{
  "stock_code": "3606",
  "count": 3,
  "decisions": [
    {
      "slug": "aquascutum-acquisition-1990",
      "url": "/tse/3606/decisions/aquascutum-acquisition-1990/",
      "year": 1990,
      "month": 4,
      "schema_version": "1.0",
      "stock_code": "3606",
      "decision_id": "3606-aquascutum-acquisition-1990",
      "type": "acquisition",
      "tags": [
        "ma-crossborder-out",
        "st-brand"
      ],
      "regions": [
        "europe"
      ],
      "title": "英国アクアスキュータム社の取得と、国内ライセンス権を欠いたままの買収",
      "subtitle": "デザイナーを育てるか、格のあるブランドを買うか——4日間で決めた海外買収",
      "status": "implemented",
      "status_label": "実施",
      "scheme": "株式公開買い付け（TOB）による全株取得",
      "ratio": null,
      "issue": "ブランド調達の方法",
      "decider": "金田康男（社長）・松坂萬丈（副社長）",
      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "1990年4月、レナウンが英国の高級紳士服ブランド「アクアスキュータム」を展開するアクアスキュータム社の買収を発表した経営判断。交渉を仕掛けたのは後に社長となる松坂萬丈氏で、単身ロンドンに入り、金曜に同意を取り付けて週明け月曜に株式公開買い付けを成立させた。買収額は報道により180億円から230億円まで幅がある。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "1980年代にDCブランドと海外の著名ブランドが台頭し、市場はデザイナーの感性で売る側へ移っていた。レナウンは販路を押さえる売り方で伸びた会社で、名のあるデザイナーを使いこなす人材を自前で育ててこなかった。営業利益は1981年度の107億円をピークに落ち、1989年度は25億円まで下がっていた。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "買収話が持ち込まれたのは発表のわずか1か月前で、交渉から成立までは4日間だった。ただし日本での生産・販売ライセンス権は1994年まで三菱商事が保有しており、国内でライセンス生産していた20社が反発した。買った直後の日本市場では、自社ブランドとして自由に売れない状態が続いた。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "自前で育てられなかった格を外から買う判断であり、金田康男社長は「最終的にはレナウンの主力ブランドになるだろう」と述べた。1995年には店頭100億円規模のブランドに育つが、2008年に売却を決め、2009年に手放す。19年後に売られたことで、この買収は結果として一時的な調達に終わった。"
        }
      ],
      "parties": [
        {
          "stock_code": "3606",
          "name": "レナウン",
          "role": "買い手",
          "at_deal": {
            "note": "国内アパレル最大手。1981年度をピークに営業利益が落ち、DCブランド台頭への対応を迫られていた"
          }
        },
        {
          "name": "アクアスキュータム",
          "role": "対象会社",
          "at_deal": {
            "note": "1851年創業の英国の高級紳士服ブランド。チャーチル元英首相が愛用したとされる"
          }
        }
      ],
      "dates": {
        "reported": null,
        "announced": "1990-04",
        "agreed": "1990-04",
        "closed": "1990-04",
        "terminated": null
      },
      "breakdown": {
        "reason_type": "strategy",
        "summary": "デザイナー主導の市場に転じるなかで、自前で育ててこなかったブランドの格を海外買収で調達する"
      },
      "timeline": [
        {
          "year": 1981,
          "title": "営業利益107億円を計上。これが更新されない記録となる"
        },
        {
          "year": 1985,
          "title": "稲川博通社長の号令で28の新ブランドを一挙に投入するが成果は出ず"
        },
        {
          "year": 1988,
          "title": "実質的創業者としてグループを率いた尾上清が死去"
        },
        {
          "year": 1989,
          "title": "「トクコ・プルミエヴォル」「ニノ・セルッティ」など外部ブランドの導入を始める"
        },
        {
          "year": 1990,
          "month": 4,
          "title": "英アクアスキュータム社の買収を発表。交渉から成立まで4日間",
          "highlight": true
        },
        {
          "year": 1991,
          "month": 12,
          "title": "85億円の営業赤字に転落。純資産1884億円がピークとなる"
        },
        {
          "year": 1995,
          "title": "「一時は海外企業買収の失敗例とまで言われた」アクアスキュータムが100億円ブランドに成長"
        },
        {
          "year": 2008,
          "month": 10,
          "title": "アクアスキュータムの売却を決定"
        },
        {
          "year": 2009,
          "month": 9,
          "title": "Aquascutum Group Limited の株式を売却し子会社から外れる"
        }
      ],
      "snapshot": {
        "fiscal_year": "1990年12月期",
        "source": "日経ビジネス 1995年2月13日号「ケーススタディー レナウン、営業力低下で苦境」",
        "companies": [
          {
            "stock_code": "3606",
            "name": "レナウン",
            "fiscal_year": "1990年12月期",
            "president": "金田康男",
            "hq": "大阪府",
            "sales": {
              "num": 2318,
              "unit": "億円",
              "note": "売上のピーク"
            },
            "segments": [],
            "operating_profit": {
              "num": null,
              "unit": "億円"
            },
            "ordinary_profit": {
              "num": null,
              "unit": "億円",
              "note": "営業外収益148億円を計上し経常段階では黒字を確保"
            },
            "net_profit": {
              "num": null,
              "unit": "億円"
            },
            "equity_ratio": null,
            "roe": null,
            "employees": {
              "num": null,
              "unit": "人"
            },
            "avg_salary": null
          }
        ]
      },
      "report": [
        {
          "section": "background",
          "label": "背景",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "売り場で勝つ会社が、デザイナーの市場に置かれた",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "レナウンは商品を作る力よりも、商品を置く売り場を押さえる力で伸びた会社であった。1959年のレナウン・チェーン・ストア計画で町の洋品屋を組織し、量販店にも商売のやり方を伝えながら取引に入った。その時代について、昔を知る元社員は「70年代までは、デザイナーは誰でもよく、きちっと販路を作って品質のよい商品を供給することこそ重要だった」と証言している。1980年代に入り、DCブランドと海外の著名ブランドが台頭すると、この前提が崩れた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "元レナウン社員は「70年代までは、デザイナーは誰でもよく、きちっと販路を作って品質のよい商品を供給することこそ重要だった」「名のあるデザイナーを使いこなす人材は昔も今もいない」と証言した",
