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    "origin": "創業者。京成電鉄社長として1960年に三井不動産・朝日土地興業との3社出資でオリエンタルランドを設立し、初代社長を兼ねてディズニーランドの誘致を主導した",
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        "source": "日経ビジネス 1979年8月13日号「敗軍の将兵を語る 川崎千春・京成電鉄会長（上）」",
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      {
        "source": "日経ビジネス 1986年8月18日号「夢を紡いだ男 高橋政知・オリエンタルランド社長」",
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          "career"
        ]
      },
      {
        "source": "『東京ディズニーランドを裸にする 夢を売るオリエンタルランド社の新レジャー戦略』（1984年）",
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          "career"
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          "text": "1903年に東京で生まれ、1927年に東京帝国大学経済学部を卒業して川崎信託に入った。1939年に京成電気軌道社長の後藤圀彦氏に招かれて子会社の帝都自動車交通へ移り、翌1940年に本社へ入って総務部長・支配人・常務・専務を歴任した。1958年11月に京成電鉄の社長に就任し、オリエンタルランドでは京成電鉄社長のまま初代社長を兼ねた。資本の裏づけは個人の持株ではなく出資会社にあり、設立時の出資比率は京成電鉄36%、三井不動産32%、朝日土地興業32%だった。"
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          "text": "浦安沖の埋立地のうち東京寄りの約63万坪をレジャー用地に充てることが千葉県の許可条件で、1960年に川崎千春氏と朝日土地興業の丹沢善利氏が、三井不動産の江戸英雄氏へ3社共同の新会社を持ちかけた。60万坪を超えるレジャー施設は国内では無理とみていた江戸英雄氏は、レジャー施設の経験があるので任せてほしいという川崎千春氏の説得に応じた。最大の出資会社の社長であり、構想を持ち込んだ当人が経営を預かる人事だったとみられる。"
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          "text": "在任の前半は用地の確保に充てた。1962年に浦安の漁業者が漁業権の一部を放棄して補償交渉が妥結し、同年7月に千葉県と土地造成・分譲の協定を結んだ。埋立工事は1964年9月に始まり、1975年11月に終わった。後半はレジャー施設の中身を詰め、1974年6月には川崎千春氏自らディズニー社を訪ねて誘致を申し入れ、同年12月に基本合意を得た。1977年8月、京成電鉄の経営に専念するため社長を辞した。"
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          "text": "川崎千春氏が京成電鉄に入ったのは1940年で、それまでの13年間は川崎信託で証券と不動産を扱っていた。1958年11月に社長に就任すると、鉄道事業だけでは採算が合わない私鉄の収支を、不動産・観光・流通の兼業で補う経営を進めた。1963年時点の京成電鉄は、買った土地を造成して値上がり後に売り、そこへ住宅や商店街を置いて沿線の鉄道収入を伸ばす方式を採っており、配当の原資は不動産部門の利益だった。浦安沖の埋立も、この兼業の延長に置かれた事業だったとみられる。\n1959年、川崎千春氏は三井不動産社長の江戸英雄氏らと「オリエンタルランド設立計画趣意書」をまとめた。翌1960年7月、浦安沖の海面を埋め立てて商業地・住宅地を開発し、大規模なレジャー施設を建設する会社として、資本金2億5,000万円でオリエンタルランドを設立した。川崎千春氏が初代社長を兼ね、事務所は上野の京成電鉄本社5階の片隅に机を3つ置いただけで、役職員は3人、電話も京成電鉄の株式係から借りた。\n最初の難題は浦安の2つの漁業協同組合との補償交渉だった。1961年5月、江戸英雄氏の紹介で高橋政知氏を専務に迎え、交渉を任せた。接待費の伝票の束を高橋政知氏が社長室に持ち込んだとき、川崎千春氏は黙って署名し「大いにやって下さい」と返した。交渉は1962年に漁業権の一部放棄で妥結し、同年7月に千葉県と土地造成・分譲の協定を結んだ。1963年の対談で川崎千春氏は、漁業補償に約8億5,000万円を払ったうえで埋立地の70万坪に「東洋の遊園地」をつくる構想を示し、米国のディズニーランドの23万坪と並べて「規模の大きさからいったら、私の方のオリエンタルランドは世界一」と語った。埋立工事は1964年9月に始まり、1975年11月に完了した。\n1972年から1973年にかけて欧米のレジャー施設を調べた結果、構想の核に置く施設は米国のディズニーランドだと結論づけた。1974年2月に書簡で誘致を申し入れ、同年6月には川崎千春氏がディズニー社を訪ねて社長と会談し、首脳の来日を重ねて求めた。同年12月4日に帝国ホテルでの説明と浦安上空のヘリコプター視察を行い、2日後の12月6日にディズニー社からテーマパーク建設の可能性を共に追求する意向を得た。1962年1月の表敬訪問から数えて、誘致の基本合意まで12年余りを要した。\n1977年8月、石油危機で業績が悪化した京成電鉄の経営に専念するため、川崎千春氏はオリエンタルランド社長を辞し、高橋政知氏が代表取締役に就任した。その際、川崎千春氏は高橋政知氏に「君を代表取締役にするがディズニーの件には口出ししてはいけない。あれは三井不動産に任せた」と告げている。高橋政知氏は1978年8月に社長へ就任し、1979年4月にディズニー社との業務提携の契約に調印した。開業から3年後、川崎千春氏は高橋政知氏を指して「あの男がいなければ絶対にこれは実現しなかった」と振り返った。"
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