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    {
      "slug": "software-shift-1974",
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      "year": 1974,
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        "st-tech"
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      "title": "商号変更に合わせた会計機販売から情報処理サービス・自社開発ソフトへの転換",
      "subtitle": "ハードを渡す代理店にとどまるか、業務そのものを商品にするか——大阪ビジネスがオービックへ改称した1974年の選択",
      "status": "implemented",
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      "issue": "事業モデルと商品の定義",
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        "name": "野田順弘（社長）",
        "ceo": "fy67-noda-yoshihiro"
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      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "1974年1月、中古会計機と事務機器を売る株式会社大阪ビジネスが商号を株式会社オービックへ改め、本店を大阪市南区塩町通へ移した。同じ時期から、メーカーのハードを渡す代理店の商売を、業種ごとの業務システムを自社で作って売る情報処理サービスへ組み替えた。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "1968年に会計機その他の事務機器の輸出入・国内販売を目的として設立された同社は、三菱電機系列のオフィス向けコンピュータとソフトの販売代理店として出発した。ハードを右から左へ渡す商売では、利益の幅も顧客との関係の深さも代理店の側で決められなかった。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "商号変更とともに、東京・大阪の二本社制、機能別子会社の連続設立、社内のソフト資産共有システム「フレックス・ライブラリー」、自社ブランド「OFFICE」の投入と、ソフトを自前で持つための仕掛けを積み上げた。ゴルフ場やホテルの予約システムのように、業種の業務そのものを商品として売る形へ移した。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "ハードを材料と見なし、ソフトの付加価値で稼ぐという商品の定義変更が、1981年時点で売上高80億円超・経常利益10億円程度という利益率へつながった。1997年の統合業務ソフト「OBIC7シリーズ」まで、商品の作り方はこの時期に決まった型を引き継いでいる。"
        }
      ],
      "parties": [
        {
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          "name": "オービック",
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            "note": "三菱電機のオフコンを主力に扱う独立系ディーラー。大阪・東京・名古屋に拠点を持つ非上場の中堅企業"
          }
        }
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      "dates": {
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        "summary": "メーカーのハードを渡す代理店から、業種別の業務システムを自社で開発して売る情報処理サービスへ商品の定義を移した業態転換"
      },
      "timeline": [
        {
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          "title": "会計機その他の事務機器等の輸出入・国内販売を目的に株式会社大阪ビジネスを設立"
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        {
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          "title": "東京支店（現・東京本社）開設"
        },
        {
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          "title": "商号を株式会社オービックに変更し、本店を大阪市南区塩町通へ移転",
          "highlight": true
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        {
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          "title": "東京・大阪の二本社制を実施、福岡支店開設"
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          "title": "自社ブランドのオフコン用ソフト「OFFICE」を投入（翌1981年に日本語対応の「OFFICE 0」）"
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        {
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          "month": 8,
          "title": "株式会社オービックシステムエンジニアリング（大阪）設立（東京・名古屋は1983年）"
        }
      ],
      "snapshot": {
        "fiscal_year": "1981年8月期（会社側説明・単体）",
        "source": "マネジメント 1981年12月号「ソフト開発に徹する独立系トップディーラー」",
        "companies": [
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            "name": "オービック",
            "fiscal_year": "1981年8月期（会社側説明・単体）",
            "president": "野田順弘",
            "hq": "大阪市南区",
            "sales": {
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              "note": "「今期の売上では八〇億円を越し」との社長発言。グループ全体では100億円超"
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      "report": [
        {
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          "label": "背景",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "会計機を運ぶ商店として始まった大阪ビジネス",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1968年4月、野田順弘氏が大阪市西区阿波座南通に株式会社大阪ビジネスを設立した。設立の目的は会計機その他の事務機器等の輸出入および国内販売で、扱う品も、売り先も、社名も、大阪の事務機商という枠に収まっていた。野田氏は高校卒業後に近鉄百貨店で企業向けの事務機器を売り、働きながら大学の夜間部に通ったが、営業成績を上げても夜学卒というだけで評価されない体質に嫌気がさして退職している。海外の事務機器メーカーの営業を経て、三菱電機系列のオフィス向けコンピュータとソフトの販売代理店として独立した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1968年4月、会計機その他の事務機器等の輸出入及び国内販売を目的として大阪市西区阿波座南通に株式会社大阪ビジネスを設立",
                      "原文": "会計機その他の事務機器等の輸出入及び国内販売を目的として大阪市西区阿波座南通に株式会社大阪ビジネスを設立",
                      "source": "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【沿革】",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "野田順弘氏は近鉄百貨店の事務機器販売、海外事務機器メーカーの営業を経て、1968年に三菱電機系列のオフィス向けコンピュータ・ソフトの販売代理店として独立した",
                      "原文": "その後、海外事務機器メーカーの営業マンを経て、１９６８年に三菱電機系列のオフィス向けコンピュータ・ソフトの販売代理店として独立した。",
                      "source": "週刊東洋経済 2009年2月7日号「中途採用ゼロ、独自の新人育成で好業績」",
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                    }