                      "原文": "レナウンは決して、ブランド開発や管理が得意な会社ではなかった。名のあるデザイナーを使いこなす人材は昔も今もいない。７０年代までは、デザイナーは誰でもよく、きちっと販路を作って品質のよい商品を供給することこそ重要だった。",
                      "source": "週刊東洋経済 1998年9月26日号「企業危機のレナウン リーダー不在の病転げ落ち、再生に苦しむ「イエイエ娘」」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "数字にも表れていた。営業利益は1981年度の107億円をピークに下がり続け、1989年度は25億円である。同じ年、オンワード樫山は174億円、三陽商会は103億円を計上した。金田康男社長は「82年度以降は売り上げの伸びが鈍化、販売費や管理費の伸びを下回る傾向が続いたことが響いた」と説明している。1985年には社長の号令で28もの新ブランドを一挙に投入したが、成果は出なかった。自前で作る側の答えは、この時点で出ていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "営業利益は1981年度107億円をピークに低下し1989年度は25億円。同年のオンワード樫山174億円・三陽商会103億円に対し44%減だった",
                      "原文": "営業利益は八一年度（一二月期）の一〇七億円をピークに低下し、八九年度は二五億円。八九年度営業利益はオンワード樫山一七四億円（二二％増）、三陽商会一〇三億円（六％増）に対し、レナウンは二五億円（四四％減）。",
                      "source": "日経ビジネス 1990年9月24日号「リストラ戦略 レナウン 助っ人ブランドで低迷打開、事業本部が指揮」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1985年に稲川博通社長の「売り上げを伸ばせ」の号令で28の新ブランドを一挙投入したが成果は出なかった",
                      "原文": "稲川博通前社長（当時＝現会長）の「売り上げを伸ばせ」の号令で二八もの新ブランドを一挙投入したが、成果は出なかった。",
                      "source": "日経ビジネス 1990年9月24日号「リストラ戦略 レナウン 助っ人ブランドで低迷打開、事業本部が指揮」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "助っ人ブランドという先行策",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "買収の前に、外から借りる手は試されていた。1989年に「トクコ・プルミエヴォル」「ニノ・セルッティ」、1990年に「ヘンリー・コットンズ」を導入している。社内でこれらは助っ人ブランドと呼ばれた。自社で育てる時間を待たず、外部の名前で売り場を埋める発想であり、アクアスキュータムはその延長線上に、しかも借りるのではなく所有する形で置かれた。1988年に実質的創業者の尾上清氏が世を去ったことも、方針を変える契機になったと当時は見られている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1989年に「トクコ・プルミエヴォル」「ニノ・セルッティ」、90年に「ヘンリー・コットンズ」を投入し、その上にアクアスキュータムを置いた。グループに君臨した実質的創業者の尾上清が88年に亡くなったことも方針転換の契機とされた",
                      "原文": "「助っ人ブランド」＝八九年に「トクコ・プルミエヴォル」「ニノ・セルッティ」、九〇年に「ヘンリー・コットンズ」を投入し、その上にアクアスキュータム。グループに君臨した実質的創業者の尾上清氏が八八年に亡くなったことも方針転換の契機。",
                      "source": "日経ビジネス 1990年9月24日号「リストラ戦略 レナウン 助っ人ブランドで低迷打開、事業本部が指揮」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "重衣料に自社で出られない事情もあった。紳士服は1970年設立のダーバン、婦人服は1962年設立のレナウンルックへ分社しており、本体が同じ土俵に立てば身内と競合する。外から格のあるブランドを持ち込めば、この制約に触れずに百貨店の売り場を取れる。買収は、組織の形が生んだ回り道への答えでもあった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "重衣料に出られなかったのは紳士服をダーバン（70年設立）、婦人服をレナウンルック（62年設立）に分社していたためである",
                      "原文": "重衣料に出られなかったのは紳士服をダーバン（七〇年設立）、婦人服をレナウンルック（六二年設立）に分社していたため。",
                      "source": "日経ビジネス 1990年9月24日号「リストラ戦略 レナウン 助っ人ブランドで低迷打開、事業本部が指揮」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "4日間で決めた買収",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1990年4月、レナウンはアクアスキュータム社の買収を発表した。仕掛けたのは当時副社長の松坂萬丈氏である。単身ロンドンに乗り込み、金曜に同意を取り付け、週明け月曜に株式公開買い付けを成立させた。交渉から決着まで4日間であった。買収話が持ち込まれたのは発表のわずか1か月前で、社内で長く検討を重ねた案件ではない。翌1991年3月に社長へ就く人物が、就任前にこの案件を成立させている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "松坂萬丈は仕掛け人として単身ロンドンに乗り込み、金曜に同意、週明け月曜にTOBで成立させ、180億円の買収を4日間で完了した",
                      "原文": "アクアスキュータム買収では仕掛け人として単身ロンドンに乗り込み、金曜に同意、週明け月曜にＴＯＢで成立、一八〇億円の買収を四日間で完了した。",
                      "source": "日経ビジネス 1991年6月17日号「新社長登場 松坂萬丈氏［レナウン］」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1990年4月に英アクアスキュータム社の買収を発表した。買収話が持ち込まれたのは発表のわずか1カ月前だった",
                      "原文": "九〇年四月、英アクアスキュータム社買収を発表。買収話が持ち込まれたのは発表のわずか一カ月前。",
                      "source": "日経ビジネス 1990年9月24日号「リストラ戦略 レナウン 助っ人ブランドで低迷打開、事業本部が指揮」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "買収額は資料によって開きがある。当事者の証言に基づく1991年の報道は180億円、1998年の報道は230億円、2008年の報道は約200億円と記す。いずれにせよ、営業利益が25億円まで落ちた会社が、その数年分にあたる額を一件のブランドに投じた。金田康男社長はこのブランドについて「最終的にはレナウンの主力ブランドになるだろう」と述べている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "買収額は1991年の報道が180億円、1998年の報道が230億円、2008年の報道が約200億円と食い違う",
                      "原文": "二三〇億円の大金を使った９０年の英国著名紳士服アクアスキュータム社の買収ではないか。",
                      "source": "週刊東洋経済 1998年9月26日号「企業危機のレナウン リーダー不在の病転げ落ち、再生に苦しむ「イエイエ娘」」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "金田康男社長はアクアスキュータムについて「最終的にはレナウンの主力ブランドになるだろう」と述べた",
                      "原文": "金田社長「最終的にはレナウンの主力ブランドになるだろう」。",
                      "source": "日経ビジネス 1990年9月24日号「リストラ戦略 レナウン 助っ人ブランドで低迷打開、事業本部が指揮」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "買っても日本で売れない状態",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "買収には、日本市場に関する制約が付いていた。アクアスキュータムの日本での生産・販売ライセンス権は1994年まで三菱商事が保有しており、その下で国内20社がライセンス生産をしていた。買い手が変わったことにその20社は反発する。世界の商標を手に入れながら、最も売りたい自国の市場では4年間、自社ブランドとして自由に動かせない状態が続いた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "日本での生産・販売ライセンス権は1994年まで三菱商事が保有し、下でライセンス生産する国内20社が反発した",
                      "原文": "ただし日本での生産・販売ライセンス権は一九九四年まで三菱商事が保有、下でライセンス生産する国内二〇社が反発。",
                      "source": "日経ビジネス 1990年9月24日号「リストラ戦略 レナウン 助っ人ブランドで低迷打開、事業本部が指揮」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "4日間で決めた案件に、この条件をどこまで織り込めたかは分からない。ただ、買収の目的が国内百貨店での格の獲得にあったとすれば、その効果は最初の数年間、契約によって止められていた。1995年の報道が「一時は海外企業買収の失敗例とまで言われた」と振り返るのは、この期間の評価を指している。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1995年時点で「200億円を投じたアクアスキュータムも一時は海外企業買収の失敗例とまで言われたが、ようやく100億円ブランドに成長」と報じられた",
