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  "title": "伊藤園の歴史概略",
  "sections": [
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      "start_year": 1964,
      "end_year": 1980,
      "main_title": "自動車セールスからの転身──包装茶のルートセールスで製茶業界首位へ",
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        {
          "title": "自動車セールスの兄弟と日本ファミリーサービスの失敗",
          "text": "伊藤園の創業者・本庄正則氏は1934年、神戸に生まれた。父親の事業失敗で一家が財産を失い、早稲田大学法学部を働きながら卒業した後、自動車販売会社に入り、入社4年目に年間407台を売るトップセールスマンとなる。1964年8月、その蓄えを元手に、食料品や調味料を扱う卸会社・日本ファミリーサービス株式会社を設立した。伊藤園はこの1964年を創業の年と定めている。卸売業そのものは失敗に終わったものの、扱った商品のなかで最も利益率が高かったのが、パック詰めの包装茶だった。兄弟がお茶専業へ転じた理由は、この利益率にあった。\n\n1966年8月、日本ファミリーサービスと合資会社ビーエー商会の共同出資により、伊藤園の直接の前身であるフロンティア製茶株式会社が静岡県静岡市に設立された。小売店へお茶を直接売り込むルートセールスをここから始める。ただし茶業界の慣習は厚く、小売店にはすでに仕入れ先があり、新参の製茶会社は相手にされなかった。弟の本庄八郎氏（1940年神戸生まれ、1963年早稲田大学法学部卒業）は当時24歳で兄とともに設立に加わり、以後、兄が財務、弟が営業・商品開発という役割分担で経営を担った。",
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              "title": "日経ビジネス 1998年9月14日号",
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              "role": "創業経緯を振り返る当時の伊藤園会長",
              "date": "1998",
              "text": "扱った商品の中で一番利益率の高かったのがパック詰めした包装茶でした。当時で20％ほどのマージン（利ざや）があった。それならいっそのことお茶をやろうか。なんとも単純な理由でお茶専業に切り替えたのです。",
              "source": "日経ビジネス 1998年9月14日号",
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                "fact": "本庄正則は1934年神戸生まれ、早稲田大学法学部卒業後に自動車販売会社で入社4年目に年間407台を販売した",
                "source": "日経ビジネス 1998年9月14日号「事業失敗、詐欺、胃ガン乗り越え成功　28年前、後輩小渕首相に助けられる」",
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                "source": "日経ビジネス 1989年5月22日号「常識に逆らい「缶入りだ」」",
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                "fact": "伊藤園は1964年を創業の年としている",
                "source": "伊藤園公式サイト「沿革」",
                "url": "https://www.itoen.co.jp/company/history/timeline/",
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                "fact": "1966年8月に日本ファミリーサービスと合資会社ビーエー商会の共同出資でフロンティア製茶を静岡県静岡市に設立し、緑茶のルートセールスを開始した",
                "source": "有価証券報告書【沿革】",
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                "fact": "本庄八郎は1940年8月神戸市出身、1963年3月早稲田大学法学部卒業、1966年8月に兄の正則氏らとフロンティア製茶を設立した",
                "source": "日経ビジネス 1997年9月22日号「新参者だからこそ工夫できた」",
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                "fact": "兄・正則氏が財務面、弟・八郎氏が営業を中心に役割分担してきた",
                "source": "財界オンライン（2024年9月23日）",
                "url": "https://www.zaikai.jp/articles/detail/4353",
