メドレーの歴史

創業年
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上場年
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従業員数
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単体474名
平均年齢
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単体474名
平均年収
-万円
単体474名
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瀧口浩平(メドレー創業者)
1984年生まれ。開成中学校中退。2002年に東京学芸大学附属高校在学時に調査会社Gemeinschaft,Inc.を創業し、のちに事業を譲渡。2009年に株式会社メドレーを設立し、代表取締役社長に就任。
  • 歴史
  • 沿革
  • 業績
2009年

東京都港区にて株式会社メドレーを設立

起業家の瀧口浩平氏が、2度目の起業にチャレンジするために株式会社メドレーを設立。同時期に瀧口浩平氏の祖父が癌で亡くなる現実に直面し、医療関係のインターネットビジネスに着目する。

2009年

人材採用システム「ジョブメドレー」のサービス開始

看護師向けの転職サービスを開始。だが、リクルートのなどの競合他社の参入により競争が激化し、ジョブメドレーは苦戦する。なお、競合のカバーが手薄な「歯科衛生士」に関する転職は、利用が多かったという。

?年

販売促進の投資を本格化

ジョブメドレーの利用層を増加させるために、販売促進を本格化。この結果、医療向けの転職サイトとしての認知度の向上に寄与し、メドレーの売上が成長するきっかけとなる。

瀧口浩平の発言

成果報酬型なので、顧客を増やすことは売上に直結するようには直感的には思えなかったのですが、試しに少しコストをかけて顧客数を増やしてみようと考えたんです。やってみると、面白いように顧客数が増えることで売り上げが伸びる。顧客数を追求することで、成長することができると確信しました。そこで、ニッセイキャピタルさんや(グリーの)田中さんから資金を出して頂いて、それを全部新たな顧客の獲得のために投資したんです。そのあたりからメドレーの業績は勢い良く伸びていきましたし、認知も少しずつ上がっていったように思います。

2015年

介護施設検索サイトの運営会社を買収

プラチナファクトリー株式会社を完全子会社化し「介護のほんね」をリリース

2015年

豊田剛一郎が代表取締役医師に就任

聖隷浜松病院の元医師で、マッキンゼーに勤務していた豊田剛一郎氏を代表取締役としてスカウト。転職サービスの比重が大きいメドレーが、医療機関向けのビジネスを軌道に乗せるために異色の人事を実行したものと推察される。以後、メドレーは創業者の瀧口氏と、元医師の豊田氏の2名が代表取締役として経営された。なお、豊田氏の役職名は「代表取締役医師」という変わった命名で、話題となる。

2016年

オンライン診療システムに参入

転職関係ではない医療機関向けのビジネスに本格参入するため、オンライン診療システムに新規参入。以後、医療機関向けの業務システムの新ビジネスを積極化させた。

2019年

東証マザーズに株式上場

2021年

代表取締役医師・豊田剛一郎が代表権を返上

文春オンラインが、既婚者である豊田氏が、不適切な女性関係があるというスクープ記事を掲載。これを受けて、豊田氏は新株予約権の未行使分(発行株式の1.03%)放棄して代表権を返上。2021年2月に(代表権のない)取締役に就任(降格)し、信頼回復に努めている。

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