                      "原文": "二〇〇億円を投じたアクアスキュータムも「一時は海外企業買収の失敗例とまで言われたが、ようやく一〇〇億円ブランドに成長」。",
                      "source": "日経ビジネス 1995年2月13日号「ケーススタディー レナウン、営業力低下で苦境」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "育ってから、手放すまで",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "ライセンス権が戻った後、アクアスキュータムは伸びた。1995年には店頭で100億円規模のブランドに育ち、同じ時期に発売した「J・クルー」も3年目で店頭売上高100億円を超えている。買収の狙いは、時間はかかったものの果たされた。2006年からの3年間には、商品企画の刷新と米国展開の再挑戦に約60億円を投じ、さらに強化を図っている。買った格を自社の柱に育てる方向は、この時点まで維持されていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1993年発売の「J・クルー」が3年目で店頭売上高100億円超、200億円を投じたアクアスキュータムもようやく100億円ブランドに成長した",
                      "原文": "明るい材料＝九三年発売の「Ｊ・クルー」が三年目で店頭売上高一〇〇億円超。",
                      "source": "日経ビジネス 1995年2月13日号「ケーススタディー レナウン、営業力低下で苦境」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "アクアスキュータムのブランド強化に2006年からの3年間で約60億円を投じ、商品企画の刷新と米国展開の再挑戦を行った",
                      "原文": "商品企画を刷新し、いったん撤退した米国展開にも再チャレンジ。ブランド強化に投じた金額は、０６年からの３年間で約６０億円にも上る。",
                      "source": "週刊東洋経済 2008年11月1日号「名門レナウンの窮地 繰り返す大リストラ」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "2008年10月、レナウンはアクアスキュータムの売却を決めた。中村実社長は「160年近い歴史を誇るすばらしいブランドで今後の可能性も大いにある。個人的にも非常に愛着があるが、残念ながら売却を決断せざるをえなかった」と語っている。売却は2009年9月に実行され、レナウンの連結から外れた。海外での赤字が続いていたことが理由であり、買ってから19年後に、格は再び外へ出た。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2008年10月にアクアスキュータムの売却を決定し、中村実社長は「個人的にも非常に愛着があるが、残念ながら売却を決断せざるをえなかった」と述べた",
                      "原文": "アクアスキュータムは、１６０年近い歴史を誇るすばらしいブランドで今後の可能性も大いにある。個人的にも非常に愛着があるが、残念ながら売却を決断せざるをえなかった。",
                      "source": "週刊東洋経済 2008年11月1日号「名門レナウンの窮地 繰り返す大リストラ」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2009年9月にAquascutum Group Limitedの株式を売却し、同社が子会社から外れた。海外で多額の赤字を出していた",
                      "原文": "昨年売却した「アクアスキュータム」も、日本ではサブライセンスの形で事業を続けていくが、海外で多額の赤字を出していたのは確かだ。",
                      "source": "週刊東洋経済 2010年6月19日号「緊急インタビュー レナウン社長 北畑稔 会社も自分も追い込んだ 中国との提携で一変させる」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "筆者見解",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "自前でデザイナーを育ててこなかった会社が、格のあるブランドを外から買う。1990年の判断は、当時の選択肢として理に適っていた。1985年に28ブランドを一挙投入して成果が出ず、自社で作る道の答えは既に出ていたからである。踏み切れたのは、営業外収益で経常利益を作れる財務の余裕が残っていたことと、1988年に尾上清氏を失って社内の重石が外れたことが重なったためだとみられる。問題は、決着までの4日間で日本市場の権利関係をどこまで確かめられたかにある。"
                },
                {
                  "text": "買った格は、ライセンス権が戻った後に100億円規模まで育った。その意味でこの買収は失敗ではない。ただし2006年からの3年でさらに60億円を投じたうえで、2008年に売却が決まる。育てた資産を、本体の資金繰りのために手放す順序になった。ブランドを買うことは、それを支える本業の体力を前提にする。前提が崩れれば、育ったブランドほど先に現金化の対象になる——19年をかけた往復が示すのは、この関係だといえる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "日経ビジネス 1990年9月24日号「リストラ戦略 レナウン 助っ人ブランドで低迷打開、事業本部が指揮」",
        "日経ビジネス 1991年6月17日号「新社長登場 松坂萬丈氏［レナウン］」",
        "日経ビジネス 1995年2月13日号「ケーススタディー レナウン、営業力低下で苦境」",
        "週刊東洋経済 1998年9月26日号「企業危機のレナウン リーダー不在の病転げ落ち、再生に苦しむ「イエイエ娘」」",
        "週刊東洋経済 2008年11月1日号「名門レナウンの窮地 繰り返す大リストラ」",
        "週刊東洋経済 2010年6月19日号「緊急インタビュー レナウン社長 北畑稔 会社も自分も追い込んだ 中国との提携で一変させる」"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-25"
    },
    {
      "slug": "mizuno-full-mandate-1998",
      "url": "/tse/3606/decisions/mizuno-full-mandate-1998/",
      "year": 1998,
      "month": 2,
      "schema_version": "1.0",
      "stock_code": "3606",
      "decision_id": "3606-mizuno-full-mandate-1998",
      "type": "restructuring",
      "tags": [
        "tr-turnaround",
        "tr-crisis",
        "gv-board"
      ],
      "title": "外様の会長への全権委任と、役員全員による辞職届の提出",
      "subtitle": "「私は破産管財人のつもりでこの会社に来た」——8期連続経常赤字の会社が誰に何を預けたか",
      "status": "implemented",
      "status_label": "実施",
      "scheme": null,
      "ratio": null,
      "issue": "再建体制と経営責任",
      "decider": "水野史郎（会長）",
      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "1998年、レナウンが本体では外様にあたる水野史郎氏を顧問として迎え、4月に会長へ据えた経営判断。水野会長は「私は破産管財人のつもりでこの会社に来た」と宣言し、豊田圭二社長以下の役員全員が辞職届を書いて預けた。以後、会長が事実上の全権を握って再建にあたる体制へ移った。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "1991年12月期以降、経常赤字は8期続いていた。1997年12月には社債の償還で資金繰りに窮しているとの噂が流れ、株価は初めて額面を割って一時35円まで下げる。1998年1月期の売上高は1833億円で、同年2月期に1846億円を計上したオンワード樫山に抜かれ、アパレル首位の座を初めて明け渡した。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "水野会長は役員を20人から14人に減らし、社長を副社長待遇へ降格させ、役員全員の報酬を削った。3月には約3100人の正社員を対象に3日間で希望退職を募り、500人強が5月末で去る。ブランドは60から40前後へ、量販店向けの自主企画品と肌着・靴下の約200ブランドも順次減らした。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "経営責任を問う手続きと再建の実務を、社外に近い一人に集約した判断である。水野会長は尾上清氏の遺訓を引きながら、利益を放置して財テクに走ったことが危機を招いたと総括した。以後の資産売却は住友銀行から入った小野寺満芳副社長が担い、2000年1月期に10期ぶりの経常黒字へつながる。"
        }
      ],
      "parties": [
        {
          "stock_code": "3606",
          "name": "レナウン",
          "role": "当事者",
          "at_deal": {
            "note": "8期連続の経常赤字。1998年1月期にアパレル首位の座をオンワード樫山へ明け渡した"
          }
        }
      ],
      "dates": {
        "reported": "1997-12",
        "announced": "1998-02",
        "agreed": null,
        "closed": "1998-04",
        "terminated": null
      },
