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      "title": "三井物産への製品一手販売の委託と、日清製粉を含む製粉共販組合の結成",
      "subtitle": "値で競うか、量と値を取り決めるか——能力の八割を握る二社が共同販売に入った五年間",
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      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "大正末の設備過剰と販売競争の激化で不振に陥った日本製粉が、1927年5月に三井物産と製品一手販売契約を結んで再建に着手し、1928年10月の日清製粉との価格協約を経て、1930年4月に日清製粉・三井物産と製粉共販組合を発足させた経営判断。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "1925年の大型機械製粉の総能力は約33,700バーレルと大戦前の3倍を超え、その80%強を日清製粉と日本製粉が握っていた。パン用強力粉・菓子用薄力粉の消費は伸びたものの、工場能力の増加がそれを上回り、過剰生産の傾向が強まっていた。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "1926年5月に7社で限産協定を結んで操短を続けたうえ、日本製粉は販売そのものを三井物産に委ねた。1930年4月1日発足の製粉共販組合は資金20万円で、日清製粉が10万円、日本製粉と三井物産が5万円ずつを出資した。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "1931年4月に日東製粉が加わって東部製粉共販組合となり、関西の増田・大阪製粉はアウトサイダーとして牽制した。満州事変後の市況回復で両組合は1935年7月に解散し、価格を取り決める枠組みは1940年の公定価格制へ引き継がれていった。"
        }
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      "parties": [
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          "title": "国内初の本格的な大規模臨海工場として横浜工場が完成"
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          "title": "日清・日本など7社が限産協定を締結（日清・日本は同率で40〜60%の操短）"
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          "title": "日清製粉と販売価格に関する協約を締結"
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          "title": "日清製粉・三井物産と製粉共販組合を発足（資金20万円）",
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          "title": "日東製粉が参加し、名古屋以東の販売機関として東部製粉共販組合を組織"
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          "title": "両共販組合が解散"
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        "source": "会社銀行八十年史（1955年）",
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              "sub_title": "二社で能力の八割を占めた末の過剰生産",
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                {
                  "text": "1925年の大型機械製粉の総能力は約33,700バーレルに達し、第一次大戦前の3倍を超えていた。その80%強を日清製粉と日本製粉の2社が握っている。大戦後の国内では、パン用の強力粉と菓子用の薄力粉の消費がいちじるしく伸びた。しかし工場能力の増加はその伸びを上回り、過剰生産の傾向が強まっていく。小麦粉は品質で差のつきにくい商品であり、余った能力はそのまま値崩れの圧力になった。",
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                    {
                      "fact": "1925年の大型機械製粉の総能力は約33,700バーレルで大戦前の3倍以上、その80%強を日清製粉と日本製粉が握っていた",
                      "原文": "大正十四年には大型機械製粉の総能力は約三万三七〇〇バーレルと大戦前の三倍以上になったが、その八〇%強までを両社が握っていた。大戦後、国内の小麦粉消費はパン用の強力粉と菓子用の薄力粉がいちじるしく伸びたが、工場能力の増加はそれを上回り、過剰生産の傾向が強まった。",
                      "source": "日本産業史 第1巻（日本経済新聞社、1994年）「食品－戦火の陰に泣く」",
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                },
                {
                  "text": "能力を膨らませた張本人は、ほかならぬ当事者であった。日本製粉は明治末から合併で工場を集め、1924年5月には国内初の本格的な大規模臨海工場として横浜工場を完成させる。1926年末の陣容は工場11、製粉能力16,100バーレル、資本金1,230万円まで拡大していた。大正前期の好況を前提に積み上げた設備が、後半に入って販売競争の激化を招き、製粉界には不況が訪れる。",
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                      "fact": "1926年末に工場11・製粉能力16,100バーレル・資本金1,230万円。大正前期の好況が後年には製粉能力過剰となり、販売競争激化で製粉界に不況が到来した",
                      "原文": "十五年末には工場数十一、製粉能力一六、一〇〇バーレル、資本金一千二百三十万円となつた。しかし大正前期の好況も後年に入りようやく製粉能力過剰を生じ、販売競争激化に伴ない製粉界にも不況が到来した。",
                      "source": "会社銀行八十年史（1955年）",
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            {
              "sub_title": "限産協定と金融恐慌後の市況沈滞",
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                {
                  "text": "最初の答えは、作る量を減らすことであった。1926年5月、日清・日本・松本米穀・名古屋・増田・大阪・日本精米の7社が限産協定を結ぶ。操短率は設備能力に応じて逓増する仕組みで、能力の大きい会社ほど重い負担を負った。日清製粉と日本製粉は同率とされ、1926年6月から翌年4月までは50%から60%、その後は協定が期限を迎える1928年5月まで40%の操短が続く。設備の半分前後を止めたまま二年を過ごした計算になる。",
                  "evidences": [
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                      "fact": "1926年5月に7社が限産協定を締結。操短率は設備能力によって逓増し、日清・日本両社は同率で1926年6月から1927年4月まで50〜60%、1928年5月の期限まで40%の操短",
                      "原文": "そこで大正十五年五月「日清」「日本」「松本米穀」(のちの日東)「名古屋」「増田」「大阪」「日本精米」の七社は限産協定を結んだ。操短率は設備能力によって逓増することになった。日清、日本両社は同率で同年六月から昭和二年四月までは五〇%から六〇%、以後三年五月に協定期限を終わるまで四〇%操短が続いた。",
                      "source": "日本産業史 第1巻（日本経済新聞社、1994年）「食品－戦火の陰に泣く」",
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                  "text": "それでも市況は戻らなかった。協定が満期を迎えたころは金融恐慌のあとの不況で、製粉市況の沈滞がはなはだしい。減産だけでは、余った能力が値へかける圧力を抑えきれなかったことになる。日本製粉にとってはこの不振の打開が経営そのものの課題であり、生産量の調整とは別に、製品をどう売り、いくらで売るかという販売の側から手を打つ必要が生じていた。会社はのちに、この不振を打開するために再建へ着手したと記している。",
                  "evidences": [
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                      "fact": "限産協定の満期当時は金融恐慌後の不況で製粉市況の沈滞がはなはだしく、日清・日本の両社は1928年10月に採算を基礎とする販売価格協定を結んだ",
                      "原文": "協定満期当時は金融恐慌後の不況で製粉市況の沈滞がはなはだしかった。そこで両社は同年十月に採算を基礎にして販売価格協定を結んだ。",
                      "source": "日本産業史 第1巻（日本経済新聞社、1994年）「食品－戦火の陰に泣く」",
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          "label": "決断",
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              "sub_title": "販売を三井物産へ預ける",