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        {
          "title": "「伊藤園」の商号買収と包装茶のルートセールス",
          "text": "古い体質のお茶業界で販路を開くには老舗の看板が要ると考えた本庄正則氏は、1969年5月、東京・上野の老舗から「伊藤園」の商号を200万円で買い取り、フロンティア製茶を株式会社伊藤園に改称した。資金は底をつく寸前で、埼玉県川口市のはずれの竹やぶに囲まれたバラックを事務所に借り、社員は弟を含めわずか5人だった。この時期には4,000万円の手形詐欺にも遭い、銀行が融資を渋るなか、1970年には早稲田大学の後輩で代議士になりたての小渕恵三氏から500万円の出資を受けている。同年6月には本庄商事（旧・日本ファミリーサービス）とビーエー商会から緑茶事業の営業譲渡を受け、生産部門を確保した。\n\n商いの武器は、量り売りが当たり前だった茶葉を小分けにする包装茶である。台頭してきたスーパーマーケットの店頭では茶葉が3日で湿気てしまうため置かれていなかったが、伊藤園はアルミ箔の袋で密封した包装茶を並べてもらうことに成功した。産地直送・現金決済のルートセールスで量販に乗り出し、1968年には茶業界初のテレビCMを放映する。参入から11年余りの1976年時点で、包装茶で業界首位の座を固めた。当時の社員は580人、平均年齢は25歳。営業マンを140項目で年4回査定して昇給に直結させる「ガラス張り人事考課」が、急成長を支える仕組みとして注目された。",
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              "title": "日経ビジネス 1998年9月14日号",
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        {
          "title": "製販一体の布石──相良工場・茶産地育成・中国との縁",
          "text": "販売網が整うと、伊藤園は川上へさかのぼる投資を進めた。1974年5月、静岡県榛原郡相良町（現・牧之原市）に静岡相良工場を建設し、茶葉の生産から販売までの一貫体制を敷く。1976年4月には耕作放棄地などを茶園に転換する茶産地育成事業を始め、農家との契約栽培という、当時の業界では前例のない製販一体の作戦へ乗り出した。1977年6月には直営小売店第1号「茶十徳・日吉店」を神奈川県横浜市に開いている。小売の売り場と茶畑の両端を押さえたこの体制が、後の飲料事業では原料調達力の下地になる。\n\n次の商材は、中国からの視察団が運んできた。1977年11月、日中国交正常化から間もない時期に中国食品加工技術機械視察団が静岡の製茶工場を訪れ、本庄正則社長が半日がかりで案内した。その席で福建省のウーロン茶を勧められたことがきっかけとなり、伊藤園は年間2億円規模の茶葉輸入を始める。1979年8月には中国土産畜産進出口総公司と日本初のウーロン茶輸入代理店契約を結び、福建省産ウーロン茶の独占販売権を手にした。1979年からのウーロン茶ブームで茶葉販売は潤い、「日本のウーロン茶の葉の6割以上は当社が扱っている」と本庄正則社長が語る体制ができあがった。",
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              "title": "日経ビジネス 1998年9月14日号",
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    {
      "start_year": 1981,
      "end_year": 1995,
      "main_title": "缶入りウーロン茶と缶入り煎茶──常識に逆らった無糖飲料市場の創造",
      "subsections": [
        {
          "title": "役員12人中10人が反対した缶入りウーロン茶",
          "text": "1981年初めの役員会で、缶入りウーロン茶を発売すべきかが諮られた。12人の役員のうち反対は10人。賛成は本庄正則社長と、開発を担当していた実弟の本庄八郎副社長の2人だけだった。当時の缶入り飲料はコーラやコーヒーなど甘いものばかりで、家庭で簡単に作れる無糖のお茶に100円を払う消費者がいるとは誰も考えなかった。それでも踏み切った背景には、緑茶の一世帯当たり消費量が1973年の2,024グラムをピークに減り続け、「6月から9月の暑い時期には売れないのがお茶屋の商売」という構造的な限界があった。当時の伊藤園は業界初の売上高100億円企業だったが、事業は日本茶の生産・販売だけだった。\n\n1981年3月、無糖茶飲料「缶入りウーロン茶」の全国販売が始まり、伊藤園は缶飲料業界へ本格参入した。ターゲットは新しい需要を掘り起こす若者と定め、夏向け飲料の常識に反して真っ黒な缶を採用する。缶の製造は外注のため設備投資は不要で、全く売れなくても損失は年間3億円程度、前年度の経常利益約4億円で吸収できるという計算が役員会を納得させた。発売当初の売れ行きは鈍かったが、10カ月遅れでサントリーが参入したことで知名度が一気に高まり、市場は急拡大する。1989年時点で参入メーカーは100社を超え、市場規模は2,000億円近くに達した。",
          "references": [