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                },
                {
                  "text": "会社は最初の5年で商圏を三大都市圏へ広げた。1969年5月に本店を大阪市東区常盤町へ移し、1971年11月に東京支店、1973年12月に名古屋支店を開いている。1972年8月には株式会社オービーシステムを設立し、開発の受け皿を社外に一つ置いた。もっとも、門前払いの続く事務機の飛び込み営業に人はなかなか居つかず、会社の成長は人材の成長がすべてだと痛感した野田氏は、中途採用をやめて新卒を一から育てる採り方へ切り替えている。売る商品よりも先に、売る人の作り方が決まった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1969年5月 本店を大阪市東区常盤町へ移転、1971年11月 東京支店開設、1972年8月 株式会社オービーシステム設立、1973年12月 名古屋支店開設",
                      "原文": "昭和44年５月 本店を大阪市東区常盤町に移転／昭和46年11月 東京支店（現東京本社）開設／昭和47年８月 株式会社オービーシステム設立／昭和48年12月 名古屋支店開設",
                      "source": "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【沿革】",
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                    },
                    {
                      "fact": "創業当初は営業職の人材が定着せず、会社の成長は人材の成長がすべてと考えて中途採用をやめ新卒育成へ切り替えた",
                      "原文": "創業当初は、門前払いが当たり前の過酷な営業に、人材が定着せず悩んだ。会社の成長は人材の成長がすべて、と痛感したことから、中途採用はせず、新卒をゼロから育てるという手法にたどり着いた。",
                      "source": "週刊東洋経済 2009年2月7日号「中途採用ゼロ、独自の新人育成で好業績」",
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            },
            {
              "sub_title": "メーカーのハードを渡すだけの商売",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "当時のディーラーの立ち位置を、野田氏はのちにこう説明している。「一般にディーラーというのは、メーカーから供給されたハードをユーザーに渡す。つまりハードを売るわけですが、われわれの場合、ハードをメーカーから頂き、それにソフトウェアをつける」。前段が1970年代前半までの大阪ビジネスの商売にあたる。機械の値段も、供給の量も、次の機種が出る時期もメーカーが決め、代理店の側に残るのは販売手数料と据え付けの手間であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "一般のディーラーはメーカーから供給されたハードをユーザーに渡すだけだが、オービックはハードにソフトウェアを付けて売った",
                      "原文": "一般にディーラーというのは、メーカーから供給されたハードをユーザーに渡す。つまりハードを売るわけですが、われわれの場合、ハードをメーカーから頂き、それにソフトウェアをつける。",
                      "source": "マネジメント 1981年12月号「ソフト開発に徹する独立系トップディーラー」",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/2220428"
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                  ]
                },
                {
                  "text": "一方で、社内には別の性格も同居していた。設立当初の陣容は6人程度の技術集団で、専門的な技術者の集まりであるという性格は創業から十数年を経ても変わらなかった。野田氏は現場主義を設立当初からの理念に据え、ユーザーの現場に入って泥臭い悩みを失敗を重ねながら解決してきた蓄積は誰にも負けないと語っている。顧客の業務を知る技術者を抱えながら、商品はメーカーの機械であるという不釣り合いが、業態を変える前の同社の姿であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "設立当初は6人程度の技術集団で、専門的な技術集団という性格は当初も1981年時点も変わらなかった",
                      "原文": "設立したのが昭和四十三年ですが、当初は六人程度の技術集団です。しかし、専門的な技術集団であるということは、当初も現在も変わっていません。",
                      "source": "マネジメント 1981年12月号「ソフト開発に徹する独立系トップディーラー」",
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                    {
                      "fact": "現場主義は設立当初からの理念で、ユーザーの現場に入り失敗を重ねながら解決した蓄積を強みとした",
                      "原文": "現場主義というのは、この会社を設立した当初からの理念ですが、ともかくユーザーの現場に飛び込み、ユーザーニーズをユーザーとともに的確に受けとってきている。",
                      "source": "マネジメント 1981年12月号「ソフト開発に徹する独立系トップディーラー」",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/2220428"
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            }
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        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "1974年1月、社名から「大阪」と「ビジネス」を外す",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1974年1月、商号を株式会社オービックへ変更し、本店を大阪市南区塩町通へ移した。設立から6年足らずで、地名と業種を並べただけの社名を捨てている。改称は看板の掛け替えにとどまらず、事務機・会計機の販売から、情報処理サービスと自社で開発したソフトウェアを売る商売へ、扱う商品の定義を移す作業と同時に進んだ。会計機の値段で語られる会社であるかぎり、顧客の予算はハードの償却期間に縛られ、技術者を抱える意味も薄いままであった。",
                  "evidences": [
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                      "原文": "昭和49年１月 商号を株式会社オービックに変更し、本店を大阪市南区塩町通に移転",
                      "source": "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【沿革】",
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                },
                {
                  "text": "改称の後は、組織を機能ごとに割る作業が続いた。1976年1月に東京・大阪の二本社制を敷いて福岡支店を開き、同年7月に株式会社オービックオフィスオートメーションを設立している。1979年11月には本店を大阪市南区順慶町通へ移すとともに同社の中部法人を置き、1980年12月に株式会社オービックビジネスコンサルタント、1981年9月に株式会社オービックビジネスソリューションを設けた。売る機能、作る機能、地域を担う機能を別法人に分け、社数を増やしながら網を張る形をこの時期に固めている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1976年1月に東京・大阪二本社制と福岡支店開設、同年7月にオービックオフィスオートメーション設立、1979年11月に本店を順慶町通へ移転、1980年12月にオービックビジネスコンサルタント、1981年9月にオービックビジネスソリューションを設立",
                      "原文": "昭和51年１月 東京、大阪２本社制実施、福岡支店開設／７月 株式会社オービックオフィスオートメーション設立／昭和54年11月 本店を大阪市南区順慶町通に移転／昭和55年12月 株式会社オービックビジネスコンサルタント設立／昭和56年９月 株式会社オービックビジネスソリューション設立",
                      "source": "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【沿革】",
                      "url": null
                    }
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            },
            {
