{
  "spec_version": "3",
  "endpoint": "decision",
  "stock_code": "4568",
  "company_name": "第一三共",
  "content_lang": "ja",
  "meta_lang": "en",
  "canonical_url": "https://the-shashi.com/tse/4568/decisions/daiichi-sankyo-formation-2005/",
  "api_url": "/api/4568/decisions/daiichi-sankyo-formation-2005.json",
  "updated": "2026-08-15",
  "license": "© 2026 Yutaka Sugiura. All rights reserved.",
  "attribution": "The社史 (the-shashi.com) — https://the-shashi.com/tse/4568/decisions/daiichi-sankyo-formation-2005/",
  "slug": "daiichi-sankyo-formation-2005",
  "url": "/tse/4568/decisions/daiichi-sankyo-formation-2005/",
  "year": 2005,
  "month": 2,
  "schema_version": "1.0",
  "last_updated": "2026-06-25",
  "decision_id": "4568-daiichi-sankyo-formation-2005",
  "type": "integration",
  "tags": [
    "ma-merger",
    "cp-holdings"
  ],
  "title": "三共と第一製薬の経営統合と第一三共の誕生（2005年成立）",
  "subtitle": "なぜ大手2社は合併ではなく共同持株会社から始め、2年かけて完全な合併へと進んだのか？",
  "status": "completed",
  "status_label": "成立",
  "scheme": "株式移転",
  "ratio": "1：1.159",
  "highlights": [
    {
      "label": "概要",
      "text": "2005年9月、三共と第一製薬が共同株式移転で持株会社「第一三共」を設立し、2007年4月に両社を吸収合併して事業会社へ移行した、製薬大型再編の代表例である。"
    },
    {
      "label": "背景",
      "text": "三共の主力メバロチンは国内特許が切れて2004年度第3四半期までの販売が前年同期比17%減となり、米国特許も2006年4月に切れる端境期にあった。同年は山之内×藤沢のアステラスなど大型合併が相次いだ。"
    },
    {
      "label": "内容",
      "text": "いきなりの合併ではなく、まず共同持株会社を設けて2年かけて事業を統合する2段階方式を採った。株式移転比率は三共1株に対し第一製薬1株を1.159株とした。"
    },
    {
      "label": "含意",
      "text": "「緩やかな統合」で社風や歴史への配慮と速やかな効果の両立を図った。研究開発の選択と集中、国内営業力の強化を狙った再編であった。"
    }
  ],
  "parties": [
    {
      "stock_code": "4568",
      "name": "三共",
      "role": "主導側",
      "at_deal": {
        "note": "1913年法人化の老舗。プラバスタチン（メバロチン）などを擁し国内大手の一角"
      }
    },
    {
      "stock_code": "",
      "name": "第一製薬",
      "role": "相手側",
      "at_deal": {
        "note": "1918年法人化。ニューキノロン系抗菌剤クラビット（レボフロキサシン）が主力"
      }
    }
  ],
  "dates": {
    "reported": null,
    "announced": "2005-02-25",
    "agreed": "2005-02-25",
    "closed": "2005-09-28",
    "terminated": null
  },
  "synergy": {
    "summary": "研究開発の選択と集中、国内MR体制の強化と規模拡大による収益基盤の確立"
  },
  "timeline": [
    {
      "year": 2005,
      "month": 2,
      "title": "三共と第一製薬が経営統合の基本合意を公表（2段階方式）"
    },
    {
      "year": 2005,
      "month": 4,
      "title": "山之内製薬と藤沢薬品工業が合併しアステラス製薬が発足（同年の大型再編の先陣）"
    },
    {
      "year": 2005,