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                  "text": "1927年5月、日本製粉は三井物産と製品一手販売に関する契約を締結し、再建に着手した。自社で挽いた粉を自社で売るという事業の後半分を、財閥系商社の販売網へそのまま移した形になる。工場11、能力16,100バーレルという設備を抱えたまま、売り先の開拓と代金の回収を外へ出す判断であり、値決めの主導権も相当程度が商社側へ移ったとみられる。設備の重さに販売の負担が重なる状態を、まず切り離す手であった。",
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                      "原文": "そこでこの不振打開のため、昭和二年五月三井物産と製品一手販売に関する契約を締結して再建に着手し、さらに三年十月日清製粉と販売価格に関する協約を締結し、業界不況に対処した",
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                {
                  "text": "翌1928年10月には、日清製粉と販売価格に関する協約を結ぶ。価格は採算を基礎に置くとされ、原価を割る安値での取り合いをやめる取り決めであった。生産量の限産協定、販売の商社委託、価格の相互協定という三つが、二年ほどのあいだに重なったことになる。競争相手との協約が、限産協定の期限切れと入れ替わるように結ばれた点に、量の調整だけでは市況を支えきれないという判断がうかがえる。",
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                      "source": "日本産業史 第1巻（日本経済新聞社、1994年）「食品－戦火の陰に泣く」",
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              "sub_title": "金解禁の混乱と製粉共販組合の発足",
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                {
                  "text": "1930年の金輸出解禁は経済界を混乱させ、製粉界も大不況に見舞われた。ここで日清製粉と日本製粉、そして日本製粉製品の委託販売にあたっていた三井物産の代表者が協議し、製粉共販組合を組織することを決める。組合は1930年4月1日に発足した。二社の価格協約という相対の取り決めから、共同で製品を売る常設の機関へ、枠組みを一段進めたことになる。",
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                      "fact": "1930年に日清製粉・日本製粉および日本製粉製品の委託販売にあたっていた三井物産の代表者が協議し、同年4月1日に製粉共販組合が発足した",
                      "原文": "さらに五年にはいると日清製粉と日本製粉および同社製品の委託販売に当たっていた三井物産の代表者が協議のすえ「製粉共販組合」を組織することになり、組合は同年四月一日に発足した。",
                      "source": "日本産業史 第1巻（日本経済新聞社、1994年）「食品－戦火の陰に泣く」",
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                {
                  "text": "組合の資金は20万円で、日清製粉が10万円、日本製粉と三井物産が5万円ずつを出した。出資の比率は、業界での序列と、日本製粉の販売を三井物産が担うという関係をそのまま映している。日本製粉は競争相手の半分の持ち分で共同販売の枠に入り、残る半分を販売の委託先が持つ形になった。市況の維持と引き換えに、単独で値を決める自由を手放す選択であったといえる。",
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                      "原文": "資金は二〇万円で日清が一〇万円、日本および三井物産が五万円ずつを出資した。",
                      "source": "日本産業史 第1巻（日本経済新聞社、1994年）「食品－戦火の陰に泣く」",
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          "label": "結果",
          "subsections": [
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              "sub_title": "東部製粉共販組合と、加わらなかった関西勢",
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                {
                  "text": "枠組みは翌年に広がる。1931年4月、関東では日東製粉が共販事業に参加し、共販組合と同社とで名古屋以東の製品販売機関として東部製粉共販組合が組織された。日東製粉は1926年の限産協定に松本米穀の名で加わっていた会社であり、量の協定に始まった関係が販売機関への合流にまで至ったことになる。名古屋以東という区切りは、この枠組みが全国を覆いきれていないことも示していた。",
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                      "fact": "1931年4月に日東製粉が共販事業に参加し、共販組合と同社とで名古屋以東における製品販売機関として東部製粉共販組合を組織した",
                      "原文": "関東では六年四月に「日東製粉」がこの共販事業に参加することになり、共販組合と同社とで名古屋以東における製品販売機関として「東部製粉共販組合」を組織した。",
                      "source": "日本産業史 第1巻（日本経済新聞社、1994年）「食品－戦火の陰に泣く」",
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                {
                  "text": "関西側の増田製粉や大阪製粉などは、終始アウトサイダーとして共販事業を牽制した。限産協定には名を連ねた両社が、販売機関には加わらなかったことになる。それでも両共販組合は、1935年7月に解散するまで小麦粉市況の維持に少なからぬ力を発揮した。組合の外に競争者を残したまま、能力の大半を握る側が値の底を支える形で、五年あまりが過ぎたことになる。",
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                      "fact": "関西側の増田・大阪製粉などは終始アウトサイダーとして共販事業を牽制し、両共販組合は1935年7月に解散するまで小麦粉市況の維持に力を発揮した",
                      "原文": "関西側の増田、大阪製粉などは終始アウトサイダーとして共販事業を牽制した。両共販組合は十年七月に解散するまで小麦粉市況の維持に少なからぬ力を発揮した。",
                      "source": "日本産業史 第1巻（日本経済新聞社、1994年）「食品－戦火の陰に泣く」",
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                  "text": "組合を解いた要因は、内側ではなく外にあった。満州事変以後は市価が騰勢に向かい、製粉事業はようやく安定の緒についた。日本製粉の大陸向け輸出も激増し、1935年には製粉販売組合の解散に至る。輸出先はおもに中国北部で、アメリカやカナダの製品と競い合った。満州、朝鮮の市場もいちじるしく拡大し、1935年前後からは内地の製粉会社による大陸への資本進出も活発になる。共同で値を支える必要が薄れるほどに、外側の需要が伸びたことになる。",
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                      "fact": "満州事変以後は市価が騰勢に向かい製粉事業が安定の緒につき、大陸向け輸出も激増して1935年に製粉販売組合は解散した",
                      "原文": "しかし満州事変以後市価も騰勢に向かい、製粉事業はようやく安定の緒につき、また当社の大陸向け輸出も激増するに至り十年には製粉販売組合も解散するに至つた。",
                      "source": "会社銀行八十年史（1955年）",
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                    {
                      "fact": "満州事変以後は満州・朝鮮市場が拡大し、1935年前後から内地製粉会社の大陸資本進出も活発になった",
                      "原文": "満州事変以後は満州、朝鮮市場がいちじるしく拡大したので、十年前後から内地製粉会社の大陸資本進出も活発になった。",
                      "source": "日本産業史 第1巻（日本経済新聞社、1994年）「食品－戦火の陰に泣く」",
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                  "text": "解散後の業界は、国内消費の増加、輸出の盛況、資本輸出の進行、軍需の増大という条件に恵まれ、1939年ごろにかけて新しい飛躍をとげた。日本製粉も1935年に仁川工場を竣工させ、1936年2月には青島に東亜製粉を設立する。もっとも、自主的に値を取り決める時代は長く続かなかった。1940年1月の農林省告示で小麦粉の最高販売価格が定まり、価格を決める相手は組合から国家へ移っていく。",
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                      "原文": "共販組合の解散後昭和十四年ごろにかけて製粉業界は国内消費の増加、輸出の盛況、資本輸出の進行、軍需増大などの好条件に恵まれて新しい飛躍をとげた。",
                      "source": "日本産業史 第1巻（日本経済新聞社、1994年）「食品－戦火の陰に泣く」",
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                      "原文": "十年には仁川工場が竣工、十一年二月には青島に東亜製粉を設立した。（中略）十五年に至り製粉事業に対する国家統制が行われ、同年一月農林省告示により、小麦粉の最高販売価格が決定される",