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              "title": "日経ビジネス 1989年5月22日号",
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              "title": "日経ビジネス 1998年9月14日号",
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                "fact": "発売から10カ月後にサントリーが新規参入して知名度が高まり、1989年時点で参入メーカーは100社超・市場規模は2000億円近くになった",
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          "title": "開発8年の缶入り煎茶と「お〜いお茶」への改名",
          "text": "次の標的は本業の緑茶だった。緑茶は渋味成分のタンニンが缶の中の空気で酸化しやすく、焼きイモに似たにおいが出るため、缶飲料化は不可能とされてきた。酸素を遮断してにおいを消す技術開発には8年の歳月と膨大な開発費がかかり、その間、本庄正則社長は研究部門にほとんど口を挟まず、開発は弟の八郎氏が率いた。1985年2月、世界初の緑茶飲料「缶入り煎茶」の全国販売が始まる。「飲料として売られるお茶にお金を払ってくれる人が少なかった」時代で、業界の内外から「こんなものは売れるはずがない」と笑われたと本庄八郎氏は後に振り返っている。\n\n1989年2月、「缶入り煎茶」は「お〜いお茶」ブランドに改称された。名前は、1968年から放映してきたテレビCMで全国に広まったフレーズを商品名に採用したものである。同年11月には応募句をパッケージに載せる「伊藤園お〜いお茶新俳句大賞」を始め、1990年には世界初のペットボトル入り緑茶飲料を発売した。急須のお茶を屋外へ持ち出すという発想は、自動車の普及と共働き世帯の増加という生活の変化に重なり、緑茶飲料はスーパー・コンビニ・自動販売機へ販路を広げた。1987年7月には米国ハワイ州に現地法人を設立し、海外展開の足場も作り始めた。",
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              "title": "日経ビジネス 1989年5月22日号",
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                "source": "日経ビジネス 1998年9月14日号「事業失敗、詐欺、胃ガン乗り越え成功　28年前、後輩小渕首相に助けられる」",
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          "text": "1988年、本庄正則氏は社長の座を弟の八郎氏に譲り、会長に就いた。「弟だから社長にするのか」という声に対し、正則氏は「いちばん信頼できる部下だから社長に選んだに過ぎない」と反論している。この年の売上高は375億円（前期比17％増）で、内訳は緑茶が4割、ウーロン茶が4割、その他飲料が2割。お茶屋から飲料メーカーへの転換は数字の上でも進んでいた。1992年5月には日本証券業協会に株式を店頭登録し、創業から28年で株式公開を果たす。1970年に500万円を出資した小渕恵三氏の株式も、この上場で相当な財産になったと報じられた。\n\n海外にも布石を打った。1994年9月、中国浙江省に茶葉加工の合弁会社・寧波舜伊茶業有限公司を、豪州ビクトリア州に販売現地法人をそれぞれ設立する。国内では自動販売機の増設を進め、注文取りと商品補充を1人の営業担当が兼ねる独自の営業体制で、設置場所ごとに商品構成を細かく変える運用を磨いた。緑茶・ウーロン茶・紅茶の無糖茶を軸に紅茶や野菜飲料も加わり、1990年代半ばの伊藤園は「世界の3大茶を売るメーカー」を掲げる総合茶飲料メーカーへ姿を変えつつあった。店頭公開で得た信用と資金は、茶系飲料の量産投資と海外進出の裏づけになった。",
          "references": [
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              "title": "日経ビジネス 1989年5月22日号",
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      "start_year": 1996,
      "end_year": 2007,
      "main_title": "東証上場と緑茶飲料戦争──「生茶」の衝撃とシェア奪還の商品開発",
      "subsections": [
        {
          "title": "東証上場と協力工場方式による高収益経営",
