{
  "spec_version": "3",
  "endpoint": "decision",
  "stock_code": "1801",
  "company_name": "大成建設",
  "content_lang": "ja",
  "meta_lang": "en",
  "canonical_url": "https://the-shashi.com/tse/1801/decisions/collegial-management-1965/",
  "api_url": "/api/1801/decisions/collegial-management-1965.json",
  "updated": "2026-08-15",
  "license": "© 2026 Yutaka Sugiura. All rights reserved.",
  "attribution": "The社史 (the-shashi.com) — https://the-shashi.com/tse/1801/decisions/collegial-management-1965/",
  "slug": "collegial-management-1965",
  "url": "/tse/1801/decisions/collegial-management-1965/",
  "year": 1965,
  "month": 1,
  "schema_version": "1.0",
  "decision_id": "1801-collegial-management-1965",
  "type": "governance",
  "tags": [
    "gv-board"
  ],
  "title": "「集大成」の合議経営と本部制への移行",
  "subtitle": "創業家のワンマン支配が消えた戦後の大成建設で、本間嘉平社長はなぜ経営方針を常務会に諮り、社長を議長に徹する集団指導体制を選んだのか",
  "status": "implemented",
  "status_label": "実施",
  "scheme": null,
  "ratio": null,
  "issue": "意思決定機構と組織",
  "decider": [
    {
      "name": "本間嘉平",
      "role": "大成建設 社長"
    }
  ],
  "authored": "2026-07",
  "last_updated": "2026-07-14",
  "highlights": [
    {
      "label": "概要",
      "text": "戦後に大倉家の同族支配を解消した大成建設が、経営方針を常務会に諮り社長は議長に徹する合議経営を制度化し、1965年1月に本部制（営業・事務・建築・土木）を導入して分権体制を敷いた経営判断。"
    },
    {
      "label": "背景",
      "text": "財閥解体で創業家・大倉家のワンマン支配が消え、追放を免れた若手層が経営を引き継いだ。一人の求心力に頼る経営に代わる、意思決定の仕組みが要った。"
    },
    {
      "label": "内容",
      "text": "本間嘉平社長は、経営方針を常務会に諮って議論を尽くし、社長は議長を務めるにとどめる「チェックシステム」を敷いた。1965年1月には本部制を採り、各本部を独立事業部的に機能させる分権を進めた。"
    },
    {
      "label": "含意",
      "text": "社名「大成」を「大器晩成」ではなく「集大成」と解し、優秀な社員が力を合わせる「コーラス」の経営として言語化した。「組織の大成」と呼ばれる分権モデルは、特定の個人に依存しない運営の型として定着した。"
    }
  ],
  "parties": [
    {
      "stock_code": "1801",
      "name": "大成建設",
      "role": "当事者",
      "at_deal": {
        "note": "戦後に大倉家の同族支配を解消し、1957年に東証へ上場した大手建設会社。1964年3月期の単体売上高は約1,074億円"
      }
    }
  ],
  "dates": {
    "reported": null,
    "announced": "1965-01",
    "agreed": null,
    "closed": null,
    "terminated": null
  },
  "breakdown": {
    "reason_type": "shareholder",
    "summary": "創業家のワンマン支配に代えて、経営方針を常務会に諮る合議経営と本部制による分権を制度化し、集団指導体制へ移行した組織改革"
  },
  "timeline": [
    {
      "year": 1949,
      "month": 6,
      "title": "大倉家保有全株式を役員・従業員が譲り受け、同族支配色を一掃"
    },
    {
      "year": 1964,
      "month": 6,
      "title": "本間嘉平社長が「集大成」の合議経営（チェックシステム）を説明（経済展望）"
    },
    {
      "year": 1965,
      "month": 1,
      "title": "本部制（営業・事務・建築・土木）を採用し、各本部を独立事業部的に運営",
      "highlight": true
    },
    {
      "year": 1968,
      "month": null,
      "title": "総合企画本部・技術開発本部を加え6本部体制へ拡張"
    },
    {
      "year": 1982,
      "month": null,
      "title": "中央組織が体系づけられた分権が「組織の大成」と業界誌に評される"
    }
  ],
  "snapshot": {
    "fiscal_year": "1965年3月期（単体）",
    "source": "大成建設 pl_long（大成建設のあゆみ）・単体。売上高のみ現存し、営業利益・経常利益・純利益の当該年計数は残らない",
    "companies": [
      {
        "stock_code": "1801",
        "name": "大成建設",
        "fiscal_year": "1965年3月期（単体）",
        "president": "本間嘉平",
        "hq": "東京都",
        "sales": {
          "num": 1292,
          "unit": "億円"
        },
        "segments": [],
        "operating_profit": {
          "num": null,
          "unit": "億円"