      "month": 5,
      "title": "三共・第一製薬が経営統合契約書に調印（5月13日）"
    },
    {
      "year": 2005,
      "month": 6,
      "title": "両社の定時株主総会が株式移転を承認（6月29日）"
    },
    {
      "year": 2005,
      "month": 9,
      "title": "共同株式移転で持株会社「第一三共」を設立、東京・大阪・名古屋に上場（統合成立）"
    },
    {
      "year": 2006,
      "month": 11,
      "title": "第一三共が三共・第一製薬を吸収合併する契約を締結"
    },
    {
      "year": 2007,
      "month": 4,
      "title": "三共・第一製薬を吸収合併し、医療用医薬品事業を統合した事業会社へ移行"
    },
    {
      "year": 2008,
      "month": 6,
      "title": "インド大手ランバクシー・ラボラトリーズの買収を発表（後に減損・売却）"
    }
  ],
  "references": [
    "第一三共株式会社 プレスリリース 2005年9月28日「第一三共株式会社の設立について」",
    "公正取引委員会（平成17年度：事例4）「三共株式会社及び第一製薬株式会社による共同持株会社の設立について」",
    "ミクスOnline 2005年2月25日「第一・三共 経営統合を発表、07年4月医療用事業新会社へ」",
    "薬事日報ウェブサイト 2006年12月1日「三共と第一製薬が正式に合併契約締結」",
    "日本経済新聞 2020年1月24日「統合15年の通信簿　アステラス安定、成長は第一三共」",
    "週刊東洋経済 2005年3月5日号「ニュース最前線 再編ラッシュの製薬業界 三共、第一に続くのはどこだ 注目される首位・武田薬品の動き」",
    "週刊東洋経済 2005年11月19日号「特集 2010年の最強企業 医薬・バイオ 第一三共誕生でもなお厚い世界の壁 武田でも世界14位 避けられない業界再々編」",
    "第一三共株式会社 有価証券報告書 第1期（2006年6月29日提出）「５【経営上の重要な契約等】(1) 経営統合契約」"
  ],
  "audit": {
    "audit_unit": "paragraph",
    "generated_at": "2026-06-25",
    "scope": "all",
    "note": "deal レポートの事実点検記録（公開ページには出さない）。各段落は { text, verdict, evidences } で構成。\n一次資料は当事者の適時開示・プレスリリース、公正取引委員会の審査事例、日付付きの媒体記事を source に採る。"
  },
  "report": [
    {
      "section": "background",
      "label": "統合の背景",
      "subsections": [
        {
          "sub_title": "製薬業界を覆った「2010年問題」と規模の論理",
          "paragraphs": [
            {
              "text": "2000年代半ばの国内製薬業界は、構造的な転換点に立たされていた。大型新薬の特許が相次いで切れる「2010年問題」が意識され、後発医薬品（ジェネリック）の台頭で収益柱の侵食が見込まれた。一方で新薬一品を世に出すための研究開発費は数百億円から1000億円規模へと膨らみ、世界の上位を占める欧米メガファーマとの差は開いていた。国内市場は薬価改定の重しもあって成熟し、各社は単独での創薬と販売に限界を感じ始めていた。規模の拡大によって研究開発と営業の双方を底上げするという論理が、業界全体の共通認識となりつつあった時期である。",
              "verdict": "supported"
            },
            {
              "text": "2005年は、日本の製薬史にあって大型再編が集中した年であった。4月には山之内製薬と藤沢薬品工業が合併してアステラス製薬が発足し、10月には大日本製薬と住友製薬が一つになって大日本住友製薬が生まれている。三共と第一製薬の経営統合は、この一連の動きのただ中に位置していた。各社が相手を探し、規模で生き残りを図る連鎖のなかで、両社もまた業界上位の地歩を固める組み合わせとして互いを選んだとみられる。",
              "verdict": "verified"
            }
          ]
        },
        {
          "sub_title": "両社の事情——補完しあう創薬の柱",
          "paragraphs": [
            {
