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    "name": "鈴木三郎助",
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    "surname": "鈴木",
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    "origin": "創業者（1908年に味の素の企業化を引き受け）。葉山のヨード製造を営む鈴木家の当主で、1917年に株式会社鈴木商店を設立して初代社長を務めた",
    "origin_type": "創業家",
    "milestone": "味の素の創業者・初代社長",
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            "date": "1908-09",
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            "date": "1931-03",
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      {
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            "date": "1917-08",
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    "references": [
      {
        "source": "味の素株式会社『味をたがやす 味の素八十年史』（1990）「第1章「味の素」の生産・販売の開始」",
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      {
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      {
        "source": "味の素 有価証券報告書（2025年6月18日）【沿革】",
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          "career"
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          "text": "1867年12月27日、相模国三浦郡（現在の神奈川県葉山町）に生まれ、幼名を泰助といった。9歳で父の鈴木三郎助氏（初代）を亡くし、浦賀の商店での4年の奉公を経て、18歳で家業の滝屋を継いで二代三郎助を襲名した。米相場で家産の大半を失った後、母の鈴木ナカ氏が1888年に始めた海藻からのヨード製造に加わり、営業を受け持った。1906年に関東沃度製造同業組合の理事長、1907年に日本化学工業の専務取締役に就任した。"
        },
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          "text": "1917年6月、資本金300万円で株式会社鈴木商店を設立し、取締役社長として全体を統括した。株主26人はすべて鈴木家の一族とその関係者で、7月に合資会社鈴木商店から経営の一切を譲り受けた。これに先立ち、鈴木三郎助氏は日本化学工業の経営から撤退し、全力を鈴木商店の経営に注いでいた。味の素の発売から8年、川崎工場の操業開始から3年を経て、家業の経営体制を株式会社へ進めた。"
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          "text": "1915年末、川崎工場に電解設備を設け、多量の白金を手当てして塩素酸カリの製造に参入した。1917年8月には鈴木家が4割を出資して水力発電の東信電気を設立し、社長を兼ねた。水力発電で電力を賄い、製造コストを大幅に下げるための設立である。1925年12月には株式会社鈴木商店を新たに設立して旧2社の営業を移し、これが現在の味の素の法人となった。1931年3月29日に逝去し、翌月弟の鈴木忠治氏が社長に選ばれた。"
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          "text": "1908年2月、鈴木三郎助氏は東京帝国大学の池田菊苗氏を研究室に訪ねた。当時の鈴木三郎助氏は、ヨード業者3社の統合で生まれた日本化学工業の専務を務めていたが、自身の意見が容れられずにいた。池田菊苗氏が昆布を研究していると聞き、ヨードの原料に関わる話と見込んで足を運んだものの、研究の中身はうま味の抽出で、ヨードとは無関係だった。このとき口にしたグルタミン酸について、鈴木三郎助氏はのちに「なるほど味はよいが、湯を注ぐときシェッと音がするのは商品としてはいかがなものか」と回想している。\n池田菊苗氏は4月に製造法の特許を出願して実業界に事業化を働きかけたが応じる者は無く、8月になって鈴木三郎助氏に工業化を依頼した。鈴木三郎助氏は新しい調味料が消費者に受け入れられるかを先に確かめるため、一流料亭での試用や名士を招いた試食会を重ね、食通として知られた村井弦斎氏ら専門家の評価を聞いた。将来性ありと判断して9月に特許の共有者となり、企業化を引き受けた。10月から弟の鈴木忠治氏が麻布の工場で中間試験を担い、12月には逗子工場を改造して工業生産に入った。商品名は長男の鈴木三郎氏が「味の素」と名付けた。\n1909年5月1日、一般向けの販売を始めた。当初は薬瓶に詰め、芝愛宕町の自宅で家族や女中が箱詰めする家内工業だった。薬店を通す販路は商品にふさわしくないとして食品問屋へ切り替え、東京の国分・鈴木・日比野、大阪の松下といった問屋の支援を得たが、初めの2年は広告の効果が表れなかった。売れ行きが確かめられたのは1911年である。暴風雨で逗子工場の生産が止まり、委託先の小売店に返品を求めたところ、売れてしまって品物が無いという返事が届いた。\n増産につれて副産物の小麦澱粉がさばききれなくなると、鈴木三郎助氏は鐘紡社長の武藤山治氏に織布の糊としての研究を頼み、1911年に鐘紡での採用を取り付けた。1912年4月には個人の事業だった味の素を合資会社鈴木製薬所に継がせ、合資会社鈴木商店へ商号を改めた。1914年9月に川崎工場が完成し、逗子の試験的な設備から量産の体制へ移行した。\n転機は1920年に訪れた。株式投機の失敗で5月に決済資金が300万円近くに達し、鈴木商店は倒産の危機に立った。長男の鈴木三郎氏が窮状を訴えると武藤山治氏は銀行へ取り次ぎ、特約店の松下商店も在庫を買い取って約60万円の手形を振り出した。9月に川崎工場の増産設備が稼働すると、鈴木三郎助氏は全社員を集め、「今後自分としては味の素の仕事に専念していく」と挨拶した。葉山のヨード製造は段階的に縮められ、1922年4月に葉山工場が操業を止めて35年の歴史を閉じた。"
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