              "sub_title": "商品はハードではなくシステム",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "何を売る会社にするかについて、野田氏の説明は具体的であった。「ゴルフ場やホテルに出すというのは、予約システムを売る、システムそのものが商品なんです。ハードそのものは、商品としてみれば材料に過ぎない」。機械に業種ごとの業務を載せ、その業務を商品として値付けする。顧客が買うのは計算機ではなく予約の受け方であり、値段の根拠は機械の原価ではなく業務の設計に移る。ソフトの開発そのものが利益となったことで利益率が高まったと、野田氏は同じ誌面で述べている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "業種の特殊性に応じて商品化し、システムそのものを商品として売る。ハードは材料に過ぎないという商品観",
                      "原文": "ゴルフ場やホテルに出すというのは、予約システムを売る、システムそのものが商品なんです。ハードそのものは、商品としてみれば材料に過ぎない。",
                      "source": "マネジメント 1981年12月号「ソフト開発に徹する独立系トップディーラー」",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/2220428"
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                    {
                      "fact": "利益率が高まったのはソフトの開発そのものが利益となったためで、ソフトに手をつけていなければ赤字だったと社長が述べた",
                      "原文": "利益率が高まったのは、ソフトの開発そのものが、利益となってきているからです。ソフトメーカーであればこそ利益が高まってきている。ソフトに手をつけていなければ、それこそ赤字ですよ。",
                      "source": "マネジメント 1981年12月号「ソフト開発に徹する独立系トップディーラー」",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/2220428"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "業務を商品にするには、作ったものを社内に残す仕掛けが要る。1978年ごろに始めた「フレックス・ライブラリー」は、書いたソフトを完成品のパッケージとして固めるのではなく、自社の業務に合わせて選び直せる部品の形で蓄える仕組みで、稼働効率と教育の時間を縮めた。1980年には過去に売ったオフコン用ソフトを集大成した自社ブランド「OFFICE」を、翌1981年には日本語に対応した「OFFICE 0」を市場へ出している。技術者の頭にあった手順が、社名を持つ商品として棚に並んだ。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1978年ごろに始めた社内のソフト資産共有システム「フレックス・ライブラリー」で稼働効率を高め、教育とソフト作成の時間を短縮した",
                      "原文": "ライブラリーといった形にしてから三年になりますね。フレックス・ライブラリーと名づけていますが、ソフトをパッケージ化するよりも、ソフトをある程度、自社の業務によって選別できるシステムにしています。稼働効率が高く、教育指導やソフトをつくる時間そのものも非常に短縮されている。",
                      "source": "マネジメント 1981年12月号「ソフト開発に徹する独立系トップディーラー」",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/2220428"
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                      "fact": "自社ブランド「OFFICE」は過去に販売したオフコン用ソフトを集大成したもので、第二弾として日本語対応の「OFFICE 0」を投入した",
                      "原文": "\"オフィス\"は、ソフト志向から生まれた製品です。過去、われわれが販売してきたオフコンのソフトを、あらゆる角度から検討し、集大成したものです。一ヵ月前、\"オフィス\"の第二弾として開発した\"オフィス0「日本語」\"を市場に投入しました。",
                      "source": "マネジメント 1981年12月号「ソフト開発に徹する独立系トップディーラー」",
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              "sub_title": "オフコンのトップディーラーと自社ブランドの併存",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "業態を移してからも、ハードの販売量そのものは落ちていない。三菱電機のMELCOMシリーズを主力に据えたまま、1981年中には受注累計5,000台の達成を見込むところまで来ており、誌面はオフコンのトップディーラーとしての地位を確実に高めていると記した。拠点の作り方にも同社の癖が出ている。東京・大阪・名古屋・福岡の本支店に加え、横浜・京都・北九州には地域密着型の独立法人を置き、東京・大阪・名古屋・福岡には現地独立会社のオービックサプライを構え、実務者を養成するオービックビジネススクールも1981年に始めた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "三菱電機のMELCOMシリーズを主力とし、1981年中に受注累計5,000台の達成を見込むオフコンのトップディーラーとなった",
                      "原文": "設立以来、三菱電機のMELCOMシリーズを主力とし、昨年発売の自社ブランド製品OFFICEも市販に投入して、名実ともにオフコンのトップディーラーとしての地位を確実に高めてきている。五十六年中にも五〇〇〇台の受注累計を達成する見込みである。",
                      "source": "マネジメント 1981年12月号「ソフト開発に徹する独立系トップディーラー」",
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                      "fact": "東京・大阪・名古屋・福岡の本支店のほか横浜・京都・北九州に地域密着型の独立法人、各地にオービックサプライを置き、1981年にオービックビジネススクールを開始した",
                      "原文": "同社の特色は、東京、大阪、名古屋、福岡の本支店のほかに、横浜、京都、北九州に地域密着型の独立法人を設立していることだ。また、東京、大阪、名古屋、福岡に現地独立会社としてオービックサプライを展開している。パソコン、オフコンの企業における実務者養成を主眼とした「オービックビジネススクール」も今年スタートさせている。",
                      "source": "マネジメント 1981年12月号「ソフト開発に徹する独立系トップディーラー」",
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                    }
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                },
                {
                  "text": "数字の面では、1981年時点で売上高は80億円を超え、経常利益は10億円程度、グループ全体の売上高は100億円を超えた。オフコンを並べて売るだけの会社では届きにくい利益の幅であり、ソフトを自前で持つ判断がここで報われている。開発の体制もこの直後に厚くなった。1982年8月に株式会社オービックシステムエンジニアリング（大阪）、1983年4月に同（東京）、同年10月に同（名古屋）、同年11月に新潟オービックシステムエンジニアリングを設け、システム開発の要員を地域ごとに抱える形へ進んだ。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1981年時点で売上高80億円超・経常利益10億円程度、グループ全体の売上高は100億円超",
                      "原文": "今期の売上では八〇億円を越し、経常利益が一〇億円程度になります。グループ全体の売上は一〇〇億円を越します。",
                      "source": "マネジメント 1981年12月号「ソフト開発に徹する独立系トップディーラー」",
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                    },
                    {
                      "fact": "1982年8月にオービックシステムエンジニアリング（大阪）、1983年4月に同（東京）、同年10月に同（名古屋）、同年11月に新潟オービックシステムエンジニアリングを設立",
                      "原文": "昭和57年８月 株式会社オービックシステムエンジニアリング（大阪）設立／昭和58年４月 株式会社オービックシステムエンジニアリング（東京）設立／昭和58年10月 株式会社オービックシステムエンジニアリング（名古屋）設立／昭和58年11月 株式会社新潟オービックシステムエンジニアリング設立",
                      "source": "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【沿革】",
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                {
