週刊東洋経済 2006年9月16日号「業界再編 製油所提携で浮き彫り 新日石『大連合』の野心」",
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                      "fact": "2004年8月の時点で渡社長は、利幅の薄い下流部門の日本企業同士が大同合併しても意味は乏しいと述べ、上流と下流を組み合わせる再編を理想としていた",
                      "原文": "つまり、（利幅が薄い）下流部門の日本の会社同士で大同合併しても、よほどのインパクトがなければ、何の意味があるのでしょうか。",
                      "source": "週刊東洋経済 2004年8月21日号「KeyPerson 新日本石油社長 渡 文明」",
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                  "text": "16.4%の株を持ちながら、統合の話を10日前にしか聞かされなかった——新日本石油が167億円を追加で投じたのは、移転比率を有利に書き換えるためというより、説明を求める席を確保するためであったとみられる。渡文明会長は買い増しをここで止めると明言し、株主提案も白紙とした。社内には否決できるという読みもあったのに、5分の1を超える株主は、統合を壊す側には回らなかった。異議の強さと、打った手の慎ましさが、ここでは食い違っている。"
                },
                {
                  "text": "ただ、株主としての損得と事業戦略上の損失は、分けて数えたほうがよい。出資比率が20%超から3.8%へ薄まったことは金額で測れるが、痛かったのは自主開発原油を積み増す道筋のほうであった。2007年度に日量18万バレルを目指していた会社の隣に、100万バレルを掲げる連合が生まれた。その穴を、新日本石油は上流ではなく下流で埋めにいった。下流同士の大同合併を疑問視していた渡会長が水島の一体運営を主導したのは、上流で描いた絵が帝石の離脱で成り立たなくなったからである。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "週刊東洋経済 2004年8月21日号「KeyPerson 新日本石油社長 渡 文明」",
        "週刊東洋経済 2005年6月18日号「Key person 新日本石油社長 渡 文明」",
        "週刊東洋経済 2005年12月10日号「新日本石油・渡文明会長が本誌に激白 帝国石油の統合案に『待った』」",
        "週刊東洋経済 2006年9月16日号「業界再編 製油所提携で浮き彫り 新日石『大連合』の野心」",
        "INPEX 公式サイト「沿革」",
        "新日本石油 有価証券報告書（2006年3月期・連結）"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-29"
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                      "source": "週刊東洋経済 2006年2月4日号「もうガソリンでは儲からない！？ 新日本石油の大改造 石油化学製品へ急旋回」",
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            {
              "sub_title": "連産品という制約",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "もっとも、ガソリンで稼げないからガソリンをやめる、という話にはならない。原油を常圧蒸留装置に入れて下から加熱すると、軽い成分から順に、ガス、LPガス、ガソリン・ナフサ留分、灯油、軽油、残油と出てくる。ガソリンだけを取り出すことはできず、出てきた成分にはすべて売り先を用意しなければならない。渡文明社長は「石油精製は連産品なので、ガソリンや軽油だけを生産することはできません」と述べ、なかでもC重油の処理を石油精製が成り立つ条件に挙げている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "原油を常圧蒸留装置で加熱すると軽い成分から順にガス・LPガス・ガソリン／ナフサ留分・灯油・軽油・残油が出てくる",
                      "原文": "原油を常圧蒸留装置に入れて、下から加熱すると、軽い成分から順番に製品が出てくる。最初はガス、ＬＰガス、次にガソリン・ナフサ留分（ライトナフサとヘビーナフサ＝重質ガソリン留分）、３番目に灯油留分、４番目に軽油成分、最後に残油が残る。",
                      "source": "週刊東洋経済 2006年2月4日号「もうガソリンでは儲からない！？ 新日本石油の大改造 石油化学製品へ急旋回」",
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                    {
                      "fact": "渡文明社長は石油精製が連産品であるためガソリンや軽油だけは生産できず、C重油の処理なしに石油精製は成り立たないと述べた",
                      "原文": "石油精製は連産品なので、ガソリンや軽油だけを生産することはできません。Ｃ重油の処理をしないと石油精製は成り立ちません。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年6月18日号「Key person 新日本石油社長 渡文明 これから原油価格は45ドルから50ドルが地相場になる 石油精製は化学と電力を取り込む」",