              "text": "三共と第一製薬は、ともに大正期に法人化された老舗であり、得意とする領域に重なりと補完の双方を抱えていた。三共は高脂血症治療薬プラバスタチン（メバロチン）などを擁し、循環器・代謝の分野に強みを持つ。第一製薬はニューキノロン系抗菌剤レボフロキサシン（クラビット）を主力とし、感染症領域で存在感を示していた。両社の医療用医薬品を合わせれば、循環器から感染症まで幅広い疾患をカバーする品ぞろえとなる。研究開発の領域でも、選択と集中を進める余地が見込まれた。規模だけでなく、こうした製品ポートフォリオの補完性も統合を後押しした要因であったとみられる。",
              "verdict": "supported"
            },
            {
              "text": "第一製薬の側にも、単独で走り続ける難しさがあった。統合前の2年は既存品が踏ん張り、開発中の抗血小板剤プラビックスは翌期の発売までこぎ着けていた。それでも世界と伍していくには規模で見劣りする。三共が国内2位、第一製薬が同6位という位置づけであった。両社の連結売上高を単純に合算すると9191億円となり、同年4月に発足するアステラス製薬の9066億円をかわして、武田薬品工業に次ぐ2位に返り咲く計算になる。",
              "verdict": "verified"
            }
          ]
        },
        {
          "sub_title": "三共が統合を急いだ事情——メバロチンの端境期",
          "paragraphs": [
            {
              "text": "三共の側には、統合を急ぐ理由があった。国内外で2000億円を売り上げた主力の高脂血症治療薬メバロチンが、減り始めていたことである。国内ではすでに特許が切れて同じ成分の後発品が参入し、2004年度第3四半期までの販売額は前年同期比17%減で推移した。米国でも2006年4月に特許が切れ、さらなる販売減が見込まれた。開発中のパイプラインは充実しており、2006年の申請を目指す抗血小板剤や抗動脈硬化剤が臨床試験の後期段階に入っていた。しかし新製品が立ち上がるまでの数年間、業績は谷間に落ちる。開発を続けるほど研究開発費は膨らみ、目先の利益をさらに削った。",
              "verdict": "verified"
            },
            {
              "text": "この端境期は、外部からは付け入る隙にも見えた。1990年代後半から再編を重ねてきた欧米の大手にとって、販売額の大きい大型薬を抱える製薬会社は喉から手が出るほど欲しい相手である。2004年夏には世界13位のサノフィ・サンテラボが同4位のアベンティスを敵対的買収し、世界2位へ躍り出た。小が大をのみ込む買収が現実に起きた直後であり、業績の谷にある三共は、いつ買収を仕掛けられてもおかしくない位置にいた。統合は規模を得る手段であると同時に、自らが買われる側に回ることを避ける手段でもあったろう。",
              "verdict": "supported"
            }
          ]
        }
      ]
    },
    {
      "section": "origin",
      "label": "統合の発端",
      "subsections": [
        {
          "sub_title": "公表経緯——2段階方式という設計",
          "paragraphs": [
            {
              "text": "両社は2005年2月、経営統合の基本合意を公表した。注目されたのは、いきなり合併に踏み切るのではなく、2段階で統合を進める設計であった。第1段階として両社が共同株式移転を行い、両社を完全子会社として傘下に収める共同持株会社「第一三共」を同年10月をめどに設立する。第2段階として2007年4月を目処に、傘下の両社が営む医療用医薬品事業を統合する——という道筋である。共同持株会社による「緩やかな統合」は、それぞれの歴史・伝統・企業文化への配慮と、統合効果の早期実現を両立させる狙いがあったとされる。",
              "verdict": "verified"
            },
            {
              "text": "統合の狙いとして両社が掲げたのは、研究開発の強化と国内営業力の拡大であった。両社合計で約1500億円規模の研究開発費とパイプラインを活用し、共通する研究領域では選択と集中を進める。国内では合算して2500人規模のMR（医薬情報担当者）を擁する体制を築き、ファイザーに次ぐ販売力を目指すとされた。中期的には売上高1兆円、営業利益2000億円の達成を掲げ、企業規模の拡大によって戦略の選択肢を広げる構想であった。新会社の社長には三共の庄田隆社長が、会長には第一製薬の森田清社長が就く体制が示された。",
              "verdict": "verified"
            }
          ]
        },
        {
          "sub_title": "発表直後に指摘された重複",
          "paragraphs": [
            {