          "text": "1996年9月、伊藤園は東京証券取引所市場第二部に上場し、1998年10月には第一部銘柄に指定された。業績は好調で、1998年4月期まで7期連続で最高益を更新している。1998年時点の売上高は1,300億円を超え、かつて存在しなかった2,000億円規模のウーロン茶市場と1,100億円規模の緑茶飲料市場を自ら開拓した飲料メーカーとして、消費不振で競合が軒並み増収減益となるなかでも成長を続けた。株主資本利益率（ROE）は1997年4月期で10.0％と、食品業界では際立って高かった。\n\n高収益を支えたのは、身軽な生産体制である。茶畑は農家との直接契約で押さえ、茶葉工場は自社で持つ一方、お茶を抽出して缶やペットボトルに詰める最終工程は全国43カ所の協力工場に委託した。1カ所で作って全国へ運ぶ物流費を節約しつつ、自社工場を持たないため設備投資も抑えられる。本庄八郎社長は「原料と技術は当社のコア」と語り、良質な茶葉の調達と抽出技術の磨き込みに経営資源を集中した。ナタ・デ・ココのブームが去れば即座に生産をやめ、不振のコーヒー店は1年で撤退するなど、見切りの早さも徹底していた。",
          "references": [
            {
              "title": "日経ビジネス 1997年9月22日号",
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              "title": "日経ビジネス 2004年3月1日号",
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            {
              "title": "週刊東洋経済 2005年7月9日号",
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            {
              "title": "有価証券報告書【沿革】",
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              {
                "fact": "1998年4月期まで7期連続で最高益を更新し、売上高は1300億円超、ウーロン茶市場2000億円規模・緑茶飲料市場1100億円規模を開拓した",
                "source": "日経ビジネス 1998年9月14日号「事業失敗、詐欺、胃ガン乗り越え成功　28年前、後輩小渕首相に助けられる」",
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                "fact": "1997年4月期のROEは10.0％だった",
                "source": "日経ビジネス 1997年9月22日号「新参者だからこそ工夫できた」",
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                "fact": "茶畑は農家と直接契約し、抽出・充填は全国43カ所の協力工場に委託して物流費を節約した",
                "source": "日経ビジネス 1997年9月22日号「新参者だからこそ工夫できた」",
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          "title": "「生茶」の急伸とホット専用ペットボトルでの反攻",
          "text": "2000年3月、キリンビバレッジが緑茶飲料「生茶」を発売した。人気女優を起用したCMと清涼感を強調した香味設計で若年層の支持を集め、初年度の販売目標を3カ月半で達成する。翌年には清涼飲料各社が緑茶市場へ相次いで本格参入し、「緑茶戦争」と呼ばれる競争が始まった。草分けの伊藤園は大手7社間で40％超を握っていたシェアが、2001年5月には30％を割り込む。本庄八郎社長は「生茶の人気にこれまでにない危機感を持った」と振り返り、定番の「お〜いお茶」が飽きられつつあった事実を反省材料に、開発・生産・営業を巻き込んだ商品ラインアップの拡充に取りかかった。\n\n反攻の第一弾は、2000年10月に商品化した業界初のホット専用ペットボトルだった。清涼感が売りの生茶は冬場に落ち込むと読み、300種類の茶葉から加熱しても劣化臭が出にくいものを選び、抽出条件を突き詰めて1シーズン前倒しで発売した。加熱機能付き商品ケースを小売店に無料で設置して回り、設置店は2003年末に5万店を突破。ホット専用ボトルは「お〜いお茶」売上高の2割弱を稼ぐ商品に育った。2001年4月には季節限定第1弾「お〜いお茶新茶」、2003年8月には茶葉を地域ごとに変えた地域限定商品を投入し、シェアは40％台に回復する。荒茶を全国約3万軒の生産者から仕入れる調達力が、この多品種展開を支えた。",
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              "title": "日経ビジネス 1997年9月22日号",
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              "speaker": "本庄八郎",
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              "date": "2004",
              "text": "「生茶」が登場した時は、正直、相当の危機感を持った。新しいものに敏感な若者層の支持をあっという間に取りつけたからだ。\nこれは我々にとって、大きな反省材料にもなった。いつの間にか定番の「おーいお茶」がお客様に飽きられつつあったことに気づかされた。そこで、一念発起し、マンネリを打破して、おーいお茶の商品ラインアップを広げる取り組みに着手した。",