                  "text": "1974年の改称でオービックが手放したのは、社名に入っていた地名と、事務機商という職業の定義であった。メーカーの機械を運ぶ限り、値段も納期も新製品の周期も供給側が決め、代理店に残る取り分は運賃と据え付けの手間に近づく。予約システムを商品と呼び、機械を材料と呼び替えた野田順弘氏の言い方は、値付けの根拠を機械の原価から顧客の業務へ移す宣言でもあった。6人の技術集団という出発点を持つ会社が、技術者を抱える理由をここで初めて事業の説明と一致させたとみることができる。"
                },
                {
                  "text": "この転換は、同時に会社の作り方も決めた。ソフトを自前で持つと決めれば、書ける人間を社内に置き続けるほかなく、新卒を採って育てる採用と、部品を社内に貯めるフレックス・ライブラリーが、商品の側から要請される。1997年に出した統合業務ソフト「OBIC7シリーズ」も、業種ごとの業務を標準の部品に落として売るという点で、1980年の「OFFICE」と同じ作りをしている。大阪ビジネスという社名を返上した1974年1月から、この会社が会計機の箱を並べる商売へ戻ったことは一度もない。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【沿革】",
        "マネジメント 1981年12月号「ソフト開発に徹する独立系トップディーラー」（国立国会図書館デジタルコレクション）",
        "週刊東洋経済 2009年2月7日号「中途採用ゼロ、独自の新人育成で好業績」"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-23"
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      "title": "創業30年での東証二部上場と一度きりの公募増資、1年余りでの市場第一部指定",
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          "text": "1998年12月、創業から30年目のオービックが東京証券取引所市場第二部へ株式を上場した。2000年1月に600,000株の有償一般募集を行い、同年3月に市場第一部へ指定された。資本市場から資金を受け取ったのは、この公募増資の一度に限られている。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "1997年に統合業務ソフト「OBIC7シリーズ」を開発し、1998年のウィンドウズ98の登場でハードメーカー間の互換性が上がると、企業ごとに作り込んでいたソフトを業務用パッケージとして売れるようになった。ほとんど利益がなかったソフト販売が、利益を生む商売へ変わった時期にあたる。"
        },
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          "label": "内容",
          "text": "1998年12月に東証二部上場。1999年10月には関連会社オービックビジネスコンサルタントを店頭市場へ公開した。2000年1月31日に発行価格61,740円で600,000株を有償一般募集し、資本金は191億78百万円、資本準備金は194億13百万円となる。同年3月に東証一部へ指定された。"
        },
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          "text": "上場後も借入金は置かず、2006年3月期の自己資本比率は85.7％に達した。2005年1月の東京新本社ビルも自社の物件として構え、資本金は2026年3月末時点まで191億78百万円のまま動いていない。上場は資金を集めるためというより、直販で企業の基幹システムを預かる会社の信用を買う手続きに近かった。"
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        "fiscal_year": "2003年3月期（連結）",
        "source": "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【主要な経営指標等の推移】",
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                  "text": "1997年、オービックは統合業務ソフトウェア「OBIC7シリーズ」を開発した。生産・販売・会計・人事・給与といった業務を一つの体系で扱う中堅企業向けの製品で、それまで顧客ごとに書き起こしてきたシステムを、業務単位の部品として売り直す作り方にあたる。同社は代理店を置かず、営業もシステムエンジニアも自社の社員が顧客先へ出向く100％直販を通してきたため、現場で拾った要望をそのまま製品の改良へ回せる構えもあった。",
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                      "fact": "1997年に統合業務ソフトウェア「OBIC7シリーズ」を開発",
                      "原文": "1997年 統合業務ソフトウェア「OBIC7シリーズ」開発",
                      "source": "オービック 沿革（公式サイト）",
                      "url": "https://www.obic.co.jp/company/history.html"
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                      "fact": "代理店を経由しない100％直販で、営業とSEが顧客をフォローし要望をパッケージソフトの改良へ反映した",
                      "原文": "代理店を経由せず１００％直販がオービックの特色。営業とＳＥが緊密に連携して顧客をフォローすることで、システム障害時などの対応が迅速になり、不満や要望をじかにパッケージソフトの改良に反映できる。",
                      "source": "週刊東洋経済 2009年2月7日号「中途採用ゼロ、独自の新人育成で好業績」",
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                  ]
                },
                {
                  "text": "追い風は翌1998年に吹いた。ウィンドウズ98の登場でハードメーカー間の互換性が上がり、それまでNECのPC-9800が牙城としていた市場でも、どのメーカーの機械でも同じソフトが動くようになる。野田順弘氏はのちに、企業ごとに開発する手間が省けたことで「ほとんど利益がなかった」ソフト販売が高利益体質へ変わったと振り返っている。同じ製品を多くの顧客へ売れる商品構成と、直販で得た顧客との接点が、上場を申請できる程度の収益の安定を生んだ。",
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                      "原文": "現在の好業績に至る転機は、９８年の「ウィンドウズ９８」の登場による、ハードメーカー間の互換性向上だ。従来はＮＥＣの「ＰＣ−９８」が強力な牙城だったが、どのメーカーでも同一ソフトが利用可能になった。そこで現在の主力である業務用パッケージソフトを開発。企業ごとに開発する手間が省け、「ほとんど利益がなかった」（野田会長）ソフト販売が高利益体質に変貌し",
                      "source": "週刊東洋経済 2009年2月7日号「中途採用ゼロ、独自の新人育成で好業績」",
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            {
              "sub_title": "大阪の非上場企業が東京へ本店を移すまで",
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                {
                  "text": "上場までの十数年、会社の重い部分は西から東へ移っている。1976年1月に東京・大阪の二本社制を敷いた後も本店は大阪に置かれ、1989年2月の区の再編で大阪市中央区南船場、1995年3月に同区博労町と、市内で移転を重ねた。ところが1996年9月、本店を東京都中央区日本橋本町へ移している。同じ時期に北関東営業所、立川営業所、厚木営業所を相次いで開き、首都圏で顧客を直接訪ねる営業網を厚くした。",
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                      "fact": "1995年3月に本店を大阪市中央区博労町へ、1996年9月に本店を東京都中央区日本橋本町へ移転し、1995年10月に北関東営業所、1996年10月に立川営業所・厚木営業所を開設",
                      "原文": "平成７年３月 本店を大阪市中央区博労町に移転／平成７年10月 北関東営業所（現北関東支店）開設／平成８年９月 本店を東京都中央区日本橋本町に移転／平成８年10月 立川営業所、厚木営業所開設",
                      "source": "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【沿革】",
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                  ]
                },
                {