      "breakdown": {
        "reason_type": "financial",
        "summary": "8期連続の経常赤字と資金繰り不安のなかで、経営責任の整理と再建の実務を外様の会長へ一元化する"
      },
      "timeline": [
        {
          "year": 1991,
          "month": 12,
          "title": "85億円の営業赤字に転落。以後1998年まで8期連続の経常赤字が続く"
        },
        {
          "year": 1994,
          "month": 11,
          "title": "創業以来初の希望退職。400人の枠に601人が応募"
        },
        {
          "year": 1995,
          "month": 1,
          "title": "松坂萬丈社長が退任せず副社長へ降格し、豊田圭二が社長に就任"
        },
        {
          "year": 1997,
          "month": 12,
          "title": "社債償還をめぐる噂で株価が額面を割り、一時35円まで下落"
        },
        {
          "year": 1998,
          "month": 2,
          "title": "水野史郎が顧問に就任（4月に会長）。役員全員が辞職届を提出し全権を委ねる",
          "highlight": true
        },
        {
          "year": 1998,
          "month": 3,
          "title": "約3100人を対象に希望退職を募集し500人強が退職。再建三カ年計画を発表"
        },
        {
          "year": 1999,
          "title": "保有する銀行株をすべて売却し、本社ビルも95億円で売却"
        },
        {
          "year": 2000,
          "month": 1,
          "title": "10期ぶりに経常黒字へ転換"
        }
      ],
      "snapshot": {
        "fiscal_year": "1998年1月期",
        "source": "日経ビジネス 1998年4月20日号「ケーススタディー レナウン、最後の賭け」",
        "companies": [
          {
            "stock_code": "3606",
            "name": "レナウン",
            "fiscal_year": "1998年1月期",
            "president": "豊田圭二",
            "hq": "大阪府",
            "sales": {
              "num": 1833,
              "unit": "億円",
              "note": "前年度比4.5%減。オンワード樫山に抜かれ首位から陥落"
            },
            "segments": [],
            "operating_profit": {
              "num": null,
              "unit": "億円"
            },
            "ordinary_profit": {
              "num": null,
              "unit": "億円",
              "note": "1991年12月期以降8期連続の経常赤字"
            },
            "net_profit": {
              "num": null,
              "unit": "億円"
            },
            "equity_ratio": null,
            "roe": null,
            "employees": {
              "num": 3100,
              "unit": "人",
              "note": "1998年3月時点の正社員数（希望退職の対象者数）"
            },
            "avg_salary": null
          }
        ]
      },
      "report": [
        {
          "section": "background",
          "label": "背景",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "8期続いた経常赤字と、額面を割った株価",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1991年12月期に初めて営業赤字へ転落してから、レナウンの経常赤字は8期続いた。1994年11月には創業以来初の希望退職を募り、400人の枠に601人が応じている。締切の1週間以上前に定員が埋まった。1995年1月には松坂萬丈社長が退任せず副社長へ降格し、豊田圭二氏が社長に就く。責任の取り方をめぐっては「本来、役員が経営責任を取るには退任しかない」との批判も出た。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1994年11月から12月にかけて創業以来初の希望退職を募集し、400人予定に対し601人が応募、締切の1週間以上前に定員が充足した",
                      "原文": "創業以来初の希望退職募集。四〇〇人予定に対し六〇一人（出向者含む）が応募し、締切（一二月七日）の一週間以上前に定員充足。",
                      "source": "日経ビジネス 1995年2月13日号「ケーススタディー レナウン、営業力低下で苦境」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1995年1月に松坂萬丈前社長が退任せず自ら副社長に降格し、豊田圭二が新社長となった。「本来、役員が経営責任を取るには退任しかない」との批判が出た",
                      "原文": "松坂萬丈前社長は退任せず自ら副社長に降格し、豊田圭二が新社長。「本来、役員が経営責任を取るには退任しかない。降格で許されるならば、レナウンの社長は他社の部長クラスか」との批判。",
                      "source": "日経ビジネス 1995年2月13日号「ケーススタディー レナウン、営業力低下で苦境」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "1997年12月、レナウンが社債の償還で資金繰りに困っているという噂が流れた。株価は初めて額面を割り、一時35円まで下げる。百貨店・取引銀行・商社の幹部が動いた。彼らが経営参加を強く求めた相手が、水野史郎氏である。1998年1月期の売上高は前年度比4.5％減の1833億円で、同年2月期に1846億円を計上したオンワード樫山に抜かれた。アパレル首位の座を明け渡したのは、このときが初めてであった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1997年12月に社債償還で資金繰りに困っているとの噂が流れ、株価が初めて額面を割り一時35円まで下落した。百貨店・取引銀行・商社の幹部が水野史郎に経営参加を強く要請した",
                      "原文": "引き金は「レナウンが社債の償還を迎えて資金繰りに困っている」との噂。株価が初めて額面を割り一時三五円まで下落。百貨店・取引銀行・商社の幹部が水野氏に経営参加を強く要請。",
                      "source": "日経ビジネス 1998年4月20日号「ケーススタディー レナウン、最後の賭け」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "98年1月期売上高は前年度比4.5%減の1833億円で、同年2月期1846億円のオンワード樫山に抜かれアパレル首位の座を初めて明け渡した",
                      "原文": "九八年一月期売上高は前年度比四・五％減の一八三三億円で、同年二月期一八四六億円のオンワード樫山に抜かれアパレル首位の座を初めて明け渡した。",
                      "source": "日経ビジネス 1998年4月20日号「ケーススタディー レナウン、最後の賭け」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "どんぶり勘定と押し込み",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "赤字の作られ方は、取引と勘定の両面にあった。商品別の経費分析がなく、経費は売上に比例して配分する扱いだった。営業員の実績は出荷量で決まるため、期末には売り場へ商品を押し込む。納品伝票と同時に返品伝票を書く例もあった。東京支店の赤字は本社経費でカバーされ、どこで損が出ているかが見えない構造になっていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "商品別の経費分析がなく「どんぶり勘定」で経費を売上比例配分し、営業員の実績が出荷量で決まるため期末に「押し込み」が行われ、納品伝票と同時に返品伝票を書く例もあった。東京支店の赤字を本社経費でカバーする構造だった",
                      "原文": "商品別の経費分析がなく「どんぶり勘定」で経費を売上比例配分／営業員の実績が出荷量で決まるため期末に「押し込み」（納品伝票と同時に返品伝票を書く例も）／東京支店の赤字を本社経費でカバーする構造。",
                      "source": "日経ビジネス 1998年4月20日号「ケーススタディー レナウン、最後の賭け」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "働き方も市場とずれていた。土曜出社を決めたのは1998年の1年前で、それまで週休2日を通していた。1995年の取材では、伊勢丹が日曜の応援を頼んでも「休日出勤すると労組がうるさいから」と断られた例が挙がっている。1991年に約420億円を投じて建てた習志野の物流センターも、稼ぎ時の土日祝日は稼働しなかった。売り場が動く日に会社が止まる状態が、長く放置されていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1998年2月に土曜出社を決めるまで週休2日制だった",