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              "sub_title": "値を決める相手が、市場から組合へ移った五年",
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                  "text": "製粉共販組合の資金20万円のうち、日本製粉の持ち分は5万円にとどまった。日清製粉の半分であり、自社製品の販売を担う三井物産と同額である。設備能力では業界の8割強を相手と二分しながら、共同販売の枠内での立場は対等ではなかった。1927年5月に販売を三井物産へ委ね、1928年10月に競争相手と価格を取り決め、1930年4月に共同販売の機関へ加わる。三段の手はいずれも自社で値を決める余地を削っており、設備過剰を自力の販売力で吸収する道は、この時点では残っていなかったとみられる。"
                },
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                  "text": "ただ、共販組合が市況を支えた五年は、日本製粉が競争力を取り戻した五年ではない。組合を解散に導いたのは自社の販売の立て直しではなく、満州事変以後の市価の騰勢と大陸向け輸出の激増という外側の変化であった。関西の増田製粉や大阪製粉が最後まで加わらなかった事実も、この枠組みが業界全体を律しきれなかったことを示している。自主的な取り決めの時代も、1940年1月の農林省告示による最高販売価格の決定で終わる。値を決める相手が市場から組合へ、そして国家へ移っていく過程の入口に、この判断は置かれているといえる。"
                }
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            }
          ]
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      "references": [
        "日本産業史 第1巻（日本経済新聞社、1994年）「食品－戦火の陰に泣く」",
        "会社銀行八十年史（1955年）",
        "日本製粉 有価証券報告書【沿革】"
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      "authored": "2026-07",
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      "title": "ニップン冷食の設立と冷凍食品製造部門の分社化",
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          "text": "1996年6月、日本製粉がニップン冷食株式会社を設立し、同年10月に冷凍食品製造部門を分社して高崎工場を移した経営判断。1973年10月にクリームコロッケで冷凍食品を始めてから23年を経て、製造の現場を本体の外へ出し、冷凍食品を独立した事業として立ち上げ直した。"
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          "text": "1996年3月にエヌエフフローズン、6月にニップン冷食を設立し、10月に高崎工場を新会社へ移管する。1999年4月には本体が伊勢崎市に冷凍食品工場を建ててエヌエフフローズンへ貸与した。同年11月のタイ進出、1998年4月のパスタ分社もこの時期に重なる。"
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          "text": "2021年4月、ニップン冷食から冷凍食品製造事業を譲り受け、伊勢崎冷食工場・竜ヶ崎冷食工場とした。分社から本体復帰まで25年。会社は2030年に冷凍食品で年間売上高900億円・売上構成比18%を掲げ、参入から半世紀を過ぎた事業を成長領域の中心に据えている。"
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          "title": "株式会社畑中食品を連結子会社化"
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                      "source": "株式会社ニップン公式サイト「ニップンの歴史」",
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                      "原文": "食品事業は、1950年代に加工食品分野への進出を皮切りに、1969年にはヘルスケア事業、1973年には冷凍食品事業へ参入するなど、早くから事業拡大を図ってきました。",
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                  "text": "事業の単位はその後も動いた。1990年10月にオーマイ株式会社を吸収合併し、同社の設備を厚木工場・加古川工場とする。1955年に別会社として始めた家庭用食品を、三十五年かけて本体へ取り込んだ。1991年3月には、単身世帯と高齢者の増加や女性の社会進出で高まる簡便化の要求に応え、弁当や惣菜を扱う中食事業に入っている。粉を挽いて売る商売の外側に、売り先が二本増えた。",
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                      "source": "株式会社ニップン公式サイト「ニップンの歴史」",
                      "url": "https://www.nippn.co.jp/company/history/"
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              "sub_title": "全社的再構築と、頭打ちへ向かう粉の需要",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1993年10月、「経営基盤強化のための全社的再構築」が始まる。ヒト・モノ・カネの再配置を掲げた計画で、会社は自らの歴史に前例のない取組みと記している。同じ1993年に社長へ就いた澤田浩氏が主導し、2002年に会長へ退くまで九年、この再編が経営の中心にあった。1995年1月の阪神淡路大震災では神戸工場が全面閉鎖、神戸甲南工場も長期の操業停止となり、再構築は途中で災害復旧を抱え込む。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1993年10月、製粉業界の経営環境悪化に対応して「経営基盤強化のための全社的再構築」が社長主導で始まった",
                      "原文": "「経営基盤強化のための全社的再構築」がスタート。「ヒト・モノ・カネのドラスチックな再配置計画」であり、「当社の歴史において前例のない取組み」であった。",
                      "source": "株式会社ニップン公式サイト「ニップンの歴史」",
                      "url": "https://www.nippn.co.jp/company/history/"
                    },
                    {
                      "fact": "沢田浩氏は1993年に日本製粉の社長、2002年に会長へ就任した",
                      "原文": "1993年に社長、2002年に会長に就任し、28年にわたり同社の経営を率いてきた。",
                      "source": "日本経済新聞（2021年11月25日）「沢田浩氏が死去　元日本製粉（現ニップン）社長」",
                      "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE259IW0V21C21A1000000/"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "粉の側に伸びしろは乏しかった。小麦の総需要量は、一人当たり消費量の伸びと人口増によって1996年度ごろまで増加をたどり、そこから緩やかな人口減と少子高齢化で頭打ちへ向かう。原料の小麦は政府が買い入れて製粉各社へ売り渡す国の管理下にあり、量も価格も自社では動かせない。冷凍食品の会社を作った年は、国内の粉の需要が伸びをやめた年と重なっていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "小麦の総需要量は1996年度頃までは概ね増加傾向をたどり、その後は緩やかな人口減と少子高齢化の影響等から頭打ちとなった",
                      "原文": "小麦（飼料用等を含む）の総需要量は、小麦粉１人当たり消費量の伸びと人口増により、1996 年度頃までは概ね増加傾向をたどっていたが、その後、緩やかな人口減と少子高齢化の影響等から頭打ちとなり、最近では微減傾向が続き、2024 年度は 6,502 千トンとなっている。",
                      "source": "ニップン「製粉業界の現状」（2026年4月）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "一九九六年、製造を本体の外へ出す",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1996年6月、日本製粉はニップン冷食株式会社を設立した。これに先立つ同年3月にはエヌエフフローズン株式会社を設けており、冷凍食品を担う会社を二つ用意していた。同年10月、冷凍食品製造部門を分社化し、高崎工場はニップン冷食高崎工場となる。高崎・竜ヶ崎の両工場にあった冷凍食品プラントが新会社へ移り、1973年に始めた製造の現場は本体を離れた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1996年3月にエヌエフフローズン株式会社、同年6月にニップン冷食株式会社を設立し、同年10月に冷凍食品製造部門を分社化して高崎工場をニップン冷食高崎工場とした",
                      "原文": "平成８年３月　エヌエフフローズン株式会社（現・連結子会社）設立／平成８年６月　ニップン冷食株式会社（現・連結子会社）設立／平成８年10月　冷凍食品製造部門を分社化し、高崎工場はニップン冷食株式会社高崎工場となる。",
                      "source": "日本製粉 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1996年6月にニップン冷食株式会社を設立し、高崎・竜ケ崎両工場の冷凍食品プラントを移管した",