              "text": "補完しあう組み合わせという説明には、発表の直後から留保がついた。ゴールドマン・サックス証券の医薬品アナリスト舛添憲司氏は、単純に統合するだけであれば既存製品がぶつかって余剰人員が生まれると述べ、三共が開発している抗血小板剤が第一製薬のプラビックスと競合する可能性を挙げている。循環器と感染症という主戦場の違いはあっても、製品の並びには実際に重なりがあった。2年をかけて事業を一つにする道筋は、社風への配慮であると同時に、この重複をどう整理するかを詰めるための時間でもあった。",
              "verdict": "verified"
            }
          ]
        }
      ]
    },
    {
      "section": "progress",
      "label": "統合の経過",
      "subsections": [
        {
          "sub_title": "独占禁止法の審査——競争上の問題は限定的",
          "paragraphs": [
            {
              "text": "共同持株会社の設立は、独占禁止法に基づく公正取引委員会の審査を経た。同委員会は、両社が重なりを持つ医療用医薬品の分野を中心に競争への影響を検討している。ACE阻害剤では総販売金額約916億円の市場で合算25%、創傷治療剤では約124億円の市場で合算15%、非ステロイド剤では約939億円の市場で合算45%といった合算シェアが対象となった。検討の結果、有力な競争事業者の存在や新規参入の見込み、購入先変更の容易性などから「一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならない」と判断され、統合は競争法上の障害なく進むこととなった。",
              "verdict": "verified"
            }
          ]
        },
        {
          "sub_title": "第一三共の設立——共同持株会社の発足",
          "paragraphs": [
            {
              "text": "2005年9月28日、両社は共同株式移転によって持株会社「第一三共株式会社」を設立した。同日付で第一三共は東京・大阪・名古屋の各証券取引所第1部に上場し、代表取締役社長には三共の庄田隆氏が就いた。株式移転比率は、三共株式1株に対し持株会社株式1株、第一製薬株式1株に対し持株会社株式1.159株とされ、両社の株主は新会社の株主へと切り替わった。当初の第一三共は両社を完全子会社に置く純粋持株会社であり、事業は子会社の三共・第一製薬が引き続き担う形でスタートした。",
              "verdict": "verified"
            },
            {
              "text": "1対1.159という割当比率は、両社の企業価値評価をもとにした協議で決まった。比率を歪める要素は事前に取り除いている。両社は2005年8月1日から9月26日までの間にそれぞれ取締役会を開き、保有する自己株式を全部消却した。効力発生日に残る新株予約権その他の潜在株式も無い。こうして持株会社が発行した株式は735,011,343株、資本金は500億円、資本準備金は1兆833億円となった。両社の株主には中間配当金の支払に代えて、旧両社の普通株式1株につき25円の株式移転交付金が支払われている。経営統合契約書への調印は2005年5月13日、両社の定時株主総会での承認は同年6月29日であった。",
              "verdict": "verified"
            }
          ]
        },
        {
          "sub_title": "吸収合併へ——事業会社への移行",
          "paragraphs": [
            {
              "text": "持株会社の発足から1年余りを経た2006年11月、第一三共は子会社である三共・第一製薬を吸収合併する契約を結んだ。合併期日は2007年4月1日とされ、第一三共を存続会社として両社の医療用医薬品事業が同社へ統合された。あわせて、一般用医薬品（ヘルスケア）事業はゼファーマを取り込んで「第一三共ヘルスケア」に、生産機能は「第一三共プロファーマ」に、研究開発支援は「第一三共RDアソシエ」へと再編されている。当初の構想どおり、緩やかな持株会社から一体の事業会社へと、2段階を踏んで統合が完成した。",
              "verdict": "verified"
            }
          ]
        }
      ]
    },
    {
      "section": "outcome",
      "label": "統合の帰結",
      "subsections": [
        {
          "sub_title": "国内3位への浮上と、その後の世界戦略",
          "paragraphs": [
            {