                      "原文": "「昨年二月に土曜出社を決めるまで週休二日制」。",
                      "source": "日経ビジネス 1998年4月20日号「ケーススタディー レナウン、最後の賭け」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1991年に千葉県習志野市へ約420億円を投じて物流センターを建設したが、稼ぎ時の土日祝は「強い労組」を背景に休みだった。伊勢丹では日曜の応援要請に「休日出勤すると労組がうるさいから」と返された",
                      "原文": "九一年に千葉県習志野市へ約四二〇億円を投じ物流センターを建設したが、稼ぎ時の土日祝は「強い労組」を背景に休み。",
                      "source": "日経ビジネス 1995年2月13日号「ケーススタディー レナウン、営業力低下で苦境」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "外様を呼ぶ",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "水野史郎氏は1954年に前身の佐々木営業部へ入社した人物である。ただし1972年からダーバンへ取締役大阪支店長として出向し、1986年にはレリアン社長を務めた。経歴の大半をグループ会社で過ごしており、レナウン本体では外様にあたる。1998年2月1日付で顧問に就き、4月28日に会長へ就任した。当時68歳である。生え抜きの序列から選ばなかったところに、この人事の性格が表れている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "水野史郎は1954年に前身の佐々木営業部に入社、72年からダーバンへ取締役大阪支店長として出向、86年にレリアン社長。98年2月1日付でレナウン顧問、4月28日に会長就任。当年68歳でレナウン本体では「いわば外様」だった",
                      "原文": "新会長は水野史郎。一九五四年に前身の佐々木営業部に入社、七二年からダーバンへ取締役大阪支店長として出向、八六年レリアン社長。九八年二月一日付でレナウン顧問、四月二八日に会長就任。当年六八歳、レナウン本体では「いわば外様」。",
                      "source": "日経ビジネス 1998年4月20日号「ケーススタディー レナウン、最後の賭け」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "着任にあたって水野会長が述べたのは、再建計画の中身ではなく立場の宣言だった。「私は破産管財人のつもりでこの会社に来た。経営再建に向けて、全面的に協力してほしい」。これを受けて豊田圭二社長以下の役員全員が辞職届を書いて預け、水野会長が事実上の経営の全権を掌握する。経営陣の進退を会長の判断に委ねる形であり、責任の所在を一点にまとめる手続きでもあった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "水野史郎は「私は破産管財人のつもりでこの会社に来た。経営再建に向けて、全面的に協力してほしい」と宣言し、豊田圭二社長以下役員全員が辞職届を書いて預け、水野が事実上経営の全権を掌握した",
                      "原文": "私は破産管財人のつもりでこの会社に来た。経営再建に向けて、全面的に協力してほしい。→豊田圭二社長以下役員全員が辞職届を書いて預け、水野氏が事実上経営の全権を掌握。",
                      "source": "日経ビジネス 1998年4月20日号「ケーススタディー レナウン、最後の賭け」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "削る対象を並べる",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "手を付けた順序は、まず自分たちからであった。役員は20人から14人に減り、社長は副社長待遇へ降格し、役員全員の報酬が削られる。管理職の年間休日は115日から103日になった。そのうえで3月23日から3日間、約3100人の正社員を対象に希望退職を募る。500人強が5月31日付で会社を去った。1994年に続く2度目の募集である。営業員も約1000人から3割前後を減らす計画だった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "役員20人→14人、社長の副社長待遇への降格、役員全員の報酬カット、管理職の年間休日115日→103日を実施。3月23日から3日間、約3100人の正社員を対象に希望退職を募集し500人強が5月31日付退職（94年に続き2回目）。営業員約1000人を3割前後削減した",
                      "原文": "役員二〇人→一四人、社長の副社長待遇への降格、役員全員の報酬カット、管理職の年間休日一一五日→一〇三日。三月二三日から三日間、約三一〇〇人の正社員を対象に希望退職を募集し五〇〇人強が五月三一日付退職（九四年に続き二回目）。営業員約一〇〇〇人を三割前後削減。",
                      "source": "日経ビジネス 1998年4月20日号「ケーススタディー レナウン、最後の賭け」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "商品の側も絞った。ナショナルブランドは60から40前後へ、量販店向けの自主企画品と肌着・靴下の約200ブランドも順次減らす。量販店向けの売上高は170億円から約90億円まで落とす計画で、売上を捨てて採算を取る方針が明確だった。是正策として東京支店・大阪支店など5つの販売部門をカンパニー制に分け、それぞれに利益責任を負わせる。最も赤字幅の大きい東京支店の責任者は、降格した豊田社長が兼務した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "NBブランドを60から40前後へ、量販店向けPB・肌着靴下ブランド約200も随時削減し、量販店向け売上170億円を約90億円にする方針。東京支店・大阪支店など5つの販売部門をカンパニー制に分け利益責任を持たせ、最も赤字幅の大きい東京支店の責任者は豊田社長が兼務した",
                      "原文": "ＮＢブランド六〇→四〇前後、量販店向けＰＢ・肌着靴下ブランド約二〇〇も随時削減、量販店向け売上一七〇億円→約九〇億円。是正策として東京支店・大阪支店など五つの販売部門に分けカンパニー制で利益責任を持たせ、最も赤字幅の大きい東京支店の責任者は豊田社長が兼務。",
                      "source": "日経ビジネス 1998年4月20日号「ケーススタディー レナウン、最後の賭け」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "資産を売り切り、10期ぶりの黒字へ",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "資産の側を担ったのは、住友銀行から乗り込んだ小野寺満芳副社長である。メインバンクの住友銀行や東京三菱の株を含め、保有する銀行株をすべて売却した。百貨店など取引先との持ち合いも解消し、本社ビルは95億円で住宅・都市整備公団に売る。約1000億円あった有利子負債は1期で半減させる方針だった。1999年7月中間期は売上高が23％減ったものの、有価証券売却益57億円で経常利益8億円を確保している。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "住友銀行出身の小野寺満芳副社長が保有する銀行株をすべて売却し、本社ビルは95億円で住都公団に売却、約1000億円の有利子負債を今期中に半減する方針を示した。1999年7月中間期は売上23%減ながら有価証券売却益57億円で経常利益8億円を確保した",
                      "原文": "実は中間期に計上した五七億円の有証売却益は、メインバンクの住友銀行や東京三菱など、保有していた銀行株をすべて売り払ったもの。〜本社ビルはすでに九五億円で住都公団に売却しており〜約一〇〇〇億円の有利子負債を今期中に半減する方針だ。",
                      "source": "週刊東洋経済 1999年10月2日号「裸一貫10年ぶり黒字へ 資産すべて売り払い名門レナウン裸の再出発」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "通期の2000年1月期は経常利益43億円を見込み、経常黒字は1990年12月期以来10期ぶりとなる見通しになった。人員は希望退職を含め約700名を減らし、残る1800名にはレナウン・アカデミーで再教育を施している。2001年度にも400名の削減と子供服・ベビー服からの撤退を実施した。営業利益が浮上したのは2002年度で、最初の営業赤字から12年が経っていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2000年1月期は経常利益43億円を予想し、経常黒字は1990年12月期以来となった。希望退職を含め約700名を削減し、残った社員1800名にはレナウン・アカデミーで再教育を行った",
                      "原文": "経常利益は四三億円（同六八億円の赤字）の予想。経常黒字は９０年１２月期以来のことだ。〜希望退職を含め約七〇〇名を削減する一方、残った社員一八〇〇名には社員教育会社のレナウン・アカデミーで企業の存在理念を再教育しており〜",
                      "source": "週刊東洋経済 1999年10月2日号「裸一貫10年ぶり黒字へ 資産すべて売り払い名門レナウン裸の再出発」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2001年度に400人の人員削減と子供・ベビー服など不採算事業からの撤退を断行し、営業利益が浮上したのは12年を経た2002年度だった",
                      "原文": "ブランドの統廃合、不採算売り場からの撤退などを繰り返し、営業利益が浮上するのは、それから実に１２年を経た０２年度。",