                      "原文": "1996年6月、「ニップン冷食株式会社を設立」し、高崎・竜ケ崎両工場の「冷凍食品」プラントを移管しました。",
                      "source": "株式会社ニップン公式サイト「ニップンの歴史」",
                      "url": "https://www.nippn.co.jp/company/history/"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "設備の持ち主と操業の担い手を分ける形は、その後も続いた。1999年4月、本体が伊勢崎市に冷凍食品工場を完成させ、エヌエフフローズンへ貸与している。投資は製粉の本体が負い、日々の製造は子会社が回す。冷凍食品は人手のかかる商売で、装置が動けば済む製粉とは原価の作り方も人の使い方も違う。性格の異なる二つの事業を同じ管理の下に置かない配慮が働いていたとみられる。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1999年4月、日本製粉は冷凍食品工場を伊勢崎市に完成させ、エヌエフフローズン株式会社に貸与した",
                      "原文": "平成11年４月　当社は冷凍食品工場を伊勢崎市に完成し、エヌエフフローズン株式会社に貸与。",
                      "source": "日本製粉 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "創立百年の年に開いた回路と、分社という型",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1996年には別の動きも重なっている。冷凍食品会社と同じ6月には日本商事が新日本商事を吸収して商事部門を一本化し、7月の創立100周年に際してはコミュニケーションネーム「NIPPN」と新ロゴマークを発表した。11月にはタイに Nippon Flour Mills (Thailand) Ltd. を設立して初の海外拠点を置く。創立百年の節目に、冷凍食品と海外という二つの回路が同時に開いた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1996年6月に日本商事が新日本商事を吸収合併して新日本商事へ商号変更、同年11月にタイで Nippon Flour Mills(Thailand) Ltd. を設立した",
                      "原文": "平成８年６月　日本商事株式会社を存続会社とし、新日本商事株式会社を吸収合併。商号を新日本商事株式会社に変更。／1996年11月　タイにおいて「Nippon Flour Mills(Thailand) Ltd.」（現・NIPPN FOODS CORPORATION（THAILAND) LTD.）を設立。",
                      "source": "日本製粉 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1996年7月、創立100周年に際してコミュニケーションネーム「NIPPN」と新ロゴマークを発表した",
                      "原文": "1996年7月：コミュニケーションネーム「NIPPN」と新ロゴマーク発表",
                      "source": "株式会社ニップン公式サイト「ニップンの歴史」",
                      "url": "https://www.nippn.co.jp/company/history/"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "分社は冷凍食品にとどまらなかった。1998年3月にオーマイ株式会社を再び設立し、翌4月にパスタ製造部門を分社して厚木・加古川の両工場を移す。1990年に本体へ吸収したはずの名前を、八年後に製造会社として作り直した。育てる事業は外へ出し、育った事業は中へ戻す。製粉の本体には手を触れず、周辺の会社を組み替えて事業の構成を変える手つきが、この十年で定型になっていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1998年3月にオーマイ株式会社を設立し、同年4月にパスタ製造部門を分社化して厚木工場・加古川工場をオーマイの工場とした",
                      "原文": "平成10年３月　オーマイ株式会社（現・連結子会社）設立／平成10年４月　パスタ製造部門を分社化し、厚木工場及び加古川工場はオーマイ株式会社厚木工場及び加古川工場となる。",
                      "source": "日本製粉 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "二十五年をかけた本体への回収",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "冷凍食品への設備投資は分社後も重ねられた。2020年10月に福岡工場のプレミックス工場が、同年11月には伊勢崎工場の冷凍食品第2工場とタイの冷凍生地製造工場が竣工している。2021年1月1日、会社は社名を日本製粉から株式会社ニップンへ改めた。そして同年4月、ニップン冷食から冷凍食品製造事業を譲り受け、伊勢崎冷食工場・竜ヶ崎冷食工場とする。別会社へ出した製造が、二十五年を経て本体へ戻った。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "福岡工場のプレミックス工場が2020年10月、伊勢崎工場（旧ニップン冷食伊勢崎工場）の冷凍食品第2工場とNIPPN(Thailand)Co.,Ltd.の冷凍生地製造工場が同年11月に竣工した",
                      "原文": "福岡工場のプレミックス工場が2020年10月、伊勢崎工場の冷凍食品第2工場とNIPPN(Thailand)Co.,Ltd.の冷凍生地製造工場が同年11月に竣工。",
                      "source": "日本製粉 有価証券報告書（2021年3月期）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2021年1月に社名を株式会社ニップンへ変更し、同年4月にニップン冷食株式会社より冷凍食品製造事業を譲り受けて伊勢崎、竜ヶ崎冷食工場とした",
                      "原文": "2021年１月　社名を「株式会社ニップン」に変更。／４月　「ニップン冷食株式会社」より冷凍食品製造事業を譲り受け、伊勢崎、竜ヶ崎冷食工場とする。",
                      "source": "ニップン 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "規模の面では、粉の外の商売が本体を追い越していた。セグメント別の売上高は2015年3月期が製粉事業1,017億円に対して食品事業1,666億円、2026年3月期には製粉1,200億円に対して食品2,437億円で、比率は三分の一と三分の二に開く。1996年に別会社へ出した冷凍食品は、この食品事業のうち近年伸びた部分にあたる。製粉と食品の二本立ては、売上の上では逆転して久しい。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "セグメント別売上高は2015年3月期が製粉事業101,673百万円・食品事業166,581百万円、2026年3月期が製粉事業120,000百万円・食品事業243,694百万円",
                      "原文": "2015年3月期のセグメント売上高は製粉事業101,673百万円、食品事業166,581百万円。2026年3月期は製粉事業120,000百万円、食品事業243,694百万円。",
                      "source": "ニップン 有価証券報告書（セグメント情報・2015年3月期および2026年3月期）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "成長領域としての冷凍食品",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "会社は2024年5月に長期ビジョン2030を定め、冷凍食品事業と海外事業を注力事業に据えた。冷凍食品では2030年までに年間売上高900億円、売上構成比18%を目標に置く。前鶴俊哉社長は2025年8月の記者懇談会で、基本事業で安定的に価値を創出しながら、成長領域と新規事業には投資を含めて積極的に実行したいと述べている。1973年に始めた事業が、五十年を過ぎて成長の柱に置かれた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "冷凍食品事業において2030年までに売上高900億円/年、海外事業において600億円/年を目指す",
                      "原文": "■冷凍食品事業において、2030年までに売上高900億円/年を目指します。／■海外事業において、2030年までに売上高600億円/年を目指します。",
                      "source": "ニップン 有価証券報告書（2026年3月期）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2030年までに冷凍食品で年間売上高900億円（2023年度比173%増加）、売上構成比18%をめざす",
                      "原文": "こうした施策を通じて、冷凍食品事業では、2030年までに年間売上高900億円（2023年度比173% 増加）、売上構成比18％をめざしています。",
                      "source": "ニップン統合報告書2025",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "前鶴俊哉社長は2025年8月の記者懇談会で、成長領域と新規事業には投資を含めて積極的に実行したいと述べた",
                      "原文": "基本事業で安定的に価値を創出しながら、成長領域と新規事業については、投資を含めてアグレッシブに実行していきたい",
                      "source": "日本食糧新聞（2025年8月6日）「ニップン、長期ビジョン2030実現へ　冷食売上げ900億円目指す」",