                  "text": "資金の面では、外から借りる必要のない会社であった。オービックの商売は、社員が顧客先で業務を設計し、自社で書いたソフトを納め、納入後も同じ担当者が保守を続ける形で、工場も在庫も抱えない。設備投資の山がなく、売掛の回収と人件費の間で資金が回るため、銀行から借り入れて設備を据える製造業の資金繰りとは性質が違った。この構造は上場後も変わらず、2006年3月期の有価証券報告書の借入金等明細表は「該当事項はありません」と記している。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2006年3月期の有価証券報告書の借入金等明細表には「該当事項はありません」と記載されている",
                      "原文": "【借入金等明細表】該当事項はありません。",
                      "source": "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【借入金等明細表】",
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          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "1998年12月、創業30年での東証二部上場",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1998年12月、オービックは東京証券取引所市場第二部へ株式を上場した。1968年4月の設立から数えて30年、非上場のまま三大都市圏に支店を張り、機能別の子会社を並べてきた会社が、初めて外部の株主を迎えた。顧客の会計・人事・給与という基幹の業務を預かる商売では、取引先の与信審査で会社の素性を問われる場面が増える。開示義務を負い、監査を受け、日々の株価で外から値付けされる立場に入ることは、直販で企業の中枢へ入り込む営業の裏づけにもなった。",
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                      "fact": "1998年12月、東京証券取引所市場第二部に株式を上場（1968年4月の設立から30年目）",
                      "原文": "平成10年12月 東京証券取引所市場第二部に株式を上場",
                      "source": "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【沿革】",
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                },
                {
                  "text": "翌1999年10月には、関連会社の株式会社オービックビジネスコンサルタントが株式を店頭市場へ公開した。同社は23歳で公認会計士の二次試験に合格した和田成史氏が1980年暮れに設立し、オービックが設立時に出資した会社である。和田氏は公開後の取材で、出資を受けて以来オービックの野田順弘社長とは家族ぐるみの付き合いだが、経営に口を出された覚えも金融支援を受けたこともないと述べている。資本でつながりながら経営は分ける関係が、公開によって外からも見える形になった。",
                  "evidences": [
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                      "fact": "1999年10月、株式会社オービックビジネスコンサルタントの株式を店頭市場に公開",
                      "原文": "平成11年10月 株式会社オービックビジネスコンサルタントの株式を店頭市場に公開",
                      "source": "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【沿革】",
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                    {
                      "fact": "オービックビジネスコンサルタントは和田成史氏が1980年暮れに設立し、オービックは設立時に出資したが経営には関与していない",
                      "原文": "二三歳で公認会計士の二次試験に合格。「この専門知識で何か社会に役立つものを創造してみたい」と一九八〇年暮れに会社を設立した。／和田は「設立時に出資を受けて以来、オービックの野田（順弘）社長とは家族ぐるみのつきあい。関係はそこまでで、経営に口出しされた覚えもないし、金融支援を受けたこともない。」",
                      "source": "週刊東洋経済 2000年2月5日号「トップの履歴書 オービックビジネスコンサルタント社長 和田成史」",
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            {
              "sub_title": "2000年1月の公募増資と、1年余りでの一部指定",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "2000年1月31日、オービックはブックビルディング方式による有償一般募集で600,000株を発行した。発行価格は61,740円、うち資本に組み入れたのは1株あたり29,453円である。この募集で発行済株式総数は9,960,000株となり、資本金は191億78百万円、資本準備金は194億13百万円に達した。増資はこの一度で、以後の期に資本金の増減は記録されていない。借入を持たない会社が、株式市場から資金を受け取った唯一の機会にあたる。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2000年1月31日にブックビルディング方式の有償一般募集で600,000株を発行（発行価格61,740円、資本組入額29,453円）、発行済株式総数9,960,000株、資本金19,178,800千円、資本準備金19,413,405千円となった",
                      "原文": "平成12年１月31日（注）１ 発行済株式総数増減600,000株／発行済株式総数残高9,960,000株／資本金残高19,178,800千円／資本準備金残高19,413,405千円。（注）１．有償一般募集（ブックビルディング方式による募集）発行株数600,000株、発行価格61,740円、資本組入額29,453円",
                      "source": "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【発行済株式総数、資本金等の推移】",
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                {
                  "text": "増資からおよそ2か月後の2000年3月、東京証券取引所の市場第一部へ指定された。1998年12月の二部上場から1年3か月であり、二部で数年を過ごしてから一部へ移る例が多かった当時としては短い。売上の規模はまだ数百億円だったが、機関投資家が買える市場に籍を移したことで、株主の顔ぶれは個人中心から広がっている。2006年3月末の株主名簿では、金融機関65社と外国法人等88社が単元ベースで所有株式数の上位を占めた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2000年3月、東京証券取引所の市場第一部に指定（1998年12月の二部上場から1年3か月）",
                      "原文": "平成12年３月 東京証券取引所の市場第一部に指定",
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                      "原文": "平成18年３月31日現在 株主数（人） 金融機関65／証券会社32／外国法人等88／その他の法人250／個人その他3,721／計4,160",
                      "source": "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【所有者別状況】",
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              "sub_title": "借入のない財務と、自社で建てた本社",
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                  "text": "上場と増資を経ても、財務の形は変わらなかった。2006年3月期の連結自己資本比率は85.7％、純資産は976億円、総資産は1,139億円で、借入金は計上されていない。2002年3月期からの5年間の自己資本比率も84.0〜87.4％の範囲に収まっている。公募で得た資金と毎期の利益は、社員を採って育てる費用と、拠点の取得に向かった。2005年1月には東京新本社ビルが竣工し、本店を東京都中央区京橋へ移している。借りた床で商売をしてきた会社が、東京の拠点を自社の物件へ切り替えた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2006年3月期（第39期）の連結自己資本比率85.7％、純資産97,679百万円、総資産113,916百万円。2002年3月期からの5期の自己資本比率は84.0〜87.4％",
                      "原文": "自己資本比率（％）84.9／87.4／84.0／85.4／85.7、純資産額（千円）97,679,351、総資産額（千円）113,916,336",
                      "source": "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【主要な経営指標等の推移】",
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                    {