                      "source": "週刊東洋経済 2008年11月1日号「名門レナウンの窮地 繰り返す大リストラ」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "筆者見解",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "「私は破産管財人のつもりでこの会社に来た」。この一言で役員全員が辞職届を出した事実は、当時の社内に決着をつける力が残っていなかったことを示している。1995年に松坂萬丈社長が退任せず副社長へ降格したとき、責任の取り方をめぐって批判が出た。生え抜きの序列では進退を決められない状態が3年続き、外様の68歳に預けるところまで来た。水野史郎会長が本体に長くいなかったからこそ、役員の削減も社長の降格も情実なしに並べられたのだとみられる。"
                },
                {
                  "text": "ただし、この体制が直したのは勘定と人員であって、売る力ではない。水野会長自身が、尾上清氏の「やみくもに売上高を伸ばそうとするのではなく、利益がきちんと取れる企業にならなければならない」という教えを引き、それが忘れられて財テクに走ったことが危機を招いたと総括している。教えを思い出す形の再建は、失ったものを取り戻す作業までは含まない。2000年1月期の経常黒字が有価証券売却益に支えられていた事実が、その限界を示しているといえる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "日経ビジネス 1995年2月13日号「ケーススタディー レナウン、営業力低下で苦境」",
        "日経ビジネス 1998年4月20日号「ケーススタディー レナウン、最後の賭け」",
        "週刊東洋経済 1998年9月26日号「企業危機のレナウン リーダー不在の病転げ落ち、再生に苦しむ「イエイエ娘」」",
        "週刊東洋経済 1999年10月2日号「裸一貫10年ぶり黒字へ 資産すべて売り払い名門レナウン裸の再出発」",
        "週刊東洋経済 2008年11月1日号「名門レナウンの窮地 繰り返す大リストラ」"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-25"
    },
    {
      "slug": "shandong-ruyi-capital-2010",
      "url": "/tse/3606/decisions/shandong-ruyi-capital-2010/",
      "year": 2010,
      "month": 5,
      "schema_version": "1.0",
      "stock_code": "3606",
      "decision_id": "3606-shandong-ruyi-capital-2010",
      "type": "capital",
      "tags": [
        "cp-finance",
        "ma-crossborder-in",
        "ma-rescue"
      ],
      "regions": [
        "china"
      ],
      "title": "中国・山東如意科技集団への第三者割当増資と、外資の傘下入り",
      "subtitle": "ファンドか事業会社か——売れる資産が尽きた会社は誰を選んだか",
      "status": "implemented",
      "status_label": "実施",
      "scheme": "第三者割当増資による約4割の株式取得",
      "ratio": "約40%",
      "issue": "資本政策と再建のパートナー選び",
      "decider": "北畑稔（社長）",
      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "2010年7月、レナウンが中国の繊維大手・山東如意科技集団を割当先に約40億円の第三者割当増資を実施し、同社が4割を握る筆頭株主となった経営判断。中国企業が東証一部上場企業を買収する初めての事例となった。北畑稔社長は交渉相手に投資ファンドもいたと認めたうえで、事業会社を選んだ理由を説明している。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "2010年2月期まで3期連続の営業赤字が続き、アクアスキュータムとレリアンという主力ブランドは既に売却済みであった。本社ビルも売却して賃借に切り替えており、仕入れに担保を入れざるをえないところまで信用力が落ちていた。筆頭株主のネオラインは、5月の株主総会で現経営陣の選任に反対する方針を表明していた。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "山東如意は当初過半数の取得を求めたが、レナウン側の抵抗で約4割に落ち着いた。取締役会はレナウン3人・山東如意3人・社外1人で構成し、5年間は買い増しも売却も制限する条項を付けた。邱亜夫董事長が百貨店売り場を調べたうえで、「シンプルライフ」など4ブランドの中国展開を計画した。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "資本と海外の売り場を同時に得る狙いだったが、10年後、この親会社との取引が破綻の直接の引き金になる。2019年12月期に山東如意の子会社向け売掛金が回収できず53億円の貸倒引当金を計上し、連帯債務者だった山東如意は債務保証を実行しなかった。"
        }
      ],
      "parties": [
        {
          "stock_code": "3606",
          "name": "レナウン",
          "role": "発行会社",
          "at_deal": {
            "note": "3期連続営業赤字。アクアスキュータム・レリアンを売却済みで、売れる資産が尽きていた"
          }
        },
        {
          "name": "山東如意科技集団",
          "role": "引受先",
          "at_deal": {
            "note": "中国・山東省済寧市に本拠を置く毛紡績大手。2009年の売上高は107億元（約1450億円）"
          }
        }
      ],
      "dates": {
        "reported": "2010-05",
        "announced": "2010-05",
        "agreed": "2010-05",
        "closed": "2010-07",
        "terminated": null
      },
      "breakdown": {
        "reason_type": "financial",
        "summary": "売却できる資産が尽き、株主からの退陣圧力も受けるなかで、資本と中国の売り場を同時に得られる相手として事業会社を選ぶ"
      },
      "timeline": [
        {
          "year": 2008,
          "month": 9,
          "title": "カレイド・ホールディングスが保有株を26億円でネオラインへ転売し撤退"
        },
        {
          "year": 2008,
          "month": 10,
          "title": "アクアスキュータムの売却と16ブランド廃止、400名の人員削減を発表"
        },
        {
          "year": 2009,
          "month": 5,
          "title": "中村実社長ら取締役が総退陣し、経営企画部長の北畑稔が47歳で社長に就任"
        },
        {
          "year": 2010,
          "month": 1,
          "title": "主力ブランドのレリアン株を売却し子会社から外れる"
        },
        {
          "year": 2010,
          "month": 7,
          "title": "山東如意科技集団を割当先に約40億円の第三者割当増資。同社が4割を握る筆頭株主となる",
          "highlight": true
        },
        {
          "year": 2013,
          "month": 12,
          "title": "済寧如意投資が29億円を追加出資し、山東如意グループの持株比率が53%に上がる"
        },
        {
          "year": 2019,
          "month": 12,
          "title": "山東如意の子会社向け売掛金の回収が滞り53億円の貸倒引当金を計上"
        },
        {
          "year": 2020,
          "month": 5,
          "title": "民事再生手続き開始の決定。連帯債務者だった山東如意は債務保証を実行せず"
        }
      ],
      "snapshot": {
        "fiscal_year": "2010年2月期",
        "source": "レナウン 有価証券報告書（2010年2月期・連結）",
        "companies": [
          {
            "stock_code": "3606",
            "name": "レナウン",
            "fiscal_year": "2010年2月期（連結）",
            "president": "北畑稔",
            "hq": "東京都",
            "sales": {
              "num": 1291,
              "unit": "億円"
            },
            "segments": [],
            "operating_profit": {
              "num": null,
              "unit": "億円",
              "note": "3期連続の営業赤字"
            },
            "ordinary_profit": {