        },
        "ordinary_profit": {
          "num": null,
          "unit": "億円"
        },
        "net_profit": {
          "num": null,
          "unit": "億円"
        },
        "equity_ratio": null,
        "roe": null,
        "employees": {
          "num": null,
          "unit": "人"
        },
        "avg_salary": null
      }
    ]
  },
  "report": [
    {
      "section": "background",
      "label": "背景",
      "subsections": [
        {
          "sub_title": "ワンマン支配の消滅と若手による再建",
          "paragraphs": [
            {
              "text": "戦後の財閥解体は、大成建設から創業家・大倉家の支配を資本と人事の両面で取り除いた。大倉家保有の全株式は役員・従業員へ移り、常務以上の役員は公職追放となって、追放を免れた若手層が経営を引き継いだ。当時大阪支店長だった本間嘉平氏は、1947年に取締役へ就き、以後の再建を担う世代のひとりとなった。一人の創業者やオーナーの求心力に率いられる経営のかたちは、戦後の大成建設には残らなかった。"
            }
          ]
        }
      ]
    },
    {
      "section": "origin",
      "label": "決断",
      "subsections": [
        {
          "sub_title": "経営方針を常務会に諮る「チェックシステム」",
          "paragraphs": [
            {
              "text": "本間嘉平社長は、会社の経営方針をすべて常務会に諮り、忌憚のない意見を戦わせたうえで最も良いと判断した案を採る方式を敷いた。社長は議長を務めるにとどまり、一人のひらめきで突飛な決定へ走ることを避けた。速さでは優れた個人の判断に譲る面を認めつつ、みなで相談して進める運営を選び、本人はこれを「チェックシステム」と呼んだ。"
            }
          ]
        },
        {
          "sub_title": "「集大成＝コーラス」という自己規定",
          "paragraphs": [
            {
              "text": "この合議経営を、本間嘉平氏（社長）は社名「大成」の解釈と重ねて説明した。「大成」は「大器晩成」ではなく「集大成」であり、各聖人の徳を集めて大成した孔子になぞらえ、優秀な社員が力を合わせて会社を育てる「コーラス」だと述べた。一人が抜きん出てワンマンとして会社をリードするのではなく、みなが力を集めて会社を育てる——社名の由来そのものを、集団指導体制の理念として言い換えた説明である。"
            }
          ]
        },
        {
          "sub_title": "1965年の本部制による分権",
          "paragraphs": [
            {
              "text": "合議による意思決定を、大成建設は組織のかたちへも落とし込んだ。1965年1月、責任体制の確立と機動性の確保をねらって本部制（営業・事務・建築・土木）を採用し、企画調査部・海外部・労務部・土木設計部を新設した。各本部は独立事業部的な性格を持ち、権限を現場に近い単位へ分けた。1968年には総合企画本部・技術開発本部を加えて6本部体制へ広げ、事業の拡大に合わせて分権の枠組みを組み替えた。"
            }
          ]
        }
      ]
    },
    {
      "section": "outcome",
      "label": "結果",
      "subsections": [
        {
          "sub_title": "「組織の大成」と呼ばれた分権モデル",
          "paragraphs": [
            {
              "text": "1965年1月に採った本部制は、その後も同社の組織の骨格として続いた。中央組織が体系づけられると同時に、各本部が独立事業部的な性格を持って機能する型は、業界で「組織の大成」と呼ばれた。その組織の良さが現場にまで徹底している点を、業界誌は同社の強みとして挙げている。一世紀を超える歴史を底流に置きながら、時代の動向に即して組織のあり方を検討し続けてきた運営が、分権の型として定着した。"
            }
          ]
        },
        {
          "sub_title": "ワンマンを置かない経営という選択",
          "editorial": true,
          "paragraphs": [
            {
              "text": "この経営判断の核心は、財閥解体で否応なく失われた創業家の求心力を、合議と分権の仕組みで置き換えた点にある。オーナーが去った会社をふたたび一人の強力なトップに委ねるのではなく、本間嘉平社長は経営方針を常務会に諮り、自らは議長に徹する「チェックシステム」を敷いた。社名「大成」を「集大成」＝「コーラス」と解いた説明は、この集団指導体制を、外から借りた制度ではなく会社の由来に根ざす理念として示すものだった。"
            },
            {
              "text": "もっとも、合議経営は決定の速さでは優れた個人のひらめきに劣る面がある。本間嘉平氏（社長）自身も「突飛なことは出来ない」と、その弱みを認めていた。それでも、権限を各本部へ分けた「組織の大成」の型は、特定の個人に依存しない運営を戦後の早い時期に選んだ結果として残り、後にスーパーゼネコンへと規模を広げる大成建設の組織運営の性格を形づくった。誰が率いるかではなく、どの仕組みで決めるか——この決断は、その問いを組織の設計そのものに据えた点で示唆に富む。"
            }
          ]
        }
      ]
    }
  ],
  "references": [
    "経済展望 1964年6月15日号「\"集大成\"で発展する」",
    "証券調査（140）（新日本証券調査センター, 1982年5月）",
    "証券調査（205）（新日本証券調査センター, 1987年10月）",
    "事業の世界 1971年9月号「よい仕事をするための日建連」"
  ]
}