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                },
                {
                  "text": "そのC重油は、高度成長期には電力用・産業用の花形でありながら、2005年には石油製品の10%程度まで比率を落とし、2030年には4〜5%まで減ると見込まれていた。設備を閉じる手はすでに使っていた。渡社長は、新潟・川崎・沖縄・下松の4製油所を閉め、業界の先頭に立って余剰設備を廃棄してきたと語っている。「着物はブカブカになりますが、それを有効利用する手段があるなら、生かせばいい」——閉じるだけではない道を探す位置に、同社は立っていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "C重油は高度成長期の花形油種から石油製品の10%程度に落ち、2030年には4〜5%まで減ると見込まれていた",
                      "原文": "特に深刻な状態にあるのが、電力用、産業用のエネルギーに使われるＣ重油です。高度成長期、Ｃ重油は花形油種でしたが、現在は石油製品の１０％程度の比率で、３０年には４〜５％にまで減ります。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年6月18日号「Key person 新日本石油社長 渡文明 これから原油価格は45ドルから50ドルが地相場になる 石油精製は化学と電力を取り込む」",
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                    },
                    {
                      "fact": "渡文明社長は新潟・川崎・沖縄・下松の4製油所を閉じて余剰設備を廃棄してきたとし、余った設備も有効利用の手段があるなら生かせばよいと述べた",
                      "原文": "新潟、川崎、沖縄、下松（山口県）の 4 製油所を閉め、業界の先頭に立って余剰設備を廃棄してきました。（中略）省エネルギー時代にも入っている。着物（保有する設備）はブカブカになりますが、それを有効利用する手段があるなら、生かせばいいと思うんです。",
                      "source": "日経ビジネス 2004年8月30日号「編集長インタビュー 渡文明氏［新日本石油社長］中国から目を離さない」",
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        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
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              "sub_title": "石油化学基礎製品を主生産物にする",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "製油所の改造計画を打ち出したのは2003年で、そのための投資額は約2000億円と見積もられた。完成の目標は2015年、10年間の投資は2000億円以上にのぼる。小林俊和副社長はねらいを「ガソリンではなく石油化学製品を極限まで搾り取る製油所に転換する」と説明し、「それをしないと、石油元売りが今後生き残ることは難しい」と続けた。ガソリンを主生産物、石油化学基礎製品を副生産物としてきた関係を、そのまま裏返す構想であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2003年に製油所の改造計画を打ち出して投資額を約2000億円と見積もり、目標は2015年完成・10年間で2000億円以上、ねらいは石油化学製品を極限まで搾る製油所への転換であった",
                      "原文": "大改造の完成のメドは２０１５年。投資金額は今後１０年間で２０００億円以上になる見込みである。（中略）「ガソリンではなく石油化学製品を極限まで搾り取る製油所に転換する」（小林俊和・新日本石油副社長）ことである。「それをしないと、石油元売りが今後生き残ることは難しい」と小林副社長は危機感を語る。",
                      "source": "週刊東洋経済 2006年2月4日号「もうガソリンでは儲からない！？ 新日本石油の大改造 石油化学製品へ急旋回」",
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                },
                {
                  "text": "柱に据えたのはパラキシレンとプロピレンであった。パラキシレンの生産能力は2004年度実績の100万トンから、第三次中期経営計画の最終年度である2007年度に140万トン、2010年度には200万トンへ引き上げる構想を置いた。同社は国内首位、世界でもエクソンモービルに次ぐ2位のメーカーにあたる。小林副社長は「パラキシレンを多くとろうとすると、ガソリンの生産が減る関係にある」としたうえで、ガソリンの供給責任は果たすと付け加えている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "パラキシレンの生産能力を2004年度実績100万トンから2007年度140万トン、2010年度200万トンへ増強する構想で、同社は国内首位・世界2位、パラキシレンを多く取ればガソリンの生産は減る関係にある",