                      "url": "https://news.nissyoku.co.jp/news/kubo20250802121234334"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "供給の側も広げている。2025年4月に株式会社畑中食品を連結子会社とし、鹿児島県出水市で新工場の建設を進めた。2026年度末に竣工の予定で、グループの冷凍食品工場としては最大規模になる。一方で会社は、冷凍食品には「安価」という商品イメージがあり、消費者の節約志向とあいまって価格設定の難度が高いとも記した。資材費や人件費の上昇を価格へ移す作業には、丁寧な説明が要ると認めている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2025年4月に株式会社畑中食品を連結子会社化し、同社の新冷凍食品工場は2026年度末の竣工予定",
                      "原文": "2025年４月　株式会社畑中食品を連結子会社化。／2026年度末に株式会社畑中食品の新冷凍食品工場が竣工予定",
                      "source": "ニップン 有価証券報告書（2026年3月期）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "畑中食品の新工場はニップングループの冷凍食品工場として最大規模となる予定で、冷凍食品には「安価」という商品イメージがあり価格設定の難度が高い",
                      "原文": "ニップングループの冷凍食品工場としては最大規模となる予定で、冷凍食品の更なる需要増の増強も図っていきます。／一方、冷凍食品には一般的に「安価」という商品イメージがあり、消費者の節約志向もあいまって、価格設定の難度が高い状況ではありますが",
                      "source": "ニップン統合報告書2025",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "受け皿を先に用意した会社",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "小麦の総需要が伸びをやめた1996年度は、ニップン冷食を設立した年度でもあった。澤田浩社長が1993年から率いた全社的再構築のなかで、冷凍食品はなお本体の一製造部門にすぎず、投資も人繰りも製粉の論理の下に置かれていた。別会社へ出したことで、人手のかかる製造の採算を単独で測る道が開く。高崎工場を移す一方、伊勢崎の新工場は本体が建てて子会社へ貸した。事業は切り離しながら資金の負担は本体で引き受ける構えがうかがえる。"
                },
                {
                  "text": "ただ、切り離した事業が本体へ戻るまでには二十五年かかった。1996年に本格参入と呼んだ冷凍食品が売上構成比18%へ届くのは2030年の目標で、クリームコロッケから数えれば五十七年になる。会社が自ら認めるとおり、安価というイメージはいまもつきまとい、価格改定の交渉は難しい。速く育った事業ではない。粉の需要が頭打ちへ向かうと読んだ年に受け皿を先に用意し、育つのを待った点にこそ、この会社の時間の使い方が表れているといえる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "株式会社ニップン公式サイト「ニップンの歴史」",
        "日本製粉 有価証券報告書【沿革】",
        "ニップン 有価証券報告書【沿革】",
        "ニップン 有価証券報告書（2026年3月期）",
        "日本製粉 有価証券報告書（2021年3月期）",
        "ニップン 有価証券報告書（セグメント情報・2015年3月期および2026年3月期）",
        "ニップン統合報告書2025",
        "ニップン「製粉業界の現状」（2026年4月）",
        "日本食糧新聞（2025年8月6日）「ニップン、長期ビジョン2030実現へ　冷食売上げ900億円目指す」",
        "日本経済新聞（2021年11月25日）「沢田浩氏が死去　元日本製粉（現ニップン）社長」"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-25"
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    {
      "slug": "capital-reallocation-2024",
      "url": "/tse/2001/decisions/capital-reallocation-2024/",
      "year": 2024,
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      "stock_code": "2001",
      "decision_id": "2001-capital-reallocation-2024",
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        "cp-finance",
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      "title": "政策保有株式・遊休不動産の売却と、3年で最大1,400億円の設備投資への振り替え",
      "subtitle": "含み益を抱えたまま持ち続けるか、売って工場に替えるか——PBR0.70倍・資本コスト9％のもとでの資本配分",
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      "issue": "資本配分と政策保有株式",
      "decider": {
        "name": "前鶴俊哉（社長）",
        "ceo": "fy19-maezuru-toshiya"
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      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "2024年5月、ニップンは中期目標を上方修正して長期ビジョン2030を策定し、あわせて2024年度から2026年度までのキャッシュ・アロケーションを公表した。政策保有株式と遊休不動産の売却で得た資金を、3年で最大1,400億円程度という過去にない規模の事業投資へ振り替える組み立てで、2期分の売却と知多新工場の稼働まで到達している。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "2023年度に中期目標を前倒しで達成した一方、株式市場の評価は伴わなかった。2025年3月末のPBRは0.70倍、売却益の影響を補正したROEは6.6％で、株式益利回りに基づく資本コスト9％を下回っていた。政策保有株式は2022年3月末で計118銘柄・529億円を数え、同時点の自己資本1,743億円のおよそ3割に相当した。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "営業キャッシュ・フロー700億円以上、資産売却300億円程度、必要に応じた資金調達最大800億円程度を原資として、事業投資1,400億円程度・株主還元150億円以上・社債償還250億円を配分する計画とした。政策保有株式は2026年度末までに連結純資産比20％未満へ縮減し、投資判断にはROI・IRR・NPVを加えた。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "2024年度は遊休資産85億円・株式50億円の売却で資金を賄い、外部調達を行わなかった。2025年3月期は投資有価証券売却益47億円と固定資産売却益87億円を計上してROE10.6％となり、会社は補正後6.6％を自ら併記した。2026年2月には総工費約255億円の知多工場が稼働した。"
        }
      ],
      "parties": [
        {
          "stock_code": "2001",
          "name": "ニップン",
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            "note": "1896年創立の製粉大手。売上構成では食品事業が6割近くを占める。2020年に日本製粉から社名を変更し、2022年に中期目標、2024年に長期ビジョン2030を設定した"
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        }
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        "summary": "PBR0.70倍・補正後ROE6.6％という資本市場からの評価を受け、連結純資産の3割に達していた政策保有株式と遊休不動産を売却し、その資金を3年で最大1,400億円程度の設備投資へ振り替える資本配分計画"
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          "title": "愛知県知多市への製粉新工場建設と名古屋工場・大阪工場の閉鎖を公表"
        },
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          "title": "2026年度に売上高4,000億円・営業利益150億円をめざす中期目標を設定"
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          "title": "中期目標を売上高4,500億円・営業利益210億円へ上方修正、長期ビジョン2030を策定",
          "highlight": true
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        {
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          "title": "米Utah Flour Milling, LLCの新工場が稼働"
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          "title": "2024年度に遊休資産85億円・株式50億円を売却、外部調達は実施せず"
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          "title": "総工費約255億円の知多工場が稼働、中京・近畿地区の製粉工場再編が最終段階へ"
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      "snapshot": {
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        "source": "ニップン 有価証券報告書（連結・日本基準）",