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          "title": "タリーズ買収と第一種優先株式の上場",
          "text": "緑茶市場でシェアを取り戻した伊藤園は、品揃えを総合飲料へ広げにかかった。2002年に創業者の本庄正則前会長が死去した後も、香料や調味料を使わないという創業以来の大原則を守りながら、2003年8月に缶コーヒー、2004年5月に野菜飲料「1日分の野菜」を投入して品揃えを広げる。連結売上高は2002年4月期の2,047億円から2007年4月期には3,102億円へ拡大した。海外では2001年5月に米国ニューヨーク州へ販売現地法人を設立し、2006年6月には米国のサプリメント通販会社Mason Distributorsを買収して北米市場の開拓を進めた。\n\n2006年10月には、タリーズコーヒーの日本事業を運営するフードエックス・グローブ株式会社（現・タリーズコーヒージャパン）の株式を取得し、コーヒーチェーンを傘下に収めた。翌2007年9月には、議決権のない第1種優先株式を東京証券取引所市場第一部に上場する。普通株式より低い価格で高い配当利回りを提供する設計で、創業家の経営基盤を保ちながら資金調達の幅を広げる、国内では例の少ない資本政策だった。茶葉の産地では2005年ごろからサントリーとの間で調達競争が激しくなり、「茶葉戦争」と報じられるほど原料の確保が競争の焦点になっていた。",
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                "source": "週刊東洋経済 2005年7月9日号「伊藤園ｖｓ．サントリー　因縁の対決熱いぞ！茶葉戦争」",
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      "start_year": 2008,
      "end_year": 2026,
      "main_title": "三代目・本庄大介体制──買収と海外展開で世界のティーカンパニーへ",
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          "title": "三代目社長の就任とチチヤス・ネオスの買収",
          "text": "2008年、創業家の本庄大介氏が社長に就任し、本庄八郎氏は会長へ退いた。就任直後にリーマン・ショックが重なり、2009年4月期の経常利益は104億円と前期の182億円から落ち込む。国内飲料市場が成熟するなか、伊藤園は買収による事業基盤の拡充へ動いた。2008年4月に伊藤忠商事との合弁で伊藤園・伊藤忠ミネラルウォーターズを設立してエビアンの国内販売を取り込み、2011年5月には広島の乳業メーカー・チチヤスを、2012年10月には自動販売機オペレーターのネオスを相次いで子会社化する。牛乳・乳飲料と自動販売機網という、茶飲料とは別の販路を手に入れた。\n\n2011年3月の東日本大震災では、本庄大介社長が「震災後、主力の『お〜いお茶』は2ケタ増と好調だ。ただ、油断はできない」と語り、茶葉の放射能検査体制を整えつつ供給を続けた。一方で2014年9月中間期には主力のお茶飲料・野菜飲料が振るわず、「清涼飲料業界4位の伊藤園が苦戦している」と報じられるなど、国内飲料販売の停滞も経験する。連結売上高は2013年4月期に4,040億円と4,000億円台に乗せたが、営業利益率は競合の食品大手に比べ低く、収益性の改善がグループの課題として残った。",
          "references": [
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              "title": "有価証券報告書【沿革】",
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                "source": "株式会社伊藤園 有価証券報告書 第45期（2009年4月期）【役員の状況】",
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                "fact": "2008年にエビアンの国内独占販売権を獲得した",
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                "fact": "2011年に本庄大介社長は震災後のお〜いお茶が2ケタ増と好調である旨を語った",
                "source": "週刊東洋経済 2011年6月14日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ４　今週のキーワード＆キーパーソン」",
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                "source": "週刊東洋経済 2014年9月5日号「お茶、野菜飲料で誤算　伊藤園の思わぬ苦戦」",
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        {
          "title": "「世界のティーカンパニー」と北米・アジアへの投資",