                      "原文": "新日本石油はパラキシレンの生産能力を０４年度実績１００万トン、現行の第三次中期経営計画の最終年度である０７年度は１４０万トン、さらに２０１０年度には２００万トンを構想する。「ガソリンとパラキシレンなど石油化学基礎製品は成分が基本的に同じ。パラキシレンを多くとろうとすると、ガソリンの生産が減る関係にある。将来ガソリンの需要が減ると見込まれているが、これを石油化学基礎製品の比率を増やすことで補う。もちろんガソリンの供給責任は果たしながら」（小林副社長）",
                      "source": "週刊東洋経済 2006年2月4日号「もうガソリンでは儲からない！？ 新日本石油の大改造 石油化学製品へ急旋回」",
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                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "連産品の体系を書き換える",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "渡社長は、この改造を連産品の体系そのものの書き換えとして説明した。「これまでの精油所は、ガソリン、灯油、軽油、A・C重油という連産品の体系ですが、これからは、ガソリン、パラキシレン、灯油、軽油、A重油、電力、プロピレンという体系に変えます」。7カ所の製油所のうち5カ所には発電所を建て、70万キロワットの能力をすでに持っていた。売れなくなるC重油を燃やして電力に変え、あるいは分解してプロピレンにする方式は特許も取り、サウジアラビアの製油所で実用の段階に入っていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "渡文明社長は連産品の体系を「ガソリン、パラキシレン、灯油、軽油、A重油、電力、プロピレン」へ変えると述べ、7製油所のうち5カ所に発電所を建てて70万kWを持ち、C重油を分解してプロピレンを生産する方式で特許を取得していた",
                      "原文": "今、七つある精油所のうち５カ所に発電所を建設して、７０万キロワットの能力を持つ電力会社であるという一面も持っています。（中略）新日本石油はより高級な合成樹脂原料であるプロピレンを、お荷物になっているＣ重油を分解して生産する方式を開発して、特許も取りました。（中略）これまでの精油所は、ガソリン、灯油、軽油、Ａ・Ｃ重油という連産品の体系ですが、これからは、ガソリン、パラキシレン、灯油、軽油、Ａ重油、電力、プロピレンという体系に変えます。",
                      "source": "週刊東洋経済 2005年6月18日号「Key person 新日本石油社長 渡文明 これから原油価格は45ドルから50ドルが地相場になる 石油精製は化学と電力を取り込む」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "手本は社内にあった。旧三菱石油の水島製油所は、三菱化学水島事業所とパイプラインで結ばれ、石油精製と石油化学が一体で動く、同社で唯一の製油所であった。原油処理能力は日量25万バレルと根岸製油所より25%小さいのに、利益貢献は上回るとされる。竹内敬三所長は改造を「ビルの間仕切りを変えて、新しいテナントを入れるようなもの」と呼び、追加の投資によって償却の進んだ製油所のキャッシュフローが上がり、価値が高まると述べた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "水島製油所は原油処理能力25万バレルと根岸より25%小さいが利益貢献は上回り、三菱化学水島事業所とパイプラインで結ばれた石油精製・石油化学一体操業の唯一の製油所であった",
                      "原文": "水島製油所の原油処理能力は２５万バレル（日）と根岸製油所の３４万バレルに比べて２５％も小さいが、利益貢献は首都圏という好立地にあって、物流コストなどで優位にある日本最大の製油所でもある根岸製油所を上回るという。その理由は旧三菱石油の水島製油所が、水島コンビナート内の一製油所として造られ、石油精製と石油化学が一体操業されている新日本石油で唯一の製油所だからだ。",
                      "source": "週刊東洋経済 2006年2月4日号「もうガソリンでは儲からない！？ 新日本石油の大改造 石油化学製品へ急旋回」",
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                    },
                    {
                      "fact": "水島製油所の竹内敬三所長は、製油所の改造をビルの間仕切りを変えて新しいテナントを入れることに例え、追加投資で償却の進んだ製油所のキャッシュフローと価値が上がると語った",
                      "原文": "製油所の改造は、不動産ビジネスに例えると、ビルの間仕切りを変えて、新しいテナントを入れるようなもの。追加的な投資をすることで、償却が進んだ製油所のキャッシュフローが上がり、価値が高まる",
                      "source": "週刊東洋経済 2006年2月4日号「もうガソリンでは儲からない！？ 新日本石油の大改造 石油化学製品へ急旋回」",
                      "url": null
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                },
                {