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            "name": "ニップン",
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            "president": "前鶴俊哉",
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              "note": "親会社株主に帰属する当期純利益。投資有価証券売却益47億円・固定資産売却益87億円を含む"
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            "equity_ratio": 60.7,
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      "report": [
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          "label": "背景",
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            {
              "sub_title": "前倒しで埋まった目標と、動かない株価",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "ニップンは2022年5月、2026年度に売上高4,000億円・営業利益150億円を達成する中期目標を設定した。ところが2023年度の実績がこれを上回り、目標は3年を残して埋まった。2024年5月14日、会社は目標を売上高4,500億円・営業利益210億円へ引き上げ、ROE8％以上・ROIC5％以上を新たに加えた。あわせて、2030年度に売上高5,000億円・営業利益250億円をめざす長期ビジョン2030を公表した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2022年5月に設定した中期目標を2023年度実績が前倒しで達成したため、2024年5月に売上高4,500億円・営業利益210億円・ROE8％以上・ROIC5％以上へ上方修正した",
                      "原文": "当社グループは、長期ビジョンに掲げる売上高5,000億円・営業利益250億円の実現に向けて、「2026年度までに売上高4,000億円・営業利益150億円の達成」を中期目標として2022年５月に設定しました。その後、2023年度実績がこれを前倒しで達成したことから、2024年５月に中期目標を上方修正して、新たに「2026年度までに売上高4,500億円・営業利益210億円、ＲＯＥ８％以上、ＲＯＩＣ５％以上」を掲げております。",
                      "source": "ニップン 有価証券報告書（2026年3月期・連結）",
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                    {
                      "fact": "2024年5月14日、長期ビジョン2030と2022-2026中期目標の修正を公表した",
                      "原文": "今般、2023 年度実績が 2026 年度までに達成することを目指した当初の中期目標を前倒しで達成したことから、中期目標を修正するとともに、長期ビジョンについても 2030 年度までのロードマップを策定しましたので、概要について下記のとおりお知らせいたします。",
                      "source": "ニップン ニュースリリース No.7（2024年5月14日）「ニップングループ「長期ビジョン2030」、「2022-2026 中期目標の修正」に関するお知らせ」",
                      "url": "https://www.nippn.co.jp/news/detail/__icsFiles/afieldfile/2024/05/14/no7_chouki.pdf"
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                    {
                      "fact": "修正後の中期目標は2026年度に売上高4,500億円・営業利益210億円",
                      "原文": "23年度で目標を到達したことが理由。新たに26年度までに売上高4千500億円、営業利益210億円を目指す。",
                      "source": "食品新聞（2024年5月20日）「ニップン 前倒しで達成の中期目標を上方修正 長期ロードマップも公表」",
                      "url": "https://shokuhin.net/98513/2024/05/20/kakou/seifun/"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "利益の目標が前倒しで埋まる一方、株式市場の評価は動かなかった。2025年3月末のPBRは0.70倍にとどまり、PERは10.9倍と、プライム上場企業の平均およそ16倍に届かなかった。いずれも政策保有株式の売却益などを補正した値で、同じ補正をかけたROEは6.6％と、株式益利回りに基づく資本コスト9％を下回っていた。営業利益の目標を先に達成しても、資本コストは超えられていなかった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2025年3月末のPBRは0.70倍、売却益の影響を補正したROEは6.6％・PERは10.9倍で、いずれも資本コスト9％・プライム平均約16倍を下回った",
                      "原文": "2025年3月末の PBR は0.70倍となっており、PBR1倍に向けて資本効率の向上や株価上昇への取り組みが必要な状況にあるものと認識しています。なお、2025年3月末は政策保有株の売却益・遊休資産の売却益を計上したことに伴い、ROE は10.6％、PER は6.84倍となりました。売却益の影響を補正した場合の ROE は6.6％、PER は10.9倍となります。補正後の ROE は株式益利回りに基づく資本コスト（9％）を下回り、PER もプライム上場企業の平均（約16倍）を下回っています。",
                      "source": "ニップン 統合報告書2025",
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            },
            {
              "sub_title": "純資産の3割を占めた持ち合い株と、迫る更新期",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "もう一方に、長年積み上がった政策保有株式があった。2022年3月末の保有は非上場55銘柄・上場株63銘柄の計118銘柄、貸借対照表計上額は529億円に達し、同時点の連結自己資本1,743億円のおよそ3割に相当した。会社は取得・保有の意義や資本コストを踏まえ、配当や取引額の収益性を個別銘柄ごとに毎年取締役会で検証し、妥当性が認められない場合は原則売却対象とすると定めていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2022年3月末の政策保有株式は非上場55銘柄・上場株63銘柄、計529億円。同期末の連結自己資本は1,743億円であった",
                      "原文": "非上場株式 55銘柄 4,129百万円、非上場株式以外の株式 63銘柄 48,830百万円。2022年3月期の連結自己資本は174,316百万円であった。",
                      "source": "ニップン 有価証券報告書（2022年3月期・連結）",
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                    {
                      "fact": "保有の適否を毎年取締役会で検証し、妥当性が認められない場合は原則売却対象とする方針を定めていた",
                      "原文": "個別の株式の保有については、取得・保有の意義や一定の経営指標、資本コスト等を踏まえ、配当・取引額等の収益性、採算性を個別銘柄ごとに検証するとともに、事業戦略、事業上の関係を総合的に勘案して、保有の適否を毎年取締役会において検証します。検証の結果、保有の妥当性が認められない場合は、原則売却対象とし、実際の売却は市場への影響等を総合的に考慮のうえ、順次実施しております。",
                      "source": "ニップン 有価証券報告書（2025年3月期・連結）",
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                  ]
                },
                {
                  "text": "同じころ、製粉事業は設備の更新期に入っていた。中京・近畿地区では神戸甲南工場の増強と大阪工場の閉鎖を進め、2022年2月には愛知県知多市への新工場建設と名古屋工場の閉鎖を公表している。製粉工場の新設は福岡工場以来40年ぶりとなる。連結の設備投資額も2023年度211億円、2024年度209億円と高い水準が並び、営業キャッシュ・フローだけで賄いきれる規模ではなくなっていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "中京・近畿地区の製粉工場再編として神戸甲南工場の増強と大阪工場閉鎖を進め、知多新工場の新設と名古屋工場の閉鎖で再編を完了する。製粉工場の新設は福岡工場以来40年ぶりであった",
                      "原文": "当社はこれまで、中京・近畿地区における製粉工場再編の一環として、神戸甲南工場の増強および大阪工場の閉鎖を進めてまいりました。今回の知多工場の新設と今後予定する名古屋工場の閉鎖により、同地区での再編を完了し、お客様へ安定的かつ効率的に製品をお届けできる生産体制をより一層強化いたします。",
                      "source": "ニップン ニュースリリース No.59（2026年2月26日）「株式会社ニップン知多工場、稼働開始」",
                      "url": "https://www.nippn.co.jp/news/detail/__icsFiles/afieldfile/2026/02/26/no59_chita.pdf"