          "text": "2013年6月、伊藤園は長期ビジョン「世界のティーカンパニー」の実現へ向けた新しい中長期経営計画を打ち出した。2012年6月にシンガポールへ地域持株会社を置き、タイ・インドネシア・ベトナムなどで合弁や現地法人の設立を重ねる。北米では2015年2月、コーヒー豆・茶の焙煎加工を手がける米国Distant Lands Trading Co.を買収し、のれんが118億円増える大型投資に踏み切った。国内では2016年6月に抹茶専用工場「抹茶工房」を、同年9月に神戸工場を新設し、健康志向と抹茶ブームを取り込む生産体制を整えた。\n\n2019年5月、「お〜いお茶」ブランドは「ナチュラルヘルシーRTD緑茶飲料」の年間販売実績世界一としてギネス世界記録に認定された。「お〜いお茶」の発売から30年での認定である。2019年4月期の連結売上高は5,042億円。2004年に「2012年4月期に連結売上高5,000億円」と掲げて届かなかった目標水準へ、7年遅れで到達した数字でもある。茶産地育成事業は2020年に展開面積2,000ヘクタールの中長期目標の達成が見え、創業以来続けた川上投資は、国内最大級の茶葉調達網になった。",
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                "fact": "2013年6月の決算説明会は「世界のティーカンパニーへ　新中長期経営計画スタート」と題された",
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                "fact": "2019年5月に「お〜いお茶」がRTD緑茶飲料販売実績世界一としてギネス世界記録に認定された",
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                "source": "日経ビジネス 2004年3月1日号「伊藤園　老舗のノウハウで需要を創造」",
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                "fact": "茶産地育成事業は展開面積2000haの中長期目標を2020年4月期に達成見込みとされた",
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        {
          "title": "コロナ禍からの回復と創業60年の構造改革",
          "text": "新型コロナウイルス感染症は、自動販売機とタリーズコーヒーという人流に依存する販路を直撃した。連結売上高は2019年4月期の5,042億円から2021年4月期には4,463億円へ減り、飲食関連事業は2021年4月期に営業赤字へ転落する。2021年には健康長寿社会の実現を掲げてエーザイとの業務提携を結び、2022年4月には東証の市場再編でプライム市場へ移行した。2022年4月期から収益認識基準の適用で売上高の表示は4,008億円へ圧縮されたが、その後は値上げと人流回復で持ち直し、2024年4月期は営業利益250億円と収益力を取り戻した。\n\n2024年、伊藤園は創業60周年を機に2029年4月期までの5カ年の中期経営計画を定め、単独営業利益率8.5％以上と「お〜いお茶」のグローバルブランド化を掲げた。2024年3月にドイツ、同年5月にベトナムへ現地法人を設け、複合型博物館「お〜いお茶ミュージアム」「お茶の文化創造博物館」も開いた。2025年6月に発表したグループ構造改革では、自動販売機事業のネオスとの統合、北海道伊藤園と土倉の経営統合など機能別の再編を打ち出している。緑茶を世界商品に育てた創業家の経営は、三代目の本庄大介社長の下で、抹茶・ティーバッグを軸にした海外市場の開拓へ続いている。",
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              "title": "有価証券報告書【沿革】",
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              "title": "伊藤園 決算説明会資料",
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              "title": "週刊東洋経済 2014年9月5日号",
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  "summary": {
    "title": "サマリー",
    "text": "### 創業\n\n1964年、自動車販売のトップセールスマンだった本庄正則氏が食料品卸の日本ファミリーサービスを設立した。卸売業は失敗したが、扱った商品で最も利益率が高かったのが包装茶だった。正則氏は弟の八郎氏とともに茶専業へ転じる。1969年、上野の老舗から「伊藤園」の商号を200万円で買い取った。\n\n量り売りが常識の茶葉をアルミ箔で密封し、湿気を嫌って茶葉を置かなかったスーパーへ、産地直送・現金決済のルートセールスで売り込む。老舗の商慣習の外に販路を作り、参入から11年余りの1976年に包装茶で業界首位に立った。",
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        "label": "創業",
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