              "num": -6,
              "unit": "億円"
            },
            "net_profit": {
              "num": -109,
              "unit": "億円"
            },
            "equity_ratio": null,
            "roe": null,
            "employees": {
              "num": 1571,
              "unit": "人",
              "note": "連結従業員数。前期3851人から減少"
            },
            "avg_salary": null
          }
        ]
      },
      "report": [
        {
          "section": "background",
          "label": "背景",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "売れるものが尽きた",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "2010年春のレナウンには、切れる手札がほとんど残っていなかった。2010年2月期まで3期連続の営業赤字が続き、その過程で「アクアスキュータム」「レリアン」という主力ブランドを手放している。連結売上高は2007年2月期の1763億円から2010年2月期に1291億円へ落ち、翌期には733億円まで縮む。従業員数も2009年2月期の3851名から翌期には1571名になった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2010年2月期まで3期連続の営業赤字で、その過程でアクアスキュータム・レリアンなど虎の子の主力ブランドの売却を余儀なくされた。今期の売上は690億円まで縮小し、直近のピークだった07年2月期の4割程度になる見通しだった",
                      "原文": "レナウンの業績は２０１０年２月期まで３期連続の営業赤字だ。その過程で、「アクアスキュータム」「レリアン」など同社にとって虎の子といえる、主力ブランドの売却を余儀なくされた。今期の売り上げは６９０億円まで縮小し、直近のピークだった０７年２月期の４割程度になる見通し。",
                      "source": "週刊東洋経済 2010年5月29日号「スクープ 名門レナウンを中国企業が買収へ」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "連結売上高は2007年2月期1763億円、2010年2月期1291億円、2011年2月期733億円。連結従業員数は2009年2月期3851名から2010年2月期1571名へ減少した",
                      "原文": "2010年2月期の連結売上高は129,055百万円、2011年2月期は73,254百万円。連結従業員数は2009年2月期3,851人、2010年2月期1,571人。",
                      "source": "レナウン 有価証券報告書（2011年2月期・連結）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "資産の側も同じであった。本社ビルは売却したうえで賃借して入居しており、売れるものはほぼ売り尽くしている。信用力は仕入れに担保を入れざるをえないところまで落ちていた。何かを始めようにも財源がない。前年にも中国の大手企業と交渉した経緯があるが、最大ブランドのレリアンを売ったことで相手が意欲を失い、話は立ち消えになっていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "本社ビルも含めもはや売れるものはすべて売却済みで、仕入れに担保を入れざるをえないところまで信用力が低下していた。前年も中国大手と交渉したがレリアン売却で中国側が意欲を喪失し立ち消えになった",
                      "原文": "本社ビルも含め、もはや売れるものはすべて売却済みだ。レナウンの信用力は、仕入れに担保を入れざるをえないところまで低下しており、何かをしようにも財源がない。昨年も中国の大手企業と交渉したが、最大ブランド「レリアン」を売ったことで、中国側が意欲を喪失。話は立ち消えになった。",
                      "source": "週刊東洋経済 2010年5月29日号「スクープ 名門レナウンを中国企業が買収へ」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "筆頭株主からの退陣要求",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "経営陣にはもう一つの圧力がかかっていた。発行済み株式の24.87％を握る筆頭株主ネオライン・ホールディングスが、2010年5月27日の株主総会で北畑稔社長ら現経営陣の選任に反対する方針を表明した。ネオライン側は「抜本的な経営改善を申し入れてきたが、事業面での低迷は顕著。経営改善策も目立った効果を上げていない」と述べた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "発行済み株式数の24.87%を保有する筆頭株主ネオライン・ホールディングスが2010年5月27日の株主総会で北畑稔社長など現経営陣の選任に反対する方針を表明した",
                      "原文": "現在の筆頭株主は、発行済み株式数の２４・８７％を保有するネオライン・ホールディングス。〜ネオラインは、５月２７日に予定されているレナウンの株主総会で、北畑稔社長など現経営陣の選任に反対する方針を表明している。",
                      "source": "週刊東洋経済 2010年5月29日号「スクープ 名門レナウンを中国企業が買収へ」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "この対立には前史がある。ネオラインは2008年9月、カレイド・ホールディングスからレナウン株を26億円で譲り受けた。2009年の総会では総帥の藤澤信義氏ら3人の取締役就任を求め、レナウン側は中村実社長ら取締役の総退陣と北畑氏の社長昇格を代案として示す。最終的に藤澤氏の社外取締役就任で折り合ったが、北畑社長が決めたレリアン売却に藤澤氏が反発し、2009年末に社外取締役を辞任していた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "ネオライン（当時かざかファイナンス）は08年9月にカレイドからレナウン株を譲り受け、09年の総会で藤澤信義ら3人の取締役就任を要求。レナウンは中村実社長ら取締役の総退陣と北畑稔の社長就任を代案とし、藤澤の社外取締役就任で折り合った。北畑社長が決断したレリアン売却に藤澤は反発し、2009年末に社外取締役を辞任した",
                      "原文": "０９年の総会でネオラインは、グループの総帥である藤澤信義氏ら３人を、レナウンの取締役にすることを要求。これを受けてレナウン側は当時の中村実社長ら取締役が総退陣し、経営企画部長だった北畑氏を社長にする代案を提示した。〜財務改善のため北畑社長が決断した「レリアン」売却に藤澤氏は反発。昨年末に社外取締役を辞任した。",
                      "source": "週刊東洋経済 2010年5月29日号「スクープ 名門レナウンを中国企業が買収へ」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "約40億円で4割",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "進退窮まった経営陣の前に現れたのが、中国・山東省済寧市に本拠を置く山東如意科技集団であった。2009年の売上高は107億元、日本円で約1450億円である。毛紡績で中国トップ級にあり、独自開発した極細ウール糸「如意紡」は中国政府から国家科学技術進歩一等賞を受けた。2010年1月には胡錦濤国家主席と温家宝首相の前で表彰されている。自主技術を重んじる当時の政権にとって模範とされる企業であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "山東如意集団は2009年の売上高107億元（約1450億円）で毛紡績で中国トップ級。独自開発した極細ウール糸「如意紡」は中国政府から「国家科学技術進歩一等賞」を授与され、2010年1月には胡錦濤国家主席・温家宝首相の前で表彰された",
                      "原文": "０９年の売上高が１０７億元（約１４５０億円）の同社は、毛紡績で中国トップ級。独自開発した極細ウール糸「如意紡」は中国政府から「国家科学技術進歩一等賞」を授与された。今年１月には胡錦濤国家主席、温家宝首相の前で表彰されたほどで、自主技術重視を掲げる現政権にとっての「模範企業」だ。",
                      "source": "週刊東洋経済 2010年5月29日号「スクープ 名門レナウンを中国企業が買収へ」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "山東如意は約40億円を投じて第三者割当増資を引き受け、4割を保有する筆頭株主となる案を示した。当初は過半数の取得を望んだが、レナウン側の抵抗で譲歩している。経営は基本的に現経営陣に委ね、取締役を数人派遣する形とした。取締役会はレナウン3人・山東如意3人・社外1人で構成し、5年間は買い増しも売却も制限する条項を付けている。中国企業が東証一部上場企業を買収する、初めての事例であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "山東如意は約40億円を投じてレナウンの第三者割当増資を引き受け40%程度を保有する筆頭株主になるスキームを提案した。当初は過半数を握ることを要望したがレナウン側の抵抗で譲歩し、経営は現経営陣に委ねて取締役を数人派遣する形とした",
                      "原文": "山東如意は約４０億円を投じてレナウンの第三者割当増資を引き受け、４０％程度を保有する筆頭株主になるスキームを提案している。当初は過半数を握ることを要望していたが、レナウン側の抵抗で譲歩した。基本的に経営は現経営陣に委ねるが、山東如意も取締役を数人派遣する。",
                      "source": "週刊東洋経済 2010年5月29日号「スクープ 名門レナウンを中国企業が買収へ」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "取締役会はレナウンと山東如意が各3人・社外取締役1人の構成となり、山東如意との契約では5年間は買い増しも売却も制限する条項を付けた",