                      "fact": "2005年1月に東京新本社ビルが竣工し、本店を東京都中央区京橋へ移転",
                      "原文": "平成17年１月 東京新本社ビルが竣工し、本店を東京都中央区京橋に移転",
                      "source": "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【沿革】",
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                },
                {
                  "text": "関連会社の上場も続いた。オービックビジネスコンサルタントは2004年3月に東京証券取引所の市場第一部へ上場し、2023年6月には株式会社オービーシステムが東証スタンダード市場へ上場している。1972年と1980年に設けた会社が、それぞれ独立した上場会社として市場から評価を受ける形になった。オービック自身の資本金は、2000年1月に積み増した191億78百万円のまま、2026年3月末時点の会社概要にも同じ額が記されている。",
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                      "fact": "2004年3月にオービックビジネスコンサルタントが東証一部へ上場、2023年6月に株式会社オービーシステムが東証スタンダード市場へ上場",
                      "原文": "平成16年３月 株式会社オービックビジネスコンサルタントの株式を東京証券取引所の市場第一部に上場／2023年６月 株式会社オービーシステムの株式を東京証券取引所のスタンダード市場に上場",
                      "source": "オービック 有価証券報告書 第57期（2025年3月期）【沿革】",
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                    {
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                      "原文": "資本金 191億78百万円（2026年3月末日現在）",
                      "source": "オービック 会社概要（公式サイト）",
                      "url": "https://www.obic.co.jp/company/about.html"
                    }
                  ]
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              "sub_title": "一度きりの調達が示すもの",
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                {
                  "text": "オービックの上場は、資金が要って市場へ出た会社の型に当てはまらない。工場も在庫も持たず、社員が顧客先で業務を設計して自社製のソフトを納める商売では、成長のたびに大きな資金が要るわけではなく、実際に上場後も借入は置かれていない。2000年1月の公募60万株は、その意味で運転資金の調達というより、二部から一部へ移るための株式の流通量づくりに近い性格を持っていた。指定はその2か月後に下りている。"
                },
                {
                  "text": "上場でオービックが手に入れたものを一つ挙げるなら、顧客の会計と人事を預かる会社としての素性の証明にあたる。基幹システムの入れ替えは10年単位の付き合いになり、買う側は納入業者が10年後も残っているかを見る。開示と監査を通り、市場で値の付く会社であることは、代理店を持たない直販の営業が最初の面談で示せる材料になった。1株61,740円で60万株を引き受けてもらった2000年1月の一度きりで、オービックが市場から現金を受け取る用事は終わっている。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【沿革】【発行済株式総数、資本金等の推移】【主要な経営指標等の推移】【借入金等明細表】【所有者別状況】",
        "オービック 有価証券報告書 第57期（2025年3月期）【沿革】",
        "オービック 沿革・会社概要（公式サイト）",
        "週刊東洋経済 2009年2月7日号「中途採用ゼロ、独自の新人育成で好業績」",
        "週刊東洋経済 2000年2月5日号「トップの履歴書 オービックビジネスコンサルタント社長 和田成史」"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-23"
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      "slug": "founder-return-2006",
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      "title": "大企業向けERPと成果主義の見直し、創業者・野田順弘氏の社長復帰",
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          "text": "2003年3月、オービックは大企業向けの「OBiC7 EX」を発表し、SAPや日本オラクルを使う規模の企業へ参入した。同年4月に野田順弘氏は会長へ移り、後任の社長が成果主義を導入して、社員評価を1年単位から四半期ごとの数字重視へ改めた。"
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          "text": "数値目標に追われた営業は赤字の見込まれる案件でも受注し、SEは無理な納期で残業を重ね、消化できない分の外部委託が膨らんだ。野田会長は2005年、13年連続で営業成績1位だった横浜支店長の橘昇一氏を東京へ呼び、営業とSEを同一フロアに置く製販一体へ改めたうえで、翌2006年2月に自ら社長へ戻った。"
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          "label": "含意",
          "text": "不採算案件は7〜8割減り、上がっていた離職率も下がった。橘昇一氏は2024年の取材で、20年ほど前に社内での全面内製へ本格的に取り組み、受注が落ちてもよいと社内へ伝えたと述べている。2006年3月期に売上457億円・経常利益152億円だった業績は、2013年3月期に売上503億円・営業利益194億円へ伸びた。"
        }
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              "sub_title": "中堅企業向けを直販で固めた収益構造",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "2000年代前半のオービックは、中堅・中小企業向けの基幹業務システムを代理店なしで売る会社であった。営業とシステムエンジニアが同じ顧客を担当し、導入後の保守まで自社の社員が続ける。この作りが顧客の側の安心につながっており、他社より少し割高でも4年間担当者が変わらないと評価する取引先もあった。業績は2002年3月期に売上高396億円・経常利益102億円、2003年3月期には売上高401億円・経常利益113億円と、規模より利幅の厚さが目立つ形で伸びていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2002年3月期（第35期）売上高39,632百万円・経常利益10,262百万円、2003年3月期（第36期）売上高40,103百万円・経常利益11,380百万円",
                      "原文": "売上高（千円）39,632,399／40,103,732、経常利益（千円）10,262,357／11,380,993",
                      "source": "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【主要な経営指標等の推移】",
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                    {
                      "fact": "代理店を経由しない100％直販で営業とSEが顧客を担当し、担当者が長く変わらない点を顧客が評価していた",
                      "原文": "ある顧客は「他社より少し割高でも、４年間担当者が変わらず安心。問題時の対応もスピード感がある」と満足気だ。",
                      "source": "週刊東洋経済 2009年2月7日号「中途採用ゼロ、独自の新人育成で好業績」",
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                },
                {
                  "text": "人の採り方も、この売り方に合わせて作られていた。創業当初に営業職の人材が定着せず苦しんだ経験から、野田順弘氏は中途採用をやめ、自ら面接した新卒を一から育てる方針を長く続けた。人を育てる速さが会社の伸びる速さの上限になる代わりに、顧客の業務を知る社員が社内に残る。受注の量を増やそうとすれば、この上限に触れる構造であり、規模の拡大と社員一人あたりの厚みは、同社では最初から一つの資源を取り合う関係にあった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "創業当初に人材が定着せず苦しんだ経験から中途採用をやめ、直接面接した新卒をゼロから育てる方針を採った",