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                    {
                      "fact": "連結の設備投資額は2024年3月期211億円、2025年3月期209億円であった",
                      "原文": "設備投資額（連結）は2024年3月期21,160百万円、2025年3月期20,960百万円であった。",
                      "source": "ニップン 有価証券報告書（2025年3月期・連結）",
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        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "3年分の資金の出入りを一枚に置く",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "前鶴俊哉社長のもとで会社が示したのは、3年分の資金の出入りを一枚に並べた配分計画であった。2024年度から2026年度までのキャッシュインを、営業キャッシュ・フロー700億円以上、政策保有株式と遊休不動産の売却300億円程度、長期発行体格付けの維持を前提とした資金調達最大800億円程度と置く。キャッシュアウトは事業投資1,400億円程度、株主還元150億円以上、社債償還250億円とした。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "投資の原資は営業キャッシュ・フローを基本とし、これを超える分は政策保有株式や遊休不動産の売却で充当、不足分は格付け維持を前提に調達する方針を示した",
                      "原文": "現中期目標期間においては、知多新工場や冷凍食品新工場の建設など、最大で1,400億円程度の投資を行う計画です。投資の原資は、営業キャッシュ・フローを基本とし、営業キャッシュ・フローを超える投資額は、政策保有株式や遊休不動産の売却によって充当し、不足分は長期発行体格付け A フラット（JCR）の維持を前提に必要に応じて資金調達を進めていきます。",
                      "source": "ニップン 統合報告書2025",
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                    },
                    {
                      "fact": "2024〜2026年度のキャッシュイン計画は営業CF700億円以上・資産売却300億円程度・資金調達最大800億円程度、キャッシュアウト計画は事業投資1,400億円程度・株主還元150億円以上・社債償還250億円",
                      "原文": "キャッシュイン（2024-2026年度計画）営業CF 700億円以上、資産売却 300億円程度、資金調達 最大800億円程度。キャッシュアウト（2024-2026年度計画）事業戦略に基づく投資 1,400億円程度、株主還元 150億円以上、社債償還 250億円。",
                      "source": "ニップン 統合報告書2025",
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                  ]
                },
                {
                  "text": "投資額について会社は「過去にない規模を想定しています」と記した。あわせて投資規律も組み替え、従来の投資回収期間に加えてROI・IRR・NPVを重視すると定めている。政策保有株式については、2026年度末までに連結純資産比20％未満へ縮減する目標を掲げ、発行体である取引先との対話を続けるとした。売れる資産を売り、その資金を工場へ振り替える道筋が、数字の形で外に出た。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2024年度から2026年度の3年間で最大1,400億円程度と過去にない規模の投資を想定し、投資指標にROI・IRR・NPVを加えた",
                      "原文": "機関決定済みの案件と検討中の案件をあわせて、2024年度〜2026年度の3年間で最大1,400億円程度と、過去にない規模を想定しています。投資指標に関して、従来の投資回収期間に加え、新たに ROI（投資利益率）、IRR（内部収益率）、NPV（正味現在価値）を重視し、投資規律を今まで以上に徹底することで、投資の効果をより正確に評価し、資本の効率的な配分を実現することをめざします。",
                      "source": "ニップン 統合報告書2025",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2026年度末までに政策保有株式を連結純資産比20％未満まで縮減する目標を掲げた",
                      "原文": "引き続き発行体（取引先企業）との対話を進めており、2025年度以降も纏まった規模の縮減を進め、2026年度末までに、連結純資産比20％未満まで縮減することを目標としています。",
                      "source": "ニップン 統合報告書2025",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "1,400億円の行き先",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "投資の中心は愛知県知多市の新工場に置かれた。総工費は約255億円、1日当たりの小麦挽砕能力は600トンで2ラインを備える。大型穀物船が接岸できる知多埠頭の原料サイロに隣接し、原料小麦を直接搬入して調達コストを抑える設計をとった。太陽光発電と非化石証書により使用電力の100％を実質再生可能エネルギーとする、同社で初のカーボンニュートラル工場でもある。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "知多工場は敷地面積35,820平方メートル、総工費約255億円、1日当たり小麦挽砕能力600トン・2ラインで、大型穀物船が接岸できる立地に建てられた",
                      "原文": "知多工場は、大型穀物船の接岸が可能な立地条件を備えており、当社が培ってきた技術力に最新の自動化技術等を組み合わせることで高い生産性を実現しています。（中略）総工費：約 255 億円　設備能力：1 日当たり小麦挽砕能力 600 トン（2 ライン）",
                      "source": "ニップン ニュースリリース No.59（2026年2月26日）「株式会社ニップン知多工場、稼働開始」",
                      "url": "https://www.nippn.co.jp/news/detail/__icsFiles/afieldfile/2026/02/26/no59_chita.pdf"
                    },
                    {
                      "fact": "総工費は約255億円、知多埠頭の原料小麦サイロに直結して原料調達コストを削減する",
                      "原文": "敷地面積は3万5820㎡で、総工費は約255億円を投じた。知多工場は大型穀物船の接岸が可能な立地。知多埠頭が所有する原料小麦サイロに直結していることから、原料調達コストを削減。",
                      "source": "食品新聞（2026年3月9日）「ニップン 知多工場が稼働 スマート化、災害対応、環境配慮を推進」",
                      "url": "https://shokuhin.net/140657/2026/03/09/topnews/"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "投資は製粉にとどまらなかった。2025年4月に連結子会社とした畑中食品では、鹿児島県出水市にグループ最大規模の冷凍食品新工場を建設し、2026年度末の竣工をめざす。海外では米国ユタ州のUtah Flour Milling, LLCが2025年2月に新工場を稼働させ、2024年7月に設立したベトナムの現地法人でもプレミックス工場の新設が進む。研究開発を集める、ニップンR&Dセンターの建設も動き出した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "畑中食品の新冷凍食品工場は2026年度末の竣工へ向けて進捗し、Utah Flour Milling, LLCは本格稼働に入った",
                      "原文": "加えて、成長領域の拡大に向けた取り組みとして、冷凍食品の需要拡大を見据えた供給体制の増強を目的に進めている株式会社畑中食品の新冷凍食品工場建設は、2026年度末の竣工に向けて順調に進捗しております。また、海外事業では、ASEAN地域や北米地域において販売が好調に推移したほか、Utah Flour Milling, LLCが本格稼働し安定操業を継続するなど、更なる事業拡大に取り組んでおります。",
                      "source": "ニップン 有価証券報告書（2026年3月期・連結）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "米ユタ州の新工場は2025年2月に稼働、ベトナムでは2024年7月に現地法人を設立してプレミックス工場を新設中で、研究開発拠点のニップンR&Dセンターも建設中であった",
                      "原文": "2025年2月、製粉事業の新工場が稼働しました。またベトナムでは、2024年7月に現地法人を設立し、プレミックス工場の新設を進めています。研究開発機能の拡大による知的資本の強化にも力を入れています。現在、旧来の拠点を移転し、新たな研究開発拠点となる「ニップン R&D センター」の建設を進めています。",
                      "source": "ニップン 統合報告書2025",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "売却益で膨らんだ利益に、自ら添えた補正値",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "売却は利益の形で先に表れた。2024年3月期は投資有価証券売却益135億円を計上し、親会社株主に帰属する当期純利益は264億円となった。2025年3月期は投資有価証券売却益47億円に加え、主に土地等の売却による固定資産売却益87億円を積み、純利益は248億円であった。政策保有株式の売却額は2024年度で49億円、保有銘柄は2025年3月末に計78銘柄まで減った。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2024年3月期の投資有価証券売却益は13,504百万円、2025年3月期は投資有価証券売却益4,707百万円・固定資産売却益8,692百万円で、固定資産売却益は主に土地等の売却益であった",