              "text": "統合によって誕生した第一三共は、武田薬品工業、アステラス製薬に次ぐ国内有数の規模を備えた。当初の発足時には業界2位とも報じられたが、その後の再編もあって国内3位前後の位置に落ち着いていく。国内市場の頭打ちが続くなか、同社は次の成長を海外に求めた。2008年6月には、後発医薬品で世界的な事業基盤を持つインドのランバクシー・ラボラトリーズの買収を発表し、同年10月に連結子会社としている。新薬と後発薬を併せ持つ「ハイブリッド型」のグローバル製薬企業を志向する大型投資であった。",
              "verdict": "verified"
            }
          ]
        },
        {
          "sub_title": "三強時代の到来と、世界との距離",
          "paragraphs": [
            {
              "text": "統合によって、日本の医薬品業界は三強時代を迎えた。売上高1兆1000億円を超える武田薬品工業に続き、8000億円を超えるアステラス製薬と9000億円を上回る第一三共が並んだ。だが世界に目を移すと、その三強でさえ小さい。2004年の世界トップ10はいずれも医薬品売上高が130億ドル（約1兆5200億円）を超え、国内で断トツの武田でさえ世界14位にとどまった。1987年には武田の売上高が42億ドルでファイザーの医薬品売上高35億ドルを上回っていたが、2000年からの5年間に欧米で大型合併が続いた結果、順位は入れ替わった。国内のMR数でもファイザーが約3200人で首位に立ち、上位10社のうち武田・第一三共・アステラスを除く全社が外資であった。国内で規模を得ても、世界の上位との距離はほとんど縮まっていない。",
              "verdict": "verified"
            }
          ]
        },
        {
          "sub_title": "自社品を自ら売るという採算計算",
          "paragraphs": [
            {
              "text": "得た規模を何に使うのかは、統合に先立つ説明会で数字によって示されていた。第一三共の試算では、すべて自社で開発し自社で販売した場合の製品価値を100とすると、他社との共同化では50、導出した場合は40程度にとどまる。利益貢献も同様で、完全な自社製品は収益化のタイミングこそ遅いものの、発売から5年を経れば共同化製品の2.5倍、導出製品の5倍の利益をもたらすと見積もられた。海外で自社品を自ら売る体制を築くには先立つ資金と、それを生む企業規模が要る。統合はその条件を整えるための一手であった。",
              "verdict": "verified"
            }
          ]
        },
        {
          "sub_title": "苦難の道のりと、がん領域での再起",
          "paragraphs": [
            {
              "text": "もっとも、統合後の歩みは平坦ではなかった。期待をかけたランバクシーは品質問題などで巨額の損失を計上し、最終的に2015年にインドのサンファーマへ売却される結果となった。海外戦略の挫折を経て、第一三共は主力を抗がん剤へ移した。後年には抗体薬物複合体（ADC）の開発が実を結び、がん領域の成長企業として時価総額を伸ばした。2005年の経営統合は、その出発点となった再編であり、規模の獲得そのものが成果を保証するわけではないことを示す事例でもあった。",
              "verdict": "supported"
            }
          ]
        }
      ]
    },
    {
      "section": "implications",
      "label": "現代への示唆",
      "subsections": [
        {
          "sub_title": "「緩やかな統合」という選択",
          "editorial": true,
          "paragraphs": [
            {
              "text": "三共と第一製薬の統合が示すのは、対等に近い大型再編で持株会社という緩衝段階を置く設計の意義であろう。いきなりの合併ではなく、まず共同持株会社のもとに両社をぶら下げ、2年をかけて事業を一体化していく道筋は、それぞれの歴史や企業文化への配慮と、統合効果の実現を両立させる工夫だったとみられる。一方で、緩やかな段階を踏むことは、社内の融合や意思決定の一体化に時間を要する面もはらむ。統合の巧拙は、こうした移行設計をどれだけ速やかに実体のある一体経営へと結実させられるかにかかっているといえる。"
            },
            {
              "text": "この案件は、規模の拡大が目的の達成を約束するものではないことも示している。国内3位という地歩を得た第一三共は、次の成長を海外大型買収に求めたが、その挑戦は容易ではなかった。再編で得た体力をどの領域に振り向けるか——後年のがん領域への注力が一定の成果を見たことを踏まえれば、統合の成否は発足の時点ではなく、その後の戦略の選択によって決まると読み取ることもできる。"
            }
          ]
        }
      ]
    }
  ]
}
