鐘紡の歴史

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沿革

1887年に綿花輸入の仲介を担う東京綿商社として設立が認可された会社が起源。

武藤山治氏の紡績大合同で中小紡績を買収し、1962年に化粧品へ参入してペンタゴン経営を築いた。1933年には全業種で売上首位の日本最大企業となったが、2007年に法人格を終え、事業は花王・クラシエなどへ移った。

1887年1889年1949年1971年2004年2006年2007年東京綿商社1887年綿花輸入商として設立鐘淵紡績1889年改称・紡績業へ株式上場1889年上場鐘淵化学工業1949年化学部門を分離鐘紡1971年商号変更カネボウ2004年産業再生機構が支援決断カネボウ化粧品2006年花王へ売却クラシエ2006年食品・日用品が独立カネボウ2007年会社解散決断
鐘紡
歴代社長と長期業績(敬称略)
2007年3月期
連結
売上高
68億円
売上高純利益率
230.9%
出所:有価証券報告書
伊藤中嶋小森中嶋
売上高493億円売上高1,334億円売上高4,319億円売上高5,565億円売上高6,083億円売上高68億円純利益率4.6%純利益率0.8%純利益率-0.2%純利益率-1.2%純利益率-0.1%純利益率230.9%1952/31957/31962/31967/31972/31977/31982/31987/31992/31997/32002/32007/32012/32017/32022/32027/3
  1. 東京綿商社を創業[3]
  2. 日本橋区本町四丁目で開業式、綿花の定期売買を開始[4]
  3. 東京府南葛飾郡隅田村字鐘ヶ淵に紡績所の設立認可[5]
  4. 鐘淵紡績会社に組織変更[5]
  5. 東京株式取引所に株式を上場[5]
  6. 紡績工場の操業開始[6]
  7. 中上川彦次郎氏・朝吹英二氏が取締役に就任[6]
  8. 中上川彦次郎氏が社長就任
  9. 商号を鐘淵紡績に変更[5]
  10. 紡績大合同論を提唱。企業買収を積極化
  11. 総合繊維メーカーを志向
  12. 注意凾制度を採用[7]
  13. 兵庫工場に織機工場が完成[3]
  14. 京都の絹糸工場が操業開始[3]
  15. 上海に工場を新設[3]
  16. 武藤山治氏が社長を退任[4]
  17. 津田信吾氏が社長に就任[4]
  18. 鐘紡が日本企業で売上高1位へ
  19. 毛紡績・化繊・麻紡績業に参入[3]
  20. 鐘紡絹石鹸を発売[3]
売上高
  • 売上高
鐘紡売上高—
歴史詳細を読む東京綿商社の創業と紡績大合同論による買収拡大

筆者所見

鐘紡を国内有数の企業へ押し上げた転機は、関西に第二の拠点を築いた1890年代の判断にある。中上川彦次郎氏は、紡績の適地はアジア大陸に近い関西と判断し、4万錘の兵庫支店工場を建設した[1][2]。その建設の全権を委ねられたのが、三井銀行神戸支店にいた28歳の武藤山治氏だった[2]。輸出市場に近い工場は、同時に経営者を鍛える場にもなった。のちに買収と工程の拡張を主導した武藤氏を思えば、関西進出は工場以上に人材への投資だった。

  1. [1]鐘紡百年史(鐘紡株式会社、1988年)
  2. [2]『企業の歴史 : 明治百年』(経済春秋社編、1968)
  1. 樺太採炭を設立[4]
  2. 繊維以外の諸事業拡充のため鐘淵実業を設立[3]
  3. 久保田鉄工と尼崎製鉄を三者共同経営[4]
  4. 合成繊維「カネビヤン」(ビニロン)の製法を発明[3]
  5. 鐘淵紡績と鐘淵実業が合併し鐘淵工業を設立[5]
  6. 戦災で内外の事業場の大半を喪失[3]
  7. 武藤絲治が鐘紡の社長に就任
  8. 商号を鐘淵紡績に変更[5]
  9. 制限会社に指定[4]
  10. 東京証券取引所の再開にともない株式を上場
  11. 化学部門を分離・鐘淵化学工業を設立[5]
  12. 日本セルローズ工業を吸収合併[4]
  13. 臨時株主総会で資産再評価を決議[4]
  14. 朝鮮特需で好調
  15. サンパウロに鐘紡ブラジルを設立[3]
  16. 紡績工場の一部休止を決定
  17. 総合研究所を設立[3]
  18. 蚕糸部門の分離で鐘淵蚕糸を設立[5]
  19. 博多工場・中津工場・中島工場を閉鎖
  20. 安定五カ年計画を発表[4]
売上高当期純利益率
  • 売上高
  • 当期純利益率
鐘紡1960年4月期売上高465億円売上高当期純利益率3.9%
歴史詳細を読む鐘淵化学工業の分離と博多など3工場の閉鎖

筆者所見

戦後の鐘紡で構造改革の原型となったのは、赤字の製糸部門を別会社とした1958年の分離独立だった。製糸部門は、綿紡基準の賃金が郡是・片倉など競合を上回り赤字に陥っていた[1]。伊藤淳二氏の提案で、整理をしない代わりに賃下げを受け入れる条件で労使が妥結し、鐘淵蚕糸は1年で黒字に転じた[1]。雇用を保ち賃金を競合に合わせる手法は、解雇を避けて採算を立て直す先例になった。部門の採算を明らかにする発想は、繊維専業の会社が多角化へ転じる前段の経験になった。