                  "text": "比べる相手も入れ替わった。ガソリン独歩高の時代に手本であったエクソンモービルの日本法人に代わり、石油化学を主力に据えた製油プラントを持つオーストリアのOMV社が参照の対象になった。国内では、1991年に350億円を投じて芳香族系の基礎製品の増産へプラントを改造した太陽石油が先例にあたる。生産量では石油製品が9割を占めながら、2004年度の経常利益204億円の過半は石油化学部門が出していた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "ベンチマークはエクソンモービル日本法人からオーストリアのOMV社へ移り、国内では1991年に350億円を投じて芳香族系へ改造した太陽石油が参考例で、2004年度は経常利益204億円の過半を石油化学部門が出した",
                      "原文": "「ガソリン独歩高」の時代は、エクソンモービルの日本法人（現在の東燃ゼネラル石油など）だった。（中略）代わって、ベンチマークになる企業は意外にもオーストリアの石油会社・ＯＭＶアクティエンゲゼルシャフト社（ＯＭＶ社）である。（中略）太陽石油は、１５年前の９１年に創業家出身の青木繁良社長（当時、故人）の決断で、３５０億円の投資を断行。芳香族系（ベンゼン、キシレン）の石油化学基礎製品増産へプラントを改造した。この結果、０４年度の太陽石油の売り上げは４４８８億円だが、経常利益２０４億円の過半を石油化学部門が出すことになった。",
                      "source": "週刊東洋経済 2006年2月4日号「もうガソリンでは儲からない！？ 新日本石油の大改造 石油化学製品へ急旋回」",
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            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "仙台から始まった改造と、膨らむ投資額",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "改造は仙台製油所から始まった。パラキシレンとプロピレンの増産のためにCCR、ベンゼン抽出装置、プロピレンスプリッターを建て、あわせて副生ガスを使う自家発電設備も置く。2007年度の完成を予定し、投資額は600億円となった。当初は300億〜400億円で足りると見ていた設備である。長く業界全体が設備投資を抑えたために供給者が減ったところへ中国の投資ブームが重なり、プラント価格が急騰していた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "改造は仙台製油所から始まり、CCR・ベンゼン抽出装置・プロピレンスプリッターと自家発電設備を建設、2007年度完成・投資額600億円で、当初想定の300億〜400億円から膨らんだ",
                      "原文": "製油所の改造は仙台から始まる。パラキシレンとプロピレンの増産のためにＣＣＲ、ベンゼン抽出装置、プロピレンスリッター装置を建設する。同時に副生ガスを用いた自家発電設備も建設して、電力小売り（ＰＰＳ）も検討している。０７年度完成で、投資金額は６００億円になる。当初は３００億円から４００億円もあればできる、と考えていたから、プラント価格上昇は頭が痛い。（中略）当社を含めて長い間、設備投資を抑制したため設備の供給者が減っている。そこへ中国の投資ブームが来たので、供給者の言い値の価格と納期に従わざるをえない状況になっている。",
                      "source": "週刊東洋経済 2006年2月4日号「もうガソリンでは儲からない！？ 新日本石油の大改造 石油化学製品へ急旋回」",
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                },
                {
                  "text": "2006年7月、新日本石油はジャパンエナジーとの業務提携を発表した。目玉は、水島コンビナートで海底パイプラインにつながる両社の水島製油所を、一体で運営することであった。新日本石油が石油化学製品への特化をさらに進め、そのぶん不足する石油製品をジャパンエナジー側が補って増産する。両社を合わせた水島の精製能力は日量45万バレルに達する。連産品の帳尻を自社の設備の内側だけで合わせる必要は、ここで薄れた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2006年のジャパンエナジーとの提携は両社の水島製油所の一体運営が目玉で、新日石が石油化学に一段と特化し不足する石油製品をJエナジーが補完・増産する形、合計精製能力は日量45万バレル",
                      "原文": "「一体運営」とは、新日石が一段と石油化学製品に特化し、その一方で不足する石油製品をＪエナジーが補完・増産するというものだ。両社合計で水島の精製能力は日量４５万バレル。「アジア最強の製油所」が誕生する。",
                      "source": "週刊東洋経済 2006年9月16日号「業界再編 製油所提携で浮き彫り 新日石「大連合」の野心」",
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                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "需要縮小の現実化と、設備そのものの整理",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "需要の縮小は、構想が語られた時点より早く形になった。ガソリンの国内販売は2005年をピークに2年続けて減り、2007年には6000万キロリットルを割り込む。同じ年の原油処理量から一日あたりの需要をはじくと400万バレル程度で、国内製油所の原油処理能力は日量約480万バレルにのぼった。価格転嫁も追いつかず、2008年3月期の新日本石油は280億円の実質経常赤字を見込んでいた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "ガソリンの国内販売は2005年をピークに2年連続で減り2007年に6000万キロリットルを割り込み、需要日量400万バレル程度に対し国内製油所能力は日量約480万バレル、2008年3月期の新日石は280億円の実質経常赤字見込みであった",
