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    "name": "鹿島岩吉",
    "kana": "かじま　いわきち",
    "surname": "鹿島",
    "given_name": "岩吉",
    "origin": "創業家（1840年創業）。武蔵国入間郡上新井村の庄屋格の豪農の次男に生まれ、江戸で大工の徒弟奉公を経て、1840年に25歳で棟梁として独立した。開港後の横浜で英一番館などの洋館を手がけ、明治に入って屋号を「鹿島方」とした。鹿島組の創立（1880年）は長男の岩蔵氏で、会社の社長には就任していない",
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    "milestone": "鹿島建設の創業者（1840年に江戸で大工棟梁として独立した）",
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    "references": [
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        "source": "『鹿島建設 百四十年の歩み』（鹿島建設, 1980年）",
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        "source": "『鹿島建設の歩み 人が事業であった頃』（1989年）",
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          "origin"
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      {
        "source": "鹿島建設 Annual Report 2011 Preliminary「Corporate History」",
        "url": "http://www.kajima.co.jp/ir/annual/2011_pre/pdf/ar2011pre_p40-43.pdf",
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          "text": "鹿島岩吉氏は1816年、武蔵国入間郡上新井村（現在の埼玉県所沢市）で、代々庄屋格の豪農の家に生まれた。生家の鹿島市左衛門家は、江戸の大名屋敷へ木炭を納める請負と金融業を兼ねていた。鹿島岩吉氏は家業とは別の道を選び、江戸に出て大工になろうと志し、四谷の棟梁のもとで徒弟奉公に入った。\n1840年、鹿島岩吉氏は25歳で独立し、「大岩」と称して一本立ちの棟梁となった。会社の沿革は、創業の地を江戸中橋正木町としている。当時の棟梁の地位は同業の仲間内で売り買いされる権利株で、鹿島岩吉氏は数百両にのぼる代金を工面して株を取得した。独立して間もない1843年頃には、信州飯山藩士の娘を妻に迎えたと推定されている。江戸の後期には、棟梁が施主の代理として鳶・左官・瓦屋などの職方の工程をまとめる役も担うようになり、大工の腕に加えて現場を管理する力が求められていた。鹿島岩吉氏はやがて桑名侯松平越中守など3家の大名屋敷のお出入大工となり、その竪看板を3枚店頭に掲げる一流の町方大工となった。\n1859年に横浜が開港すると、居留地の建設で建築の需要が急増し、鹿島岩吉氏はいち早く横浜へ進出した。英国商社ジャーディン・マセソン商会の支配人ケスウィックの知遇を受け、1860年に同商会の建物、通称「英一番館」の建築を請け負って完成させた。木造石張り二階建ての洋館で、錦絵にも描かれてもてはやされた。英一番館の跡地には、1959年に鹿島建設の施工したシルクセンターの建物が建っている。続いて隣接する米国ウォルシュ・ホール商会のアメリカ一番館も請け負い、その紹介で横浜居留地の異人館を相次いで手がけた。短い期間で洋風の建築工法を身につけたことで、洋式建築請負の代表的な業者の一人に数えられた。\n明治維新を迎えると、鹿島岩吉氏は屋号を「大岩」から「鹿島方」へ改めた。1844年生まれの長男・鹿島岩蔵氏は鼈甲商で修業し、横浜で外国人との商取引を志したが振るわなかった。父の鹿島岩吉氏が老齢となったことから、鹿島岩蔵氏は商人を断念して家業を継ぎ、1874年には神奈川県庁から指定を受けた請負業者の一人に加わった。鹿島岩吉氏は店を鹿島岩蔵氏に譲って引退し、1876年頃には東京の京橋木挽町に住んでいた。\n1880年、鹿島岩蔵氏は鉄道頭の井上勝の勧めもあって、従来の建築業から鉄道請負業一本へと転じた。同年に京橋木挽町に本店を構えて鹿島組を創立し、鹿島岩蔵氏が初代組長となった。鹿島岩吉氏は1884年4月に死去した。鹿島建設は、鹿島岩吉氏が江戸で棟梁として独立した1840年を創業の年としている。",
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    "html_url": "https://the-shashi.com/tse/1812/executives/ceo/kajima-iwakichi/",
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