  1. [1]鐘紡百年史(鐘紡株式会社、1988年)
転換期

1961年〜グレーターカネボウ計画による化粧品・食品への多角化

  1. カネボウ化粧品を設立、鐘淵化学工業の化粧品事業を譲受[5]
  2. ペンタゴン経営による多角化[9]
  3. 化粧品事業に新規参入
  4. カネボウ化粧品を合併[5]
  5. 午後3時の綿業論を否定
  6. ハリスを合併[5]
  7. 共栄毛織を合併[5]
  8. 食品事業に参入[8]
  9. ヤマシロ製薬の経営権を譲受[5]
  10. ペンタゴン経営を提唱[9]
  11. 化粧品販売部門の分離でカネボウ化粧品販売を設立[5]
  12. 国内5工場を閉鎖
  13. 商号を鐘淵紡績から鐘紡に変更
  14. 中滝製薬工業の経営権を譲受[5]
  15. カネボウ薬品販売を設立[5]
  16. カネボウフーズ東京販売を設立[5]
  17. 無配転落[9]
  18. 国内4工場を閉鎖
  19. カネボウ綿糸を設立[5]
  20. チューリヒにカネボウコスメティックス・ヨーロッパを設立[3]
  21. カネボウ化粧品・カネボウディオールなど3社を合併[5]
  22. 国内2工場を閉鎖
  23. カネボウホームプロダクツ販売を設立[5]
売上高当期純利益率
  • 売上高
  • 当期純利益率
鐘紡1991年3月期売上高6,804億円売上高当期純利益率0.2%

筆者所見

グレーターカネボウ計画の本質は、天然繊維への依存を成長の速い消費財で埋め合わせる、時間との競争にあった。1961年1月にカネボウ化粧品を設立して鐘淵化学工業から化粧品事業を譲り受け、1965年8月には食品事業へ参入した[5][8]。顧客も販路も異なる事業を短期間に並べ、鐘紡は消費者へ直接売る経験を化粧品で蓄えた。規模を先に追った多角化は、事業ごとの採算の差を見えにくくした。化粧品の利益で他事業の赤字を埋める関係の起点も、ここにある。

  1. [5]有価証券報告書(2007年6月29日)
  2. [8]有価証券報告書
再建期

1992年〜債務超過への転落と産業再生機構によるカネボウ支援

  1. 国内4工場を閉鎖
  2. 化粧品販売会社を11販社・90支社体制に再編[3]
  3. カネボウフーズを設立、菓子・冷菓・飲料部門を営業譲渡[5]
  4. 鳥取工場の分離でカネボウストッキングを設立[5]
  5. 本部を大阪から東京都港区に移転[3]
  6. カネボウアグリテックに椎茸部門を営業譲渡[5]
  7. 防府工場の閉鎖撤回
  8. 綿・羊毛・合繊の事業部門をカネボウ綿糸などへ営業譲渡[5]
  9. カネボウウールがカネボウテキスタイルを吸収合併[5]
  10. カネボウシルクエレガンスを吸収合併[5]
  11. 医療用新薬事業を日本オルガノンに営業譲渡[5]
  12. 情報システム事業の合弁化でキスコ ソリューションを設立[5]
  13. 商号をカネボウに変更[5]
  14. カネボウ化粧品百貨店販売を設立[5]
  15. 債務超過に転落[10]
  16. 産業再生機構に支援要請[11]
  17. 化粧品事業をカネボウ化粧品に営業譲渡[5]
  18. 天然繊維・合繊事業を営業譲渡[3]
  19. 東京証券取引所・大阪証券取引所で株式が上場廃止[3]
  20. テキストグラス事業部やベルエース事業などを営業譲渡[5]
  21. 化粧品事業を花王に売却
  22. 花王へ化粧品事業譲渡[10]
売上高当期純利益率
  • 売上高
  • 売上原価
  • 販管費
  • 営業利益
  • 当期純利益率
鐘紡2005年3月期売上高2,685億円売上高当期純利益率117.3%

筆者所見

カネボウの破綻を招いたのは繊維の衰退より、化粧品の利益で他事業の赤字を覆い続けた経営だった。1996年に綿・羊毛・合繊を、1999年に医療用新薬を営業譲渡した[5]。事業を切り出しても負債は減少せず、化粧品だけが会社の信用を担う状態が続いた。2003年9月に債務超過へ転落し、2004年には化粧品事業もカネボウ化粧品へ営業譲渡した[10][5]。産業再生機構への支援要請から花王への化粧品事業の譲渡に至る処理は、会社の存続より事業の価値を優先した結論と言える。

  1. [5]有価証券報告書(2007年6月29日)
  2. [10]カネボウ 有価証券報告書(2006年3月期・連結)(2006年3月)
出典・参考11件
出典・参考
  • [1]鐘紡百年史(鐘紡株式会社、1988年)
  • [2]『企業の歴史 : 明治百年』(経済春秋社編、1968)
  • [3]鐘紡 公式サイト「沿革」(2026年10月)
  • [4]鐘紡百年史(鐘紡株式会社)(1988年)
  • [5]有価証券報告書(2007年6月29日)
  • [6]会社銀行八十年史(東洋経済新報社「鐘淵紡績」の項)(1955年)
  • [7]鐘紡百年史所収 武藤山治「私の身の上話」(1988年)
  • [8]有価証券報告書
  • [9]読売新聞(1961年4月26日)
  • [10]カネボウ 有価証券報告書(2006年3月期・連結)(2006年3月)
  • [11]日経ビジネス「薬品・ファッション・情報で蘇るか」(1985年9月30日)

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