                      "原文": "固定資産売却益 ※３ 49／※３ 8,692、投資有価証券売却益 13,504／4,707。※３ 固定資産売却益は、主に土地等の売却益であります。",
                      "source": "ニップン 有価証券報告書（2025年3月期・連結）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2024年度は49億円の政策保有株式を売却し、2025年3月末の連結純資産比率は24.2％となった",
                      "原文": "2024年度は49億円の政策保有株を売却し、2025年3月末における連結純資産比率は24.2％となりました。",
                      "source": "ニップン 統合報告書2025",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2025年3月末の政策保有株式は非上場31銘柄・上場株47銘柄の計78銘柄",
                      "原文": "非上場株式 31銘柄 3,656百万円、非上場株式以外の株式 47銘柄 55,993百万円。",
                      "source": "ニップン 有価証券報告書（2025年3月期・連結）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "利益の中身について、会社は自ら注釈を付けた。2025年3月末のROE10.6％・PER6.84倍に対し、売却益の影響を補正すればROE6.6％・PER10.9倍になると統合報告書に併記し、役員報酬の業績指標にも特殊・特別な損益を除外した補正値6.64％を用いている。配当も同じ考え方で、特殊・特別な損益を除いた連結配当性向30％以上を目安とし、1株当たり配当は2017年度の30円から2024年度は66円へ増えた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "役員報酬の業績指標に用いる株主資本利益率は6.64％で、資産売却等による特殊・特別な損益を除外した補正値であった",
                      "原文": "株主資本利益率（ＲОＥ） 6.64％ ※　※ 資産売却等による特殊・特別な損益を除外した補正値であります。",
                      "source": "ニップン 有価証券報告書（2025年3月期・連結）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "株主還元は資産売却等による特殊・特別な損益を除外して算定した連結配当性向30％以上を目安とし、1株当たり配当は2017年度30円から2024年度66円へ増えた",
                      "原文": "株主還元は重要な経営課題のひとつとして位置付けており、資産売却等による特殊・特別な損益を除外して算定した連結配当性向30％以上を目安に、利益成長による配当額増加をめざします。",
                      "source": "ニップン 統合報告書2025",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "動き出した工場と、これから始まる回収",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "2024年度の実績では、遊休資産85億円・株式50億円の売却で資金を賄い、外部からの調達は行わなかった。2026年2月26日には知多工場が稼働を開始し、名古屋工場の閉鎖を残して中京・近畿地区の再編が最終段階に入った。2026年3月期の設備投資は工事ベースで334億円に積み上がり、売上高4,184億円・営業利益220億円と、本業の数字も前期を上回った。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2024年度のキャッシュイン実績は営業CF（戦略投資前）220億円・遊休資産売却85億円・株式売却50億円で、資金調達は実施しなかった",
                      "原文": "2024年度実績　営業CF（戦略投資前）220億円、遊休資産売却 85億円、株式売却 50億円、調達は実施せず。",
                      "source": "ニップン 統合報告書2025",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2026年2月に知多工場が稼働し、2026年3月期の連結設備投資は工事ベースで33,479百万円、売上高は4,184億円、営業利益は220億円であった",
                      "原文": "2026年2月には国内製粉事業の基盤強化を担う知多工場が稼働を開始しました。（中略）売上高は4,184億２千５百万円（前期比101.8％）となりました。（中略）営業利益は220億８千２百万円（同102.8％）、経常利益は248億７千４百万円（同102.0％）となりました。当連結会計年度の設備投資は、工事ベースで33,479百万円であります。",
                      "source": "ニップン 有価証券報告書（2026年3月期・連結）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "一方、2026年3月期の純利益は218億円と前期比88.1％に下がった。前年の遊休地売却による特別利益が消えた分であり、売却益に頼らない利益の水準がそのまま表に出た。政策保有株式は2026年3月末で計77銘柄、この期にも上場株4銘柄59億円を売っている。同じ期に自己株式40億円を取得し、転換社債型新株予約権付社債116億円を償還した。連結純資産比20％未満という目標には、本稿の時点でまだ届いていない。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2026年3月期の親会社株主に帰属する当期純利益は218億円（前期比88.1％）で、前年の遊休地売却による特別利益の計上が要因であった",
                      "原文": "一方で、前年に遊休地の売却による特別利益の計上があったことにより、親会社株主に帰属する当期純利益は218億３千万円（同88.1％）となりました。",
                      "source": "ニップン 有価証券報告書（2026年3月期・連結）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2026年3月末の政策保有株式は非上場30銘柄・上場株47銘柄の計77銘柄で、当期は上場株4銘柄5,933百万円を売却した",
                      "原文": "非上場株式 30銘柄 4,529百万円、非上場株式以外の株式 47銘柄 68,630百万円。（当事業年度において株式数が減少した銘柄）非上場株式以外の株式 4銘柄 5,933百万円。",
                      "source": "ニップン 有価証券報告書（2026年3月期・連結）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2026年3月期の財務活動では、転換社債型新株予約権付社債の償還116億円と自己株式の取得40億円を支出した",
                      "原文": "この主な要因は、転換社債型新株予約権付社債の償還による支出が116億円、配当金の支払により53億７千９百万円、自己株式の取得による支出が40億円、並びに長期借入れによる収入が303億９千万円、社債の発行による収入が199億１千４百万円あったことによるものであります。",
                      "source": "ニップン 有価証券報告書（2026年3月期・連結）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "補正値を自分で書いた会社",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "売却益を除いたROEは6.6％、資本コストは9％——この2つを並べて外へ出したところに、2024年5月の決定の芯がある。売却益で嵩上げされたROE10.6％だけを掲げれば、資本コストを超えたと言うこともできた。前鶴俊哉社長のもとで会社が選んだのは、補正値を自ら書き添えて届いていない側を先に示し、その差を埋める原資として、連結純資産の3割を占めていた持ち合い株と遊休地を差し出す道であった。"
                },
                {
                  "text": "置き換えの成果は、まだ数字になっていない。2025年3月期の純利益248億円は投資有価証券売却益47億円と固定資産売却益87億円に支えられ、それが消えた2026年3月期は218億円へ下がった。売れる資産は一度手放せば戻らず、総工費255億円の知多工場も畑中食品の新工場も、回収はこれから始まる。持ち合い株を工場に替えた判断が資本コストを超える収益に届くかは、2026年度末より先の決算で確かめられるとみられる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "ニップン ニュースリリース No.7（2024年5月14日）「ニップングループ「長期ビジョン2030」、「2022-2026 中期目標の修正」に関するお知らせ」",
        "ニップン ニュースリリース No.59（2026年2月26日）「株式会社ニップン知多工場、稼働開始」",
        "ニップン 統合報告書2025",
        "ニップン 有価証券報告書（2022年3月期・連結）",
        "ニップン 有価証券報告書（2025年3月期・連結）",
        "ニップン 有価証券報告書（2026年3月期・連結）",
        "食品新聞（2024年5月20日）「ニップン 前倒しで達成の中期目標を上方修正 長期ロードマップも公表」",
        "食品新聞（2026年3月9日）「ニップン 知多工場が稼働 スマート化、災害対応、環境配慮を推進」"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-25"
    }
  ]
}
