ヤプリの歴史

創業年
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上場年
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従業員数
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平均年齢
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平均年収
-万円
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庵原保文(ヤプリ・創業者)
1977年生まれ。2001年トランスワールドジャパン入社、2006年ヤフー入社、2010年シティーバンク銀行入社。2013年に佐野将史・黒田真澄・庵原保文の3名でヤプリを設立し、庵原保文が代表取締役CEOに就任
  • 歴史
  • 沿革
  • 業績
2010年

個人アプリを共同制作

2010年当時、ヤフーに勤務していた佐野将史氏と、元ヤフー社員の庵原保文は個人アプリ(スノーボードのHow toアプリ)を開発。当時はスマートフォンが普及しておらず、スマホアプリが世の中に広まる確証がない時期であったが、庵原保文はアプリの可能性を見出す。

庵原保文の回想

完成したアプリを見たとき、“ネットとフィジカルが融合する新しい時代がくる”と直感しました。スマホによる革命を、アプリが牽引すると確信したんです。のちに一世を風靡した、AR(拡張現実)を使った『ポケモンGO』やGPSを使った『Uber』は、アプリが起こした革命の最たるものだと思います

2013年

東京都港区にてファストメディア株式会社を設立

2013年

アプリ運営プラットフォーム「Yappli」をリリース

手軽にスマホ向けのアプリを作成できる「Yappli」をリリース。当初は中小企業や個人をターゲットにしていたが、当時はスマホの普及過程であり、ユーザーの獲得に苦戦する。

2013年

大手アパレル企業がYappliを導入

ヤプリは顧客ターゲットを中小企業から、大企業に変更し、BtoB向けのアプリプラットフォームとして販売促進活動を開始。この結果、大手アパレル会社のアダストリアおよびバロック・ジャパンの2社がヤプリを採用し、ヤプリは大企業という顧客の獲得に成功する。

2015年

本社を東京都港区赤坂に移転

DAIWA赤坂ビルに本社移転

2016年

本社を東京都港区六本木に移転

住友不動産六本木グランドタワーに本社移転

2018年

管理画面のフルリニューアルを実施

Yappliでは密結合なコードで実装されおり、機能追加とともにコードが複雑化し、新規機能の追加がスムーズに行えない状況に陥っていた。そこで、Yappliは管理画面のコードの刷新を決断し、疎結合なコードによって新規機能の追加コストを低下させることを目論む。2018年2月にコンセプトの策定を開始し、2018年7月より移行作業を開始。その後2年かけてコードの刷新を完了する。

筆者memo(Go / Fargate / ドメイン駆動設計)

技術的には、言語がGo、インフラでAWS Fargate、設計手法ではDDDを新しく導入。フロントエンドとサーバーサイドを疎結合にしており、GoでAPIを生成し、フロント側はVue.js(Nuxt.js)で描画を担当する構成と推察される。なお、DDD(ドメイン駆動設計)を採用していることから、Goで実装されたサーバー周りはドメインごとにコードを管理し、疎結合を実現しているものと思われる。

2020年

東証マザーズに株式上場

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