                      "原文": "取締役会はレナウンと山東如意が各３人、社外取締役１人という構成となる〜一方で山東如意との契約では、５年間は買い増しも売却も制限する条項をつけた。",
                      "source": "週刊東洋経済 2010年6月19日号「緊急インタビュー レナウン社長 北畑稔 会社も自分も追い込んだ 中国との提携で一変させる」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "ファンドではなく事業会社",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "交渉相手は一つではなかった。北畑稔社長は投資ファンドも候補にあったと認めたうえで、選んだ理由をこう述べている。投資ファンドにはファンドなりの良さがあり、その考え方は参考になる。ただし原価削減やアパレル製品の海外展開を考えた場合、戦略的提携が組める事業会社のほうがパートナーとして望ましい、と。資本の出し手ではなく、中国での生産と売り場を一緒に動かせる相手を求めた判断であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "北畑稔社長は交渉相手が複数いたと認めたうえで「原価削減やアパレル製品の海外展開を考えた場合、戦略的提携が組める事業会社のほうが、パートナーとして望ましい」と述べた",
                      "原文": "交渉相手が複数いたのは事実。投資ファンドには投資ファンドのいい点があり、その考え方は非常に参考になる。しかし原価削減やアパレル製品の海外展開を考えた場合、戦略的提携が組める事業会社のほうが、パートナーとして望ましい。",
                      "source": "週刊東洋経済 2010年6月19日号「緊急インタビュー レナウン社長 北畑稔 会社も自分も追い込んだ 中国との提携で一変させる」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "中国での展開先も具体的だった。邱亜夫董事長が百貨店の売り場をくまなく調べたうえで、「シンプルライフ」「エンスウィート」「マーノ」「チャージ」の4ブランドを選んでいる。北畑社長は自らの立場についても率直だった。社長就任から1年でグループ企業の顔ぶれも資本の中身も変え、「会社も自分も追い込んだ」と語っている。現状維持では5年後どころか3年後の立ち位置もない、というのがその理由であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "邱亜夫董事長が百貨店売り場をくまなくリサーチし検討した結果、中国で展開するブランドとして「シンプルライフ」「エンスウィート」「マーノ」「チャージ」の四つを考えていた",
                      "原文": "邱亜夫董事長が百貨店売り場をくまなくリサーチし検討した結果、「シンプルライフ」（紳士・婦人）、「エンスウィート」（婦人）、「マーノ」（紳士・婦人）、「チャージ」（婦人）の四つを考えている。",
                      "source": "週刊東洋経済 2010年6月19日号「緊急インタビュー レナウン社長 北畑稔 会社も自分も追い込んだ 中国との提携で一変させる」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "北畑稔社長は「社長に就任して1年で、グループ企業の顔ぶれ、資本の中身もガラリと変えた。会社も自分も追い込んだ。現状維持では5年後はおろか、3年後の立ち位置もない」と述べた",
                      "原文": "社長に就任して１年で、グループ企業の顔ぶれ、資本の中身もガラリと変えた。会社も自分も追い込んだ。現状維持では５年後はおろか、３年後の立ち位置もない。",
                      "source": "週刊東洋経済 2010年6月19日号「緊急インタビュー レナウン社長 北畑稔 会社も自分も追い込んだ 中国との提携で一変させる」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "持株比率は上がり、数字は戻らなかった",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "資本関係は深まった。2013年12月にはグループの済寧如意投資が29億円を追加出資し、山東如意グループの持株比率は53％に上がる。派遣する役員の数も増え、経営への関与を強めた。一方で業績は戻らなかった。中期計画「RMAP」は2014年2月期に連結営業利益率7％を掲げたが達成されず、期初に営業黒字を見込みながら赤字で着地する期が続く。1992年からの23年間で最終黒字は2期しかなく、累積すれば1772億円の最終赤字にあたる。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "山東如意は2013年12月に29億円を追加出資して出資比率を53%に引き上げ、派遣する役員の数も増やして経営への関与を深めた",
                      "原文": "山東如意は昨年１２月、２９億円を追加出資して出資比率を５３％に引き上げた。派遣する役員の数も増やし、経営への関与を深めるという。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年5月30日号「M&A裏面史（1）メガネスーパー レナウン 出口なき迷宮にはまったM&A」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2010年策定の中期計画「RMAP」は2014年2月期に7%の連結営業利益達成を目指したが現実離れしたものになり、1992年からの23年間の最終損益を累積すると1772億円の赤字だった",
                      "原文": "「１４年２月期に７％の連結営業利益達成」を目指した、１０年策定の中期計画「ＲＭＡＰ」は、もはや現実離れしたものになった。〜２３年間の最終損益を累積すると１７７２億円もの赤字だ。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年5月30日号「M&A裏面史（1）メガネスーパー レナウン 出口なき迷宮にはまったM&A」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "決定的だったのは、親会社との取引そのものが焦げ付いたことである。決算期を12月へ変えた2019年12月期、山東如意の子会社である恒成国際発展有限公司向けの売掛金が回収できず、レナウンは53億円の貸倒引当金を計上した。営業損失は79億99百万円に達する。レナウンは連帯債務者だった山東如意に再三の支払いを求めたが、自らも買収に巨費を投じていた山東如意は債務保証を実行しなかった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2019年12月期に山東如意の子会社向け売掛金の回収が滞り53億円の貸倒引当金を計上し、79億円の営業赤字に陥った。レナウンは連帯債務者だった山東如意に再三支払いを求めたが、山東如意自身もM&Aに巨費を投じて資金繰りが苦しく債務保証を実行しなかった",
                      "原文": "１９年１２月期（１０カ月の変則決算）には、山東如意の子会社向け売掛金の回収が滞り、５３億円の貸倒引当金を計上。７９億円の営業赤字（前期は２５億円の赤字）に陥ったのだ。レナウンは連帯債務者だった山東如意に再三支払いを求めたが、山東如意自身もＭ＆Ａ（合併・買収）などに巨費を投じたことで資金繰りが苦しく、債務保証を実行できないまま。",
                      "source": "週刊東洋経済 2020年6月6日号「老舗「レナウン」が経営破綻 アパレル淘汰・再編の序章」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2019年12月期の連結売上高は502億62百万円、営業損失は79億99百万円だった",
                      "原文": "2019年12月期（10か月の変則決算）の連結売上高50,262百万円、営業損失7,999百万円。",
                      "source": "レナウン 有価証券報告書（2019年12月期・連結）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "筆者見解",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "「本社ビルも含め、もはや売れるものはすべて売却済み」。この状態で相手を選べる余地は、実際にはほとんどなかった。それでも北畑稔社長は投資ファンドではなく事業会社を選び、5年間の売買制限条項を付けている。資本を入れて数年で売り抜ける相手ではなく、中国の売り場を一緒に作る相手を求めた選択であり、当時の判断としては筋が通っていた。山東如意が中国政府に模範企業と目される優良企業だったことも、この判断を後押ししたとみられる。"
                },
                {
                  "text": "誤算は、支えるはずの相手が自らも重くなったことにある。山東如意は買収に巨費を投じて資金繰りを詰まらせ、2019年に子会社の売掛金53億円を払えなくなった。連帯債務者でありながら保証を実行しなかった以上、レナウンの側に打てる手はない。資本で時間を買う判断は、買った相手の体力が続くことを前提にする。事業会社を選んだことがファンドより安全だったとは、この結末を見たあとでは言えないだろう。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "週刊東洋経済 2010年5月29日号「スクープ 名門レナウンを中国企業が買収へ」",
        "週刊東洋経済 2010年6月19日号「緊急インタビュー レナウン社長 北畑稔 会社も自分も追い込んだ 中国との提携で一変させる」",
        "週刊東洋経済 2014年5月30日号「M&A裏面史（1）メガネスーパー レナウン 出口なき迷宮にはまったM&A」",
        "週刊東洋経済 2020年6月6日号「老舗「レナウン」が経営破綻 アパレル淘汰・再編の序章」",
        "レナウン 有価証券報告書（2011年2月期・連結）",
        "レナウン 有価証券報告書（2019年12月期・連結）"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-25"
    }
  ]
}