                      "原文": "ガソリンの国内販売は２００５年をピークに２年連続で減少。昨年には６０００万キロリットルを割り込んだ。０７年の原油処理量は約２億３２００万キロリットル。１日当たりの需要をはじき出すと４００万バレル程度だが、国内製油所の原油処理能力は日量約４８０万バレルで、全体では設備過剰状態に陥っている。（中略）０８年３月期は新日本石油が２８０億円の実質経常赤字、出光興産が１１０億円の営業赤字（経常益ベースは非公表）を見込む。",
                      "source": "週刊東洋経済 2008年4月12日号「新日石、出光の国内2強動く 激動の石油業界 元売りサバイバル」",
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                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "2008年3月、新日本石油は九州石油を同年10月をめどに事実上吸収合併すると発表した。九州石油の大分製油所は石油化学製品も生産しており、競争力は高いと評価された。一方で西尾進路社長は「製油所のスクラップも視野に入っている」と述べている。出口を組み替えて設備の価値を上げる改造と、設備そのものを減らす整理とが、ここから並んで走った。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2008年3月に新日本石油は九州石油を10月をめどに事実上吸収合併すると発表、大分製油所は石油化学製品も生産し競争力が高いと評価される一方、西尾進路社長は製油所のスクラップも視野に入ると述べた",
                      "原文": "最大手の新日本石油は１０月をメドに九州石油を事実上、吸収合併する。（中略）九石の大分製油所は水深の深い別府湾に面しており、原油を満載した大型タンカーが入港できるのも魅力。石油化学製品の生産も行っており、「新日石の製油所と比べても競争力は高い」（大和総研の阿部聖史シニアアナリスト）という。（中略）新日石の固定資産も増加傾向にあり、非効率設備の削減は急務だ。新たな拠点を手に入れる一方で、「製油所のスクラップも視野に入っている」（西尾進路社長）。",
                      "source": "週刊東洋経済 2008年4月12日号「新日石、出光の国内2強動く 激動の石油業界 元売りサバイバル」",
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              "sub_title": "蒸留塔から出てくるものの、売り先を変える",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "原油を蒸留すれば軽い成分から順に出てくる以上、ガソリンだけを作る製油所は存在しえない。改造はこの制約から始まっている。渡文明社長が「C重油の処理をしないと石油精製は成り立ちません」と語ったとおり、売れなくなる成分を抱えたままでは装置全体が回らない。C重油を燃やして電力にし、分解してプロピレンにし、ヘビーナフサからガソリンではなくパラキシレンを多く取る。脱ガソリンと呼ばれた判断の実体は、石油からの離脱ではなく、同じ蒸留塔から出てくるものの売り先の組み替えであった。"
                },
                {
                  "text": "組み替えだけで設備の余りが解けたわけではない。仙台の一件は当初300億〜400億円の想定が600億円に膨らみ、2008年3月期には280億円の実質経常赤字が見込まれた。同じ2008年に西尾進路社長が「製油所のスクラップも視野に入っている」と述べたことは、出口を変えて価値を上げる道と、設備を閉じる道の併用を避けられなかったことを示している。追加投資で償却の進んだ製油所の価値が上がるという竹内敬三所長の見立ては、すべての製油所に等しく当てはまるものではなかったとみられる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "週刊東洋経済 2006年2月4日号「もうガソリンでは儲からない！？ 新日本石油の大改造 石油化学製品へ急旋回」",
        "週刊東洋経済 2005年6月18日号「Key person 新日本石油社長 渡文明 これから原油価格は45ドルから50ドルが地相場になる 石油精製は化学と電力を取り込む」",
        "日経ビジネス 2004年8月30日号「編集長インタビュー 渡文明氏［新日本石油社長］中国から目を離さない」",
        "週刊東洋経済 2006年9月16日号「業界再編 製油所提携で浮き彫り 新日石「大連合」の野心」",
        "週刊東洋経済 2008年4月12日号「新日石、出光の国内2強動く 激動の石油業界 元売りサバイバル」",
        "新日本石油 有価証券報告書（2006年3月期・連結）"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-29"
    }
  ]
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