                      "原文": "「植木から育てるよりも、種から育てたい」という野田順弘会長兼社長がとるのは、直接面接して選考した新卒社員をゼロから育て上げる経営手法。／会社の成長は人材の成長がすべて、と痛感したことから、中途採用はせず、新卒をゼロから育てるという手法にたどり着いた。",
                      "source": "週刊東洋経済 2009年2月7日号「中途採用ゼロ、独自の新人育成で好業績」",
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            {
              "sub_title": "年商1,000億円級への参入と会長交代",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "2003年3月、オービックは年商1,000億円前後の大企業を対象とするERPパッケージ「OBiC7 EX（仮称）」を上半期中に出荷すると発表した。年商500億円規模の中堅企業向けに作った「OBIC7」を土台に、「OBiC Server」と呼ぶミドルウエアを挟んで200ユーザーの同時接続に耐える構成へ改めた製品で、SAPやオラクルの製品を使う大企業からオービックのシステムを求める声があったことが参入の理由に挙げられた。中堅企業向けで磨いた業種別のノウハウを、一段大きな売り先へ持ち込む試みであった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2003年3月、年商1,000億円前後の大企業向けERPパッケージ「OBiC7 EX（仮称）」を上半期中に出荷すると発表。ミドルウエア「OBiC Server」を挟み200ユーザーの同時接続に対応した",
                      "原文": "オービックは、年商1000億円前後の大企業をターゲットとしたERPパッケージ「OBiC7 EX（仮称）」を上半期中にも出荷する。／OBiC7ではミドルウエアは利用していなかった。OBiC Serverを間に入れることで、200ユーザーの同時接続にも耐えられるようになった",
                      "source": "日経コンピュータ（2003年3月26日）「オービック，大企業向けERPを初投入」",
                      "url": "https://xtech.nikkei.com/it/free/NC/NEWS/20030326/3/"
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                },
                {
                  "text": "その翌月、2003年4月に野田順弘氏は代表取締役会長へ移り、社長の職を後任へ譲った。1968年の設立以来、35年にわたって社長を務めた創業者が第一線を退いた交代であった。新しい社長は業績の拡大を狙って成果主義を導入し、社員の評価を従来の1年単位から四半期ごとの数字を重視する形へ改める。長期の目線で若手を見る「マラソン経営」と呼ばれてきた社内の空気は、ここで変わった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2003年4月に野田順弘氏が代表取締役会長へ就任（1968年の設立以来社長を務めていた）",
                      "原文": "昭和43年４月 当社設立 代表取締役社長就任／平成15年４月 当社代表取締役会長就任",
                      "source": "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【役員の状況】",
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                    {
                      "fact": "後任社長が成果主義を導入し、社員評価を1年単位から四半期ごとの数字重視へ変えた",
                      "原文": "野田氏は会長に就任し、当時の専務に社長職を譲る。新社長は業績拡大を狙い成果主義を導入。それに伴い、社員評価を従来の１年単位から、四半期ごとの数字を重視する形に変えた。／「マラソン経営」と称し、長期的視野で社員を評価していた同社の雰囲気が、ガラッと変わってしまったのだ。",
                      "source": "週刊東洋経済 2009年2月7日号「中途採用ゼロ、独自の新人育成で好業績」",
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              "sub_title": "四半期の数字が呼び込んだ不採算受注",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "評価の単位を四半期に縮めた影響は、受注の中身に出た。営業は成績を上げるために赤字の見込まれる案件でも取り、SEは無理な受注のために残業を重ね、それでも消化できない分は外部への開発委託に回る。委託が増えれば採算はさらに悪くなり、多くのシステム会社が陥る循環へ入った。野田会長はこの時期を「青いリンゴ（不採算案件）を食べて腹痛を起こしているような状態だった」と振り返っている。中途を採らない会社にとって、外注の膨張は自社に残らない工数が増えることを意味した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "四半期評価の導入後、赤字見込みの案件の受注・SEの残業・外部委託の増大という循環が生じ、野田会長は「青いリンゴを食べて腹痛を起こしているような状態だった」と述べた",
                      "原文": "営業マンは成績向上のため赤字となりそうな案件でも受注。ＳＥは無理な受注により残業を強いられ、それでも消化できずに、外部への開発委託が増大。ますます採算が取れなくなるという、多くのシステム会社が陥る悪循環が始まった。「青いリンゴ（不採算案件）を食べて腹痛を起こしているような状態だった」と野田会長は振り返る。",
                      "source": "週刊東洋経済 2009年2月7日号「中途採用ゼロ、独自の新人育成で好業績」",
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                {
                  "text": "表面の数字は、この間も伸び続けていた。連結売上高は2003年3月期の401億円から2006年3月期の457億円へ、経常利益は113億円から152億円へ増えている。それでも社内では離職率が上がり、夏休みを取る余裕も失われた。売上と利益が伸びるかぎり異変は決算では見えず、人の入れ替わりと外注比率という、決算書の外にある指標に先に現れる。基幹システムを10年単位で預かる商売では、担当者が辞めることが顧客の側の損失に直結した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "連結売上高は2003年3月期401億円から2006年3月期457億円へ、経常利益は113億円から152億円へ増加した",
                      "原文": "売上高（千円）40,103,732／42,124,043／44,943,673／45,749,747、経常利益（千円）11,380,993／12,653,751／14,005,625／15,220,928",
                      "source": "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【主要な経営指標等の推移】",
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                    {
                      "fact": "成果主義の期間に離職率が上昇し、立て直し後に社員へ夏休みを取る余裕が戻り離職率も低下した",
                      "原文": "社員にも夏休みを取る余裕が戻り、上昇していた離職率も低下していく。",
                      "source": "週刊東洋経済 2009年2月7日号「中途採用ゼロ、独自の新人育成で好業績」",
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            },
            {
              "sub_title": "2005年の橘昇一氏招集と、2006年2月の社長復帰",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "危機感を強めた野田会長は2005年、13年連続で営業成績1位を続けた名物社員で当時は横浜支店長を務めていた橘昇一氏を東京へ呼び寄せた。橘氏はそれまで別のフロアで作業していた営業とSEを同じフロアへ移し、机を並べる製販一体へ改めている。両者が近くで話すようになったことで、無理な納期の設定や取ってはいけない受注を手前で避けられるようになり、営業にSEが同行して技術の込み入った話ができる利点も加わった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2005年、野田会長は13年連続営業成績1位で横浜支店長だった橘昇一氏を東京へ呼び寄せ、営業とSEを同一フロアに机を並べる製販一体体制へ変更した",
                      "原文": "危機感を募らせた野田会長は０５年、１３年連続営業成績１位の名物社員で、当時は横浜支店長を務めていた橘現副社長を東京に呼び寄せた。橘氏はそれまで別フロアで作業していた営業とＳＥを同一フロアに机を並べる製販一体体制へと変更し、コミュニケーションの活性化を図った。",
                      "source": "週刊東洋経済 2009年2月7日号「中途採用ゼロ、独自の新人育成で好業績」",
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                },
                {
                  "text": "そして2006年2月、野田順弘氏は代表取締役会長兼社長に就任した。2003年4月に会長へ退いてから2年10か月、67歳での社長復帰であり、以後2013年に橘昇一氏へ社長を譲るまで会長と社長を兼ねた。人事の形だけを見れば創業者の再登板だが、実質は評価の単位を四半期から元へ戻し、売り先を自社の人員で守れる範囲へ引き直す判断にあたる。中途を採らず外注も増やさないという前提を動かさないと決めた以上、受注の側を絞るほか道はなかった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2006年2月、野田順弘氏が代表取締役会長兼社長に就任（1938年8月24日生まれ）",
                      "原文": "代表取締役会長兼社長 野田 順弘 昭和13年８月24日生／平成15年４月 当社代表取締役会長就任／平成18年２月 当社代表取締役会長兼社長就任（現任）",
                      "source": "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【役員の状況】",
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                    },
                    {
                      "fact": "橘昇一氏は1985年入社、2004年取締役、2007年専務、2008年副社長を経て2013年から社長",
                      "原文": "たちばな・しょういち　１９６１年生まれ。８５年にオービック入社、２００４年に取締役就任。０７年専務、０８年副社長を経て、１３年から現職。",
                      "source": "週刊東洋経済 2024年2月24日号「ビジネスモデルの達人に聞く オービック社長 橘昇一」",
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        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "内製への引き戻しと、20年かけた作り直し",
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                {
                  "text": "製販一体へ改めた後、不採算案件は7〜8割減り、伸び悩んでいた営業利益率は上向いた。上がっていた離職率も下がり、入社3年以内の離職率4％という水準に戻っている。橘昇一氏は2024年の取材で、20〜30年前には売上を増やすため外注先を頼っていたが、顧客の要望に外注先へ聞かないと答えられず機会損失が多発したと述べ、20年ほど前に社内での全面内製へ本格的に取り組んだと語った。社内へは「5年、10年で成果を見ていくから、受注が落ちてもいい」と伝えたという。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "製販一体への変更後、不採算案件は7〜8割減少し営業利益率が上向き、入社3年以内の離職率は4％となった",
                      "原文": "両輪が緊密に連携することで、無理な納期の設定や受注内容を回避できるようになり、不採算案件は７〜８割も減少。伸び悩みぎみだった営業利益率も少しずつ上向きだした。／入社３年以内の離職率たった４％、という会社がある。",
                      "source": "週刊東洋経済 2009年2月7日号「中途採用ゼロ、独自の新人育成で好業績」",
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                    },
                    {
                      "fact": "橘昇一氏は20〜30年前に外注を頼って機会損失が多発したと述べ、20年ほど前に全面内製へ本格的に取り組み、社内へ「受注が落ちてもいい」と伝えたと語った",
                      "原文": "当社も２０〜３０年前に、売り上げを増やすため、外注先を頼りながら仕事を進めていた時期もあった。その結果、システム変更などの要望があっても、外注先に聞かないと回答できなかった。／そして２０年ほど前に、顧客の満足度をいちばん上げるには、社内ですべてを内製化しておくことが重要だと気がつき、本格的に取り組んだ。／社内では「５年、１０年で成果を見ていくから、受注が落ちてもいい」と話をした。",
                      "source": "週刊東洋経済 2024年2月24日号「ビジネスモデルの達人に聞く オービック社長 橘昇一」",
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                    }
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                {
                  "text": "数字の回復には時間がかかった。連結売上高は2006年3月期の457億円から2011年3月期まで460〜480億円の範囲で足踏みし、2013年3月期にようやく503億円へ乗せている。一方で営業利益は同じ期に194億円まで積み上がり、利幅の厚さという同社の特徴はこの間に濃くなった。大企業向けを永久に捨てたわけでもない。橘氏は2024年に、業種別のノウハウを部品として蓄えたうえで数年前から大手企業へも提案を始め、よい結果が出ていると述べている。売り先を広げる順番が、人と部品の準備の後ろへ回された。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "連結売上高は2006年3月期457億円から2011年3月期478億円まで横ばい圏で推移し、2013年3月期に503億円・営業利益194億円となった",
                      "原文": "2006年3月期 売上高457億円／2010年3月期 売上高463億円／2011年3月期 売上高478億円／2013年3月期 売上高503億円・営業利益194億円（連結）",
                      "source": "オービック 有価証券報告書（連結業績・2006年3月期〜2013年3月期）",
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                    {
                      "fact": "業種別ノウハウを部品として蓄えたうえで、数年前から大手企業へも提案を始めて成果が出ていると橘昇一社長が述べた",
                      "原文": "現在は業種別のノウハウをどんどんため、ビジネスモデル特許として蓄積したり、ノウハウをしっかり部品化したりしている。また、こういった武器がある程度集まったので、数年前から大手企業にも提案を始めたところ、非常によい結果を出せている。",
                      "source": "週刊東洋経済 2024年2月24日号「ビジネスモデルの達人に聞く オービック社長 橘昇一」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
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            },
            {
              "sub_title": "創業者が戻ってきて何を止めたか",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "2003年からの3年で試されたのは、大企業向けの製品が作れるかどうかではなく、中途を採らず外注も増やさない会社がどこまで受注を伸ばせるかであった。「OBiC7 EX」は200ユーザーの同時接続に耐える構成まで仕上がっていたし、売上も利益も減ってはいない。壊れたのは工数のほうで、四半期ごとの数字を追う評価が、社員の育つ速さより早く受注を集めてしまった。野田順弘氏が2006年2月に社長へ戻って止めたのは大企業向けの製品というより、人の準備を待たずに売る仕組みだったとみられる。"
                },
                {
                  "text": "創業者の再登板は、後継の失敗を創業者が引き受ける話として読まれやすい。ただ、この会社の場合、戻ってきた野田順弘氏がその後の7年で用意したのは、自分の次に社長を務める人物と、その人物が動かす製販一体の現場であった。2005年に横浜から呼ばれた橘昇一氏は2007年に専務、2008年に副社長、2013年に社長へ進んでいる。橘社長が2024年に「ここまで来るのに２０年かかった」と語ったその20年は、野田順弘氏が社長の椅子に戻った2006年2月から数えると、ほぼそのまま重なる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "オービック 有価証券報告書 第39期（2006年3月期）【役員の状況】【主要な経営指標等の推移】【従業員の状況】",
        "オービック 有価証券報告書（連結業績・2006年3月期〜2013年3月期）",
        "日経コンピュータ（2003年3月26日）「オービック，大企業向けERPを初投入」",
        "週刊東洋経済 2009年2月7日号「中途採用ゼロ、独自の新人育成で好業績」",
        "週刊東洋経済 2024年2月24日号「ビジネスモデルの達人に聞く オービック社長 橘昇一」"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-23"
    }
  ]
}
